その輝きは何よりも眩しく
◇【ヨミビト】◇
……――分析――……
イツキタカオ――スキルにより、合致と判断。
ヴィシス予測――生存可能性アリ――ただし、復帰不可。
ヴィシス予測――誤。
ヒジリタカオ――合致可能性極大。
ヴィシス予測――死亡。
ヴィシス予測――極めて誤である可能性、大。
想定外、想定外、想定外。
…………。
□
ヴィシスに召喚されたのち、ヨミビトは共に召喚された勇者らと旅立った。
女神の加護の段を上げるためである。
あれは、太陽が燦々と輝くよく晴れた日のことだった。
旅の途中、朝餉のあとに勇者を一人斬り殺した。
一人だけである。
全員ではない。
もちろん残った他の勇者たちと共に旅を続ける意思はあった。
しかし、他の勇者たちはヨミビトを連れてエノーに引き返した。
旅を続ける上で何か問題でも起きたのだろうか?
彼らは自分をさながら罪人のごとく扱い、ヴィシスに引き渡した。
その扱いを不思議に思っていると、ヴィシスから質問を受けた。
「あのぅ……なぜ殺したのでしょう? 彼らの話を聞く限り、殺す理由は特にない気がするのですが……」
「日輪が」
「はい?」
「太陽が――あまりにも、眩しくて」
「? ……え? なんです? は? まさか、それが仲間の勇者を殺した理由なんですか……?」
他の勇者と一緒に旅ができなくなった。
仕方がないので別行動を取り、一人で旅を続けることにした。
旅の途中、旅籠に泊まった。
翌日、窓から差し込む朝日がとても眩しかった。
なので、宿の主人を斬り殺した。
怯える彼の妻と息子に、ヨミビトは努めて優しく話しかけた。
「お悔やみを申し上げる。ただ、安心するがよい。そなたらを手にかけるつもりはないゆえ」
なぜ殺したのですか、と涙ながらに宿の主人の妻が問うた。
ヴィシスと同じで妙なことを尋ねる。
気丈な妻である。
敬意を表し、問いには正直に答えた。
「日輪ゆえ」
他にすることもないので、一人で旅を続けた。
伝え聞くに近々、他の勇者が大魔帝の軍勢とぶつかるらしい。
彼らはよき者たちだった。
がんばって欲しいものである。
旅の間、それなりの数のこの世界の者らを殺した。
彼らはわけもわからず殺された様子だった。
これは実にかわいそうである。
できるだけ丁重弔ってやり、うろ覚えの念仏を唱えた。
あァ、さぞ無念だったろうに……。
南無。
ある時、他の勇者たちが全滅したと聞いた。
これもやはり、かわいそうである。
気のよい者たちだったのだが。
とても残念に思った。
後日、ヴィシスからお呼びがかかった。
大魔帝討伐に力を借りたいそうだ。
であれば、やるしかあるまい。
己が。
勇者なのだから。
こうしてヨミビトは、実質的に一人でその時代の大魔帝を倒した。
ヴィシスは喜んだ。
「これは、面白い素体になりそうです」
▽
ただ一つ、はっきり覚えているのは――炎。
燃え盛る炎……。
大火に巻き込まれた?
あるいは焼き討ちにでもあったのか。
いや、単に火葬の瞬間が網膜に焼き付いたのかもしれぬ。
そんな自分は――誰だ?
誰だったのか、わからぬ。
己の名すらわからぬ。
やはり黄泉の国から舞い戻った死者なのか?
記憶らしきものは断片的すぎて意味をなさない。
ただ――姿形が、変わっても。
変わらぬものもある。
引き続き、ヨミビトはタカオ姉妹を視界に入れている。
黒と紅の奇妙な面を被っているが、
声と体つきからして、二人は少女と推測される。
認識仮確定――ヒジリタカオ。
認識仮確定――イツキタカオ。
タカオ姉妹。
ヴィシスの方針――排除。
ただし。
ヴィシスの情報は誤である確率が高し。
ヴィシスの指示は果たして信用に値するのか?
