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 前回更新後に2件、新しくレビューをいただきました。ありがとうございます。







     △



 迷宮入りの前。


 転送されていく者たちを、イヴ・スピードは眺めていた。

 蠅騎士面を被ったタカオ姉妹が転送室に入っていく。

 姉妹にひと声かけたあと、イヴは自分の順番を待った。

 そんなイヴに声をかけてきたのは、ジオ・シャドウブレードだった。


「一応、テメェも魔素は練れるんだったな?」

「うむ」


 答えると、ジオが二本の剣を差し出してきた。


「使え」


 ほとんど押しつけられる形で手もとにきた剣。

 イヴはそれを検めた。


「カタナか……だいぶ、古いもののように見えるが」

「最果ての国の開かずの宝物庫にあったもんだ。古代魔導武器の一つだとよ。魔素を少量流し込むだけで軽くなるし、切れ味も鋭くなる」

「これを我に?」

「オレにはこいつがある」


 腰の後ろに斜め十字に下げた二本の黒い鞘。

 視線の動きでジオはそれを示した。


「四本もいらねぇよ。それにテメェのその剣、やけに柔そうだからな」

「我のこの剣もそれなりの代物なのだがな。が、ありがたく受け取っておこう」


 イヴはカタナを抜き、握り心地を確かめる。

 魔素を軽く込めると刃が淡く発光した。

 数振りして感触をなじませたあと、刃を鞘にしまう。


「よい武器だ」

「今の数振りで掴んだのかよ……ま、今のは掴んだやつの反応だったわな」

「それが理解できるそなたこそ、並の腕ではない証拠だな」


 ジオが、話題を転じる。


「今回の迷宮入り……死ぬ覚悟のあるやつだけが選ばれたって聞いたけどよ」


 各国の志願者たち。

 精鋭かつ、戦死を受け入れる覚悟のある者のみが選ばれた。

 つまり――死を了承済みということ。

 狂美帝やトーカたちが強制で選んだ感じはなかった。

 少なくとも、自分が把握する限りでは。

 皆、この世界を救うためと思い志願している。

 また、ある者たちは元の世界へ帰るために。

 そしてまたある者は――己の復讐に、ケリをつけるために。

 視線の先。

 順番通り転送が進んでいる。

 自分の順番が来たため、イヴは入り口へと歩き出した。

 ジオも、横に並んでついてくる。


「けど……オレは、死ぬつもりなんざ毛頭ねぇ。この世でオレにとって一番大事な女が今度、オレのガキを生む。もうすぐ生まれるそのガキの顔を見るまで、オレは絶対に死ぬわけにはいかねぇ。だからオレは、

「それでも、この戦いに参加はするのだな」

「んなもん決まってるだろうが。生まれてくるオレの子の……オレの子を産んでくれるあいつの未来を守るために、行くんだよ」


 つーかわかってて聞いてんだろテメェ、と悪態をつくジオ。

 イヴは、微笑んだ。


「我も同じだ」


 ニャキの肩の上でこちらを見守っている使い魔(リズ)の方を振り返る。


「死ににゆくのではない」


 イヴは言った。



「我らの未来を救うために、ゆくのだ」



     ▽



「――、……ッ」


 着地したイヴは、鋭い痛みを覚えていた。

 左腕に裂傷が走っている。

 先ほどの攻撃の際、刃鞭でやられたらしい。


(反撃にも気は配っていたつもりだったが……しかし首を斬ったあの一撃を決めるには、この負傷も致し方あるまい。いや、それよりっ――)


 ジオの左腕が。

 裂けていた。


 


 昔、スピード族の仲間たちと暮らしていた頃――

 木の枝を、両手で左右に裂いたことがある。

 けれど裂き切れず、途中で半端に割れた状態になってしまった。

 そう――あれは、あの状態に近い。

 半端な状態で二股に割れた腕。

 ワニの口のような、とでも言えばよいか。

 人差し指と中指の付け根の間から肘の手前まで、ぱっくり割れている。


 


 血闘士時代。

 一度だけあの裂け方をした血闘士を見たことがある。

 相手の攻撃で肘から先を切り落とされた血闘士はたくさんいた。

 そちらの場合は、どうやらある種の諦めがつく者も多い印象があった。

 が、今のジオと同じ裂け方をした血闘士は……

 半端にくっついているせいか。

 諦めの判断が、できぬようだった。

 あの状態になった血闘士は恐慌状態となり――やがて、泣き喚き始めた。

 しかし、


 ――ズンッ!


