もし生きて戻ったら
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昨晩から朝にかけて、少し強めの雨が降った。
今は雲が残るものの雨は上がっている。
朝露の付着した平原の下生えが、太陽の光で煌めいていた。
肌を撫でる風は涼しげで、また、瑞々しい。
澄み切った清冽な空気の中、伝令が報告にやって来た。
「左翼に展開している輝煌戦団が、敵の聖体軍と交戦に入りました!」
目的地である王都エノーは、もう間近に迫っていた。
数刻前、王都周辺に展開していた聖体軍がこちらへ向け攻撃を開始。
女神討伐軍もこれを駆逐すべく、打って出た。
ロキエラが分析を口にする。
「あの動きに数……今回は、勝てると思って出してきてない気がする。ていうかあれ、いくらか対神族聖体を出してきてるんじゃないかな?」
「時間稼ぎにか」
「ボクの読みではね。ここで一気に畳みかけられるといいんだけど……」
「今のところ神徒らしきヤツが出てきた報告はない。ヴィシスと神徒は、あくまで籠城の構えか」
距離的にエノーの都市を守る外壁がもう遠くに見えている。
俺のそばでは狂美帝が指示を飛ばしていた。
目まぐるしく駆けずり回る伝令。
各所で声高に報告が飛び交っている。
この戦い、狂美帝はこんな提案をしてきた。
『もはやエノーが目前な以上、勇者はMP温存のためこの”前哨戦”には参加させぬべきであろう。勇者が出るのはヴィシスや神徒が確認された場合のみとすべきだ。露払いは、この世界の我々に任せるがよい』
幸い、今回は敵に巨聖体もいなかった。
「敵の”不足”っぷりを見るに……大本命の聖体は聖眼破壊の方へ回したのかもな」
長く共に戦ってきたからか。
当初より討伐軍の息もだいぶ合うようになっている。
もちろん行軍の疲れも堆積しているが、士気は期待以上に高い。
ヴィシスが籠城の構えを取っているのなら。
勇者のMPをここで消費しなくて済むのは助かる。
戦端が開かれて一時間ほどが経過していた。
この王都外での戦いはさして長引かず、もう終わりの気配をみせている。
女神討伐軍の圧勝と言ってよかった。
今はもう殲滅戦へと移行している。
今回の戦いは、最後まで勇者を除いた戦力で行われた。
勇者のMPや体力を一ミリも消耗せずに済んだ。
ここを勇者抜きで終えられたのは意外と大きいかもしれない。
討伐軍も必死に戦ってくれた。
そして現在――
俺たちの方は、王都突入へ向け事前準備を行っていた――そんな時だった。
「……なんだ?」
ブゥンッ、と。
大気に、ショックウェーブのような震動が奔った。
「!」
直後――
白い光が、王都から迸った。
ほどなくして、光はすぐに収束したが……
「――――王都が……」
そばにいたセラスが、そう呟いた。
”巨大な白いドーム”
そんな表現が、しっくりくるだろうか。
王都の中に突然”それ”が、出現したのである。
半球形のドームを覆っているものは、白い外皮のようにも見えた。
あるいは、巨大な白いさなぎのようにも。
と、
「ぶ……」
肩に乗っているロキエラが、わなわなと震え出した。
そして、
「ぶぁ、っかじゃないのぉおお――――ッ!? あんの、アホクソ女神ぃぃいいいいいいいい――――ッ!」
ブチギレた。
「あいつなんであんなもんをこの地上で顕現させてるわけぇっ!? しかもあんな規模で! そんっなことしたら、どんだけテーゼ様が次元のゆがみを修正するためにお力を消耗するか、わかってんの――いや、わかってやってるだろおい!? あんのぉ……アホぉおおおっ! バカバカバカバカぁああ――ッ! 正真正銘っのバカなんじゃないのほんと!? ふざけんな! ふざけんなふざけんな! ヴィシスの、アホッタレぇぇええええええええ――――――――ッ!」
この陣の近くにいたほとんどの者が、ぽかんとしていた。
それは、王都の異変に対してか。
あるいはロキエラのブチギレっぷりに対してか。
とりあえず俺は、憤死しそうな勢いのロキエラを淡々となだめた。
ようやく落ち着きを取り戻したロキエラに尋ねる。
「あんたは、あれに心当たりがあるみたいだが」
「あれは…………十中八九”神創迷宮”だ。ちくしょう」
「神創迷宮?」
「ボクたち神族が遊戯に使う概念魔法の一つ……といっても、あれは顕現範囲に神刻術式を定着させた上で”育て”なくちゃならない。まあ……細かい説明をすっ飛ばして簡単に言うと、あれを発動させるには気の遠くなるほどの長い時間と手間が必要ってこと。でもね――ありえない。そう、ありえてはならないんだよ」
