表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/429

間章.勇血の一族



 ◇【逃亡者】◇



 断続的な短い息遣いが、清澄な空気を震わせる。


「はっ――はっ、はっ、はっ――ッ!」


 鬱蒼とした森。

 大きな道を避け、彼女は走る。

 枝の折れる音。

 森の中で目立つ道を避けるとこれが厄介な合図となる。

 けれど彼女はそれを奏でない。

 枝を揺らしはする。

 が、折れたのは三本に満たぬであろう。

 身体の線の細さもそれを助けているだろうか。

 地面の小枝も踏まない。

 静かに、しかし、確かに彼女は疾走する。

 風を身に纏って。


「――――ッ」


 彼女は速度を落とした。


(気配が、遠のいていく……?)


 追跡者たちの速度が落ちた。

 撒けた……わけではないはずだ。

 彼らがそう簡単に諦めるとは思えない。

 この時、彼女の中に迷いが生じた。

 ここで戦うべきか、否か。

 身を翻し、木の幹を背にする。

 迎え撃つ構え。



 追手は――”勇血ゆうけつの一族”。



 かつて世界を救った”異界の勇者”の子孫たちである。

 異界の勇者たちの中にはこの大陸で子をなした者もいた。

 勇者の血を継ぐ者は常人を越えた身体能力や才を持つとされる。

 ただし、数多の邪悪と戦い成長した勇者には及ばないと聞くが。


 しかしあくまで勇者(先祖)と比べればの話。


 戦って容易に勝てる相手でないのは変わらない。

 各国は勇血の一族を様々な形で囲っていると聞く。

 勇者を召喚できない国にとって彼らは重要な戦力なのだ。

 彼女の葛藤はまだ続いていた。

 一人一人ならまだ相手もできよう。

 が、四人同時となると厳しい。

 細い息と共に疲労感を吐き出す。


(彼らを振り切るのはどうやら不可能――使うしか、ありませんか)



 ”精式霊装せいしきれいそう”を。



 彼女は覚悟を決めた。

 勝てる保証はない。

 しかしいつかは断ち切らねばならない。

 逃げられないのなら、戦うしかない。

 己が内の精霊に呼びかける。


(我がセラス・アシュレインが望むは精式なる霊装……我が安眠を対価とし、契約をもってそなたたちに捧ぐ――)


 精霊たちの名を心中にて、契約順に紡ぐ。


(シルフィグゼア、フェリルバンガー、ウィルオゼーガ……ッ)


 風の精霊、氷の精霊、光の精霊。


 三色の線光が何重にも彼女――セラスを、包み込む。

 薄緑、氷色、白色の線光。

 光が止む頃、彼女は鎧と装具を身に纏っていた。

 これまで身に着けていなかったはずの鎧と装具。

 それらは精霊の力により顕現したものである。


 名を、精式霊装。


 その姿はさながら伝承に登場する光の女騎士のよう。

 幾度となく過去にそう評されてきた。

 腰の剣を抜く。


 ――ピシッ、ピキッ――


 氷が刃を補強していく。

 青き葉脈めいた氷が刃を這い、剣の性能を高める。


 カシャッ


 額当ての内側が滑り落ちてきた。

 滑落した部位が、視界を覆う。


 精式霊装、最終形態。


 目の覆いでもちろん視界は塞がる。

 だが問題は何もない。

 すべては、風が教えてくれる。

 感覚を研ぎ澄ます分、神経には過度な負荷がかかる。

 しかし、視覚より敵の動きや気配を捉えられる。

 先読みもよりしやすくなる。

 セラスはそっと耳に触れた。


(勇血を継ぐ四人組の賞金稼ぎ”聖なる番人(ホワイトウォーカー)”……まさか、彼らに目をつけられてしまうとは……油断しましたね……)


 通称”牙”――ザラシュ・ファインバード


 通称”鬼双天骸きそうてんがい”――アシュラ


 通称”激圧げきあつ”――ジオベイン・センガイ


 通称”剣神”――マガツ・ブレイディヌス


 耳から手を離す。

 長き逃亡の影響か。

 身体と脳に疲労が堆積している。

 セラスは覆いの内で瞳を閉じた。


(傭兵の世界でその名を知らぬ者はいないほど、凄腕かつ、凶悪な四人組と聞き及んでいますが……よい噂は、ついぞ聞きませんでしたね……)


 ここへ至るまで彼らとは何度か交戦した。

 確かに強かった。

 が、察するにまだ本気ではなかった。

 向こうもこちらの力量を測ろうとしていたのだろう。

 ただ――そろそろ向こうも、本格的に仕掛けてくる。

 覚悟をさらに意志で補強していく。


(捕まるわけには、いかない)


 柄を両手で握り込み、構える。


(ここで、断つ……ッ!)


