終の雷撃と風の聖槍
前回更新後に新しく1件レビューをいただきました。ありがとうございます(また、別作品の『ソード・オブ・ベルゼビュート』の方にも、本作「ハズレ枠」との関連性について言及していただいたレビューをいただきました。こちらもありがとうございました)。
ヨミビトの周囲で炸裂する、極小の無数なる氷の破片。
その周囲だけが、ホワイトアウトに近い状態と化した。
ヨミビトは視界を奪われている――
聖はそれを期待し、距離を詰める。
すると、濃霧状と化した氷の粒が散った。
ぬっ、と刀が飛び出してくる。
ヨミビトのそれは”気配”を限りなく削いだ、実に滑らかな一撃だった。
一見すると取るに足らぬ凡庸な斬撃とも映る。
が、その正体は必殺となりうる非凡なる一閃。
それに早々に気づかねば、あれを隙と見て踏み込んでいたかもしれない。
聖は妹の【壱號】と同じ要領で加速――
回避に、成功する。
氷の霧は、すでに散っていた。
「…………」
ヨミビトは聖を観察し――思考している。
(やはり、次の手を読もうとしている気配がある……それと……あの一撃には気をつける必要があるけれど、決して近づけないわけではない……)
聖は、ヨミビトの顔面へ向けて風炎を放った。
が、風炎は見切られ、顔面に至らずあっさりと振り払われる。
返すように放たれた円柱攻撃を回避し、聖は次に【ウインド】に雷をのせた。
風雷を圧縮し、レーザーのようにしてヨミビトへと撃ち出す。
雷音を伴った直線状の雷撃。
が、これはダメージを期待していない
本命は――音。
(そう、これは――)
今まさにヨミビトに迫る樹の【壱號】が出す雷音の、隠れ蓑。
ヨミビトが斜め後ろへ向けて刀を振った。
が、刃は樹の頭上を通過し――空を切る。
「――巡る者】ッ――【終號・雷神】ッ――」
刹那。
二つの円柱が出現し、ガチンッ、と打ち合った。
打ち合ったのは、ちょうどヨミビトの斜め後ろの位置。
挟撃――攻撃目的、ではなく。
盾のように、防御として使ってきた。
あんな使い方もできるのか。
が、集約されたその超高密度の巨雷は――
脆い焼き菓子のように柱を喰い破り、白き大武者へと至る。
「…………ッ」
ヨミビトがここで、初めて想定外を受けたのに近い反応を見せた。
(おそらく――)
ヴィシスの時と同じく、ある程度の範囲攻撃だと思っていたのだ。
つまり、広げた網を覆い被せるような雷撃を想定していたのだろう。
が、あの時はヴィシスの足止めが優先だった。
ゆえに、麻痺的効果を優先した【終號】だった。
しかしヨミビトは知らない。
樹の調整により【終號】は、高圧縮の威力重視の攻撃にもなることを。
先入観。
ヴィシスから聞いていたがために、その事前情報が逆にアダとなった。
「――――」
鎧の脇腹部分が、割れた。
が、まだ内部が露出していない。
とはいえ、外殻の破壊に至ったのは事実。
聖は風炎を再びヨミビトの顔面へ放った。
この距離だからこそ当たる。
ダメージはなくとも、多少の視界や行動の阻害にはなる。
風圧の力を借りつつヨミビトの斬撃を避け――【グングニル】の準備に、入る。
そして――――
「【終號、雷神】」
「!」
今回、これにはヨミビトも完全に虚をつかれた反応を見せた。
まさかの【終號】――間を置かずの連続使用。
連続使用において【終號】は前部分の【雷撃ここに巡る者】を必要としない。
そう――――
終の雷虎は、二匹いる。
先ほど樹にサッと見せた二本指は”二匹”の合図。
連続使用は、ヴィシス戦後に入った魔群帯でレベルアップして可能となった。
ゆえに、これもヴィシスの知りようがない【終號】の性質。
さらに一撃目が放たれたあと、ヨミビトは【グングニル】を警戒した。
そのため二撃目の【終號】を、よりまともに喰らうことになってしまった。
ビキッ――バガァアン――ッ!
鎧が、
砕けた。
そして――見えた。
内部に、白い肉のかたまりのようなものが。
ぎゅうぎゅうに詰まっている、とでも言えばいいのか。
ギョロリ、と。
鎧の中に詰まっている肉の表面に――
金の眼球と、小さな口のようなものが現れた。
小さな口が叫んだ。
それは、恐怖の悲鳴に聞こえた。
「――……ギィェエエエエエッ……――」
樹が開いた突破口。
ヨミビトの二本の腕は【終號】の副次的効果で半麻痺状態にある。
防御は間に合わない――
間に、合わせない。
ここしかない。
まさに、
(今――)
――メリッ――
かつて、女神を破壊せんと放たれた風なる神の槍。
その名は、
「――――【グングニル】――――」
▽
「…………………」
貫く威力は、あったはず。
しかし――ほんの、わずか。
速度、そして……
向こうにもこちらの知らぬ性質があるのを、考慮すべきだったのか。
……否。
果たして、それができただろうか?
