表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

398/439

二つの再会


 オウルが言った。


「リンジさん、あれってビグさんじゃないですか?」


 ばつの悪そうなリンジ。


「……だな」


 気まずさ――それは、安も同じだった。

 あれは、レベル上げに金棲魔群帯へ赴く前のことである。

 各勇者グループに教官役の師がついた。

 剣虎団は安グループを受け持っていたわけではない。

 しかし、面識がなくはないのだ。

 あの頃の自分を知っている人物と会う。

 恥ずかしい気もする。

 でも、と思った。

 ここでこっそり立ち去るのも、違う。

 思い切って、安はリリに声をかけようとした。

 が、


「ビグさーんっ」


 わずかなタイミング差で先に声をかけたのは、オウル。

 リリが目を細め、ぶすっとした顔をでこちらを見た。

 その傍らにいた老戦士のビグが、


「……オウ、ル? おまえ……まさかオウルか? いや、というか隣にいるのは――リンジ!?」


 リリの目が開いてゆき、


「……え? オウルに、リンジって……」


 オウルはへらっとした笑みで手を上げ、


「や、ビグさん……久しぶり。その……今も、お元気そうで」

「おまえら、どうしてここに!?」


 ビグが列を離れ、駆け寄ってくる。 

 他の剣虎団の面々も、


「え? リンジさんって……あれだよな? リリの親父さんと、剣虎団の二枚看板だったっていう……」

「ああ、そうか……おまえらは、リンジやオウルがいなくなってから入団したんだったな」


 リンジはオウルに視線を飛ばし、


 ”この野郎……まだ心構えが整ってないうちに、声をかけやがって……”


 そんな不服そうな顔をしている。

 しかしすぐ諦め顔になり、ぎこちない笑みを浮かべた。

 そんなリンジにまず挨拶したのは、ビグ。


「久しぶりじゃな、元副団長」

「……ご無沙汰してます、ビグさん」

「ふむ、なかなか渋い男になったのぅ?」

「ビグさんは、まだ現役でいらしたんですね」

「ふん、まあの」


 リリも近づいてきて、


「リンジさん……あたしのこと、覚えてます?」

「……そっちこそおれのことなんか、覚えてるのか?」


 涼しく微笑み、リリは肩を竦めた。


「まだ小さかったんでおぼろげですけど……覚えてますよ。というか、存在を忘れるのは難しいでしょ。なんたって、かつて親父の相棒だった男ですし」


 リンジはおさまりの悪い顔をしていた。

 リリはそんな彼を見て、


「あ、親父ですけどね……」


 リンジの顔に、緊張が走る。


「リンジさんのことはもう、怒っちゃいないですよ」

「……え?」

「当時の親父は、そりゃあ荒れに荒れました。半殺しにするためにリンジさんを追っかけていってもおかしくなかった。まだ小さかったあたしでも、あの時の親父の荒れっぷりは覚えてます」

「……仕方ないな。おれはあいつに――グアバンに黙って、剣虎団を抜けたんだから」


 二人の会話を聞くうち、安も徐々に事情を把握してきた。

 また、あとになって細かい内容もそれなりに教えてもらった。


 こういうことらしい。

 剣虎団は元々、リリの父とリンジの二人で立ち上げた傭兵団だった。

 当時も剣虎団の名は売れていたそうだ。

 ただ、リリの父グアバンは剣虎団をもっと大きくしたかった。

 しかしリンジは逆に、傭兵稼業から身を引きたがっていたという。

 傭兵団を大きくするため、その頃は運営方針も強引になってきていた。

 リンジはその方針にも反対だった。

 が、グアバンはリンジの引退を頑なに認めなかった。

 グアバンはいつも、こう言っていたそうだ。


 ”俺様とリンジ! この二枚看板あっての剣虎団だ!”