頭痛に耐えるみたいなポーズで歯噛みするロキエラ。
「あれは本来、特殊な神刻術式の施された天界の遊技場じゃないと顕現できない代物……そう、本来ならそうでなくちゃいけない。それがまさか地上での顕現が可能だなんて、考えもしなかった。ていうか――やりやがった、ヴィシスのやつ」
ボクもう血管切れちゃいそう、とロキエラがぼやきを挟む。
「……人間から見るとどう映るのかわからないけど、元々ヴィシスは神族内では戦闘向きの神族じゃないんだよ。いわゆる研究者寄りってやつ。しかも、研究者としても天界じゃそこまで優秀とも言えない――そんな評価の神族だったんだ。でも……くっそ! もしかすると隠してやがったんだ、本来の能力を! この時のために! どんな気の長い計画なんだよ!?」
「で、あれは――どういうものなんだ?」
「籠城には、もってこい」
「なるほど」
「…………ごめん」
「どうして謝る?」
「ヴィシスがあの王都から離れたがってない時点で、ボクはこの可能性を考慮すべきだった。場に定着させる系統の刻印術式を王都内のどこかに”刻んでる”だろうってとこまでは、ボクも予想できてた。起動中に神族の能力を向上させる広範囲の刻印辺りだと予想してたんだ。でもまさか……地上で、あれを顕現させる方法が存在するなんて……」
俺は。
肝心なことを、聞かなくてはならない。
「あれがあると――俺たちは、絶対に勝てないか?」
ロキエラは「ん……」と切り替えるように唸った。
そして、首を横に振った。
「……ううん、そんなことはない、と思う」
「なら、勝ちの目が消えたわけじゃないんだな?」
儚げな笑みを浮かべ、俺を見上げるロキエラ。
「キミは……まるで立ち止まらず、先へ進もうとするんだね」
「勝ちの目があるなら俺は進むだけだ。勝ちの目が出る確率を最大限に引き上げるための最適解を、必死に探りながらな」
時には、命すらをも賭けて。
そう、
「今までもずっと、そうしてきた」
バシィッ!
ロキエラが、左右の手で自分の頬を力強く叩いた。
自らを叱咤するように。
「……ごめん。想定以上のことをヴィシスがやってきたから、ちょっと狼狽しちゃった」
フン、と俺は鼻を鳴らす。
「逆に言えば、あんなもんを使うしかねぇくらい俺たちを恐れてるってことだろ」
白いドームを見やるロキエラ。
「うん……そう、かもね――いや、きっとそうだ。うん、そう思うべきだ。ボクらが王都に迫ったこのタイミングまで使ってなかったってことは、裏を返せば”できれば使いたくなかった”ってことだと思う。ヴィシスも想定外が続いて、どんどん奥の手を使わざるをえなくなってきてるのかも……」
ロキエラは少し前、完全に溶解する前の聖体の死体を調べていた。
やっぱり対神族聖体だ、と言っていた。
「対神族聖体を出してきたのも、やっぱり追い詰められてる証拠かもしれない」
俺は狂美帝に”問題ない”と伝え、殲滅戦を継続してもらった。
それから、すべての者に安心を与えるような内容の伝達を行わせた。
勇者たちにも同様の内容を伝える。
不安のためか幾人かが状況を聞きに訪ねてきたが、
”問題はない。主な方針に変更はなし”
すべてに対し、そういう意味の答えを返した。
こういう時、俺や狂美帝のような位置のヤツが浮き足立つのが一番まずい。
「殲滅戦も、すぐに終わるはずだ」
そう言って俺はロキエラに、
「戦いが終わる前に、神創迷宮とやらついて詳しく教えてもらいたい」
「うん――わかった」
ロキエラは左右の頬を両手でグニグニこね回し、
「落ち着けー……ボク」
呼吸を整え、説明を始める。
「あれは、ボクたち神族が訓練を行う際に使用される概念魔法の一つなんだ」
「神族も訓練するんだな」
「あの迷宮を使う時は半分お遊戯なところもあるけどね。キミたちがどんなイメージを持ってるかは知らないけど、ボクたち神族も実はそこまでキミらと変わらないんだよ。うーん……”神”と名乗ってるだけ、と言ってもいいのかも。そもそも、この世界で信仰対象になっている神々とボクたち神族は別モノなんだよ」
そういえば――
呪神とか軍神って単語を聞いた記憶がある。
現時点で実体が確認できるか否かの違いかな、とロキエラは言った。
「話を戻そう。神創迷宮は、開始地点から終了地点を目指す迷宮を現出させる魔法だ。概念魔法ってのはいわゆる原初呪文にその性質は似てるんだけど……いや、ここはあんまし関係ないから割愛。とりあえず、神創迷宮について押さえておくべきは――」