あの土壇場で起きた――敵の突然変異。
今、ヨミビトは壁際へ退き背後に壁を抱いている。
その外殻は修復が始まっていた。
腕も。
どころか今、腕は四本ある。
刀も、四本に増えている。
「はぁっ……はぁっ……」
樹の様子を見る。
(……今ここからすぐの追撃は無理ね。私の【グングニル】はクールタイムで使えないし……何より、樹の負荷が……)
あんな短い間隔で【終號】を連続使用したのだ。
樹にかかった負荷もかなりのものだろう。
(ひとまず態勢を整えるために一度、この空間から脱出を……、――ッ)
ヨミビトの出した円柱が分裂し、形を変え、三つの通路を高速で塞いだ。
まるで、パテで穴を埋めるみたいにして。
(脱出を想定した瞬間、塞いできた……視線で読まれた? なるほど、逃がさない……というわけね……)
「…………」
ヨミビトからは、殺意が放出されている。
しかし――殺す、ではない。
微妙に違う。
あれは、
殺したい、だ。
通路を塞ぐ物質はドス黒く変色していた。
あれも変異によって新たに得た力なのだろうか?
通路を塞ぐ物質を風刃で切り裂こうとするも、威力がまるで足りなかった。
(あの感触……貫くには【グングニル】の威力が必要なのかもしれない……ただ――)
さっき【グングニル】を放つ瞬間、確かに見た。
ヨミビトは直前に変異し”新たに生えた二本の腕”で咄嗟に内部を守った。
元々あった腕二本は半麻痺状態にあり、防御が間に合わなかった。
(新たな二本の腕を私への攻撃ではなく、防御に使用した……つまり……)
外殻の内側を破壊されるのは、やはり致命的なのだ。
”死にたくない”
凝縮されたそんな必死さが、伝わってきた。
ロキエラの予想は、当たっていた。
(あれが核……ヨミビトの、心臓……)
ただ、核には届かなかったが――
核を守った新たな二本の腕は【グングニル】で破壊できた。
貫けない硬度ではない。
今はもう、ほとんど再生しているけれど。
いや――心臓部にも少しばかりダメージが入ったらしい。
修復で外殻に覆われる前、ポタポタと赤い血が垂れていた。
地面に、赤い水たまりが残っている。
心臓部から流れ出た血によってできたものだ。
動きの止まったヨミビトを、聖は観察する。
(ヨミビトの今の様子……自分があんな風に変異するとは思っていなかった――そんな反応に見える。ならばあれは奥の手ではなく……ヨミビト本人が命の危機を覚えて起きた、偶発的な変異――進化、ということ?)
であれば。
予兆など何も感じ取れないはずだ。
あの変異は奥の手などではなく。
ヨミビト本人すらも、おそらく想定外だったのだから。
ふぅぅ……と聖は呼吸を整える。
次で確実に……決める。
決めなくては。
「樹」
「はぁ……はぁ……、――おう!」
「大丈夫よ」
「!」
樹の目から、滲みはじめていた不安の色が消えた。
「諦めるにはまだ早いわ。ただ、しばらくはもうこの先のことを考えないで。私も考えない。ここで――私たちで、この神徒を倒す」
続き、樹に尋ねる。
「次までに二十分……稼げる?」
「はー……はー……へへ……姉貴がやれって言うなら、やるよ……妹、だもんな……」
「ありがとう」
(もしかしたら、私の攻撃タイミング……ほんのわずかだけ、遅れたかもしれない。まったく……こういうところで私はやっぱり、詰めが甘い……)
そもそも周囲が思うほど高雄聖という人間は……
(それほど、完璧でもありません……あしからず)
ただ、
(妹の前では、せめて……)
聖は、自分の腹に手をあてた。
蠅騎士装の腹部が裂けている。
少し前の攻防の際、ヨミビトの刀でわずかに切られていたらしい。
触った感じ傷は浅く、出血もさほどではない。
「…………」
(なんの、ための――)
指についた血を見て、聖は思った。
(そう……私はさっき、このあとのことを考えてしまっていた……この戦いの、その先のことを。けれど、もう大丈夫……さっき確信した。私が、この先のことを考える必要はない。そう、あの子なら――樹なら乗り越えられる……必ず――辿り、着ける)
あの時。
ヴィシスの毒で死を覚悟した時。
聖の死を乗り越える意志を、樹は見せた。
見せてくれた。
姉のこととなると、時に、とても弱いように見えるけれど。
「樹」
(私が思う以上に――)
あの子は、強い。
立ち上がる力がある。
そして、この戦い――
(私の中のすべてが、残すのはあの子だと言っている)
あの子は、意志を継げる。
私の意志と共に、生きてくれる。
高雄聖は継続して風を纏い、静かに、しかし決然とヨミビトを見据えた。
そして、言った。
「果たすわよ樹――――私たちの、役割を」