 けれどある時――リンジは、剣虎団の一部と共に姿を消した。

 グアバンの恨み節はすごかったらしい。


『俺様とリンジは固い誓いを交わしてた! 剣虎団をこの大陸でいちばんの傭兵団にするってな! なのにあいつはっ……あいつは、夢の途中で俺様を置いて勝手に降りやがった! しかも――黙って!』


 さらに二つのことが、グアバンに追い打ちをかけた。

 剣虎団の古参のほとんどが、リンジの方についていったのである。

 しかも、グアバンの妹までリンジと去ってしまった。


「妹さんのこともだけど……古参の人たちの大半がリンジさんについてったのが、特にこたえたみたいでね。当時は最古参のビグが残ってくれたから、まだギリギリ踏みとどまれたみたいですけど」

「……おれも悪かったとは思ってる。ただ――」


 リンジは遠い目をし、


「あの頃のおれには、グアバンがすっかり変わっちまったようにしか見えなくてな……古参の仲間どころか、おれの言葉にもまるで耳を貸さなくなっちまってた。それに……あの頃のあいつは剣虎団をでかくすることばかりに気がいっていて、古参連中をないがしろにしてた。ここはもう、おれの思い描いていた傭兵団じゃなくなっちまった……そう、思ってな」


 グアバンの妹も、その頃の兄には嫌気がさしていたそうだ。

 物思いに耽るように、リンジが続ける。


「けど今になって思えば……もう少しあいつのそばにいて、粘り強く説得を続けるべきだったのかもしれない」

「いや……今じゃ親父は”自分が悪かった”って認めてますよ」

「……元気にしてるのか、あいつ?」

「あたしに団長の座を譲って引退してからは、出来の悪い木彫り細工を作ったりしながら静かに過ごしてます。昔と違ってかなり痩せたし、すっかり老け込んじまいましたけど……だからまあ、リンジさんはまだ若く見える方ですよ」


 リリは苦笑し、


「あんまり口にはしないけど、親父も内心じゃ当時の自分の行いを反省してるみたいです。当時のリンジさんへの態度もすごく後悔してるっぽいですよ? ただ……ほら、親父って不器用なとこがあるでしょ? だから……今は再会を望むより、リンジさんとのことをなんとか忘れようとしてるっぽいです」


 それから二人は、しばらく黙り合った。

 リンジが口を開く。


「……会いに行ってもいいか? この戦いが終わったらもう一度……あいつと、会ってみたい」

「もちろん」


 リリは目を伏せて微笑し、


「きっと、親父も喜びます」

「そん時は女房と一緒に、リリちゃんの従姉妹も連れてくよ」

「あ、リンジさん子どもいるんですか」

「ああ」

「へー」


 またしばらく、二人は沈黙した。

 ただ、今度は少し穏やかな沈黙だった。

 やがてリンジが、ぽつりと言った。


「……リリちゃんも、悪かったな」

「ん? いえ、別にあたしはリンジさんを悪く思ってませんよ? それに……今の剣虎団は”来る者は適度に拒まず、去る者は追わず”の方針でやってますから。方針が気に入らないなら――合わないなら、自由に去ればいい。仲間は大事にします。でも、剣虎団でいることを強制はしたくありません。強制したら、お互い不幸になるだけだと思うんで」

「いい運営をしてるみたいだな、リリちゃんは」

「とはいえ――」


 リリは皮肉っぽい笑みを浮かべ、


「このところヴィシスから剣虎団がいいように使われた感があるのは、失点です。そこはあたしも反省ですね。ま……それでもあたしを信じてついてきてくれる仲間には、感謝しかありませんけど」


