音色
本日6/25(火)にコミック版『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』の10巻が発売となりました。
10巻の表紙はエリカとトーカでございます。内容としては書籍版5巻(Web版5章)に突入ということで、いよいよ魔防の白城戦が描かれることになります。コミックで魔防の白城戦がどのように描かれていくのか、原作者の自分もいち読者として楽しみです(また、エリカは「笑わない魔女」ということで、漫画で描くとその「笑わない」描写が意外と難しいのですが、そこは鵜吉先生がしっかり「笑わない魔女」として見事に描いてくださっております)。
それから巻末には、エリカの家で過ごすトーカたちを描いたSSも書かせていただきました(何気に最初のカラーイラストと内容が微妙に連動していたりもします)。それと恒例のカバーを取ったところにあるおまけも本編とは別モノなほのぼの(?)とした面白いイラストになっております。
よろしければ是非、お手にとってみてくださいませ。
(いける――いえ、違う! 浅いっ!?)
ヲールムガンドが、こちらの斬撃を選び始めた。
おそらく浅い傷と予測した斬撃はあえて受けている。
そう、すべての斬撃を防ぐのをやめたのだ。
だがしかし、形勢としては今押しているのはこちら側――
ボコッ
「!」
ヲールムガンドの身体に走る黒いヒビのような溝。
それが、浮いた血管のように盛り上がった。
――ゾワッ――
確定的な予感に、綾香は総毛立つ。
「力を温存してんのは、おめぇさんだけじゃねぇってことだ」
綾香は目を疑った。
ヲールムガンドのサイズが、一瞬にして縮んだのである。
身長はおそらくあのジオという豹人くらい。
アンバランスに太かった腕も、均整ある太さになって――
――ブンッ!
(速っ――あ――間に、合わっ――ガードッ……、――頭部ッ!)
コンマレベルの判断で、綾香は己の頭部を保護した。
が、
(……! 違う、頭じゃない! しまっ――)
「戦人として極まったがゆえに高くなりすぎた感応力――それが逆に、命取りだ」
頭部を狙う”フリ”をされた。
頭を狙う”意思”が確かに視えたのに。
正確すぎるほど戦意に対し敏感になった綾香の察知能力。
逆にそれを、利用されっ――――
「がっ、ふっ――ぅッ!?」
綾香の腹部にヲールムガンドのこぶしが、めり込んだ。
弾丸さながらに綾香は吹き飛び、白壁に背中から衝突する。
受け身を取る余裕もなかった。
さらに不幸なのは、衝突したのが破壊不可能な迷宮の壁だったことだ。
衝突で壊れる建築物なら、むしろ少しばかりクッションになっただろう。
例えるならそう――
柔道の投げ技で、路上の硬いアスファルトに叩きつけられたような。
柔らかい畳の上ではなく。
しかも――あの速さ。
固有スキルで緩衝材を作る試みをする余裕すら、与えられなかった。
「――がッ、……ぐッ!」
前のめりに倒れかけるも、どうにか踏ん張る。
が、
「ぐ、っほ――ぉ……げぼぉ……ッ」
びちゃぁッ、と綾香は地面に血を吐き出す。
(瞬間的なサイズ変化まで……できる、なんて……)
「ひゅーっ――ひゅーっ……げ、ふっ……う、ぐ……げほっ! ごぼぉっ!」
銀騎士を前方に展開し、壁を作る。
が、やはりなすすべなくヲールムガンドに蹴散らされていく。
縮んでいたヲールムガンドのサイズはすでに戻っていた。
元のサイズに戻るのも、簡単にできるらしい。
(…………なん、だろう)
すべてが……スローモーションみたいに、見える。
「ひゅー……ひゅー……」
呼吸を……酸素、を。
(でも……)
どうにか――心臓への直撃だけはギリギリ外した。
あれで心臓を打たれていたと思うと肝が冷える。
それでも、受けたダメージは大きい。
強い。
断言できる。
これまでの敵の中で、間違いなく最強の相手。
理解した。
ヴィシスがヲールムガンドと共闘せず離脱した理由を。
――だって、十分だもの。
十河綾香の相手など、このヲールムガンドだけで。
綾香は前方に手を突き出し……固有剣を、生成する。
(……でも。この、戦い……)
マシだ。
だって、
(敵は――――――――クラスメイトじゃ、ない)
桐原拓斗が大魔帝側に立った時の方が、やりにくかった。
守ろうと決めた誰かと戦わなくちゃいけない方が、よっぽど辛い。
私は――きっとそういう時、戦えなくなるから。
(だから、マシだと思わなくちゃ……ただ……)
パワーアップしたヲールムガンド。
奥の手である極弦の弐も使用した上で自分は今、こうなっている。
どうやってあの最大の強敵を抑えればいい?
(……いえ)
やるしか、ない。
勝てるかどうかはわからないけれど。
でも、ここでヲールムガンドを自分が少しでも足止めできれば。
(他のみんなの合流の……サポートに、なる……そう……勝てないまでも、せめて――)
抑える。
ここで。
私が、こいつを。
こんなのをこの迷宮で、自由に動き回らせたらだめだ。
絶対に。
「守ら……なく、ちゃ……みんな、を……」
私、は――――、……
「…………」
視界が……意識が――ぼんやり、してきた。
(あ、れ?)
