いっぱいの、ありがとう
◇【ピギ丸】◇
ピギ丸が転送された場所は、白い壁と天井の空間だった。
部屋、と言ってもいい。
「ピニュイ~?」
周りには誰もいない。
足音もしない。
――早く誰かと、合流しなくちゃ。
ふよふよ移動を始める。
……心細い。
トーカの仲間にしてもらったあとは、ずっと誰かが近くにいた。
自分がいかに誰かから守られていたか。
それがわかる。
トーカやセラス、イヴ……。
リズ、スレイ……ニャキやムニン。
誰かと一緒かどうかだけで、こんなにも違う。
不安に包まれるピギ丸だったが、
「ピニッ!」
不安を振り払い、気合いを入れる。
だめ。
むしろ、自分が誰かを助けられるくらいじゃないと……!
鳴き声を出してみようか――そう考えるも、思いとどまる。
逆に敵を引き寄せてしまうかもしれない。
周りは白い壁や天井だらけ。
地面の方は白以外にもところどころ石畳が顔を出している。
建物も白い物質に浸食されているけど、全部じゃない。
ピギ丸は改めて周りを観察する。
多分、ここは街の中だ。
お城の方を、目指さなくちゃ。
トーカの話通りならみんなお城を目指すはず。
だからきっとお城を目指せば、どこかでみんなと会える。
突入前、ピギ丸は王都の地図を見ながら説明を受けていた。
ピギ丸は方向を調整し、お城の方を思われる方角を目指す。
「ピニ」
あの建物が多分、地図にあったあれだから……。
こっちかな?
「ピユ~」
敵を見つけたら建物かどこかに隠れよう。
自分の大きさなら見つからないと思う。
と――急に、足音が現れた。
壁は音を吸収する。
が、ある程度の距離まで来ると音が聞こえるようになる。
集中すると、もう少し遠くまで聞こえそうだけど――
「……ピッ」
ピギ丸は、隠れる準備をする。
と、
「ピッ?」
あれは――
「ピニュイーッ!」
姿を現したその人物に、ピギ丸は呼びかけた。
「ピギ丸、さん?」
ムニンだった。
「ピユ~♪」
ぱぁっとムニンの顔が明るくなる。
「あぁ、よかった! まず誰かと合流できて……ピギ丸さんは、無事?」
「ピッ♪」
「一緒にいきましょ? ほら」
身体に飛び乗るよう言われ、それからピギ丸はムニンの懐に入った。
「ピユ~♪」
「ふふ、喜んでくれてるのよね? わたしも嬉しいわ」
苦笑し、ムニンが続ける。
「鴉に変身した方が安全かもと思ったんだけど、トーカさんからリズさんの話を聞いてたから……逆に危ないかなと思って」
鴉の使い魔がヴィシスに気づかれ、始末されたという。
なので鴉状態だと使い魔と思われて殺される可能性がある。
鴉の姿は人間状態よりも無防備になりかねない。
なるほど、とピギ丸は思った。
そして、
「ピユ~……」
急速に、ピギ丸の中に安心感が広がっていく。
誰かとまた一緒なのが、こんなにも嬉しい。
懐から顔を覗かせるピギ丸を、ムニンが笑顔で撫でてくれた。
「一緒に、みんなを捜しましょうね」
「プユ~♪」
二人、通路をゆく。
とはいえ、まだまだ油断はできない。
トーカやセラス、他の者と違って決して戦いには向かない二人。
特にムニンはこの戦いでとても大事な役割がある。
絶対、自分が守らなくちゃいけない。
トーカのためにも。
また、改めて感じるのは意思疎通の部分だった。
トーカと比べるとやっぱりあまり意思が伝わらない。
これがトーカだと、言語で会話しているくらいの感じになる。
だからやっぱりトーカは特別なんだ、と思う。
そうして警戒しつつ通路を進む二人は――
「――ッ! 気づかれてしまった、みたいね……」
それに、遭遇した。
険しい表情で、得意武器である打撃用スタッフを構えるムニン。
逃げ道を塞ぐように立ちはだかったのは、中型の聖体だった。
聖体は両手が武器になっていた。
斧と槍。
が、そこまで身体は大きくない。
あのジオ・シャドウブレードよりは小さいだろう。
ただ――強いのは、わかる。
「ピ!」
ピギ丸はスライムウェポンを生成した。
先端が尖った刺突もできるスタッフ。
ムニンが礼を言い、それに持ち替えたところへ――
ヒュッ!
聖体が、槍による突きを放った。
ムニンはその攻撃をよく見てから、スタッフで巧みにいなす。
「わたしだって、伊達にセラスさんから戦い方を学んでないわっ」
いなしたスタッフをくるりと回転させ、そのまま刺突を繰り出すムニン。
聖体は、斧の厚刃の部分でそれを受ける。
「くっ……!」
この間、槍による聖体の攻撃が再び迫る。
「ピギーッ!」
ピギ丸はムニンの腕に絡みつき、面積を広げて盾代わりになった。
受ける部分の硬度を高めたおかげか、槍は受け止めることができた。
――ちょっと、痛いけど。
「ピギ丸さんっ……、――ありがとう、助かったわっ」
聖体に対し、毅然として構えを取り直すムニン。
ピギ丸は――考えていた。
ムニンだけでも逃がした方がいいのかな?
それとも、ここでムニンと一緒にこの聖体を倒すべき?
