「だいすき」
この話を推敲している時、HakubiさんのアニメED曲『pray』を流していたのですが、なんだか曲(歌詞)が高雄姉妹それぞれにかかっているような感覚になってしまい(曲自体はセラスをモチーフに作ってくださっているのですが)、妙なシンクロ感というか……そんな不思議な感覚の推敲作業になりました(Hakubiさんの『pray』はアニメのED部分のあとで曲調が変化するのですが、そこから先も含めてとても素晴らしい曲ですので、機会がありましたら是非フルでもお聴きになってみてくださいませ)。
死と隣り合わせの7分間が、始まった。
荒れ狂う四本のヨミビトの刀。
刃の射程も長い。
やはり問題は、見えない透明な刃の部分だろう。
しかもどうやら四本とも透明な刃の長さが違うらしい。
どの腕の持つ透明な刃が、どの長さなのか――
よく、視なければならない。
ヨミビトは攻撃のさなか、刀を一度シャッフルしようとした。
が、聖が持ち替えの瞬間を狙い風圧で邪魔をした。
これが功を奏したか、ヨミビトはシャッフルを断念したようだ。
ただでさえ透明な刃の長さがバラバラで神経を使うのだ。
戦闘中にシャッフルまでされたら、たまったものではない。
(さすが姉貴っ……、――ただ、くそっ! ヨミビトが、攻撃を姉貴の方に集中させはじめてる……ッ!)
明らかに今、ヨミビトは聖に狙いを定めていた。
多分、聖こそが要と判断したのだ。
”高雄樹は姉なしでは機能しない”
そう読まれたのではないか?
この戦い――姉の方を潰せば、勝ち。
けど、
(好き勝手に、させるかよ……ッ)
樹は速度を上げ、圧縮した【弐號】を撃ち込む。
「――――くッ」
聖狙いとはいえ、こちらへの攻撃も怠っていない。
通路を塞ぐのに使ったからか、あの円柱攻撃は止んでいる。
それでも増えた刀の分、さらに対処がきつくなっていた。
呼吸すら隙と思えてくるほどの攻防。
自然、息を止めて動くことも増えている。
――息苦しい。
こんな高速で展開されている戦いなのに。
まるで、水中で戦っているような気分だった。
(どうにかこっちに、ヨミビトの意識を……ッ!)
認識させなければ。
自分の方を脅威として。
自分の役割を――果たさねば。
樹の腹、肩、腕、足には細かな切り傷ができている。
深手こそ負っていないものの、どんどん刀傷が増えていた。
いや――自分はまだマシな方だ。
樹は叫んだ。
「こっちだ、ヨミビトぉおっ!」
が、振り向きもしない。
縦横無尽に駆け巡るヨミビトの”シ”の乱撃。
聖は持ち前の先読みのセンスのおかげか、どうにか致命傷を避けている。
でも――
(姉貴は……平然な顔をしてる、けど――)
傷が。
どんどん、傷が増えてる。
血が。
風刃を中心に、他元素との合成攻撃で迎撃してはいるものの……
ヨミビトはおそらく今の聖が致命打を持たない――そう読んでいる。
逆に樹は【終號】があるのだが、MP残量の問題で無闇に撃てない。
他のスキルと比べ【終號】はMPをバカ食いする。
何より――
もう、二回分しか残っていない。
(何分だ?)
手に握り込んだ懐中時計に一瞬だけ、視線を飛ばす。
くそっ、と樹は内心舌打ちした。
(あと5分半も、あるのかよっ)
さっきの確認から、まだ1分半しか経っていないなんて。
もう4分は戦ったくらいの感覚だったのに。
なんて――――体感が、長い。
凝縮された刻。
この空間で行われている、死と紙一重の舞踏……。
(姉貴をもっと助けたいけど……下手にアタシが飛び込めば逆に危ない。アタシだってこれ以上動きに影響が出る傷を負ったら……【終號】で姉貴の【グングニル】に、繋げられない)
もどかしい。
もっと自分が、強ければ。
ヨミビトをこっちに引きつけられるのに。
でもやれるのはせいぜい、こうして【弐號】を援護的に撃ち込むくらいしか――
(姉貴はすごい……あんなに傷を負ってるのに、怯む様子なんてまったくなくて……、――あっ!)
「姉貴っ!」
指が、飛んでる。
宙に。
聖の右の薬指と小指が切断されて、宙に――
(あ――)
聖が。
目で、訴えてきた。
”大丈夫、まだいける”
「くっ……」
自分は左目をやられて、あんなになったのに。
姉貴はアタシが動揺しないように、こっちへ気を回して――
「……、――時間は……」
(4分……30、秒?)
まだ、4分30秒?
(姉貴……ッ! ああくそ! なんでこんなに……アタシには、力がないんだよっ!?)
