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蠅王ノ戦団


 若干そろそろ更新間隔的に力尽きそうな感も出てきましたが……とりあえず今日も更新となります。






「頼む、トーカ」

「ああ」


 変化の腕輪に魔素を送り込む。

 光が収まり、イヴが豹人の姿に戻る。

 イヴは腕の調子を確かめながら、


「ここへ来るまで何度か人間に目撃されたが……やはり元の姿では目立つのでな。やはり人間の姿の方が目立たずに済む。前に魔防の白城の外にいた時と同じような目では見られたが、豹人へ向けられる時の目つきではなかった」


 それは単に、人間基準での美人を目にした時の反応だろう。

 イヴは「元の姿だと、やはりこの服は着心地がいまいちだな」と言ってから、


「しかし、ここへ辿り着いてしまえばもはや元の姿で問題あるまい。知っての通り、こちらの方がわずかだが身体能力が高いのだ。イヴ・スピードである事実を隠す必要も、もうなさそうだしな」


 このあと俺はイヴから対ヴィシス用の魔導具について説明を聞いた。

 今、女神討伐軍は出立の準備をしている。

 まだ二時間くらいはかかりそうだとのこと。

 つまり、時間はある。

 俺はセラス、スレイ、それから、リズの使い魔を呼んだ。


「――イヴっ!」

「うむ……久しいな、セラス」


 嬉しそうに近づいて来たスレイが、二本の後ろ足で立つ。

 ぽよんっと軽く跳ね、


「パキュリー!」

「そなたも、元気そうだ」

「パキューン♪」


 セラスがイヴの両手を取る。


「お久しぶりです……本当に」

「そなたも息災そうで何よりだ。それに、その惚れ惚れするほどの美しさも健在だな」


 イヴの足に頭を擦りつけるスレイ。


「パキュ~ン……♪」

「ふふ、そなたも甘えん坊なところは変わっておらぬようだ。リズも、よくやってくれた」


 リズの使い魔とも、軽く情報の擦り合わせをした。

 そのあとは高雄姉妹を呼んだ。

 イヴも姉妹の方も――特に樹は目に見えて――再会を喜んでいた。

 さらに全体の指揮を執っている狂美帝にも一応紹介しておいた。

 カトレアやマキアは――まあ、タイミングが合えば顔合わせさせよう。

 十河や他の勇者もここで特に会わせなくてはならない理由はない。

 ムニンには、時間を見つけて紹介しておくか。

 ……で、一人。

 とりあえず会わせておくべきであろう相手がいる。

 俺は、そいつを呼んだ。

 そいつが幕舎に来ると、俺は手短に説明をした。

 説明を聞き終えたそいつは、


「そうか――てめぇが、スピード族の」


 ジオ・シャドウブレード。

 イヴと同じ豹人。

 幕舎に入ってきたジオを見たイヴは、ふむ、と唸った。


「そなたが、トーカから聞いていた最果ての国の豹人たちを束ねるおさだな? 我はイヴ・スピード。見ての通り、そなたと同じ豹人だ」


 ジオは、しばらく黙ってイヴを観察していた。

 それから親指で幕舎の外を示し、


「少し、二人で話せるか?」


 イヴが俺をうかがう。


「問題はないと思う。カッとなりやすい面もあるが、意外にわきまえてるヤツだ」

「ふむ……トーカがそう言うのであれば、大丈夫であろう」

「何か問題が起こったら、俺に言え」

「わかった」


 イヴはジオに向き直り、


「では、ゆこうか」



     ▽



 三十分くらいで、イヴは戻ってきた。

 出発が迫っているため幕舎はすでに解体され、取り払われている。


「どうだった?」


 そう俺が聞くと、


「シャドウブレード族の話を両親から聞いた記憶はない……いや、そもそも知らなかったのかもしれぬ。年月が経つにつれ、彼らのことは語り継がれなくなっていったのかもしれんな……何か、あえて語り継がなかった理由があるのかもしれぬが」


