小鳩と浅葱
◇【鹿島小鳩】◇
「……え? 何? ポッポちゃんも来んの? タチの悪い冗談ぢゃなく?」
鹿島小鳩は、戦場浅葱に自らの迷宮入りを提案した。
三森灯河はすでに転送されている。
灯河転送後の決定権は高雄聖にあった。
が、聖もすでに転送された。
次の決定権は狂美帝にあると聞き、直談判した。
「狂美帝さんに話したら、いいって……わたしの固有スキルが浅葱さんに必要かもって話をしたら納得してくれて……だから、許可はもらってるよ?」
「……まーポッポちゃんの管理の固有スキルがあると便利なのに、異論はにゃいけどね」
「バフに関しては三森君や十河さん、高雄さんたちのことも考えると……持続時間を管理できるわたしの【管理塔】があった方がいいよね? 浅葱さんのバフスキルは、特殊だから」
バフ、という聞き慣れなかった単語。
それも今や口から自然と出るようになった。
突入前、浅葱は灯河たちに一応バフを付与している。
「けど迷宮入ってポッポ単独で聖体とかと遭遇したら、即死しかねんよ?」
「だからわたし、十河さんや高雄さんたちが転送されるのを待ってたんだよ」
浅葱が珍しく、ほんのちょっと虚を突かれた顔をした。
「十河さんは……わたしが行くって言ったら絶対反対する――ううん……してくれる、だろうから」
「……いーけどさぁ。でもポッポちゃん、なんでそんなキモい感じに覚悟キマッてるのん? 元いた国がアタシら若者にとってもう終わってるから、こっちで死んでもまーいっかって感じ?」
ううん、と首を振る小鳩。
「なんか、ほっとけないから」
「は? まさか――この浅葱さんを?」
「うん」
「アホすぎ」
「あはは……わたしほら、浅葱さんが思う通りの……バカだから」
「……………………アホすぎ」
他のみんなは浅葱に言いくるめられた。
いつもみたいに。
だからみんな、ここに残るのが最善と信じている。
……よくわからないけれど。
浅葱にとっては自分のグループの全員生存が重要らしい。
でも――自分だけは浅葱にとって”何か”が違う。
何が違うのかは、やっぱりわからないけれど。
小鳩は口端に力を込めた。
笑みになっているかは、わからない。
「浅葱さんが……心細いと、いけないし」
「……死ぬぞ」
……なんだろう。
今は、違っていて。
十河綾香にとって戦場浅葱が危険そうだから、じゃなくて。
自分でもよくわからないけれど――
純粋に彼女を”ほうっておけない”自分が、ここにいて。
小鳩は、怯まず言った。
「わたし、今は信じてるから」
視線を逸らす浅葱は、明らかにイライラしていた。
「何が」
「浅葱さんが女神様を倒すのに協力してくれて、わたしたちを元の世界に戻してくれるって」
「……は~? アタシが? ポッポちゃん、アタシそろそろ本気で心配ダヨぉ……頭、ダイジョーブゥー?」
「なんの役にも立てないなら、わたしだって行こうとなんかしないよ。怖いし」
でも、と小鳩は神創迷宮を見上げる。
「わたしがいることでほんのわずかでも勝率が上がるなら、行く意味があるんじゃないか――って」
「……うっざ」
「浅葱さんだって、うざい時はうざいよ」
「はぁ?」
「あっ――ご、ごめん……つい……」
「……本っ気でこいつ、色々と削がれるんだが」
言葉通り気を削がれたように、浅葱が背を向ける。
「…………」
今みたいなことを言ってしまったのは。
元の世界には希望がない、みたいなことを言われたからだろうか?
”もう終わってる”
自分は――そうは思わない。
帰りたい、と。
まだ、そう思えるから。
「そろそろだ」
狂美帝が来て、声をかけてきた。
彼は小鳩を見て、
「カシマ、決意は変わらぬか?」
「あ――はい」
「余とチェスターがそちたちの前後に入る。順番的にニャンタン・キキーパットも近い。余たちは転送されたら、まずそちたち二人との合流を目指そう」
「わ、わかりました……よろしく、お願いします……」
小鳩は、どぎまぎして言った。
(うわぁ……)
改めてこの距離で見ると、やっぱり冗談みたいに綺麗な人である。
キュンとする、というよりはドールなんかに感じる美に近い。
この辺りの感覚は、小鳩的にはセラス・アシュレインに対しても同様である。
「そちたちはトーカの学友でもあるのだろう? トーカのためにも、守らねばな」
目を線にし、アヒル口になる浅葱。
「三森きゅんもたらしっすよなぁ……あんな廃棄のされ方する前に、元の世界でその才能活かしとけってぇのー」
「アサギ」
狂美帝が言った。
「余がそちと手を組んだこと――正しかったと、信じているぞ」
浅葱が陽気に手を上げ、ひらひら揺らす。
「へーい、お任せあれ~い」
狂美帝が歩き出す。
「ゆくぞ」
二人で、狂美帝に続く。
「…………」
浅葱の真髄は【女王触弱】に限らない。
追放帝をくだしたそのスキルだけが、戦場浅葱のスキルではない。
ヴィシスがとても強いのなら、
浅葱の固有バフスキルは、その差を埋める一つの要素になるのではないか?
だからこそ。
彼女のバフを最大限に活かせる自分も行くべきだと思った。
なんとなく――本当に、なんとなくだけれど。
鹿島小鳩は、そう思っている。
浅葱が転送室を見ながら、言った。
「小鳩」
「う、うん」
「バカにつける薬はないって、マジなんだね」