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迷宮入りの前。
転送されていく者たちを、イヴ・スピードは眺めていた。
蠅騎士面を被ったタカオ姉妹が転送室に入っていく。
姉妹にひと声かけたあと、イヴは自分の順番を待った。
そんなイヴに声をかけてきたのは、ジオ・シャドウブレードだった。
「一応、テメェも魔素は練れるんだったな?」
「うむ」
答えると、ジオが二本の剣を差し出してきた。
「使え」
ほとんど押しつけられる形で手もとにきた剣。
イヴはそれを検めた。
「カタナか……だいぶ、古いもののように見えるが」
「最果ての国の開かずの宝物庫にあったもんだ。古代魔導武器の一つだとよ。魔素を少量流し込むだけで軽くなるし、切れ味も鋭くなる」
「これを我に?」
「オレにはこいつがある」
腰の後ろに斜め十字に下げた二本の黒い鞘。
視線の動きでジオはそれを示した。
「四本もいらねぇよ。それにテメェのその剣、やけに柔そうだからな」
「我のこの剣もそれなりの代物なのだがな。が、ありがたく受け取っておこう」
イヴはカタナを抜き、握り心地を確かめる。
魔素を軽く込めると刃が淡く発光した。
数振りして感触をなじませたあと、刃を鞘にしまう。
「よい武器だ」
「今の数振りで掴んだのかよ……ま、今のは掴んだやつの反応だったわな」
「それが理解できるそなたこそ、並の腕ではない証拠だな」
ジオが、話題を転じる。
「今回の迷宮入り……死ぬ覚悟のあるやつだけが選ばれたって聞いたけどよ」
各国の志願者たち。
精鋭かつ、戦死を受け入れる覚悟のある者のみが選ばれた。
つまり――死を了承済みということ。
狂美帝やトーカたちが強制で選んだ感じはなかった。
少なくとも、自分が把握する限りでは。
皆、この世界を救うためと思い志願している。
また、ある者たちは元の世界へ帰るために。
そしてまたある者は――己の復讐に、ケリをつけるために。
視線の先。
順番通り転送が進んでいる。
自分の順番が来たため、イヴは入り口へと歩き出した。
ジオも、横に並んでついてくる。
「けど……オレは、死ぬつもりなんざ毛頭ねぇ。この世でオレにとって一番大事な女が今度、オレのガキを生む。もうすぐ生まれるそのガキの顔を見るまで、オレは絶対に死ぬわけにはいかねぇ。だからオレは、死んでも死なねぇ」
「それでも、この戦いに参加はするのだな」
「んなもん決まってるだろうが。生まれてくるオレの子の……オレの子を産んでくれるあいつの未来を守るために、行くんだよ」
つーかわかってて聞いてんだろテメェ、と悪態をつくジオ。
イヴは、微笑んだ。
「我も同じだ」
ニャキの肩の上でこちらを見守っている使い魔の方を振り返る。
「死ににゆくのではない」
イヴは言った。
「我らの未来を救うために、ゆくのだ」
▽
「――、……ッ」
着地したイヴは、鋭い痛みを覚えていた。
左腕に裂傷が走っている。
先ほどの攻撃の際、刃鞭でやられたらしい。
(反撃にも気は配っていたつもりだったが……しかし首を斬ったあの一撃を決めるには、この負傷も致し方あるまい。いや、それよりっ――)
ジオの左腕が。
裂けていた。
しかも縦に。
昔、スピード族の仲間たちと暮らしていた頃――
木の枝を、両手で左右に裂いたことがある。
けれど裂き切れず、途中で半端に割れた状態になってしまった。
そう――あれは、あの状態に近い。
半端な状態で二股に割れた腕。
ワニの口のような、とでも言えばよいか。
人差し指と中指の付け根の間から肘の手前まで、ぱっくり割れている。
あれはきつい。
血闘士時代。
一度だけあの裂け方をした血闘士を見たことがある。
相手の攻撃で肘から先を切り落とされた血闘士はたくさんいた。
そちらの場合は、どうやらある種の諦めがつく者も多い印象があった。
が、今のジオと同じ裂け方をした血闘士は……
半端にくっついているせいか。
諦めの判断が、できぬようだった。
あの状態になった血闘士は恐慌状態となり――やがて、泣き喚き始めた。
しかし、
――ズンッ!
