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403/440

きっと、父と母が与えてくれたもの


 12/21の21:00頃にも更新していますので、もしまだ前話をお読みになっていない方は一つ前の話からお読みください。







 戦いを求めるアルス。


 あの神徒は、戦いに背を向ける者を許さない。

 戦うに値する相手――アルスからそう判断された。

 ある意味それが不幸だった、とも言えるのだろうか。



     ▽



 イヴとジオは迷宮の通路を駆けていた。

 今は約30ラータル(メートル)後方をアルスが追いかけてきている。

 何度か先回りしてきたが、短い防戦を挟んで逃げる方向を変え、どうにか逃げた。


「大丈夫か、ジオッ!?」

「はぁっ、はぁっ――駆けっこじゃあ、テメェの方が上みてぇだな……ッ」

「そなたは深手もあるっ……先ほどのような場合は、我が時間を稼ぐっ」


 耳に意識を集中させ、かすかだがアルスの足音は拾えている。

 とはいえ基本、足音は壁に吸収されてしまう。

 ゆえに、目視で小刻みにアルスの姿を確認する必要がある。

 振り向いた顔を前へ戻すイヴ。

 少しずつ。

 アルスとの差が、詰まってきている。


(あの神徒の今の強さ……それは我ら”二人分の強さ”に比例した強さなのか……? もしそうなら……ジオを先に逃がし我が一人で相手をすれば――再び我一人分の強さの基準にまで、降りてくる? 遭遇時くらいの強さに……)


 であれば、


(我一人が残って時間を稼げば、深手を負ったジオを先に逃がせるかもしれぬ……)


 ジオが息を整えながら、


「どこに責任を感じてんのかわからねぇが、テメェが残って時間を稼ごうなんてつまんねぇことは考えんじゃねーぞ」

「だが……もし我の推察が当たっているなら、それが最も時間を稼げる方法であろう」

「腕一本でもテメェよりオレの方が強ぇ」

「これは、そういう話ではない」

「はぁっ、はぁっ――テメェの今の顔……死相が、出てんだよっ」

「――――」

「テメェが生きて帰ってくるのを待ってるやつが、いるんだろうが……っ!」


 後方から、アルスの声。


「『逃げるなぁぁああああ――――ッ! ここで逃げたら、あんたはきっと一生逃げ続けることになるぞ!? ここで踏ん張らねぇで一体どこで踏ん張んだよ!? 昔この金眼から逃げたから……あんた、大事な人を失ったんだろ!? また逃げることで失うのかよ!? 失った人の忘れ形見の、その子を置いて! つーかよ……人の顔した金眼の魔物がなんだってんだよ……んなもん、だろうが! だからあの人の顔した金眼は、オレがる! 絶対に殺る……ッ! だから、あんたはオレの仲間たちと他の金眼どもを頼む! あいつはオレが殺す! 殺す――殺す殺す殺す! 殺してやる!』」


 切迫した覚悟の言葉に聞こえる。

 昔、人間だった頃のアルスが人面種と戦った際に口にした言葉だろうか。

 ジオがアルスとの距離を確かめるため、後ろを一瞥する。


「オレたちは、まだいい……っ」

「?」

「こういう時はな、待ってる側の方がよっぽど辛ぇっ」

「……ッ!」

「だから、テメェを待ってる相手のためにもつまらねぇことは口にすんな!」

「……すまぬ」

「ま――責任感が強ぇのは、悪ぃことじゃねぇけどなっ……」


 ふっ、と。

 イヴは笑みを漏らした。


「んだよ?」

「それも……以前、似たようなことをトーカが口にしたと思ってな」

「言うだろ」

「……?」

「あの野郎なら、言いそうな台詞だ」


 なるほど、と思った。

 この黒豹の戦士に対してトーカが好感を持つのもわかる。


(……しかしどうする)


 差はジリジリ詰まってきている。

 先回りを選ばなくなったのはおそらく、差が詰まってきているから。

 このままなら追いつける――アルスはそう思っている。


(重量を軽くするために武器を捨てるか? いや……どのみち我らより”少し速い”速度に進化してくる可能性がある以上……いざという時に攻撃を防げる武器を手放すのは、危険すぎる)


 捨てた武器を背後から投擲される危険だってある。

 今だってアーミアの剣がいつ飛んでくるか知れない。


(あるいは、武器を手放すのは戦士としてしたくないのかもしれぬ……しかし我らが捨てた”予備”の武器なら、躊躇なく使用してくる可能性はある……)


 ジオも、それを警戒して今持つカタナを捨てていないだろう。

 この危惧がなければ。

 イヴの持つ軽めの魔導刀を一本ずつ、二人で持つ方がいいのだが――


「神徒ってのが、ここまで厄介とはな」


 忌々しげにジオが言った。


「だが、アルスとの戦いで我らが得た情報は貴重かもしれぬ。あの神徒に勝てる可能性を秘めた味方と運よく遭遇できた場合、少なくとも我らがやった”近接戦”という行為をその者は省略できる――そして……もしかすると、我らの情報が勝利への鍵となるかもしれぬ」