「!」


 なんの躊躇もなく。

 ジオは、右手のカタナで左腕の割れた部位を切断した。

 そして、


「ほんのわずかでいい――時間を稼いでもらえるか?」


 口に紐を噛み、ジオはその紐で付け根の近くを強く縛り、止血を行う。

 イヴの身体は――頼まれた通り、もう、動いていた。

 迫り来る刃鞭をカタナで弾き、盾のごとくジオの前へ滑り込む。

 応急処置的に止血を終えたジオが、舌打ちした。


「足の方を庇ったせいで、腕の方に隙ができちまった……つーかあの神徒、想定より速さと威力が上がってやがった。まだ本当の力を隠してたのかもしれねぇな……危機感を覚えていよいよ本気を出してきた、ってとこか?」

「……かもしれぬ」


 切断したアルスの頭部は地面に転がっている。

 さらに、その頭部は真っ二つに割れていた。

 首を切断した直後、イヴは頭部にもう一撃加えていたのである。

 頭部の中こそが”核”かもしれない、と。

 しかし。

 頭部の切断面は、血の糸と繊維のような細い束で上半身とまだ繋がっていた。

 見ると、頭部はずるずると元の位置に戻ろうとしている。

 できればあの頭部を完全に破壊しに行ってみたい。

 けれど急激に隙を減じ――威圧感の増したアルス。

 おそらく意思を持って動いている首なし状態の神徒の身体が、それを許さない。



「『いいねいいね……人間とか魔物とか魔族とか……関係ねぇ。強ぇやつと戦えるのが、オレにとっての幸せだ! オレはあんたらを倒して――もっともっと、強くなる!』」



(首を切断しても、頭部を真っ二つにしても、まだ動いている……つまり、真の急所は残る胴なのか……?)


 しかしである。

 ジオの攻撃時にアルスの速さや威力が上がっていたのなら……。

 どのみち、胴へのジオの攻撃は通らなかった確率が高い。

 そちらを”騙し”にしたからこそ、イヴによる首への攻撃が通ったのだ。

 ならば。

 あの段階で首の方を”ひとまず”落としてみる策は、間違ってはいなかった。

 ただ――問題はそこではない。


(残る急所と思しき胴を破壊できれば――本当に、勝てるのか?)


 イヴの中に一つの不安が湧いた。


(アルスは戦士としての”会話”ができる……戦いの中に、戦士としての機微がある。ならば……、守ろうとするのではないか?)


 戦士ならばの急所を、守る。 


 心臓への突き。

 斬首。

 胴の切断。


 戦士の本能に従えば、どれも避けるべきもの。


(もしやするとアルスは……人間だった頃と同じ感覚で”戦士としての急所”を、守っているだけなのか……?)


 であれば。

 残る胴を切断しても、それが”核”の破壊とはならない可能性がある。


(いや……そもそもこの神徒に真の急所たる”核”がある保証すら、どこにも――)


 同じ思考へ至っていたのか。

 ジオが口を開き、


「再生能力に限りがあるって線もありうるぜ……とすりゃあ、致命傷級の攻撃を間断なく浴びせ続けるしかねぇが……」


 ジオが目を細め、悔しさを覗かせてアルスを見据えた。

 彼の気持ちは、イヴにもわかった。



「『ほら、どうした!? 来い! オレはな、あんたと戦いたくてこの村に寄り道したんだ! 今は世界を救う勇者じゃなく――ただ一人の戦士、アルスとして! まだだ……まだまだ! まだ終わりじゃねぇだろ!?』」



 アルスの戦闘能力は、確実に初遭遇時より上がっている。

 どころか――心なしか、再生速度まで上がっている気すらする。

 攻防の中で与えた裂傷はもちろん。

 切断した頭部や切り離した肩辺りの肉片が、もうくっつき始めている。


「『ヴィシス……多分、オレは強くなりすぎた。でも、オレはまた生きるか死ぬかのギリギリの戦いがしたい……勇者になりたてだった頃のような……ヒリつくような戦いが、したいんだ。そして――そんな相手と戦って、勝ちたい』」


