神創迷宮
偵察の報告によれば、聖体などの敵は迷宮外部には確認できなかった。
また、下水道など地下からの侵入は不可能だという。
迷宮の”膜”は地下にもしっかり浸食していた。
侵入可能な経路をすべて完全に塞いでいたらしい。
俺たちは、まず討伐軍を王都外で待機する者たちとそれ以外に分けた。
外の待機軍は数が多い。
こちらはカトレアの手でまとめ上げてもらうことになった。
そして――討伐軍から選抜された精鋭たちは王都内へ。
当然、勇者たちもそこに含まれる。
それから、俺は一度ロキエラを連れて迷宮の外膜のところへ向かった。
「王都は、不気味なくらい静まりかえってるな」
迷宮の外側にいた王都民はほぼ脱出したと思われる。
わずかに残っていた者たちも、討伐軍の誘導で王都外に避難させた。
ロキエラが迷宮を見上げ、
「今のところ、仕掛けてくる気配はないね。まあ、発動者が迷宮の外へ出た場合は迷宮が消える仕様のはずだから、少なくともヴィシスが出てくることはないと思う。神徒は……どうかな。わざわざ迷宮内に誘い込んで戦う強みを捨ててまで、あえて神徒を外へ出すとも思えないけど……それに――」
”あえて最初から内部にはおらず、奇襲をかけてくる”
このパターンも一応、想定はしていたが――
「この迷宮の規模……多分、この外膜までの範囲に能力向上の刻印を施してると思う。今、起動中の反応があるからね。で、膜の外側にはその反応がない」
つまり、膜の中だけバフがかかるようにした。
だったら外へ出てくるメリットも余計ない、か。
「で、どうだ?」
先ほどからロキエラは、外膜にてのひらをくっつけている。
「……うん、さすがのヴィシスも概念魔法に手を加えるなんて芸当はできなかったみたいだ。弄られてはいない。ボクの知っている法則通りの迷宮で、間違いないと思う」
ロキエラがいるおかげで潰せる先の予測が多い。
この先の”かもしれない”は、少なければ少ないほどいい。
俺たちは迷宮の”入り口”へ戻った。
そこには、
「揃ったみたいだな」
突入メンバーが集められていた。
迷宮の入り口は一つしかない。
先ほどのロキエラの判定でそれも確定した。
入り口は半楕円の形をしている。
仰々しい飾りなどはなく、簡素な入り口と言えた。
その先にスペースがある。
六畳のワンルームよりやや大きいくらいの白い空間。
また、入り口とそのスペースは半透明の薄い膜で隔てられている。
ロキエラによれば、あの薄い膜は普通に通過できる。
ただし――
「手短に確認する。あの入り口を通れるのは、一人ずつだ」
俺はロキエラから得た情報を元に、説明がてら確認をする。
「あの半透明の膜を通り抜けると、一人ずつ迷宮内に転送される」
転送先はランダム。
ただし、近い順番で入った者ほど近くに転送される確率が高い。
つまり――自分の前後に入った者ほど合流しやすいわけだ。
厄介なのは”確率が高い”の部分である。
絶対ではないため、遠くに転送されるケースもある。
『これは本来、訓練時に誰と遭遇するかを不透明にするための仕組みなんだ。手を組みたい神族と近い順番で入れば、合流しやすくなって勝率も上がる。逆に入る順番をずらせば、相性の悪い相手との遭遇率を下げられる。ミソなのは、絶対じゃないってこと。あくまで確率でしかないからね。自分の都合のよいように運ぶばかりが現実じゃない……その現実を想定した不透明性さこそ、訓練では大事だとされていたんだ』
ロキエラは、そう説明していた。
偶然の遭遇が織り込まれた競争訓練。
ゆえに、
『迷宮内は音が届く範囲も、かなり狭い』
つまり、近くの音しか聞こえない。
迷宮内の壁が音を吸収してしまうためだそうだ。