「!」
なんの躊躇もなく。
ジオは、右手のカタナで左腕の割れた部位を切断した。
そして、
「ほんのわずかでいい――時間を稼いでもらえるか?」
口に紐を噛み、ジオはその紐で付け根の近くを強く縛り、止血を行う。
イヴの身体は――頼まれた通り、もう、動いていた。
迫り来る刃鞭をカタナで弾き、盾のごとくジオの前へ滑り込む。
応急処置的に止血を終えたジオが、舌打ちした。
「足の方を庇ったせいで、腕の方に隙ができちまった……つーかあの神徒、想定より速さと威力が上がってやがった。まだ本当の力を隠してたのかもしれねぇな……危機感を覚えていよいよ本気を出してきた、ってとこか?」
「……かもしれぬ」
切断したアルスの頭部は地面に転がっている。
さらに、その頭部は真っ二つに割れていた。
首を切断した直後、イヴは頭部にもう一撃加えていたのである。
頭部の中こそが”核”かもしれない、と。
しかし。
頭部の切断面は、血の糸と繊維のような細い束で上半身とまだ繋がっていた。
見ると、頭部はずるずると元の位置に戻ろうとしている。
できればあの頭部を完全に破壊しに行ってみたい。
けれど急激に隙を減じ――威圧感の増したアルス。
おそらく意思を持って動いている首なし状態の神徒の身体が、それを許さない。
「『いいねいいね……人間とか魔物とか魔族とか……関係ねぇ。強ぇやつと戦えるのが、オレにとっての幸せだ! オレはあんたらを倒して――もっともっと、強くなる!』」
(首を切断しても、頭部を真っ二つにしても、まだ動いている……つまり、真の急所は残る胴なのか……?)
しかしである。
ジオの攻撃時にアルスの速さや威力が上がっていたのなら……。
どのみち、胴へのジオの攻撃は通らなかった確率が高い。
そちらを”騙し”にしたからこそ、イヴによる首への攻撃が通ったのだ。
ならば。
あの段階で首の方を”ひとまず”落としてみる策は、間違ってはいなかった。
ただ――問題はそこではない。
(残る急所と思しき胴を破壊できれば――本当に、勝てるのか?)
イヴの中に一つの不安が湧いた。
(アルスは戦士としての”会話”ができる……戦いの中に、戦士としての機微がある。ならば……そこが”核”でなくとも、守ろうとするのではないか?)
戦士ならば人間であった頃の急所を、守る。
心臓への突き。
斬首。
胴の切断。
戦士の本能に従えば、どれも避けるべきもの。
(もしやするとアルスは……人間だった頃と同じ感覚で”戦士としての急所”を、守っているだけなのか……?)