 イヴは前を向き、続ける。



「きっと、伝える価値のある情報だ」



 ジオが何かしゃべりかける。

 が、イヴは人差し指を立てて「シッ」と沈黙を促した。


「――この先に、誰かいる」





 その者たちが、姿を現した。





 中型聖体が、五体。

 ジオが尋ねる。


「やれるか?」

「やるしかあるまい」


 足を止めず二人で攻撃態勢に入る。


「いいか、足を止めるな……駆け抜けることだけを考えろ――撃ち漏らしはそのまま引き連れていく」

「承知」

「――行くぞ」


 二人は勢いをほぼ殺さず、駆け抜けざまに斬撃を放った。

 五体のうち三体を切り伏せ、そのまま駆け抜ける。

 が、


(くっ……)


 さすがにまったく速度を落とさず、とはいかない。

 そしてアルスを確認しようと振り向いたイヴが、目にしたのは――


「!」


 寸断され宙を舞う、討ち漏らした二体の聖体。



「『敵とか味方とか関係ねぇ! 戦いの邪魔を、すんじゃねぇぇええええ! うぉぉおおおおおおおお――――ッ!』」



 アルスとの差が、さらに詰まっていく。


(このままでは――)


 歯噛みし、前を向くイヴ。


(ぐっ……、――――――、…………集中、しろ)


 どうにか、と。

 イヴは、祈った。


「――、……ジオ、よく聞け!」


 声を振り絞り、イヴは叫んだ。


「この先の道に覚えがある! 確か、この先は左右に分かれていたはずだ! そこから我らは二手に分かれて逃げる! よいな!?」


「あぁ!?」


「イチかバチかだ! なんとしても、あの無限とも思える再生を繰り返す怪物に対抗できる味方と合流せねばならん――あやつの情報を持つ我らのうち、どちらかがっ! あの神徒との距離は、もう20ラータルを切っている! いずれ刃鞭が届きうる距離まで詰められる! このままでは――追いつかれる! ならば二手に分かれてでもっ……どちらか一人だけでも、アルスと戦って得た情報を”繋ぐ”のだ! 意地でも!」


「テメェ……何を――」


「まずは――アルスを引き連れて、このまま真っ直ぐ全力で駆け抜ける! ゆくぞ!」


「――ちっ、わぁったよ! 言っただろ! テメェの判断は信用してる! さっき吐いたあの言葉を曲げるつもりはねぇよ!」


「恩に着る!」


 通路を抜け、広めの空間に出た。

 この部屋の先にも通路があった。

 記憶通り、その先は二手に分かれている。

 部屋に突入したイヴとジオは、そのまま対面に見える通路を目指す。

 やや遅れてアルスも同じ部屋に飛び込み、追随してくる。



「『待てぇえええぇぇええええ――――ッ! 待ち、やがれぇぇええええ――――ッ!』」



 イヴは、振り返る。

 全力で走りすぎたせいか。


 ドッ!


 勢いを殺し切れず、部屋の白壁に背中から衝突する。


「ぐっ……!」



     □



 耳……聴覚。


 おそらく、ジオより優れている数少ない強み。


 かつてアシントやズアン公爵の私兵らと戦った時。


 それらの人数を正確に把握したのは――その耳であった。


 音を殺すこの迷宮であっても、集中すればそれなりに先の音や気配を


 あの男も頼りにした、


 それから――気配察知。


 先ほどアルスと戦っていた時、イヴはジオの接近を素早く察知した。


 イヴ・スピードだからこそ、その先の”それ”にいち早く気づけた。


 把握する力。



 きっとそれらは、父と母が与えてくれたもの。



 おかげで”先回り”し、気づけた。


 さらには――自らの全力の声が距離。


 それも、把握できた。


 ゆえに、伝えることができたはずだ。


 今度は先ほどのジオの時と違い、かき消すための大声ではなく――


 逆に、伝えるための大声。


 アルスに勘づかれぬよう言葉の中に”騙し”も入れたが――




 




 きっと、汲み取ってくれる。


 きっと、活かしてくれる。


 きっと――




 最善の行動を、取ってくれる。




 彼女は、それを信じた。





     ▽



 イヴの瞳が、それを捉える。

 銀髪の女が口を開き、


「 縛呪、解放 」


 前へ出る姫騎士の光刃が、迫る刃鞭を、弾き返す。

 そうしてイヴ・スピードは――

 アルスへ向かって腕を前へ突き出す灼眼黒装しゃくがんこくそうの――






「――      ――」






 その男の名を、呼ぶ。






「トーカ」








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― 新着の感想 ―
真打登場。
ドキドキしながら読んでます。もう,私の人生の一部です。
安やジオの肉体欠損を治してほしいけど、この世界で、肉体欠損の治癒ができるのは、クソ女神だけというのが残念でならない。
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