十三騎兵隊と戦った際に使った音玉。
それを使って互いの位置や合図を知らせ合うのも考えていた。
が、この方法は神創迷宮では通用しない。
近距離にいないと誰がどこにいるかはわからない――
そのため、まさに”遭遇”が多くなる。
だからこそ天界では”面白い訓練になる”とされていたそうだ。
『あとは、制限人数だね』
迷宮内には”入場者数”の制限がある。
50~100前後は入れるそうだ。
『神創迷宮の発動者と、発動前から配置されてる障害用の聖体や神徒はその制限人数の枠を取らない。あくまで”新規”で外側から入ってくる者を対象とした制限人数だね』
しかしこの人数制限も確かな数は不透明――ランダムだという。
100より多い時もあれば、50だけの時もある。
これは発動するたびに違うそうだ。
ゆえに、王都外で大半の軍が待機することになった。
他には、単独の戦闘に不向きなヤツも極力外すことになった。
ここに突入メンバーとして集まっているのは――
セラス・アシュレイン。
イヴ・スピード。
ムニン。
十河綾香。
蠅騎士装の高雄姉妹。
戦場浅葱。
ジオ・シャドウブレード。
アーミア・プラム・リンクス。
キィル・メイル。
ロア。
ニャンタン・キキーパット。
ネーア聖騎士団の現団長、マキア・ルノーフィア。
ネーアの聖騎士、エスメラルダ・ニーディス。
今の黒竜騎士団を率いるガス・ドルンフェッド。
選帝三家のオルド家から、チェスター・オルド。
他、ネーア聖騎士団の選抜志願者。
黒竜騎士団の選抜志願者。
輝煌戦団の選抜志願者。
魔戦騎士団の選抜志願者。
アライオン軍の選抜志願者。
最果ての国からの選抜志願者――クロサガの選抜者。
で――俺、ピギ丸、ロキエラとなった。
内部には神徒以外の聖体が放たれていると思われる。
聖体の数が多い場合、こちらはいかに主力を消耗させないかが鍵となる。
MP削りなどこちらの消耗についてはヴィシスも意識しているはずだ。
こちらのこの数は、敵の数の多さに”やられない”ための人数でもある。
もちろんそれ以外にも、この突入メンバーである別の理由はあるのだが……
ともあれ、いかに”参戦できる状態”でヴィシスに到達できるか。
最低限のMPで神徒を殺せる可能性のある状態異常スキル。
それを持つ俺が神徒を処理し、他の主力を温存できるのが最も望ましい。
ちなみに黒竜騎士団は竜を連れて行かない。
内部が飛行に向いていないと思われるためだ。
強みを活かせない。
さらに言えば、人数制限の問題もある。
ひと枠を竜で消費してしまう。
グラトラとハーピィも、同じく飛行を活かせないため居残りとした。
戦闘能力の問題ではニャキやリィゼ、他にはベインウルフも残る。
また、今回はスレイも残していく。
それから――クロサガのフギも、外に残ることになった。
これは、話し合いの結果である。
また、勇者たちからは参加を申し出た者が多かった。
しかし十河が俺に願い出て、却下させた。
あいつの目的はクラスメイトを守ることだ。
いや……今は”守るべきクラスメイト”を守ること、か。
とにかく――
このため、十河綾香と高雄姉妹、戦場浅葱以外は残ることとなった。
今回の突入は”死”を織り込まなくてはならない。
突入後にいきなり神徒と鉢合わせするパターンだってありうる。
十河に気兼ねなく動いてもらう――今回は、これを優先する。
どのみち戦闘能力から考えても、大半の勇者の迷宮入りは厳しい。
下手に投入して十河が足もとを掬われるのは避けたい。
が、高雄姉妹は突入メンバーに入れた。
さすがの十河も、S級&A級の高雄姉妹の参加に”待った”はかけなかった。
「突入後、大半は仲間との合流を最優先に動いてくれ。ただし、十河とそこの二人は自己判断で目標達成のために動いてくれても構わない」
