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集結する者たち



 安智弘、リンジ、オウルは女王の間にいた。

 その女王の間も今や軍議の場へと様変わりしている。

 扉が開く。

 白装の騎士を引き連れ、二人の女が入ってきた。

 一人はサークレットを頭に着用している。

 もう一人は、尻尾めいた飾りのついた白い兜を小脇に抱えていた。


「だいぶご無沙汰しております。マグナルの白狐はくこ騎士団長、ディアリス・アートライト――ただいま到着いたしました」


 光を纏ったような女性だった。

 純白の鎧。

 どこか狐を思わせる騎士装。

 マントも純白。

 腰には、長剣。

 手から肘にかけて白い長手袋を着用している

 鎧の上からでもわかる、すらりとした体躯。

 身長も高く、その手足は長い。

 薄いエメラルドグリーンの瞳。

 やや白髪はくはつに近いが、髪は淡いレモン色

 たとえば、あのセラス・アシュレインと比べるとかなり色素は薄い。

 たおやかで、凛とした印象がある。

 何より――美しい女性だった。


 また、その隣に並ぶ小柄な女性も引けを取らぬ美しさの持ち主だった。

 というか――隣の女性とかなり似ている。

 こちらは長い髪を後ろで結んでいた。

 人のよさそうな笑みを浮かべている。

 その腰の後ろには、


(あれは、斧……?)


 サイズのやや小ぶりな斧を二つ、下げている。

 可憐で細身な雰囲気の彼女には似つかわしくない気も、しなくはない。

 だが蜜色の刃を持つふた振りの小斧は、意外にも彼女にしっくりきていた。

 デザインのせいだろうか?

 斧に持ちがちな無骨な印象がない。

 彼女は兎耳に似た装飾のついたサークレットをつけていた。

 また、彼女も白い長手袋をしていた。

 白と赤の色合いからか、微妙にその出で立ちが白兎を連想させる。

 ただ鎧は隣の女性と違い、微妙にドレスアーマーみたいな作りだった。

 貴族の娘がするようにスカート部の両端を持ち上げ、彼女が一礼する。


「女王陛下、お久しぶりです。マグナルの白兎はくと騎士団長、シシリー・アートライトです」

「久しぶりだな、シシリー」


 口もとを綻ばせその名を口にしたのは、聖女キュリア。

 安は彼女の厳しめの表情しか見たことがなかったので、


(あんな顔もする人なんだ……)


 と思った。

 シシリーは微笑み、


「ええ。かなりご無沙汰でしたね、キュリア」


 二人は旧知の仲らしい。

 一応、彼女たちについては事前に情報を得ていた。


(あれが大陸でも有名な美貌の姉妹……マグナルのアートライト姉妹……)


 元々、マグナルの白狼騎士団には副団長が二人いた。

 そして、うち一人があのディアリス・アートライトだった。

 白狼騎士団といえば、マグナルの最高戦力を謳う騎士団である。

 マグナル全土を駆け巡るのも、もっぱら白狼騎士団の役割であった。

 一方、白狐、白兎の両騎士団は王都とその周辺を活動領域としていた。

 この両騎士団は、王の護衛や王都の治安維持が主な役割である。

 ゆえに、あまり表舞台に出てくることはない。

 しかし――あの大侵攻の際、白狐騎士団の団長が戦死してしまった。

 そこで、副団長の一人だったディアリスが白狐騎士団の団長になったのである。

 王都とその周辺からあまり動かぬ白狐騎士団。

 ディアリスがそこへ移ったのは、とある理由もあるとされていて――


「ディアリス殿は身ごもっていると聞きました。このような戦いの場に来て、よいのですか?」


 そう尋ねたのは、キュリア。

 ディアリスは視線を落として微笑み、腹を撫でた。


「まだ十分、動けますから。まあ、前線にはあまり出ないでくれと部下たちからは苦言を呈されていますが」


 微笑を苦笑に切り替えたあと、ディアリスは表情にかすかな憂いを覗かせた。


「……ソギュードが残してくれたこの子の未来のためにも、私は戦わねばなりません。せめて、指揮くらいは」


 ソギュード・シグムス率いる白狼騎士団は、全滅した。

 そう公表されている。

 ヴィシスの謀略によって罠に嵌められ、殺されたのだとか。

 この情報がマグナル全土に伝わったのも、マグナルが一気に反女神へ傾いた要因だという。


「ですがお姉さま、あまり無理はなさらぬよう」

「わかっていますよ、シシリー」

「お姉さまの分はわたしが働いてみせます。それに、もう少しすれば陛下もご到着されるようですし」


 王弟ソギュード・シグムスの死はマグナルに深い悲しみをもたらした。

 しかし、その悲しみを和らげる救いの報もあった。

 大侵攻の際に戦死したと思われていた白狼王が、生きていたのである。

 彼は大侵攻の際に重傷を負い、ミラで治療を受けていた。

 しかし――なぜミラは今まで生存を公表しなかったのか?

