痕跡
俺たちは王城の方角を目指し、再び移動を開始していた。
「ここまで揃ったら、今は俺たちが神徒と遭遇できた方がよさそうか」
このメンバーが揃うまでなら遭遇はなるべく避けるべきだった。
が、逆に今は俺たちが遭遇した方がいいかもしれない。
俺たちが神徒を倒せれば、他の突入メンバーの生存率がグッと上がる。
先頭を行くセラスが言った。
「やはりこの迷宮、ヴィシスを除けば神徒が最大の障害でしょうか」
「現状、俺たちが持ってる情報ではな」
ロキエラの情報によれば、神徒は単独でもかなり戦闘能力が高い。
「俺たち以外でいえば、十河と高雄姉妹が合流できるのがベストだろうな。特に十河と聖が合流できれば、かなり大きい」
あの二人が揃えば……。
仮に神徒二体と同時に遭遇しても、やれるかもしれない。
これはヴィシスとしても合流させたくない二人のはず。
十河綾香の懸念点は――やはり、精神面。
セラスと同じく、真っ直ぐすぎるのが弱点といえば弱点である。
たとえば。
話術で相手の土俵に引きずり込まれた時、脆さが出かねない。
そう、浅葱みたいな相手とは相性が悪い。
他には、人質を取られるケース。
迷宮内に残った王都民の存在も、ことによってはネックとなりかねない。
持ち前の善性が足を引っ張るケースは、考えられる。
過去に善性に救われた俺としては、全否定はしたくない点ではあるが……。
こと殺し合いにおいては――
やはりその美点は、弱点へと反転しかねない。
ただし、その面も聖なら上手くコントロールしてくれるはず。
あいつは一時的に、あの桐原すら適度にコントロールしてたようだしな……。
「そこにイヴやジオ殿、狂美帝あたりが合流できていれば安心感が出ますね」
先行突入組。
これらが合流していけば、戦力は純粋に増強される。
戦術の幅も広がる。
俺は懐中時計を取り出し、
「後続組も、そろそろ突入する頃合いか」
もし叶うなら、
「後続組が突入するより前に”戦える”先行組で神徒を撃破済みってのが、理想的ではあるが……」
セラスが言った。
「神徒の懸念点はやはり、その強さの底がいまいち読み切れないところですね」
ヴィシスの神徒。
ロキエラが目撃したのは、そいつらと神族の戦い。
あるいは、ロキエラ側の神徒を相手とした戦いだった。
つまり――
ヴィシス陣営の神徒側には、いわゆる強力なバフがのっていたことになる。
ロキエラは、
”キミたちヒトなら神族じゃない分、勝ち目が出てくるかも”
そう、言っていた。
しかし、
「対神族用のバフが無意味な状態……そこにエリカの対神族用魔導具の効果、さらには浅葱のスキルによるバフが俺たちにのっている状態――この条件下で俺たち側がどのくらいやれるか、だな」
ヴィシスの神徒は――
この条件下で、ようやく渡り合える強さなのか。
逆に、思ったよりあっさり勝てる相手なのか。
最悪なのは。
今の条件下でも歯が立たたない、というケース。
そして、もし神徒の強さがその”最悪”だった場合――
「純粋な戦闘能力がケタ違いだった場合……真っ向からやり合わずに仕留められる可能性の高い俺の状態異常スキルが、重要になってくる」
それから、もう一人。
戦場浅葱。
【女王触弱】
もし。
あれを”通せる”なら。
神徒どころか、ヴィシスすらあっさり倒しかねないスキル。
この点でいえば。
戦闘能力は低い浅葱こそ道中の護衛が早急に必要、とも言える。
ただあいつは――
「……フン」
俺は少し、皮肉っぽく鼻を鳴らした。
軽く息を弾ませて駆けるムニンが、尋ねる。
「どうしたの、トーカさん?」
いや、と俺は答えた。
「自分と似てると感じたヤツがやりにくい相手ってのも、わかるといえばわかるし……変な話だと言えば、変な話だと思ってな――、……っと」
俺たちはそこで一時、足を止めた。
何か言いかけたムニンも、言葉をのみ込んで立ち止まる。
そこは、そこそこ動き回れる程度には幅が広めな通路。
戦闘の痕跡が、残っていた。