 意図して語られなくなったのか。

 自然と語られなくなっていったのか。

 文章で残してもいなかったそうだ。

 とすると――前者なのかもしれない。

 が、真実を知る者はもうこの世にいない。

 イヴは来た方角へ首を巡らせ、


「が、向こうは我らスピード族のことを語り継いでいたようだ。スピード族はバカだ、と言われた」

「…………」

「一緒に最果ての国に来ていればこんな結末を迎えることはなかった、とな」


 イヴは、皮肉っぽく笑うように小さく唸った。


「それと――最果ての国に来ればいつでも受け入れる、とも言ってくれた。まだスピード族は滅んだわけじゃない、とも」

「あいつらしいな」


 イヴはこちらに向き直り、


「あれは、よき男だ。子を身ごもっているという妻のことも、大切に想っているようだしな」

「ぶっきらぼうだが、いいヤツだよ」


 と、イヴが不意に黙り込んだ。

 やがて、どこか自分に言い聞かせるような調子で口を開いた。


「完全な後付けの結果論だが……スピード族が外の世界に残る選択をしたからこそ、エリカのもとへそなたを連れて行くことができた。そういう意味では……外の世界に残る選択に、意味はあったのかもしれん」


「……俺としては、その選択をしたことに対して素直に礼は言えないがな。スピード族に起きた悲劇を考えれば、喜んでいいことじゃない」


 スピード族を虐殺した連中――勇の剣。

 あいつらを始末したことは、まだイヴに伝えていない。

 俺と違い、イヴ・スピードは前へ進む。

 真っ直ぐに。

 だから――このままでいい。

 ふふ、と得心めいてイヴが唸った。


「あの男は――少し、そなたと似ているかもな」

「俺と?」

「意外と、気遣いができる」


 フン、と俺は鼻を鳴らす。


「褒めても何も出ないぞ」


 ふはっ、と。

 イヴが吹き出した。


「同じことを、言った」

「何?」


 愉快そうに、イヴは笑った。


「我が『そなたは気遣いのできる男だな』と言ったら――ジオも、そなたと同じ言葉を口にしたのだ」



     ▽



 出発前に最低限のイヴの顔合わせを済ませた。

 例の対ヴィシス用魔導具の方は、ロキエラに感想を聞いてみたのだが――


『うーん……これは実際に使ってみないと、なんとも。試用はできないから一発勝負だね。けど、恐ろしく複雑な造りになってるのはわかる。数年程度じゃここまで複雑な回路は編めないよ。というか、編めたこと自体が賞賛に値するね……ん? ボクにも影響を及ぼすかもって? 今のボクは元々の神族の能力をほぼ使えず、知識を貸すくらいしかできないから……そういう意味では、使用されてもボクの方はそんなに問題ないと思うよ? ……多分』


 イヴはロキエラに対して、興味深そうだった。


『ふむ、これが神族なのか』


 大抵はこんな大きさじゃないけどね、とロキエラは肩を竦めていた。

 そういやイヴはヴィシスを見たことはないんだったか。

 そんなこんなで、出発直前となったのだが――


「一応これで、久しぶりに蠅王ノ戦団の初期メンバーが一堂に会したわけか」


 あの頃の顔ぶれ――俺、ピギ丸、セラス、イヴ、リズ、スレイ。

 リズは使い魔越しなので”一応”ではあるが。

 俺たちは、円になって立っていた。

 セラスが、


「この戦いが終わったらリズ本人もまじえて、改めてみんなで集まりたいですね」

「そうだな」

「ピギ!」

「パキュ!」


 やっぱり。

 なんやかやで、このメンバーでいると落ち着く感じがするな……。


 セラスが叔母さんに似てるとか。

 イヴが、叔父さんに似てるとか。

 リズが過去の俺に、似てるとか。


 それもまあ、あるのだろう。

 が、それだけじゃない。

 叔父夫婦や過去の俺とは関係なく。

 単にピギ丸が、セラスが、イヴが、リズが、スレイが――、……


「トーカ」


 と、イヴが円の中心にこぶしを突き出した。


「エリカの家にいた時、イツキから教えてもらった。大事な戦いの前……皆の意思を一つにする時に、こうやってこぶしを円の中心で突きつけ合うのだろう?」


 ……どういう話の流れで、樹はそれを話すに至ったんだ?

 けど、


「ま……せっかく、だしな」


 俺もこぶしを突き出し、イヴのこぶしにくっつける。

 セラスは目もとを綻ばせ、ふんわりと唇を緩めた。

 なんだか嬉しそうだ。

 セラスもこぶしを出し、俺とイヴに続く。

 イヴのこぶしの上にリズの使い魔がとまった。

 リズは、翼の先をイヴのこぶしに重ねる。

 ピギ丸は俺の腕を伝って移動し、突起の先でこぶしを作った。

 俺の手首辺りに乗り、半透明のそのこぶしを俺の手に重ねる。

 それから、皆で少し屈む。

 スレイが後ろ足で立ち、前足を上げ、セラスのこぶしにくっつけた。


「?」


 俺に寄せられる、この視線……。

 これは、俺の言葉を待ってるのか?