であれば。
残る胴を切断しても、それが”核”の破壊とはならない可能性がある。
(いや……そもそもこの神徒に真の急所たる”核”がある保証すら、どこにも――)
同じ思考へ至っていたのか。
ジオが口を開き、
「再生能力に限りがあるって線もありうるぜ……とすりゃあ、致命傷級の攻撃を間断なく浴びせ続けるしかねぇが……」
ジオが目を細め、悔しさを覗かせてアルスを見据えた。
彼の気持ちは、イヴにもわかった。
「『ほら、どうした!? 来い! オレはな、あんたと戦いたくてこの村に寄り道したんだ! 今は世界を救う勇者じゃなく――ただ一人の戦士、アルスとして! まだだ……まだまだ! まだ終わりじゃねぇだろ!?』」
アルスの戦闘能力は、確実に初遭遇時より上がっている。
どころか――心なしか、再生速度まで上がっている気すらする。
攻防の中で与えた裂傷はもちろん。
切断した頭部や切り離した肩辺りの肉片が、もうくっつき始めている。
「『ヴィシス……多分、オレは強くなりすぎた。でも、オレはまた生きるか死ぬかのギリギリの戦いがしたい……勇者になりたてだった頃のような……ヒリつくような戦いが、したいんだ。そして――そんな相手と戦って、勝ちたい』」
「…………」
イヴの中に滞留する、ある違和感。
この違和感の正体を解き明かさねば、この戦いの突破口はない。
そんな、気がする。
そして――イヴの中に留まっていた、その違和感は。
散漫な輪郭から一つの実像的な解答へと。
ようやく、その形を変えつつあった。
□
血闘士として――戦士として。
生き残るために必要なのは、相手の戦士を見極める力。
読む力であり、観察する力であり――推し量る力。
セラス・アシュレインと旅をしていた頃、彼女と手合わせをした。
その短い手合わせの中でイヴはいち早く見抜いた。
未開花であったセラスの”その先”の秘めた戦才を。
また、かつて魔群帯にてイツキ・タカオと戦った時のこと。
”戦いながら成長する性質を持つ”
短い攻防の中でそのイツキの性質を素早く理解できたのも。
相手の性質を測る能力が秀でていたゆえとも言える。
トーカのような先を見据えた広い思慮深さを自分は備えていない。
イヴ・スピードはそう考えている。
けれど――戦いの中のことにおいてだけは。
自分を、それなりに信じてよいとも思っている。
▽
”神徒は対神族に性能を割いている”
”ゆえに神族以外の者なら、それなりに戦えるはず”
この前提条件が、解答への道を曇らせていたのかもしれない。
(だから我でもそれなりに戦えている……そう、思っていたが)
本当に、そうだったのだろうか?
アルスは戦士として並外れた才能を備えている。
ヴィシスから神徒に選出されるほどの戦士だ。
ジオならばともかく……
本来、自分程度が一対一で互角に戦える相手ではないのではないか?
そう。
情けない話ではあるが――よく考えてみれば。
短いとはいえ、遭遇直後に戦えていたこと自体が”妙”なのである。
今になってみれば、そう感じる。
戦いを楽しみたいから、アルスは手加減をしていた。
これはありうる。
が、
(手加減している者の戦い方では、なかった……)
血闘場で数多の戦士を見てきた。
手加減している者の戦い方や空気には、ある種の癖がある。
その癖が、アルスにはない。
(もちろんトーカ並の演技力を持つ可能性もある。しかし――)
”生きるか死ぬかのギリギリの戦いがしたい”
アルスは、そう言っていた。
(これまでのアルスの言を真とするなら、あの者は……生死を賭けた戦いを好んでいる。そして手加減とは……他ならぬ、その賭けの妙味を消す行為……)
要するに。
手加減はアルスにとって”楽しくない”行為のはずだ。
生死を賭けた戦いを好むのなら。
全力で戦い、そして勝てるか否か――この案配こそが大事なのだ。
これは、血闘場へ足を運ぶ観戦客たちにも少し似ている。
戦士同士が全力で命を賭して戦うからこそ、観る価値があるのである。
ともかく――だからアルスは多分、手加減をしているわけではない。
「――――」
イヴはその時、ハッとした。
違和感――その、絡んだ糸の正体。
ある一つの像が、イヴの思考の中に立ち現れた。
(……それを可能とする方法は一つある。だが、もしそうだとすれば……アルスと戦う者からすれば、まさにそれは”罠”とも――)
「……ジオ」
「見つかったか」
