姉妹、ひとつ
◇【高雄樹】◇
聖の説明によると【グングニル】のクールタイムは10分。
(姉貴がさっき20分って言ったのは、ヨミビトに”再使用可まで20分ある”と思わせるためだ。前に戦った時、ヴィシスは【グングニル】がいつ再使用可になったかを正確に把握できなかったはず――姉貴は、そう言っていた。そして姉貴はアタシが10分だと知ってるのを、知ってる……)
頬が緩む。
(こういう細かいところやっぱ抜け目ないよな、姉貴は)
だから、安心できる。
移動しつつ、
「ステータスオープン」
樹はウィンドウを表示する。
基本、このウィンドウは本人にしか見えない。
鹿島小鳩は例外として――もう一人、例外がいる。
ヴィシスだ。
神徒はそのヴィシスの因子を持つ。
ならばステータスを覗かれる可能性もゼロではない。
だから、できる限りステータス表示はしない方針になっていた。
ただ――さすがに”これ”は、確認しておかなくてはならない。
(……よし)
まだ【終號】を二回撃てるMPは、ちゃんと残っている。
諦めるのはまだ早い――聖がそう言うなら、まだ早いのだ。
こんなに恐ろしい敵と戦っているのに、怖くない。
聖が一緒に、戦ってくれているから。
(アタシの役割は姉貴のために隙を作ること……ヨミビトの意識を、こっちに向けることだ)
樹はウィンドウを閉じて【弐號】をヨミビトに撃ち出す。
「!」
(雷撃が――)
刀で斬られた。
(ちっ……なんで変身してあんな強くなってんだよ、あの神徒は。しかも【終號】の麻痺効果まで消えてるっぽいし――くそっ。今までは二本の刀に気をつければよかったのに……さらに二本増えた状態で、さっきと同じ状況まで持ってかないとなのか……けど――)
やってやる。
樹は【壱號】で加速。
ヨミビトも動いた。
動き出しに、タイミングを合わせてきた。
ヨミビトはこの間も聖の風刃を背や肩に受けている。
が、ものともしていない。
どころか、完全にスルーしている。
ヨミビトの斬撃――それが、樹に襲い来る。
移動方向を軌道修正し、逃れる樹。
樹は思考する。
このまま【グングニル】のクールタイム終了まで逃げ回るべきか?
逆に、攻撃は最大の防御理論で攻撃を仕掛けるべきか?
”姉妹側は20分なすすべなし。ゆえに、速攻で決める”
ヨミビトはそう考えるのか?
逆に、
”20分は猶予があるからじっくりいく”
そう考えるのか?
聖の方は今、樹とヨミビトを追いかける形になっている。
(――姉貴のためにも、アタシがしっかりやらなきゃッ)
聖はS級だが、実のところ十河綾香のような純戦闘タイプではない。
スキルの応用力は抜群である。
嘘を見抜いたり風を補助に用いたりと、器用この上ない。
が、必殺級と呼べる対単体攻撃スキルが【グングニル】しかない。
これもまた、事実。
先ほどのように圧縮することで風雷などの威力は一応上げられる。
が、おそらく威力としては心許ない。
実際、今の聖は風刃や風雷などを本命の攻撃として用いていない。
最も力を発揮するのはやはり、広範囲攻撃としてなのだろう。
多分、東軍で大魔帝軍と戦った時にやったような使い方が本来なのだ。
とはいっても、魔群帯の金眼相手くらいであれば威力は十分だった。
なので決して攻撃力が弱いというわけではない。
だから【グングニル】以外のスキルも、しっかりと攻撃力は備えている。
しかし。
このヨミビト相手に有効打となりうる攻撃手段が、どれほどあるかというと――
『桐原君の鑑定用の水晶は砕け散って、十河さんの方は分解されたように崩壊した。けれど私の場合、強い光は放ったけれど、水晶が壊れたりはしなかった』
”だからS級を越えるS級は、あの二人だけだったのかも”
以前、聖はこう分析していた。
樹としては否定したい気持ちも、なくはない。
が、尊敬する姉の分析でもある。
姉の分析に文句をつける気はない。
でも、だったら――
(アタシがその足りない部分を、埋めなきゃ……ッ!)
やるんだ。
アタシが。
こっちにヨミビトの意識を引きつける。
実際、今はこっちを狙ってきてる。
(姉貴とアタシを比べて、やりやすそうな方から狙ってきてんのか? ま、気持ちはわかるけどな……ッ!)
刀を持つ四本腕のうち三本が、こっちを狙ってきている。
ただ、今日の樹は神経が妙に研ぎ澄まされていた。
間合いが、読めている。
はっきりと。
が、
(……あれ?)
刃を避けたはず聖の額に、赤い線が走っている。
傷は、浅いようだが――
(姉貴、今……ちゃんと刃を、躱したはず――)
「――樹! この刀、見えない刃の部分があるッ!」
珍しく、聖が声を強く張り上げた。
「え?」
(あ、しまっ――)
――――ズッ――――
「――ぁっ」
(え? 左の……目? ……あれ?)