 ……こういうのは柄じゃない気もするんだが。

 俺は集まった”こぶし”に視線を置き、



「ここからが本番って気もするが……ここまでつき合ってくれたおまえたちには感謝してる――心からな」



 あの(クズ)の血を継いだ――三森灯河。

 クズから生まれたクズ。

 叔父夫婦のおかげで”同じ”にならず、踏みとどまれた。

 しかしこっちの世界ではあのクズの血が、必要になった。

 それでも俺がこっちの世界でそれに”呑まれ切らなかった”のは。

 きっと、叔父さんたちだけの影響じゃない。

 そう――




 こいつらが、いたから。




 俺は、視線を上げた。

 そして言った。



「――――ありがとう」



 セラスが何か驚いたような――

 どこか不意打ちを受けたような、そんな反応を示した。

 けれどその反応は、ほんの数瞬にすぎなかった。

 セラスはその笑みを一層深めると、


「トーカ殿、ここにいる全員が……ずっと同じ気持ちを、あなたに持ち続けているのです」


 こくこく、と。

 リズの使い魔が首を縦に振る。

 イヴが、


「ふふ……でなくては、我もここまでつき合おうとは思わぬ」


 同意を示す鳴き方で、ピギ丸とスレイが続いた。


「ピギーッ」

「パキューンッ」


 セラスが「トーカ殿」とこちらを見る。


「この戦い……絶対に、勝ちましょう。そしてまたみんなで、こうして顔を合わせましょう――ここにいる全員で、エリカ殿の家で。ですから、その……みんなで――、……」


 セラスの顔はなぜか、耳の先まで真っ赤になっていた。

 一方で、その表情は真剣そのものでもある。


「みんなで、絶対に――」


 決然と立ち上がるセラス。

 覚悟を決めたように、彼女は声を張った。





「た、倒しましょう! ク――を……ッ!」

 




 今度は俺が。

 不意打ちを、食らった気分だった。

 俺は目を丸くし、口をへの字にする。

 というか――珍しく自然と、そうなっていた。

 通り過ぎる兵が「なんだ?」みたいな反応で通りすぎる。

 なんと、いうか。

 最後の方のセラスは、もうやけくそみたいな感じだった。

 ……あいつなりに、士気を高めるつもりの発言だったのだろう。

 で、檄を飛ばした当人はというと――

 言い切ったあとは、口もとを手で覆っていた。


「ァ――す、すみません……その――騎士、らしからぬ……粗暴な言葉遣い、だったかも……しれません……」


 俺の口から、


「……ふっ」


 ごく、自然に。

 笑いが、漏れた。

 俺はすっくと立ち上がって、


「その意気だ、セラス・アシュレイン」

「――ぁ」


 顔を火照らせたセラスの瞳が、ほんの少し潤んだ。

 彼女の表情が、花が開くように明るさを取り戻していく。

 イヴも立ち上がり、


「トーカのああいう笑みを、我は初めて見たぞ?」


 セラスの背に手を添え、続けて言った。


「ふふ、ちゃんとなれたではないか――面白いハイエルフに」


 しゅぅぅ、と。

 湯気でも立っているみたいに、恥ずかしそうに俯くセラス。


「い、今のは――そういう、つもりでは……」


 辺りを見る。

 そろそろ俺たちも行かないとか。

 蠅王面を被り直し、俺は歩き出す。

 一度立ち止まり、


「行くぞ、セラス」


 振り向き、肩越しに言う。



を倒しに」 



 セラスは「ぁ――」と口を開けた。

 そして、嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。



「――――はいっ!」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 今までの蓄積もあってか、トーカの素の感謝の言葉を見て ちょっとリアルで涙が出てきました……。 ほんといつも素晴らしい作品を読ませてくれて有難うございます。
[良い点] サブタイ“蠅王ノ戦団”に相応しい神回でした。 いろいろ言いたいことは、ありますがそれ以上に只々、満たされた気持ちになった。 シンプルながらもこの一点に尽きます。
[一言] ニャキを参加させる声については、気持ちわかるけど、今回はこのままでいいと思います。 イブ参戦からの流れで初期メンバーだけで円陣組むのがスマートだと思います。 ジオとの出会いをクローズアッ…
感想一覧
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