…………。
この迷宮内では太陽など見えないのに。
それにしても――アァ、眩しい。
まるで、輝く日輪のようだ。
なんて――――――――――――眩しイ、姉妹。
◇【高雄聖】◇
ここで樹と合流できたのは幸いだった。
しかもまさか神徒の一人と遭遇していたとは。
見たところ樹は大したダメージは負っていない。
情報と照らし合わせれば――あの神徒は、ヨミビトだろう。
聖と樹の間にヨミビトがいる立ち位置。
つまり現在は――挟み撃ちの形。
「姉貴っ」
その時、聖の左右に浮遊する円柱が出現した。
ヨミビトが刀の柄を握ったまま、開いた親指と人差し指をくっつける。
「樹っ――援護をお願いっ」
距離的に、やや声を張る。
そして聖は樹の【壱號】の要領で帯電し加速――
【ウインド】によって圧殺スペースから脱出。
距離を取って対峙するヨミビトは、動きを止めていた。
「どう動くかを思考しているの?」
問い質すもヨミビトからの返答はなし。
会話が成立しなければ、この戦闘で真偽判定は役に立たない。
(ロキエラさんの事前情報では、会話そのものが成立するか怪しいとのことだったけど……確かに、これでは会話術を戦闘に織り込むのは難しそうね)
聖はヨミビトを見据える。
(問題は……何をどう破壊すれば勝利に至るか、だけれど)
この間【ウインド】で生み出した風刃がヨミビトの周囲に発生していた。
風の刃が、甲冑の表面を削り取っている。
(あれであのくらいのダメージ……それにしても、回避どころか防御する気配すらない。この程度の攻撃は問題ないと考えているわけね……つまり――)
荒れ狂う風の斬撃が、やむ。
……メリ、ミリ……
修復、されていく。
削られた甲冑の表面が。
(――再生能力があるから問題ない、と。あれは甲冑というより本体の一部……外殻や外皮と考えた方がいいかもしれないわね。おそらく樹も何か攻撃をしたけれど、再生で修復された……)
甲冑の全体的な強度はおおよそ把握した。
部位によって強度が違う様子はない――今のところ。
(現在判明している攻撃手段は……二つの円柱を用いた圧殺と、あの二本の長刀……)
「樹っ」
「おうっ」
呼応し、二人は素早く蠅騎士のマスクを脱ぎ捨てた。
マスクの着用はやはりわずかながら視界を妨げる。
スキルを放った時点でどうせ正体も割れているだろう。
聖は問う。
「私の”決定打”のために、突破口を開けるっ?」
「わかった、やってみるっ」
樹はすぐに理解し、飲み込んでくれたようだ。
他の誰かならともかく、樹なら今のでわかる。
多くの言葉はいらない。
樹はよく聖の言葉を理解できないと話す。
が、決して頭が悪いわけではない。
理解力は人並み以上に高いし、勉学面で見ても優秀である。
言い換えを用いた暗喩や比喩、隠喩が伝わりにくいだけだ。
それに、現代国語や一般的な漫画レベルのものは難なく理解できる。
ただ――
ある種の”複雑さ”を理解できれば、樹はさらに伸びる。
もしかすると、自分以上に。
それを期待して聖はあえて普段から”言い換え”を行っていた。
もちろん――
その”言い換え”は自分が話す時、自然と出る癖でもあるけれど。
おそらく桐原拓斗とやっていることはそう変わらないのだろう。
だからこそ、いち早く桐原拓斗の本質を見抜けたとも言えるのだろうが。
――――そう思考しながら、聖はヨミビトの周りを移動していた。
樹にはアイコンタクトで”様子見”を指示。
了解した樹は同じく動き回りながらヨミビトを牽制している。
聖は【ウインド】の風に別元素をのせた攻撃を試みた。
あの甲冑内部に熱さや寒さが何か効果をもたらすかを期待した。
が、効果なし。
あの甲冑が、何もかも無効化してしまっているのだろうか?
(いえ……)
あの甲冑は一見、隙間があるように映る。
正しく”甲冑”ならば刃の通る隙間があるはず。
西洋鎧でも大抵は関節部などに刃を通せる隙間がある。
(ベースは……大鎧や具足に当てはまる気もする。ただ、やはりあれはそもそも鎧であって鎧ではない……あれには”本体にダメージの通る隙間”なんてものは存在しない。つまり”内部”への道は塞がれている……あの目の部分を除いて)
聖は別元素攻撃と並行し、風刃を織り交ぜてそれを再確認していた。
それにより、初手の攻撃で覚えた違和感を確証へと変える。
風刃が”隙間”であるべき部分に通らない。
ゆえに――隙間はない。
そんな中、ヨミビトは目だけ意識的にガードしているようだった。
しかし警戒されている上、目を狙うとなるとかなり範囲が狭い。
目を狙うのは至難のわざであろう。
であれば……
(純粋な破壊を重ねる以外、今のところ有効な手はなさそうね……力業に、なるけれど)
これは、実はロキエラの予測そのままだった。
彼女が言うには、
(甲冑――外殻のその奥にあるであろう”内部”の破壊……)
”ヨミビトについては、それが倒す手段となるはず”
ロキエラはそう分析していた。
(実際に神徒を識る神族の分析だから、ひとまず当たっているという前提で臨むべきでしょうね……、――ッ)
ヨミビトが、接近してきた。
聖を攻撃対象と定めたようだ。
樹の雷撃がヨミビトを追う。
しかしその雷撃を一顧だにせず、聖に刀を振るうヨミビト。
巨体ながら――速い。
確実に躱せるか不明だったため長剣で刀を受け流す。
そして、聖は距離を取った。
「…………」
手が痙攣している――否、痺れている?