 なぜ、ミラは帝都ルヴァに重傷の白狼王を連れて行ったのか?

 そこはのちにかもしれない。

 が、今は白狼王が生きてこのアッジズに向かっている事実を喜ぶこととしよう。

 ディアリスはそう語ったあと、女王に一礼した。


「女王陛下、このたびはマグナルの民を受け入れてくださり……感謝いたします」

「……すべての民、とはいかないようだけどね。残念だわ」


 ヨナトへと避難してくるマグナルの民たち。

 当然、中には足の遅い者たちもいる。

 マグナル軍も、しんがりにあたった戦力はいた。

 けれど――聖体の波に追いつかれ、彼らもおそらく”のみこまれた”。

 となれば。

 追いつかれた避難民も同じ末路を辿ったであろうことは、想像に難くない。


 ”ヴィシスの放った聖体は、戦えない者たちも無差別に殺している”


 自責と悔しさを滲ませ、ディアリスは薄く歯噛みした。


「民を守るべき騎士団を率いておきながら、一部の避難民を置いてこざるをえなかった――いえ、切り捨てたも同義です」

「いえ、お姉様にとっては問題ありません」


 涼やかな笑顔で一歩前へ出てそう口にしたのは、シシリー。

 彼女は腰の後ろで白い手を組み、


「後続の避難民の”切り捨て”はお姉様――ひいては、我らが陛下の指示ではない。このシシリー・アートライトがです」


 人のよさそうなシシリーの雰囲気が、一変していた。

 彼女の瞳は昏い狡猾さに沈んでいる。

 今はその口もとの笑みすら、鋭い刃のようである。


「この戦いのあとにとがを求められた場合、身籠もっているお姉様や、国を立て直す原動力となる陛下へ矛先が向くのはよろしくありません。民の不満や怒りは、わたしが引き受けます。ですからどうか、ご安心を」


 ふふ、と笑顔に戻るシシリー。


「ま、わたしが戦死でもすればそれこそ”死人に口なし”で全責任をおっかぶせられますし?」

「シシリー、それは――」

「お姉様、この話はここまでです」


 有無を言わせぬ語調で、シシリーが話を打ち切る。


「とにかく今は、この戦いに勝つのが最優先です。ところで――彼が、例の?」


 シシリーが目にとめたのは、安智弘。

 ヨナトの女王は頷き、


「そう、彼が我々と共に戦ってくれる異界の勇者よ」


 安は気後れしつつ、シシリーに会釈する。


「……はじめ、まして。トモヒロ・ヤスです」


 シシリーが近づいてきて、にこっ、と笑いかけてきた。


「はじめまして、シシリー・アートライトです」


 彼女はそのまま、握手を求めてきた。

 握手に応じる安。

 シシリーは、何か推し量るような目をしている。

 やがて、なるほど、と彼女は呟いた。


「なかなか、頼りにできそうです」


 そう言ってシシリーは踵を返し、戻っていった。



     ▽



 のちに、ミラ軍と白狼王らもアッジズに到着した。

 安やリンジらも彼らを出迎える列に加わっている。

 快晴の空の下、最終守護壁を抜けてきたミラの指揮官たちが姿を見せた。

 貴公子然とした美男子は、ミラの大将軍ルハイト・ミラ。

 彼の横に控えるのが、選帝三家の当主が一人、ハウゼン・ディアス。

 この戦いでミラ軍の副官を務めるそうだ。

 そして――

 どこか冬の荒れ地を思わせる大柄の男が、白狼王。

 白狼王と同じく、彼の乗る馬も他より体格がよかった。

 その王の帰還を今か今かと待ち受けていたマグナルの兵たち。

 お待ちかねの白狼王が姿を見せると、彼らは大歓声を上げた。

 と――その時である。

 リンジが、とても複雑そうな表情をした。

 オウルも「おっ」と声を出す。


(……あれは)


 安も”彼女たち”に、気づく。


(剣虎団の人たち……)




 前回更新後に1件、レビューをいただきました。ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
改めてキリハラの犯した所業は万死に値するなーと(残された子がいるのは救い) エピローグの一つで、処刑希望ですが(これ比喩じゃなくマジで最期は晒し者としてマグナルでギロチン刑にでも処されそう) 最大の…
ヴィシスとの決着や、元の世界への帰還、後日談も考えたら、あと50話くらいは軽くかかるかな?
シシリーのウサ耳サークレットと手斧の組み合わせは、カットバニーがモチーフなのだろうか? そうすると、手斧は投擲用だろうか?
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