そうして、ロキエラは神創迷宮について語った。
聞き終える頃には、
”王都周辺の聖体軍は全滅状態になった”
そう報告が入った。
俺たちは予定通り、このままエノーを目指すことを決めた。
道すがら――
俺は、神創迷宮という新要素を含んだ上での今後の動きを、組み立て始める。
「先ほどヨナトからの軍魔鳩が到着した」
俺にそう伝えてきたのは、白馬に乗った狂美帝。
「ヨナトの女王は意地でも聖眼を守り切る構えだそうだ」
よし。
ヨナトがこちら側についたのが、これでほぼ完全に確定した。
「ルハイトたちを含む隣国の戦力をアッジズに集結させ、全力でアッジズ防衛にあたると記してあった。軍魔鳩の移動による時間差を考えると、もう聖眼破壊軍と衝突していてもおかしくはないかもしれぬな」
今度は、
「トーカ!」
イヴが馬で駆けてきた。
「リズの使い魔に反応があった! 急ぎ、伝えたいことがあるそうだ!」
俺は文字盤を用意し、イヴと馬車に移った。
そして、その中でリズの報告を聞いた。
「――やっぱりヴィシスと神徒は、時間稼ぎであの迷宮に立てこもるつもりみたいだな」
聞く限り神徒は全員ヴィシスのそばに残っている。
つまり、ヨナトへは一人も行かなかった。
これを僥倖と考えるべきか否か。
「つーか……リズ、大丈夫なのか?」
エノーにいた使い魔がヴィシスに見つかって殺されたという。
リズも強いショックを受けたのではないか。
が、使い魔は”大丈夫”と答えた。
イヴが使い魔を撫で、
「そんなに無理をしなくてよい、と言う前に――よくがんばったな、リズ」
嬉しそうな反応をする使い魔。
リズはあくまで耳で会話を聞いたのみだそうだが。
会話を聞ける距離まで接近できていただけでも、大手柄だろう。
「今のヴィシスにとっては、やはり聖眼の破壊が勝利条件ってことか……」
同席していたロキエラが口をへの字にし、思案顔になる。
「聖眼があるアッジズに聖眼破壊用の聖体軍がまだ到着していないのかな? もしくは……アッジズで聖眼を守っている人間たちが、ヴィシスの想定以上に粘っているのか……」
うん、と確信を得た風にロキエラが頷く。
「使い魔のリズちゃんから得た情報を聞く限り……聖眼が破壊され次第、ヴィシスはやっぱり再びゲートを開いて天界へ逃げるつもりっぽいね」
俺は、気になることを尋ねてみた。
「あの概念魔法で城以外に王都の一部も変貌させている以上、ゲートの展開装置や、例の地下に整列してたっていう対神族聖体の軍勢は――」
「神創迷宮は、発動者の意思をその構造にある程度反映させられるんだ。だからそっちへの干渉に対しては、がっちり塞いできてると思う」
となると、それらの破壊は選択肢から外れるか。
ヴィシスはそれらが収まる範囲を神創迷宮の領域にしたのだろう。
概念魔法が作り出す”膜”に破壊はない――ロキエラは、そう説明した。
入り組んだ迷宮の膜――いわば壁を破壊する行為は、迷宮の”概念”を破る行為。
「最初に設定された終了地点に辿り着かない限り、概念魔法は解除できない――されない」
しかし逆に言えば必ず”終了地点”が存在する
迷宮は”出口”がなければ概念として成立しない。
ゆえに”終了地点”までの道のりは、必ず確保されていなければならない。
もちろん入口も。
つまり迷宮の構造にいくらか意思を反映させられるとしても、
”どこへ行っても行き止まり”
これは絶対にない――概念上、ありえてはならないという。
また、現出後の終了地点の変更は認められていないそうだ。
「まあ……もう何が起きても不思議じゃないから、概念魔法に手が加えられてる可能性はあるよ。だから到着したらボクがあの膜に触れて神創迷宮がイジられてるかを確認する。いや、さすがにヴィシスでも概念魔法にそこまで手を加えられるとは思えないけど……」
……フラグを立てるような言い方は、謹んでほしいもんだが。
エノーからは、続々と王都民が脱出してきていた。
元々ミラの反乱以後、王都を離れる者は増えていたと聞いている。
ヴィシスはそれを神経質に咎めることはなかったそうだ。
他のことで頭がいっぱいで意識が回らなかったか。
あるいは――どこへ逃げてもどうせ滅ぶのだから、とでも思っていたのか。
一方で、まだ王都に残っていた者もいた。
だがさすがにあの不気味なドームの出現で、いよいよ不安になったのだろう。
「まだ神創迷宮の中にいる王都民も、いそうだけど……」
と、ロキエラ。
「……全員を救うなんてのは、非現実的だがな」
しかし、十河辺りは救いたがるだろうか?
