ハズレ
スライム。
RPGでは序盤に登場する魔物の代表格。
大抵は弱い魔物として設定されている。
凄みは感じない。
爪を隠している風でもない。
遺跡の魔物は本当にイカれた強さだったのだと再認識させられる。
「あのスライムには金色の要素がないな……」
今まで出遭った魔物の多くは眼球に相当する箇所が金色だった。
上半身が食虫植物めいた馬にも金の目玉みたいな部位があった。
例外はそもそも目玉がなかったドラゴンゾンビくらいか。
ともかく現時点であのスライムに金色の要素は見当たらない。
「…………」
こちらに気づいている様子はない。
それどころではないのだろう。
なぜなら、
「ピギュ!」
「ピ、ギギ……ギ……」
「ギ!」
「ギュ、ィ!?」
「ギ!」
「ピッ!? ピィィ〜……」
「ギ!」
「キュッ!? キュゥゥ〜……」
争いが起きていた。
いや――争いとも呼べないか。
一方的なリンチに映る。
他よりひと回り小さなスライムがまじっていた。
そのスライムが他の五匹に追い詰められ、攻撃されている。
怯えを連想させる動きで後退する小スライム。
”や、やめてよぉ〜!”
まるで声が伝わってくるようだ。
ただのじゃれ合いという雰囲気ではない。
俺はしばらく傍観を決め込んだ。
小スライムがフニュゥゥゥと潰れた形になった。
ヘコヘコ頭を下げている感じだ。
思わず呟く。
「……だめだろ、それじゃ」
他者に助けを求めるなとまでは言わない。
が、その助けは来るとも限らないのだ。
戦わねばならない。
まず最初に頼るのは、自分自身の力であるべきだ。
「ピ、ィィィィ……ィ〜……」
小スライムの色味が薄くなっていく。
というより……灰色に近づいている?
他のスライムは同種族をあのまま殺す気なのか?
遺跡の魔物と比べるとひどく殺意が読み取りづらい。
弱い魔物だからだろうか?
本身の殺意かどうかの判断が難しい。
「…………」
だめか。
そう思った時だった。
「ピ、ギィィィイイイィイイイ――――ッ!」
潰れて薄色になっていたスライムが、跳びかかった。
ゴッ!
ガッ!
スライム同士が硬い音を立て、ぶつかり合う。
攻撃の際、身体の一部を硬化させているらしい。
「ピィィィイイイッ! ビギャァーッ!」
「ピギ! ギ!」
しかし、
「ピ、ギィィイイ――ギュクッ!?」
多勢に無勢。
一対五。
他より身体も小さい。
「ギギギ! ギーッ!」
「ギュッ!? キュゥッ!?」
勝てるわけもないのだ。
要するに、
「それでいい」
自然と口端が、吊り上がっていた。
草むらをかき分け、スライムたちの方へ歩き出す。
腕を突き出す。
「【パラライズ】」
スライムたちの動きが、停止。
「ギ、ギョ、ィ!?」
混乱した空気がスライムたちを支配する。
「【ポイズン】」
五匹のスライムに【ポイズン】を使用。
スライムたちが毒色に染まった。
視界端に半透明の【致死】表示が浮かび上がる。
「で、ここから設定を変えるのか……?」
表示をワンタップ。
カシャッという音。
すると【致死】表示が【非致死】に切り替わった。
「試用できる魔物にすぐ遭遇したのは、幸運だったな」
スライムたちから伝わってくるのは怯え。
死に対する怯えか。
もしくは、俺に対する怯えか。
俺への殺意は確認できない。
「モ、ゴゴ、ゴ、ゴゴ……!?」
「プ、ギ、ギ……ッ」
五匹のスライムを見おろす。
「クク……大人気なく乱入しちまって悪かったなぁ? ただまあ――明らかに弱い一匹を多数でいたぶる光景ってのは、見ていてそう気持ちのいいもんじゃねぇだろ……だから俺の感情を満足させるために、少しちょっかいを出させてもらった」
複数対象指定。
五匹のうち一匹の黄ゲージ横の【解除】表示をタップ。
表示が【YES/NO】に切り替わった。
俺は【YES】をひと押しする。
毒も同じく解除。
笑みを消す。
「消えろ」
色味の薄くなったスライムたちが這って後退していく。
俺を、警戒しながら。
「キュ、ォ、ォ……ォォ……」
「ピ、ギ、ギ……」
後ろ足でズリズリ下がっていく感じだった。
このスライムたちには俺のステータスでも余裕で勝てる。