「…………」


 イヴの中に滞留する、ある違和感。

 この違和感の正体を解き明かさねば、この戦いの突破口はない。

 そんな、気がする。

 そして――イヴの中に留まっていた、その違和感は。

 散漫な輪郭から一つの実像的な解答へと。

 ようやく、その形を変えつつあった。



     □



 血闘士として――戦士として。

 生き残るために必要なのは、相手の戦士を見極める力。

 読む力であり、観察する力であり――推し量る力。


 セラス・アシュレインと旅をしていた頃、彼女と手合わせをした。

 その短い手合わせの中でイヴはいち早く見抜いた。

 未開花であったセラスの”その先”の秘めた戦才を。


 また、かつて魔群帯にてイツキ・タカオと戦った時のこと。


 ”戦いながら成長する性質を持つ”


 短い攻防の中でそのイツキの性質を素早く理解できたのも。

 相手の性質を測る能力が秀でていたゆえとも言える。


 トーカのような先を見据えた広い思慮深さを自分は備えていない。

 イヴ・スピードはそう考えている。

 けれど――戦いの中のことにおいてだけは。


 自分を、それなりに信じてよいとも思っている。




     ▽



 ”神徒は対神族に性能を割いている”

 ”ゆえに神族以外の者なら、それなりに戦えるはず”


 この前提条件が、解答への道を曇らせていたのかもしれない。


(だから我でもそれなりに戦えている……そう、思っていたが)


 本当に、そうだったのだろうか?

 アルスは戦士として並外れた才能を備えている。

 ヴィシスから神徒に選出されるほどの戦士だ。

 ジオならばともかく……


 本来、自分程度が一対一で互角に戦える相手ではないのではないか?


 そう。

 情けない話ではあるが――よく考えてみれば。

 短いとはいえ、遭遇直後に戦えていたこと自体が”妙”なのである。

 今になってみれば、そう感じる。


 戦いを楽しみたいから、アルスは手加減をしていた。


 これはありうる。

 が、


(手加減している者の戦い方では、なかった……)


 血闘場で数多あまたの戦士を見てきた。

 手加減している者の戦い方や空気には、ある種の癖がある。

 その癖が、アルスにはない。


(もちろんトーカ並の演技力を持つ可能性もある。しかし――)


 ”生きるか死ぬかのギリギリの戦いがしたい”


 アルスは、そう言っていた。


(これまでのアルスのげんしんとするなら、あの者は……生死を賭けた戦いを好んでいる。そしてとは……他ならぬ、その賭けの妙味みょうみを消す行為……)


 要するに。

 手加減はアルスにとって”楽しくない”行為のはずだ。

 生死を賭けた戦いを好むのなら。

 全力で戦い、そして勝てるか否か――この案配こそが大事なのだ。

 これは、血闘場へ足を運ぶ観戦客たちにも少し似ている。

 戦士同士が全力で命を賭して戦うからこそ、観る価値があるのである。

 ともかく――だからアルスは多分、手加減をしているわけではない。


「――――」


 イヴはその時、ハッとした。

 違和感――その、絡んだ糸の正体。


 ある一つの(解答)が、イヴの思考の中に立ち現れた。


(……それを可能とする方法は一つある。だが、もしそうだとすれば……アルスと戦う者からすれば、まさにそれは”罠”とも――)


「……ジオ」 

「見つかったか」

「おそらくだが、この神徒……」


 アルスは今、待っている。

 次のイヴたちの行動を。

 イヴは言った。




「戦う相手と同等――あるいは相手を”少しだけ”上回る戦闘能力に、自らの戦闘能力を性質を持つのではないか」




「――、……なんだ、そりゃあ」

「うむ……我も自分で何を言っているのか、実は完全に理解できてはおらぬ。ただ……我なりに言語化すると、そういう言い回しをするしかないのだ」


 ”そんな相手と戦って、勝ちたい”


 アルスは、そうも言った。

 要は――勝ちを譲る気はないのだ。


 ”ギリギリの戦いをした上で勝ちたい”