もちろんこれは樹の雷撃によるものではない。
ヨミビトの斬撃を受けたためだろう。
無理ね、と判断する。
剣で打ち合うのは、無謀に近い。
(というより――)
長剣にヒビが入っている。
もう一度打ち合えばおそらく破壊される。
聖は、長剣を捨てた。
この世界でずっと使ってきた長剣が床に落ち、カランッ、と音を立てる。
(あの外殻に第一の穴を空けたあと、すかさず高威力スキルによる連続攻撃を重ね――再生の猶予を与えず、第二の穴を空ける。これが、さっき樹に指示した攻め手……)
再生能力がある以上。
ヒット&アウェイ戦法は、逆にこちらが窮しかねない。
ゆえに、ごく短い間隔で高威力に高威力を重ね――内部まで決定打を、届かせる。
(シンプルだけれど、これがひとまずの目標設定……)
が、そう簡単に二つの穴を穿たせてはくれまい。
いかにこちらの”本命の決定打”からヨミビトの意識を逸らせられるか。
要は――いかに隙を、作れるか。
突き詰めていけばこれは、そういう勝負になる。
いや……威力が足りるかも現時点では不明である。
どころか、ロキエラの分析が正解かも実際はわからない。
(だからこそ可能な範囲でトライを繰り返すしかない。行動し、情報を集め、分析し……決定打への方程式を組み上げる。これは、元の世界でも同じ……)
聖は、動いた。
姉の動きが変化したのを感じ取ったらしい。
樹の動きも、聖に合わせて変化を見せる。
互いに視線を飛ばし合う。
樹はヨミビトを常に聖と挟み込む位置を維持している。
柱の攻撃も続いているが、二人とも対応できている。
「…………」
ヨミビトは”視ている”――聖はそう分析した。
顔面を覆う兜の二つの眼窩に金眼は見えない。
しかし気配以外にある程度、目で追っている感じがあった。
であれば、目の届かぬ背後に誰かが常時いるのは効果的だろう。
隙を、生み出すために。
目指す結果は定まっている。
あとは――どう過程を、作り出すか。
(樹の【終號】はMP消費量が多いだけだけど……私の【グングニル】にはクールタイムがある……)
ゆえに、仕留めるなら一度で終わらせたい。
おそらく【グングニル】と【終號】の情報はヴィシスから得ているはず。
仮に聖が死んでいると判断していても。
あの女神なら、話しているのではないか?
得意げに、語ったのではないか?
それを織り込むなら、こちらは初見という強みは活かせない。
回避行動と共に、聖は観察を続ける。
(ヨミビトの動き……風刃で外殻を削られて痛みを覚えている様子はない……いえ、微細な反応すらあるようには見えない……)
一応は生物である以上、ごくわずかな反応があってもよさそうなものだ。
が、目を狙った時以外はどこをどう削っても無反応である。
(風刃の威力が低いから歯牙にもかけていない……この理解は、外していないと思う。ただ、それに加えて感覚自体が存在しない可能性が出てきた。熱や冷気にも無反応だった……だから、これはありうる)
聖は一旦、外殻に感覚はないと条件づける。
ただ、何かに注意を向けるだけの”意識”はしっかり存在している。
そう……状況を把握するための情報処理はできている。
思考力も、どうやらある。
それから、
(感覚は痛みや温度に対するものだけではない……時に、五感外のいわゆるシックスセンス――第六感的感覚が、含まれる)
たとえば、危機察知能力。
あるいは風刃を”問題ない”と判断したのは、それかもしれない。
目もよいらしい。
あれはよく”視ている”者の動きだ。
(第六感と目のよさ……そして、情報の思考処理や対応能力も優れている……)
つまり――これらを乱さなくてはならない。
それを揺らし、こじ開ける。
そう……
(思考力があるということは……不意をつける、ということでもある……)
最も有効なのは、想定外の攻撃。
ヨミビトが【グングニル】や【終號】の情報を持つ、ということは。
逆に言えば既存の情報に縛られる、ということでもある。
なら初見の何かがあれば――それが突破口を開く。
(樹……)
視線を飛ばす。
樹がこちらを見る。
聖は移動しながら、斜め下に指を二本立てて見せた。
片割れであるその受け手に、頷きは不要。
樹は目で――了解した。
(さすがは――)
私の自慢の、双子の妹。
まずは、
「【ウインド】」
近づく隙を、作る。
聖は【ウインド】で氷を宙に発生させ、爆発させた。