……一応、そこも考慮に入れとく必要はあるな。
避難民は、カトレア主導で対応してもらった。
なるべく俺たち本隊に近づけぬよう警戒しつつ誘導してもらう。
避難民に手駒を紛れさせて何か仕掛けてくる可能性だってあるからだ。
そうして――俺たちは、ついにアライオンの王都へと辿り着いた。
脱出民たちによって開け放たれた大門。
斥候も兼ねた騎兵隊が俺の脇を抜け、馬蹄を激しく鳴らし突入していく。
上空からは同じく斥候役の黒竜、そしてハーピーたち。
俺は、大通りの先に望む神創迷宮を見据えた。
「……大分、かかっちまったが」
『もし生きて戻ったら――覚悟、しておけ』
『生きて戻ったら? ふふふ、冗談きつすぎですね――ありえません。最期に底辺らしい強がりの遠吠え、ご苦労さま』
宣言通り、
「戻ってきたぜ、ヴィシス」
アニメの新情報などが公開されましたので、ご報告を。
放送は2024年7月よりTBS(様)ほかにて開始予定となっております。
スタッフ様は、
●監督
福田道生 様
●シリーズ構成
中西やすひろ 様
●キャラクターデザイン・総作画監督
橋立佳奈 様
●アニメーション制作
Seven Arcs 様
●アニメーション制作協力
SynergySP 様
(すみません……すべてのスタッフ様をここで羅列するとさすがに文字数が嵩んでしまいますので、皆さまには改めましてアニメ公式サイトの方で各情報をご覧いただけましたらと存じます)
また、四名のメインキャストの方々も先日発表となりました。
三森灯河 :鈴木崚汰 様
セラス・アシュレイン :宮下早紀 様
ピギ丸 :津久井彩文 様
ヴィシス :小清水亜美 様
(こちらも個人的な所感を述べ始めるとえらい文字数になってしまう気もしますので、別の機会に譲れたらと思います)
オープニング曲の方も発表となりまして、こちらは超学生(様)が担当してくださることになりました。
主題歌のタイトルは「Hazure」となっております。
アニメ公式サイトでは第二弾の新キービジュアル、そして第一弾PVなども公開されております。
PVはとてもかっこよく、このたび発表されたキャラクターたちの声や主題歌「Hazure」の一部などもきくことができます(PVで流れている主題歌、とてもかっこいいですね)。動いてしゃべるトーカたちを是非一度、ご覧になってみてくださいませ(以下にアニメ公式サイトや第一弾PV、また、公式X(旧Twitter)様のURLなども記載いたしました)。
公式サイトでは、キャストの皆さまよりいただいたコメントなども掲載されております。
●アニメ公式サイト
https://hazurewaku-anime.com/
●TVアニメ『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』第1弾PV
https://www.youtube.com/watch?v=nEBQNB9JANo
●アニメ公式X(旧Twitter)
https://twitter.com/hazurewaku_info
それから大変ありがたいことに、TVアニメ『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』の先行上映会の開催も決定いたしました。
先行上映会は5月19日、グランドシネマサンシャイン池袋にて行われます(先日発表されました、四名のメインキャストの皆さまもご登壇予定とのことです)。ご興味がございましたら(チケットはご抽選となりますが)是非、ご参加いただけましたらと存じます(詳細につきましては公式サイトの方で確認できますので、どうかそちらをご確認くださいませ)。
……第一弾PVの告知が入ったのが今話と考えると(PVのトーカの最後の台詞を考えると)どこか感慨深いものがございますね。ここまでお付き合いくださった皆さまに、重ね重ね感謝でございます。