その時、
「――――あっ……」
樹は、ドキリとした。
変異したヨミビトの攻撃速度が、想像以上に速くて。
自分は回避に使う【壱號】の出力をそれに合わせ、上げていた。
多分、無意識に。
出力を上げれば――当然、増える。
消費MPも。
「ス――ステータス……オー、プン……、……――ッ!」
(あ――)
ない。
割っている――【終號】を二発打つ分の、MPを。
……けど。
回避に割かねば負傷し、動けなくなっていたのではないか?
だとすれば――いずれにせよ、詰んでいた?
MPを温存すれば深い傷を負っていただろうし……。
それを回避すべく【壱號】の出力を高めれば、こうしてMP不足に陥って……。
(いや――大丈夫……アタシ自身のMPが、まだある……)
ステータスはあくまで補正値。
自分自身のMP――ブラックボックス的な数値が別にある。
聖がそう言っていた。
が、数値の見えないMPが尽きた時には意識を失う。
自身のMP低下は、意識の混濁も引き起こす。
ぱくぱく、と。
金魚のように、樹は口を動かした。
「あ――――」
言葉が、出ない。
出て、いかない。
しかし、聖は。
何が起きたかを明らかに理解した、そんな顔をして――
微笑んだ。
妹を、安心させるように。
そして声に出さず、言った。
”任せて”
次いで聖は人差し指を一本立て、示してきた。
”一回でいい”
もう一度、アイコンタクトと口の動きで。
”【終號】の一撃分は、私がどうにかする”
「あ――」
思い出して、しまった。
聖がヴィシスの毒で死にかけた、あの魔群帯の時。
何かが急速に失われていく感覚。
失う予兆のような、あの、すごく嫌な感覚。
(姉貴が――)
死を覚悟した時と、同じ。
多分。
何かと引き換えに。
おそらく自分の■と引き換えに(――その言葉は考えたくもない)。
アタシの【終號】の一回分を埋めるつもり、なのか……?
ま――
待って、姉貴。
それは――だって。
(アタ、シ……)
聖が微笑み、視線でこう伝えてきた。
”この戦いのあとのことは任せたわ――――――――樹”
そして姉の口が動き、こう言ったのがわかった。
「 だ い す き 」
△
それは、翌日にはアライオンの王都に到着するという日の夜。
馬車の中で二人、眠りにつく前の記憶――――、……
「はー……ヴィシスの毒に姉貴がやられた時はさ……本当に死ぬかと思って、本っ気で生きた心地がしなかったよ……」
「またその話? まあ……人はいつか死ぬものよ。それにあの時、言ったでしょ? 私たちは死に別れても、ずっと一緒だって」
「……なー姉貴ぃ」
「何?」
「アタシたちもさ、いつかは必ず死ぬんだよな? でさ……死んだら人間って、そこで終わりなのかな?」
「様々な考え方が世界にはあるけれど……どうかしらね? 終わりがあるから始まりがある、とも言えるんじゃないかしら」
「そっかぁ。もし、生まれ変わりとかあるならさー……アタシはまた、その……姉貴の妹として生まれてきたいなー、って……へへ」
「こういうIFの話をする時、樹はやっぱり姉の方になりたいとは言わないのね」
「よく言ってるけどさ、アタシはおねえちゃんやれる自信ないって!」
「姉妹と言っても双子なんだし、そんなこともないと思うけれど」
「……け、けどさ」
「ん?」
「まず、終わらせたくないよな……アタシは……うん、終わらせたくない。今の、この人生を――今の姉貴と一緒の、この人生をさ」
「…………」
「だ、だってさ!? アタシらまだ十代だぜ!? まだまだ、始まったばっかだろ!? 終わりなんて――考えてる年齢じゃないって! だろ!?」
「そもそも、終わりの話はあなたの方から私に振ったんじゃなかった?」
「う゛……ソ、ソウデシタ……」
「でも、そうね……まだ始めていないことは――――たくさん、あるかもしれないわね」
▽
――――――――だめだ、ここじゃない。
ここで姉貴を、死なせるわけにはいかない。
姉貴はまだやりたいことが――――たくさん、あるんだから。
終わらせない。
終わらせるわけには、いかない。
(なんでもいいから欲しい……力がっ! なんだって――)
その時、
「……?」
(ステータスの……通、知?)
「あ――」
開いたウィンドウに素早く視線を走らせる。
何がトリガーで、どうして”ここ”でなのか。
……いや。
そんなのは――どうだっていい。
糸口になるのなら。
どうだって、いいんだ。
たとえこれが何か、危ない力で。
(もし……アタシが、これっきりだとしても……)
姉貴を救えるのなら――――
□
終わりの先には必ず、始まりがある。
この始まりの時に神を言祝ぐ祝詞は不要。
なぜなら――これは神ではなく、人の物語だからである。
終わりのあとに来たりし、始まりの者。
そしてそこは――何も数えぬ、ゼロの領域。
これぞ――――巡りし者が辿り着きし、最終形態。
その名は、
「 【始號・雷人】 」




