no alternative
ヨミビトが――――――破裂した。
爆散、と言ってもいい。
鎧めいた外殻はバラバラに飛散し、赤き血液がそれを追う。
外殻内にあった白い肉のかたまりも弾け、飛び散った。
千切れ、地面に落ちる両腕。
膝から下が残っていた足も、塔が傾くようにして倒れた。
ヨミビトの残骸が……煙を上げ、溶けてゆく。
神徒は神族と違い、致命傷を受けた場合は聖体と同じく溶解する。
つまりこれは――死の合図。
通路を塞いでいたドス黒い壁も溶けてゆく。
あの壁の出現以降、ヨミビトは柱の攻撃をしてこなかった。
おそらく、通路を塞ぐのに使用していたために使えなかったのだ。
柱での攻撃手段を捨ててでも逃がしたくなかった理由……。
一体、それはなんだったのか?
姉妹を確実に始末するようヴィシスから命じられていたのか?
あるいは何か、他の理由があったのか。
もちろん、真相は不明である。
が、その理由のおかげで柱の攻撃を戦いから除外できた――
とも、いえるのだろうか。
「や、った……」
腕を振り切った姿勢で停止していた樹が、口を開いた。
直後、
「! 姉貴ッ!? 右手が……ッ!」
聖の右肘から先は、なくなっていた。
発動寸前で噛みつかれでもしたのか。
手を突っ込んだ先で何があったかは、わからない。
痛覚がないせいか、感覚もなかった。
が、さすがに身体は悲鳴を上げている。
頬にじわりと汗が滲み、ほつれた髪がはりついている。
聖は蠅騎士装のポケットから紐を取り出した。
出血を止めるため、腕の付け根を縛る。
「大丈夫……幸い、痛みもないし……」
当初は別の意図があって付与を頼んだ【痛覚遮断】。
まさか、このような形で敵の空隙を生み出す役に立つとは。
今回の戦い。
複数の裂傷、右腕の喪失……
(いえ……)
腕一本で済んだ、とも言えるか。
妹との死に別れは――避けられた。
それで、十分なのではないか。
今の自分には。
「終わったわ、樹」
「う、うん……」
樹が【始號】状態を解除する。
聖は転がっているヨミビトの頭部を一瞥してから、
「……あなたはどう? 今後の戦い……いけそう?」
「あ――えっと……無理、かも……実は、MPが……」
樹のMPは、ゼロになっていた。
発動中の【始號】はMPを消費しない。
が、解除するとすべての補正値分のMPを失うのだろう。
ただ、ゼロになるのは補正値分だけらしい。
樹の意識がはっきりしているから、自身のMPは残るようだ。
とはいえ、消耗したのはMPだけではない。
樹自身も消耗している。
そして、
「私も――この決戦での働きは、ここまでの……よう、ね……」
がくっ、と。
膝が折れる。
「姉貴!」
樹が駆け寄り、前のめりに倒れ込む前に聖を受け止めた。
聖は両膝をついた状態で、樹に身体を預ける形になる。
「私たちは……ここまでね」
「十分、やったよな……アタシたち……」
「あの神徒を他の突入メンバーと遭遇させずに済んだ――と思う。これだけで、それなりに貢献はできたんじゃないかしら……」
「うん――うんっ」
あるいは。
三森灯河や十河綾香ならもっと手こずらずに倒せたのだろうか?
聖は一瞬だけ、二人の顔を思い浮かべた。
「…………」
見ると、ヨミビトはもう金眼一つを残すだけになっていた。
無機質な金色の瞳。
その瞳に、すべてをやりきった双子が映り込んでいる。
やがて――残った金眼も、蒸発するようにして消滅した。
聖はもたれかかったまま、残った左腕で樹を抱き締める。
「改めて……よくやってくれたわ、樹。ヨミビトとの戦い……勝てたのは、あなたのおかげ」
樹も、抱き締め返してくる。
「そんなわけ、ないだろっ……二人で勝ったんだっ……アタシたち、二人で。姉貴が言ったんだろ? アタシたちは二人で一つ、だって……ぐすっ……」
「……この子は、また泣いて。でも……いいわ。今だけはあなたのすべてを、肯定してあげる……」
わっ、と樹が泣き出した。
膝をつき抱きしめ合ったまま――ぽんぽん、と。
聖は目を閉じ、樹の背を優しく叩いた。
「元の世界に、戻ったら」
「う゛ん」
「二人で、色んなことを始めてみましょう」
「う゛んっ」
「それじゃあ――、…………少し、休みましょうか」
樹が落ち着くまで、聖は、妹を優しく抱擁していた。
互いに支え合うような姿勢のまま。
二人は、しばらくその場を動かなかった。
ただし、そうしていたのはほんの数分である。
いや、あるいはもっと短かったかもしれない。
それでも――
抱きしめ合ったまま目を閉じ、双子は、二人だけの時間に揺蕩っていた。
と、おずおずと樹が口を開いた。
「あの、さ――姉貴」
「ん?」
「声が……聞こえなかった、ていうか」
樹はちょっと照れ臭そうにぼそりと言って、続ける。
「だからその……もう、一回……ちゃんと聞きたいな、とか――」
双子は、互いに響き合う存在。
なんとなくだけれど。
互いの望むことが、わかる。
だから。
樹が何を言ってほしいのかはすぐにわかった。
わかることが、できる。
なぜなら。
私たちは――
どこにも代替の存在しない、こんな双子なのだから。
聖は微笑み、言った。
「 大好き 」