その確信があった。
加えて今は毒効果で瀕死と思われる。
踏み潰しでもすれば一撃だろう。
五匹のスライムが姿を消した。
一匹だけ残った小スライムの方を向く。
「あの感じだと大した経験値にはならねぇだろうし……こいつの家族だったりした場合、こいつの意思も聞かずに殺すのはちょっとな……」
家族が実の子へ殺意を抱くのは普通にあることだ。
まあ、昔の俺にとっての”普通”ではあるのだが……。
俺は小スライムに話しかけた。
「おまえを動けなくしている”それ”をこれから解除する……そのあとは勝手にしろ。ああ……おまえを殺す気はないから、そこは安心しな」
魂喰いに言葉の意図が伝わった経緯があるためか。
魔物にもつい話が通じる体で話しかけてしまう。
実際に通じているのかはわからない。
小スライムに近づき、しゃがみ込む。
「今から少しだけ、偉そうなことを言うぞ?」
「ピ、ギ?」
怯えていない。
変なやつだ。
「加勢が遅くなって悪かった。ただまあ……よくやった。あの状況で立ち向かったのは、スカッとした」
「ピ、ィッ!」
「……動けるようになっても、襲ってくるなよ?」
「ピッ!」
会話が成立してる感覚がある……。
気のせいかもしれないが。
俺は【パラライズ】を解除した。
「ピッ! ピッ! ピィッ!」
ん?
色味が戻ってきている……。
スライムは時間経過で生命力が回復するのかもしれない。
俺は立ち上がった。
「じゃあな、強く生きろよ」
またも偉そうなことを言って皮袋を担ぎ直す。
俺はスライムに背を向けて歩き出した。
今のでひとまずスキルの新機能の試用ができた。
感情整理の意味合いもあったが、本題はこちらだった。
悪くない。
使えそうな新機能だ。
▽
スライムたちとの一件があった現場から、そこそこ離れただろうか。
「…………」
草むらを揺らす音が、後をついてきている。
ガサッ
やはりか。
息をつき、振り向く。
身体に葉っぱをつけたさっきの小スライムが、ついてきていた。
額を指先で掻く。
「仲間のところに戻らなくていいのか? 仲間はあいつらだけってわけでもないんだろ?」
「ピ、ギィィィ……」
スライムが少し潰れる。
項垂れている感じ、だろうか?
俺は前へ向き直る。
再び歩き出す。
しばらく歩くとまた立ち止まって、振り向く。
「ピィィ……」
まいったな。
「このまま俺についてくるつもりか?」
「……ピィ?」
”だめ?”
遺跡で魔物とばかり遭遇してきたせいなのか。
なんとなく、意思が把握できる――気がする。
「スライム、か」
凶暴な魔物ではなさそうだが……。
なんと言えばいいのか。
遺跡の魔物のような”不気味さ”がない。
たとえば――狂性の金色。
あの感じがないのだ。
この世界には危険ではない魔物もいるのだろうか?
いや……考えてみれば人間もそうか。
桐原や小山田みたいな人間もいれば、十河や鹿島みたいな人間もいる。
「といっても……魔物を連れて町や村に入れるのか、わからないしな……」
「プュゥゥゥ……」
すごく落ち込んでいるのが伝わってくる。
なぜか急にこの時、過去の記憶が脳裏をよぎった。
以前、衰弱した猫を獣医へ連れて行ったことがあった。
そう――確かクラスメイトの鹿島小鳩も一緒だった。
脳裏にいきなり浮かんだのは、先ほどふと鹿島の名が浮かんだためか。
あのあと猫は鹿島が引き取ってくれた。
俺の叔母は猫の毛のアレルギー持ちだった。
だからウチでは引き取れなかったのだ。
獣医に預けて病院を去る時、俺は猫の顔を見た。
不安そうにしていた。
”助かったのは嬉しい。だけどこれから、自分はどうなってしまうのだろう?”
不思議と、そんな心細い声が伝わってくるようだった。
猫は首輪をしていなかった。
野良猫だったのだと思う。
あの猫は一人ぼっちだった。
周りで心配そうに見ている猫もいなかった。
ずっと一人で孤独に彷徨っていたのだろう。
今、俺はあの猫に不思議な親近感を覚えている。
理由はわかった。
多分、あの猫は今の”俺たち”と同じだった。
「そうか、おまえも――」
群れから外れた孤独な存在。
「俺と同じ、ハズレ者か」




