ピギ丸
この話だけでもまったく問題ないようになってはいますが、この話に出てくる”ひとりぼっち”については、コミックス2巻の巻末に収録されているSSをお読みいただけるとより意味がわかるかもしれません。
女神討伐軍は、王都エノーを目指す。
俺は、馬車の中で仰向けになって休んでいた。
セラスから休むよう言われたからだった。
『疲労などまるで溜まっていないように振る舞っていますが、お疲れのようです。どうかしばらく、お休みください』
溜まった疲労。
今回は、セラスに言われて気づいた。
決戦に向けてあらゆる策を思考の籠へと放り込み、
時にはその策を崩し、組み立て直し……
時に指示を求められ、意見を述べ――駆けずり回った。
セラスは苦笑し、こうも言った。
『あなたは……演技が上手すぎますから。他のかたが気づかなくとも無理はないのかもしれません。同じ場所に常にいるわけでもありませんからね。ちゃんと万全の休みを取っていると……そう思われているのでしょう。ですが……私は常にお傍にいなくとも、わかります。いいえ――』
彼女は儚げな――しかし、温かな微笑みを湛えて微笑んだ。
『お傍にいたからこそ、わかるのだと思います』
最後にセラスは、こう言った。
『もしかしたら他のかたも気づいていて、あえて言っていないのかもしれません。ですが……私は言わせていただきます。わがままを言ってしまうなら、私だからこそ言わせていただきたいと思います。どうか――しばらくお休みください、トーカ殿』
「…………」
こうして休んでいると、想像以上に疲れていたのがわかる。
セラスは。
俺以上に、俺のことを見ているのかもしれない。
いや――
「見てくれている、か」
蠅王のマスクと物々しい外套は、今は外してある。
腕を枕にし、俺は馬車の幌の裏側を眺めた。
「あいつがいなかったら、俺はどうなってたんだろうな」
顔を横へ向ける。
同じことは、
「いなかったらどうなってたかと言えば――おまえもだな」
こいつにも、言える。
「ピニュー?」
ピギ丸。
この世界で最初にできた相棒。
再び腕に後頭部をのせ、幌の裏側を見つめる。
「ピギ丸」
「ピ」
「何度も言ってることだが、おまえが相棒でよかったよ」
「ピニ♪」
「……なあ、覚えてるか?」
「ピ?」
「初めて俺たちが出会った時のこと……仲間に、なった時のこと……」
「ピッ♪」
「あの時、おまえがついて来てくれてなかったら……この旅は、どうなってたんだろうな」
この復讐の旅を振り返ると。
あの局面――あの状況。
ピギ丸がいなかったら。
俺は、どうやって乗り切っていたのだろう?
そう思える場面が、どれほど多いことか。
一匹の小さなスライム。
廃棄遺跡を出て、初めて出来た相棒。
「おまえはずっと俺のために力を貸してくれた。献身的すぎるほどに」
「ピギッ」
「……たまに考えるんだよ。俺はおまえに何を返せるんだろう、ってな……」
「ピギ!」
ピギ丸が赤くなり、否定の鳴き方をした。
”返してもらうものなんて、なんにもないよ!”
なんとなくだが。
意思は、伝わる。
「……つってもな。最初に助けてやったアレがあったとはいえ……どうしておまえはここまで、俺に――」
「ピニ!」
ピギ丸がひと鳴きし、ぷよぷよと近づいてきた。
頬の隣で止まる。
そして――身を寄せるようにして、ピトッ、と俺の頬にくっついてきた。
「ピギ丸……?」
「……ピ、ニー」
――……仲間、だからだよ――
「――――――――」
今……
「ピニィ……ピニュィー……ピニー……ピギギー……ピギー……ピニュニュー……」
――ずっとひとりぼっちだったけど、初めて、仲間ができたんだ……――
――助けてくれたから……助けたい……仲間、だから…――
――大切な仲間を助けるのは……当然の、ことだから……――
――本当に、嬉しかったんだ……素敵な仲間ができて……――
――こんなちっぽけなスライムを……相棒って、言ってくれて……――
「ピーニィ……ピーユ……ピユユー……ピィー……、……」
――ハラハラすることも、あったけど……――
――いつもみんなと一緒だったから、ぜんぜん怖くなかった……――
――楽しいことも、それ以上にたくさんあった……一緒に、旅をしてて……――”
――幸せだったよ……だからね……――
――…………――
「ピユー……………、――ピギィー」
――大好きだよ……――
――――トーカ――――
――…………――
「――――――――」
気のせいだとは、思うが。
ピギ丸の声が聞こえた、ような。
そんな、気がした。
いや――そもそも。
なんとなく、俺は魔物の意思がわかるようになっている。
おそらくは廃棄遺跡の金眼の魔物と極限状態で”対話”をしたおかげで。
だから魔物の意思を汲み取れるのにも一応、理由づけはできる。
あるいは【賢さ】が奇妙な化学反応を起こしたのかもしれない。
意思を理解できているかどうかはピギ丸に確認を取っている。
肯定と否定の回答によって。
ゆえに――俺がピギ丸の意思を理解できるのは”できる”ことだ。
そう、今までも”できたこと”なのである。
しかし……今の鳴き声は。
いやにはっきり、聞こえた気がした。
幻聴と断ずるには……あまりにも――
…………いや。
そんなことは、どうでもいいか……。
目を閉じ、微笑む。
「そうか」
そう俺は短く言って、
「俺もだ、ピギ丸」
そっと、ピギ丸を撫でた。
「ピー……ピギィー……」
「おまえは――」
俺の、
「最高の、相棒だ」
「ピギー……ピユー……」
俺が眠るまでピギ丸は、まどろむように――とても静かに、寄り添ってくれていた。