見え、ない?
咄嗟に、我に返る。
そうだ。
斬られたんだ。
左目を、やられた。
見えない。
樹は激しく動揺した。
「は?」
(なんでアタシ――)
こんな時に、元の世界に戻ったあとのことを考えてるんだ?
片目を失った状態で過ごす日常生活のことなんて……考えてるんだ?
――あ、怖い。
胸の奥の辺りが冷え、キュッと縮まる感覚があった。
いや……違う!
違うだろ!
姉貴なんて、毒で死にかけたじゃないか!
もっと辛かったはず!
それに比べたら全然、マシだって。
いや、でも――
やっぱり、怖い。
痛みが――左目があるはずのところが。
すごく嫌な感じに、痛くて。
多分、これから来るんだよ――何が?
もっと、強烈な痛みが――
「う……」
(片目だとなんか、遠近感が……これ……アタシ、いつまで避けられるんだ……?)
あれ?
おねえちゃん?
なんて、言ってるの?
「――つき!」
あ、と思った。
心が。
アタシ、心が――
折れかけ、てる……?
□
実を言えば、これは高雄樹がこの世界で初めて負った重い傷であった。
意外にもこの初めてすぎる経験は、樹の精神を激しく動揺させていた。
ただ、これは不幸も重なっている。
想定していなかった敵の”透明な刃”の存在。
敵の突然変異による未知の攻撃。
それは、初見ならではの”不意打ち”に等しかった。
また、樹は姉ほど精神が超越していない。
そう、姉と比べればまだまだ無垢な十代の少女にすぎないのである。
動揺や混乱、そして、恐怖を引き起こすのも無理からぬことと言えた。
むしろここで――無意識にせよ――ひとまず足が止まらなかったことは、彼女の命を救ったと言えるのかもしれない。
▽
(くっ……姉貴、だったら……こんな風に折れたり、しない……う……、――くそぉっ!)
落ち着け。
落ち着けよ、アタシ!
なんで左目一つ斬られたくらいで、こんな動揺してんだよっ!?
落ち着け――落ち着け!
落ち着け、落ち着け!
が、
「は……はっ……」
ついに。
足が、止まった。
左目が、
”ものすごく、痛い”
そう感じた瞬間――
高雄樹の足は、震えと共に、その動きを止めた。
止めて、しまった。
(は? 嘘、だろ……待って……動け……動、けよ――)
その時だった。
「ヨミビト!」
樹に容赦なく斬りかかろうとしたヨミビトを、聖が呼び止めた。
(ヨミビトの周りの風を圧縮して……逆流、させてる?)
そう、まるでブラックホールみたいに。
少しだけど、引っ張られている――ヨミビトが。
聖の方に。
「ヨミビト……あなたは何か、勘違いをしているようね」
「……――、?、――……」
「気づいているのかしら? この戦い、あなたは二対一と考えているようだけれど……私が到着して以後、この戦いはずっと一対一なのよ」
「!」
一対一。
つまりこれは、
”高雄聖とヨミビトの戦い”
そう言っている。
聖は、
(ヨミビトの意識を自分の方へ……向けさせようとしてる?)
……アタシは。
だめだ。
おねえちゃんの足を、引っ張って――
「私たちは二人で一つ――だからこの戦いはずっと一対一のまま、変わっていない。そして私たちは……二人で、あなたに勝つ」
「――――ッ」
樹の右目に、涙が溢れてきた。
左目の痛みが――
どこかに、吹き飛んだ。
恐怖と共に。
そう。
いつだって、
「……姉、貴ッ」
いつだって高雄聖はこういう悪い気持ちを、吹き飛ばしてくれる。
まるで、爽やかな涼風のように。
「樹、まだやれそう?」
「――、……ぐす……ずっ……ああ、もちろん! あのさ、姉貴……」
樹は口の端を、くいっ、と持ち上げた。
「ありがと、助かった」
「馬鹿を言わないで。あなたに助けられているのは、こっちの方よ」
違うよ、姉貴。
いつもこういう時アタシを助けてくれるのが、姉貴なんだ。
……震えも、消えた。
姉のひと言により、樹はどうにか折れかけた気持ちを持ち直した。
樹は、身体の軸を少し斜めに取る。
科学的にどうかとかは、わからない。
が、遠近感のズレがなんとなくマシになった気もする。
あくまで、感覚的なものかもしれないけれど。
一方――
何やら動きを止めているかと思ったら、ヨミビトは妙なことを口走っていた。
そう、まるで強い感銘でも受けたみたいに、立ち止まっている。
「……――、嬉、殺、一体どこまで輝くつもりか日輪の姉妹、殺、嬉――……」
樹はポケットから懐中時計を取り出し、一瞥する。
「すぅぅ……、――【雷撃、ここに――」
あと……、――――――――7分。