散らばってるのはおそらく、聖体が身につけていたであろう武具。
それらが地面に転がっている。
聖体自体はすでに溶解し、消滅しているようだ。
跡形もない。
聖体は血も白く、その血も蒸発して消える。
だから、こうして武具だけが残る。
「溶解し切ってるってことは……戦闘があったのは、それなりに前か」
ここで戦ったヤツは今、もうこの近くにいないだろう。
血は見当たらない。
戦ったヤツは負傷していない。
これは――そう見ていいか。
セラスが残された武具に視線をやり、
「死体が残っていれば、傷などから誰が戦ったかを推測できたかもしれませんが……」
「ま、見つけたのが味方の死体じゃないだけで朗報だろう。生きてるならいずれ、合流できる」
この突入は”合流”が鍵の一つでもある。
当初、小さく軽い木片などを目印にする案もあった。
それを通路に落とし、通過を知らせる目印とする案である。
そう――たとえば、どこぞの童話に出てくるパンくずみたいに。
さらに色をつければ、その色によって通過したのが”誰”かも知らせられる。
しかし――
それを敵側に読まれ、逆に神徒に追跡される恐れもあった。
最終的には聖が、
『可能性の話になるけれど……あなたの懸念通り、その案は敵陣営にも利をもたらす可能性を含んでしまっているわ。つまり無意味な小細工になりかねない。敵に”読まれる”のを織り込んで、フェイクとして使う手もあるけれど……それはそれで戦術として組み込むには難度が高いし、不確定要素も多すぎる。それに突入する者の多くがそのフェイクを実行するとなると、そこで無駄な思考リソースを食うことにもなりそう』
こう分析を口にしたので、廃案となった。
見ると、通路の少し先にも武具が転がっている。
俺は近づき、それを確認した。
こっちはさっきの武具よりサイズが大きい。
聖体の死骸はやはり残っていないが……。
サイズからして、中型くらいはあった聖体だろう。
膝をつき武具を検めていた俺の背後から、ムニンが覗き込む。
「ここで聖体と戦った人は、少なくともわたしよりは強い人ね」
ムニンも少し呼吸が整ってきたようだ。
ずっと走り続けるってのもきついからな。
足をここで止めたのは、小休止の意味合いもあった。
「ともあれ」
俺は立ち上がって通路の先――王城の方角を見やる。
「このまま進めば、ここで戦ったヤツとも合流できるはずだ」
俺たちは移動を再開する。
迷宮内の通路はそれなりに入り組んでいる。
横に折れたり、一時的に戻ったり。
もちろん壁は破壊できない。
一直線に突っ切れないのは、もどかしいといえばもどかしい。
走りつつ、ところどころ白の侵蝕をまぬがれた王都の建物に視線を飛ばす。
一瞬、妙な感慨が湧く。
「……俺は王城の中に召喚されたあと、そのまま廃棄遺跡に送られたからな」
なので、こうしてアライオンの王都の町並みを目にするのは初めてである。
召喚されてから、半年も経っていないのに。
なんだか、
「勇者召喚された日が、ずっと遠い昔に思える」
「――勇者といえば」
セラスが言った。
「ヤス殿は今、どうされているでしょうか」
「安か」
安智弘。
戦力として現存する上級勇者で唯一、この戦いに参加していない勇者。
今あいつがどこで、どうしているのか。
俺も知らない。
一応十河のいるところを目指しているはずだが、
「別れた時は、マグナル方面を抜ける北回りのルートでアライオンを目指すって話だったが……十河が”ミラ方面に現れた”って情報を得て、南に引き返してきてる――それもなくはない、か」
別れたあとの情報は一切俺に入ってきていない。
ミラ領内で情報が入れば俺に伝えるようミラの人間に頼んではおいた。
が、これまでルハイトやカイゼから軍魔鳩を通しての連絡はなかった。
つまり……
「もしミラ方面に現れた十河の情報を得られないまま、そのまま北回りルートで移動していたなら……ヨナト辺りで足止めを食らっている可能性もあるのか」