 リリは、信頼を込めた目で剣虎団の仲間たちを見た。

 オウルと顔見知りの剣虎団メンバーが再会を喜び合っている。

 リンジとリリは並んでその光景を眺め、


「……誰も、死なせたくねぇな」

「そう願いたいとこですけど……今回の戦い、ヴィシス側も死に物狂いって話です。だから……けっこうしんどい戦いになるかもしれません。そもそも、勝てるのかどうか……」

「大丈夫さ」


 言って、リンジが安を手で示す。


「おれたちにはこいつ――上級勇者もついてる」

「へぇ? 異界の勇者がいるんですか……、――ん? よく見ると、あんた……」


 リリが眉を顰めた。

 安に近づいてきて、顔の距離を縮めてくる。


「あたしたち……すでに会ってる、よな?」


 安は顔を後ろへ引き、


「ご――ご無沙汰、してます……」


 リンジが意外そうな顔で、


「あれ? なんだ、二人とも知り合いなのか?」


 リリが親指で安を示し、


「こいつら勇者を鍛えろって、ヴィシスから以前呼び出しを受けましてね。ま、この子の担当はあたしらじゃなかったんだが……、――それにしても……あんた、誰?」

「え? トモヒロ・ヤス……です、けど……」


 リリが目を閉じ、眉根を寄せる。

 腕組みし、必死に記憶の糸をたぐり寄せているようだった。


「いや……もう思い出してはいるんだけどさ。なんか今のあんた……あたしらといた時とは、別人みたいじゃないか?」


 安は視線を逸らし、


「実はあれから……色々、ありまして。その――」


 頭を下げた。


「あの頃は不愉快な態度をたくさん見せてしまって、すみませんでしたっ……」


 ぽかんとするリリ。

 が、すぐ何か察した顔になった。

 彼女の視線は、安の包帯や傷を捉えている。


「……ま、あんたも言葉通り色々あったんだろ。あえて掘り起こす気もないさ。味方として戦ってくれるってんなら、あたしは過去のことも含めて何も言うつもりはない。今の方が好感も持てそうだしね。ていうか――過去の態度はともかく、あんたの力は知ってる。頼りにして……いいんだな?」

「が、がんばります」


 リリがあごに手を添え「とはいえ……」と再び再接近してくる。


「あの頃の黒炎の勇者とあんたが、同一人物か……蠅王といい、どーも過去と印象の一致しない事案が立て続けに起きるねぇ」


(え?)


「……蠅王? それってもしかして、ベルゼギアさんのことですか?」

「ん? その口ぶり……もしかして、会ったことでも?」

「ええ……僕は彼のおかげで、生きてここにいられるとも言えますから……」

「へぇ? あたしらも、生きてここにいられるのは蠅王の計らいみたいなもんでね」

「あの、リリさんもベルゼギアさんとお会いしたことが……?」

「んー」


 リリは唇を尖らせた。

 おさまりが悪いみたいに。


「過去に戦ったことがある、っていうか……命を救われたっていうか――いや、そもそもそれ以前に、実はベルゼギアの中身らしい男と会ってたみたいでね? あたしらが救われたのは、どうもその時のおかげらしい」


 安は驚いた。


「え? つまり……素顔を見てる、ってことですか?」

「……そう、なんだけどね」


 違和感を振り払うように、リリが頭を掻く。


「あの時の坊やと、再会した時の蠅王が……どーもいまだに繋がってこなくてさ。あん時は、まったく人畜無害そうな若者に見えたんだが……」


 若者。

 ベルゼギアの中身は、思ったより若いらしい。


「その時は、ベルゼギアと名乗ってたんですか?」

「あ、そういや名前は聞かなかったな……けど、ミルズ遺跡攻略の募集時に記入した名前を見れば本名がわかるかもね。いや、偽名の可能性もあるけどさ」

「…………」


 あの仮面と蠅王装のせいだろうか?

 彼はどこか、人間離れした印象があった。

 でも、中身は確かに人間らしい。


(……また、会えるといいな)


 やっぱりもう一度、会ってみたい。

 十河綾香と同じように――今の自分として、会ってみたい。

 安智弘は、そう思った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
かつての黒歴史を知っている相手にちゃんと自分から挨拶しようとしたのってすごくない?! 安くん…あんた、色々な意味で真の勇者だよ…
姐御経由で中の人に触れられるか! 落ち着くまでは会えなさそうだけど、無事再会してほしいもの… なんか安君カッコ良過ぎてフラグ建築してるんじゃと不安に
全部終わったらトーカとしての安との再会見てみたいですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