十河が頷く。
今言った”そこの二人”――蠅騎士装の高雄姉妹も、了解の頷きを返す。
蠅王ノ戦団メンバーには、すでに指示を出してある。
皆、まずはムニンとの合流を最優先する。
その次にロキエラやピギ丸との合流を目指す。
この二名は、単独での戦闘能力として見るとこの決戦では厳しい。
だがピギ丸は戦術の幅を大きく広げ、ロキエラは対神族に役立つ知恵を有する。
俺、セラス、イヴはこの三名との合流を優先する。
特にムニンは対ヴィシス戦でどうしても必要な存在だ。
ムニンを失うのは最優先で避けなければならない。
十河や高雄姉妹にも、ムニンとの合流は意識するよう頼んである。
「それと……」
俺は戦場浅葱を見る。
「ほい?」
「戦場浅葱との合流も、優先してくれ」
単独での戦闘能力の低さで言えば、こいつも対象に入る。
聞けば、浅葱は側近級の第三誓にとどめをさしている。
しかし、
『むっちゃ経験値入ってレベルアップしまくったはずなのに、まーるでステータスが上がんにゃくてさー。あり? このバグはさすがに詫び石案件じゃね? って思ったのよ。で、どこに苦情を入れるべきか勘案しとったら【女王触弱】の習得通知がきた、ってオチなのよさ♪』
これで確信に近いわかりみを得たわけよ、と浅葱は言っていた。
また、こうも言っていた。
『つまり、これからは強力な兵隊バチを動かす女王蜂になれ――そーゆーゲームになったわけね、って』
浅葱の固有スキル。
神をも引きずり降ろす力。
そう言ってもいい。
加え、味方への特殊なバフ系スキルもある。
「ありがとー、三森君♪ 優しー」
十河は、浅葱も残らせたがった。
が、浅葱本人に以前の暴走の件を出されて完全に論破されてしまった。
……ま、浅葱は元から俺も突入メンバーにするつもりだったが。
「…………」
正直。
こいつに限っては”保証”が予測の域を出ない。
ただ――
戦場浅葱に対して俺が覚えている、ある一つの違和感。
その感覚に従うなら。
こいつはヴィシスを殺す方向で動くのではないか?
自覚なき意思――無意識。
ある意味、これほど信用に足る材料はないかもしれない。
……が、もしこの違和感すらおまえの演技によるものだとしたら。
俺も……演技力についてはさすがに素直に負けを認めてやるよ、戦場浅葱。
「神徒と遭遇した場合、十河綾香とセラス・アシュレインを除き可能な限り単独戦闘は避けろ。どうしても避けられない場合は――その場で、尽くせるだけの力を尽くしてくれ」
神徒の名が出た途端、空気がわずかにピリッとなった。
実際の姿を目撃したのはロキエラとニャンタンだけだが――
皆、三体の神徒が明らかな怪物であるのを感じ取っている。
神徒との遭遇。
こればかりは、運になる。
ヴィシス本体はどうとも言えないが、
『さすがに神徒は、ここで出してくると思う』
それがロキエラの分析だった。
俺たちはこの件について、すでに話していた。
『なぜヴィシスは神創迷宮を用意してきたか? 時間稼ぎだけが目的じゃないと、ボクは思う』
『……各個撃破か』
『そう。ヴィシスはキミたちの強さが連係にあると思ってるんじゃないかな? つまり――”あいつらを同じ場所で共闘させると厄介だぞ”と、ヴィシスはそう分析してる。事実、キミの切り札ってのは単独だと活かしにくいわけだろ?』
『まあな』
『憎たらしいけど、ヴィシスなりによく考えてるよ。こっちの強みを断つには効果的だ』
『で、その効果を最大化するため迷宮内には聖体以外にも神徒をうろつかせておく。神徒との偶発的遭遇を、引き起こすために』
『だろうね。合流を阻止し、こっちの”決め手”に必要な要素をできる限り削りたい――そういう腹だろうな』