…………リィィイイン…………
(……これ、は? 風、鈴の……お、と? ……、――――――――)
□
それは、いつの記憶だろうか。
とにかく、まだ自分が幼かった頃の記憶だ。
ある夏の日。
綾香は祖母に連れられ、祖母の生家に行った。
夏なのにあまり暑くない年だったのを覚えている。
久しぶりのお墓参りだった。
両親は、仕事の関係で到着が一日遅れることになっていた。
祖母の生家はとても古びた家だった。
でも、すごく綺麗だった。
掃除も行き届いていたし、台所の冷蔵庫も新しめだった。
地元の人を雇って、一年を通して管理してもらっているのだそうだ。
「金持ちと結婚するってぇのは、こういうことなんだろうねぇ」
祖母はそう言って煙草を咥え、遠い目で田んぼを眺めていた。
二人でお昼を食べたあと祖母が、
「ちょっとだけ出てくる。なぁにすぐそこだ。まあ変なのは来ねぇと思うけどな……でも、何かあったら大声出すんだよ? すぐ、ばあちゃんが駆けつけるから」
そう言って角を曲がり、祖母は玄関の方へと姿を消した。
綾香は、縁側に座って一人青空を眺めていた。
雲一つない青い空。
縁側から足を投げ出し、靴はその下で綺麗に揃えられている。
とても静かだった。
ここから見える田んぼを持つお隣さんも家はかなり離れている。
だからこの辺りには、この家しかない。
「…………」
蝉がいると思っていたけれど、生き物の声そのものがしない。
…………リィィイイン…………
風鈴だけが、涼しげに鳴っている。
母が買ってくれた白いワンピースの裾が、そよ風に揺れている。
綾香はしばらく、ぼんやりと空を眺めていた。
――その時だった。
…………リィィイイン…………
風鈴の音がひと鳴りした直後、
世界から、音が消えた。
風鈴の音も、急に聴こえなくなった。
「――――――――」
それはとても不思議な感覚だった。
青空と、地面と、自分が。
まるで、一つになったかのような。
そう、天地と自分が混ざり合ったかのような……。
綾香は感じた。
今、自分は――
ただそこにある。
あらゆるものが透明に溶け込んだような感覚。
澄み渡っていて……それがどこか、心地よくて――
「――綾香ッ!」
ハッ、と我に返る。
…………リィィイイン…………
「あ……おばあ、さま?」
「大丈夫か? 声かけてもぼんやりした感じで……なんだ? 眠いのかい?」
「え?」
妙だ。
祖母が近づいてきて声をかけたのは、覚えている。
眠っていたわけでも、気を失っていたわけでもない。
おばあさまが来たな、と。
自分に声をかけてくるんだなというのは、わかっていた。
そう、まるで――わかっていたかのように。
……あれ?
自分は、何を変なことを思っているのだろう?
なんだか変な気分になった。
まったく意味不明である。
”わかっていたのが、わかっていた”
――だなんて。
珍妙な予言者みたいだ、と思った。
「ったく、よだれまで垂らして……」
ハンカチでよだれを拭ってくれる祖母にお礼を言い、風鈴を見上げる。
…………リィィイイン…………
風鈴が。
風鈴が、鳴っている。
▽
銀騎士を蹴散らし、とどめを刺しにきたヲールムガンド。
綾香は、固有剣を振った。
――ヒュッ――
放った刃がヲールムガンドの脇腹を深く――抉り、裂く。
「あ?」
パックリ割れた裂傷から出血するヲールムガンド。
斬撃を放った瞬間、すでに、結果はわかっていた。
そう。
思い描かれた想像がそのまま結果――現実として、
ただそこにあるだけ。
「…………ク――クカカカカカカカッ! こいつ……本気かよ!? ここまで到達するもんか!? 人間がっ!? ヴィシス――あの間抜けめッ! いいや、ある意味じゃ壊そうとしたのも――思うままに操ろうとしたのも、大正解じゃあねぇか……ッ!」
綾香の第二撃――今度は、深々とヲールムガンドの肩を割った。
破裂したように、神徒の右肩から血が噴き出る。
飛び退くヲールムガンド。
「……なるほど。完全なる忘我と化し、夾雑物を一切排除した状態……その状態――純然たる過集中状態よって放たれる”無意の一撃”……ってぇとこか」
カカ、とヲールムガンドは笑った。
「そりゃあ読めねぇわけだ。ククッ……んな攻撃、読みようがねぇ」
ポリポリ、とあごを掻くヲールムガンド。
「今のおめぇさんはおそらく……そう、いわば擬似的な未来予知をしているに等しい状態――となりゃあ、オラァもそこを織り込んで動かねぇとか……」
綾香は気づく。
この以前につけた敵の浅い斬り傷がすべて、綺麗さっぱり消えていることに。
「あぁ、オラァの傷かぁ? クク……オラァにゃ再生能力が備わってる。だが安心しな。再生は無限じゃねぇ。確実に命は、磨り減ってる」
脇腹の傷も、肩の傷も、修復が始まっていた。
「なぜ――教えるの?」
「そうだな……言うなればこの”景色”を見せてくれたことへの褒美、ってぇとこか。天界に戻る前にこれほどの可能性が花開く瞬間を見られたのは……素直に、感謝に値するぜ」
再生は有限?
ブラフ?
いや……ほんのわずかだけれど、動きが鈍っていた。
効いては、いるのだ。
「クカカ……ともあれ、こいつは少しばかり予定変更だな。こんなもんを見せられちゃあ……ちったぁやる気も、出ようってもんだ……」
……メリ、ミリ……
白い身体に浮き上がった黒い脈が――さらに脈を、のばしていく。
「ヒトの可能性ってやつをもっとオラァに見せてみろ……アヤカ・ソゴウ……ッ!」
…………リィィイイン…………
十河綾香は再び――落ちていく。
その、音色の先へ。