ムニンも戦えないわけではない。
自分が盾役をして、また、ある時は矛となって戦えば勝てるかも――
「きゃっ!?」
ムニンが、尻餅をついた。
「ピィッ!?」
「くっ……ピ……ピギ丸さん、大丈夫?」
今、聖体の連撃を二人で防ごうとしたところだった。
が、防いだ際に吹き飛ばされてしまった。
この聖体は、強い。
腕力も速度も自分たちより遥かに上。
あの感じだと……。
あれを倒すには、ムニンの攻撃力も足りない気がする。
「ピィー……」
やっぱり。
勝つのは、難しいかもしれない。
でもムニンにはこのあと、とっても大事な役目がある。
だったら――
いよいよとなったら、自分がムニンを逃がさなくちゃ。
巨大化とか……まとわりついて時間を稼ぐとか……。
うん。
意思も、しっかり伝わるようにしないと……。
時間を稼ぐから先に逃げて――そう伝わるように。
やれるかな……、――ううん、やるんだ。
ムニンの……そして――
自分を相棒と呼んでくれた、あの人のために。
攻撃に移るかどうか機を見極めていたらしい聖体が、動いた。
……大丈夫だよ、トーカ。
こんなところで絶対、ムニンを死なせたりなんかしない。
命に代えてもムニンだけは守ってみせる。
初めて出会った時。
トーカは自分に、勇気を与えてくれたわけじゃなかった。
立ち向かった勇気を認めてくれた。
だから。
主従関係じゃなくて”相棒”にしてくれた。
それがあとでわかって――嬉しかったんだ。
本当に……嬉しかったんだよ、トーカ……。
…………よかった。
この前、伝えることができて。
世界でいちばん大好きな相棒に――
いっぱいのありがとうを、ちゃんと、伝えることができた。
今までたくさんの”嬉しい”をもらえた。
みんなから……トーカから。
だからね、トーカ――
「――――【パラライズ】――――」
その声の方へ振り向こうとしたと思しき聖体の動きが、止まった。
「【バーサク】」
あっさり弾け散る聖体の横を通り過ぎ――蠅王の面を被ったその人は、言った。
「悪い――少し、遅くなった」
……もし。
もし、自分が。
人間みたいに、涙を流すことができたなら。
今の自分はきっとそれを流していたんだろうな、と思った。
こんなにも――再会できたことが、嬉しくて。
溢れ出しそうな安心感を、全身いっぱいに与えてくれる人。
それが。
自分を最高の相棒と呼んでくれた――この人なんだ。
ピギ丸は、そう思った。
「ピ、ニュィイイ――――――――ッ!」
トーカッ!
明日7/25(木)に『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』12巻が発売いたします。
12巻はかなり時間を使い、文章全体のブラッシュアップを行いました(今巻も序盤~中盤の書き分けが多めになっています)。
ただ、今巻はページ数制限の関係で(分冊案もあったのですが、そこを一冊にまとめたこともあり)追加書き下ろしコンテンツを入れることが叶いませんでした(売上的なことを考えればここで追加書き下ろしコンテンツの有無については言及しない方がよいのだとは思いますが、個人的にここはちゃんと言及しておくべきだと思いました)。
その分(という表現もアレかもしれませんが)、KWKM様が凄まじいカラーイラストや挿絵を描いてくださいまして、個人的にはそちらのイラストだけでも価値のある本になっているのではないかと思っております。
カラーイラストはセラス(やはり一枚はセラスが欲しいですね)、高雄姉妹&ヨミビト(もう絵画みたいなクオリティです)、ヲールムガンド&アルス&ヨミビトとなっております(今回、神徒三人もKWKMさんがデザインしてくださいました。これがまた三人とも、すごくカッコイイです)。
挿絵の方は、決戦感ある巻ということもあってバラエティに富んだラインナップとなっています(安、綾香、ちびエラ、ムニン、高雄姉妹など)。挿絵も素晴らしいクオリティで、中でも個人的には(前話をお読みになった方ならピンとくると思いますが)「大好き」のところの挿絵が一番好きでございました。
そして表紙は、今巻もきっちりセラスが飾ってくれております。起源霊装姿のセラスが物凄く美麗で、仕草や表情、さらにポーズも(プチ小悪魔っぽさもあり)魅力的でございます。背景と相俟って、ちょっとした清涼感のある雰囲気も(季節的にも)良いですね。
先述の情報を踏まえて、ご購入を検討いただけましたら幸いでございます。
シリーズ累計の方もおかげさまで240万部を突破とのことですが、自分のような人間にはなんだか現実味がないと言いますか……恐縮してしまうところもございますね。そういった意味では、ずっと「ハズレ枠」を支えてくださった皆さまには変わらず感謝しきりでございます。感想欄や活動報告のコメントなどで「応援のつもりで書籍版も買っています!」といった温かいお言葉をいただいたりもしておりますし、また、以前もどこかで書きましたが「感想欄や活動報告に書き込みはしていませんが、書籍版も買ってますよ」といった方もたくさんいたからこその、この部数なのだと思います。皆さま、ありがとうございます(まさに「いっぱいの、ありがとう」でございますね)。
作者としてはやはり、これまで通り続きを書いていく、そして、完結まで書くことがひとまずの恩返しになるかと思っております。皆さまの支えを励みに、より終章に気合いを入れて取り掛かる所存でございます。今後ともどうぞ「ハズレ枠」を、よろしくお願いいたします。
次話は、明日7/25(木)21:00に更新予定でございます。