 セラスは気配が動き出すのを待った。


 どうの機を見極めようと、神経をより研ぎ澄ます。


「…………」


 染み一つない白い頬を一筋の汗が伝う。

 この状態になってから、それなりの時間が経っていた。


(まだ、動かないのですか……? いえ……おそらく何か、狙いが――)



 ――ゾ、クッ――



 氷の刃を突き込まれたような寒気が、背筋を貫いた。

 いよいよ彼らが、本気になったのか。

 追いかけっこはもう終わり。

 遊びの時間は、もう終わり。

 ここより開始されるのか。

 本格的な狩りが。

 と――セラスは、思わず剣の柄から片手を離した。

 奇妙な違和感が喉元まで競り上がってきたからだ。

 口元を手で押さえる。


(な、ん――なのですか、これは?)


 気持ちが悪い。

 襲いくる不可解な嘔吐感。

 頭がぐらぐらする。

 ひどく、いびつなイメージ。

 聖なる番人がもはや強いのか弱いのかすら不鮮明になってくる。

 凝固しかけていた認識が、撹拌される。

 相手の強さがわからない。

 正しく、分析できない。

 浅はか、だったのか。


 こんなにも異様な相手と、自分は戦おうとしているのか。 

 これほど不気味な相手を、自分は相手に回して戦うのか。


 勇血の一族。


 伝説の血を持つ相手と戦おうとしたのが、浅慮だったのか。

 あのまま、逃げるべきだったのか。


 ガサッ


 突然の音にセラスは素早く反応する。

 氷脈の剣を振りかぶり、音のした方へ疾駆。


(……ッ、――違、う!?)


 今の音は、騙し。


 斜め後ろの茂みから――気配。




「【パラライズ】」




(――えっ?)


 誰、だ。

 聖なる番人――ではない。

 あの溢れ出んばかりの”強さ”がない。

 だが、変だ。

 妙だ。

 あの四人ほど、強くない。

 そう、


 決して


 なのに――精霊たちが、怯えている。

 しかも、


(魔物らしき気配まで、まじっている……?)


 一方で、敵意があるかどうかは疑わしかった。

 害意も希薄。

 何より、


(身体が……動か、ない……ッ? な、ぜ……ッ!?)



「攻撃の意思は感じられたが――どうもあんたの殺意には、不純物がまじっていてな。そこが、気にかかった」



 男の声。

 彼は、何を言っているのか。


(私の殺意に、不純物……ッ?)


「さっきのとはどこか違う感じがした。だから、少し話をしてみようと思ったわけだ。とはいえ、動きの方は保険として封じさせてもらったが」


 苦労の末、セラスはかろうじて言葉を紡ぐ。


「な……に、が――目、的……です、か……やは、り――」


「言ってしまえばまあ、道に迷っちまった感じでな。もしあんたがこの近辺に明るいなら、最寄りの町か村を教えてほしい。俺はこの辺りの人間じゃない。おかげでこのあたりの常識も欠如している。だからこの辺りの情報を、できればあれこれ教えて欲しいんだが――」


 一瞬、セラスの思考が停止する。


(嘘の気配が、ない……?)


 真偽を読む風の精霊が”真実寄り”の判断をくだしている。

 精霊の感じから、判断の確度が高いのもわかった。


(本当に彼は……ただの迷い人、なのですか? それに……)


 セラスの中に一つのある大きな疑問が湧き上がる。

 彼は先ほど”さっきの四人組”と口にした。


(そう――)



 



 聖なる番人(ホワイトウォーカー)は一体、



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
我がセラス・アシュレインが望むは精式なる霊装……我が安眠を対価とし、契約をもってそなたたちに捧ぐ―― ↓ 我セラス・アシュレインが望むは精式なる霊装……我が安眠を対価とし、契約をもってそなたたちに捧ぐ…
[良い点] ピギ丸と言う初の友人と「復讐は何も生まない」と言う風潮に逆らう復讐者として生きる決意、三森は最後何を見るのかと言う感じでした。
[一言] 森の中でクッころさん(?)に出会った?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