『といって……こっちが外で神創迷宮の制限時間切れを待っていたら、時間切れで聖眼の方が破壊されちまうかもしれない――か』
ちなみに、
”あえてゲートの展開を迷宮外で待って、神創迷宮からヴィシスや神徒が出てきたところを総攻撃で叩く”
そんな策も、あるにはあるだろう。
が、この策を用いる場合はアッジズ陥落――
つまり、聖眼防衛側の全滅を待つことになるわけで。
だから、さすがにこの策を取るのは憚られた。
なぜなら――単純に、俺が嫌だからである。
『だから、ボクたちは時間を気にしつつ敵の腹の内へ飛び込んでいかなくちゃいけない。くっそ……そういう意味じゃ、神創迷宮を使った分断は理にかなってるよな……』
『あのクソ女神はどっか抜けてるように見えて、やっぱ悪知恵だけは働きやがるな』
『向こうはあの迷宮を用いることで、こっちの戦力を個別撃破できる機会を格段に増やせる……くっそぉ……状況が変われば、こんな使い方もできちゃうわけか……』
ロキエラとの会話を思い出しつつ、俺は続ける。
「黒竜で上空から確認したところ、迷宮の中心は王城――もっと言えば、王の間の付近だと思われる。合流して戦力や準備が整ったと判断したら、そこを目指してくれ」
”終了地点は迷宮の中心に設定される”
これも道すがら、ロキエラからすでに説明済みである。
「迷宮に侵蝕されているが、既存の建物は中に残っているらしい。だから迷宮といっても、そこまで道に迷うことはないと思う」
通りや建物が城への道しるべとなる。
王都の地図も配布済み。
そもそもこの迷宮は”偶発的遭遇”がメインになっている。
ロキエラは、こう言っていた。
『ヴィシスの意思の反映で多少は時間稼ぎっぽい構造になってると思うけど、神創迷宮は根本的にそこまで複雑な迷路にはならない――いや、なれないんだ。これを不思議に思う神族もいた。なら、なんで”迷宮”なんだ? ってね。テーゼ様っていう頭のいい天界第二位の神族がいるんだけど……そのお方なんかは、この迷宮の”迷”はむしろ”思考を迷わせる”の意なのではないか――そう分析してたな』
遭遇した相手が敵なのか、味方なのか。
誰をどのタイミングで、どう蹴落とすのがベストなのか。
発動者の意図は?
どんな”意思”を流し込んで迷宮を創った?
多分、そういったことを考えながら進む”迷宮”なのだろう。
しかし今回、俺たち入場者側は協力の形を取る。
他の入場者と”競争”ではない分、楽ではある。
俺は、
「最終目標はヴィシスを始末することだが、その前段階としてまず生き残って……そして、他と合流することを優先してもらいたい――”状況”を、作り出すために」
そう。
禁呪をヴィシスに決められる状況を、作り出すために。
この点だけは、神創迷宮なんてものが出てこようと変わらない。
俺の話を聞きながら、各国の精鋭たちは旧蠅王装や蠅騎士装を身につけていく。
「あのっ」
挙手したのは、十河。
「迷宮の内側に閉じ込められてしまった、王都の人を見つけた場合は――」
「各々の判断に任せる」
俺は、即答した。
「ただし味方ばかりとは限らない点は注意しておくべきだ。いまだヴィシス側につけば自分だけは助かると思ってるクソ貴族や、ヴィシス教団とかいうクソみたいなもんを信奉してる教団の連中もいるかもしれない。そいつらの存在も、考慮しておけ」
「…………わか、ったわ」
ぐっ、と飲み込むように十河が一歩下がる。
ここで十河の気を削ぐのは悪手でしかない。
が、この戦いにおいて”全員を救え”とは言えない。
……悪いな、十河。
この辺りが、俺の妥協点だ。
「で、迷宮に入る順番だが――――」