「おそらくだが、この神徒……」
アルスは今、待っている。
次のイヴたちの行動を。
イヴは言った。
「戦う相手と同等――あるいは相手を”少しだけ”上回る戦闘能力に、自らの戦闘能力を合わせてくる性質を持つのではないか」
「――、……なんだ、そりゃあ」
「うむ……我も自分で何を言っているのか、実は完全に理解できてはおらぬ。ただ……我なりに言語化すると、そういう言い回しをするしかないのだ」
”そんな相手と戦って、勝ちたい”
アルスは、そうも言った。
要は――勝ちを譲る気はないのだ。
”ギリギリの戦いをした上で勝ちたい”
アルスの欲望が、それならば。
イヴの思考から導き出される結論は、先ほどの推測となる。
そしてもし当たっているなら、この性質の問題点は――
「つまり……相手が強けりゃ強ぇほど、あの神徒も強くなるってか?」
「うむ……相手よりも少しだけ上の強さに、な」
だから――
やれるかもしれない、と思ってしまう。
アルスと戦っている側は、ギリギリの攻防ができていると感じてしまう。
が、実際はアルスが”調整”しているにすぎない。
相手と”死闘”ができるまでの戦闘能力にまで。
ある意味――あえて下に、降りてきている。
そしておそらく、アルスはそれを無意識でやっている。
「テメェより強いオレが来たから、アルスはさらに厄介な相手になった?」
「――と、我は考える。相手が強ければ強いほど進化する……そう言い換えても、よいのかもしれぬ」
膂力も。
しなやかさも。
反射神経も。
刃鞭の速さも。
再生速度も。
すべて。
「ただ……先ほどのように策を用いれば、一時的な”勝ち”は拾えるのかもしれぬ。しかし……その”勝ち”もアルスの致命的な何かを完全破壊しなければ、その後の再生でなかったことにされてしまう。しかも再生しながら……あの通り、戦闘は続行してくる」
肉片だけになっても――自律的に、動いてくる。
進化しながら。
「……んなもん」
「ああ」
手のつけようが、ない。
「残る胴が核とかいう真の急所っつー線も、まだ残ってるには残ってるが……」
「……う、む」
イヴの弱々しいその相づちに、ジオからの反論はない。
彼も多分、わかっている。
急所でない可能性の残る胴を”取りに行く”のは、分が悪すぎる。
(むしろありうるとすれば……ジオの言うように、再生能力に限りがある線の方が有力に思えるが……)
今、二人は負傷している。
さらにジオは片腕を失っている。
ちなみにジオが切断した腕で握っていた方のカタナは、地面に転がっていた。
イヴの視線に気づいてか、
「どのみちさっきの攻防で、あっちの刃にゃヒビが入っちまってた。つーか野郎、身体の硬さまで増してやがる気がするぜ……」
ジオほど深くないがイヴも腕を負傷している。
この状態で致命傷級の攻撃を与え続けるのは難しいだろう。
何より――現状、それで倒せる確証もない。
「ぐっ……」
強くなり続ける上に、再生し続ける。
進化し続ける。
やや格上になり続ける相手。
戦い続ければこちらがジリジリ弱っていくのは、目に見えている。
(仮に核とやらを狙うにしても分が悪すぎる上……その核の場所すら絞り切れぬ。もし勝ち目があるとすれば……)
たとえば。
数瞬で細切れになるまで切り刻めるような圧倒的戦闘能力が、必要になる。
(そして……悔しいが、今の我ら二人にその力はない)
あるいは。
何か奇策でも思いつければよいのだが――それは思いつけない。
イヴは足に力を込め、剣を構える。
そして思う。
(……リズ)
「すまぬジオ、ここは撤退だ」
「おう」
「む、存外……素直に聞くのだな」
「あいつのお墨付きだ。戦いに関しちゃ、テメェの判断力は信用してる」
「走れるか」
「見りゃわかるだろ――足はまだ、生きてる」
イヴは逃走の機を図――
否。
機などない。
この神徒に対しては。
そう思った頃には、イヴとジオはすでに駆け出している。
もはや、祈るしかない。
アルスを”細切れ”にできる力を持った、味方との合流を。
後方から。
声がした――気がした。
「 ――コロス―― 」
ひずんだ声。
(……遭遇してから初めて)
あれは、過去からの引用ではなく。
(ともすると――)
今のアルス自身が発した声――言葉、なのかもしれない。
少し長くなったので(もう少し推敲もしたいので)分割し、このあと0:00頃にもう一度更新いたします。