あの時――最果ての国で別れる時。
”三森灯河の正体が露見する不安要素となりうる”
”精神的な不安定さが不確定要素となりうる”
この二点がなければ、あいつを戦力に組み込むことも考えた。
……、――あいつは。
『僕は今、自分のことと同じくらい……他人のことをちゃんと、知ってみたいんです』
知ることが、できたのだろうか。
『そして――誰かの、力になりたい』
できたのだろうか。
誰かの力に、なることが。
「…………」
セラスが、
「とすれば……もしかしたら今、彼は聖眼防衛のためにヨナトのアッジズで戦ってくれているかもしれませんよ?」
「もしそうなら、こっちとしてはありがたい話だがな」
そう。
この戦いにおける重要な要素の一つ。
ヨナトの聖眼。
聖眼破壊のためヨナトへ放たれたヴィシスの北方聖体軍。
この迷宮にいるヴィシスを倒すまでに聖眼を守り切れるかどうか。
もう一つの戦い。
下手をすれば。
これの成否が、この戦いの勝敗を決定づけかねない。
「今、俺たちは外と隔絶された迷宮内にいる」
だからあとは、
「向こうに関しては――もう完全に、ヨナトの王都にいる連中に任せるしかない」
というわけで、お待たせいたしました。
終章第3節、スタートとなります。
大まかなプロットはすでにできているものの「もっと面白くできるんじゃないか?」「ここはもっとよくできるんじゃないか?」などといった悩みが止まらず、結果として想定より長くお時間をいただく形になってしまった感じです。どの長期作品でもそうといえばそうなのかもしれませんが、改めて「終章」というものを(自分基準ではありますが)納得のいく形で仕上げることのハードルの高さ、そして、向き合い方について考えさせられたような気がします。
それから、前回更新後に3件の新しいレビューをいただきました。
ありがとうございました。
それと、アニメ版のBD関係の宣伝告知を少し。BDは全三巻なのですが、各巻に特典としてショートノベル(ショートの通り、短いものではありますが)を書き下ろさせていただきました。さらにこの短さの中になんと各巻、KWKM先生が挿絵を二点ずつ描き下ろしてくださっております。
1巻の『六月』では、主に秋の修学旅行より前の荻十学園2-Cの朝の教室風景をえがいております。ほぼ(特典SSなどでも)えがかれてこなかった「元の世界にいた頃の2-Cってどんな感じだったの?」が、少しわかる内容となっています。挿絵は「十河綾香」と「高雄姉妹」。本編では冬服ですがこのエピソードは六月ですので、いずれも貴重な夏服姿となっています。
2巻の『七月』は主に2-Cの水泳の授業風景をえがいた内容となっております。挿絵は「鹿島小鳩」「高雄姉妹」の水着姿となっております。荻十学園は水着が学園指定のものではなく比較的自由という設定なので、それぞれ違った水着となっています。
3巻『September→』は、この巻だけタイトルが微妙に違っていますが、これは少しギミックがあるためです。また、3巻の特典小説では叔父夫婦と灯河の会話シーンが入っています。直接の会話シーンがえがかれるのは、おそらくこれが初めてかと。ただ、挿絵は二枚とも「荻十学園の制服姿のセラス」となっています。なぜそのような挿絵なのかは……もしご購入の機会がありましたら、お読みいただいて確認いただけましたらと存じます。
どちらかというとこの特典小説は「KWKM先生の挿絵を活かしたい」という姿勢で考えた部分も大きいので、ハイクオリティの挿絵も楽しんでいただけましたら嬉しいです。
また、9月1日に『ハズレ枠』がシリーズ累計300万部を突破したと公式から発表がございました。ご購入くださった皆さま、重ね重ねお礼申し上げます。
上手く書けるかはまだまだ未知数ではありますが、終章第3節も(というより完結まで)がんばって書いてまいりたいと思いますので、今後もどうぞよろしくお願いいたします。