 アルスの欲望が、それならば。

 イヴの思考から導き出される結論は、先ほどの推測となる。

 そしてもし当たっているなら、この性質の問題点は――


「つまり……相手が強けりゃ強ぇほど、あの神徒も強くなるってか?」

「うむ……相手よりも少しだけ上の強さに、な」


 だから――


 、と思ってしまう。


 アルスと戦っている側は、ギリギリの攻防ができていると感じてしまう。

 が、実際はアルスが”調整”しているにすぎない。

 相手と”死闘”ができるまでの戦闘能力にまで。

 ある意味――あえて下に、降りてきている。

 そしておそらく、アルスはそれを無意識でやっている。


「テメェより強いオレが来たから、アルスはさらに厄介な相手になった?」

「――と、我は考える。相手が強ければ強いほど進化する……そう言い換えても、よいのかもしれぬ」


 膂力も。

 しなやかさも。

 反射神経も。

 刃鞭の速さも。

 再生速度も。

 すべて。


「ただ……先ほどのように策を用いれば、一時的な”勝ち”は拾えるのかもしれぬ。しかし……その”勝ち”もアルスの致命的な何かを完全破壊しなければ、その後の再生でなかったことにされてしまう。しかも再生しながら……あの通り、戦闘は続行してくる」


 肉片だけになっても――自律的に、動いてくる。

 進化しながら。


「……んなもん」

「ああ」




 手のつけようが、ない。




「残る胴が核とかいう真の急所っつー線も、まだ残ってるには残ってるが……」

「……う、む」


 イヴの弱々しいその相づちに、ジオからの反論はない。

 彼も多分、わかっている。

 急所でない可能性の残る胴を”取りに行く”のは、分が悪すぎる。


(むしろありうるとすれば……ジオの言うように、再生能力に限りがある線の方が有力に思えるが……)


 今、二人は負傷している。

 さらにジオは片腕を失っている。

 ちなみにジオが切断した腕で握っていた方のカタナは、地面に転がっていた。

 イヴの視線に気づいてか、


「どのみちさっきの攻防で、あっちの刃にゃヒビが入っちまってた。つーか野郎、身体の硬さまで増してやがる気がするぜ……」


 ジオほど深くないがイヴも腕を負傷している。

 この状態で致命傷級の攻撃を与え続けるのは難しいだろう。

 何より――現状、それで倒せる確証もない。


「ぐっ……」


 強くなり続ける上に、再生し続ける。

 進化し続ける。


 やや格上に相手。


 戦い続ければこちらがジリジリ弱っていくのは、目に見えている。


(仮に核とやらを狙うにしても分が悪すぎる上……その核の場所すら絞り切れぬ。もし勝ち目があるとすれば……)


 たとえば。

 数瞬で細切れになるまで切り刻めるような圧倒的戦闘能力が、必要になる。


(そして……悔しいが、今の我ら二人にその力はない)


 あるいは。

 何か奇策でも思いつければよいのだが――それは思いつけない。

 イヴは足に力を込め、剣を構える。

 そして思う。


(……リズ)


「すまぬジオ、ここは撤退だ」

「おう」

「む、存外……素直に聞くのだな」

「あいつのお墨付きだ。戦いに関しちゃ、テメェの判断力は信用してる」

「走れるか」

「見りゃわかるだろ――足はまだ、生きてる」


 イヴは逃走の機を図――

 否。

 機などない。

 この神徒に対しては。

 そう思った頃には、イヴとジオはすでに駆け出している。

 もはや、祈るしかない。


 アルスを”細切れ”にできる力を持った、味方との合流を。


 後方から。

 声がした――気がした。






「   ――――   」






 ひずんだ声。


(……遭遇してから初めて)


 あれは、過去からの引用ではなく。


(ともすると――)


 が発した声――言葉、なのかもしれない。





 少し長くなったので(もう少し推敲もしたいので)分割し、このあと0:00頃にもう一度更新いたします。

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― 新着の感想 ―
相手の強さに合わせて弱くなる… 一瞬、シビトが欲しがりそうな気がしたけど、的外れかな?
お見事でした。 前2度の戦いは勇者綾香と樹が死に迫った時に奥義に覚醒したので乗り越えられましたが。 勇者でなく人の身の二人では覚醒は難しいでしょう。 ただ、アルスがオリンポスの戦闘狂戦神アレスがモデル…
相手に強さを合わせるとか、鰤の剣八みたいだな
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