合流
戦いのあと。
急ぎたいのは山々だが……
さすがにすぐアライオンへ出立、とはならない。
交替しながらとはいえ三日に渡り戦いを続けたのだ。
これが少人数を休ませるだけでよいなら移動しながらでもいい。
馬車の中で休ませながら移動すればいい。
が、さすがに兵士たちにも休息を取らせなくてはならない。
敵側に今後どの規模の戦力が残っているかまだ不明なのだ。
情報収集に長けた使い魔にも限度はある。
全容までは、掴めない。
また、負傷者の選り分けも必要だ。
戦いに復帰できる者ばかりではない。
この点は、狂美帝とカトレアが抜かりなく手配してくれた。
復帰できない者たちはひとまずネーアやウルザへ。
カトレアの存在のおかげでネーアは問題なく受け入れてくれている。
ウルザも先の戦いで民の心が現王から離れているので、問題なさそうだ。
ただ、別の問題が起こった。
それは、いよいよ外が夜の帳をおろし始めた頃だった。
ロキエラや狂美帝らと今後の動きを話していると、報告が来た。
来たのはセラスだった。
幕舎内にいた俺の隣で彼女は中腰になり、耳打ちした。
セラスの方に顔を向け、
「……何?」
こく、と無言で頷くセラス。
「三日目に合流した最果ての国の援軍の中に禁字族――クロサガが、同行していた?」
寝耳に水。
そんな反応を示したのは、リィゼ。
「えっ!?」
……あいつが知らなかったってことは。
リィゼたち先行組と分かれたあと、こっそり合流したのか。
セラスがさらに俺の懐へ寄り、
「同行を知っていたのはアーミア殿と一部のラミアのみだったそうです。禁字族はその性質上ヴィシスに狙われやすいから――彼らからそう言われ、姿を隠して移動していたと」
断りを入れ、俺はロキエラたちを残し幕舎を出ようとする。
と、同行しようとしたのかリィゼも席を離れようとした。
俺は制止し、
「あっちはジオやキィルがいれば大丈夫だろう。おまえはここで軍議を続けてくれ」
素直に席に戻り、腕を組むリィゼ。
「……わかった。任せたわよ」
セラスと外に出る。
篝火の灯る野営地を歩き、
「ムニンの娘――フギも?」
「はい」
ムニン以外の唯一の禁呪使用適格者。
あの紋――禁呪紋を持つ者。
「ムニンには?」
「確認は取っていませんが、誰かが伝えには行ったかと」
ムニンの言葉を思い出す。
『でも、あの子も覚悟は決まっています。もしわたしの”刃”が女神に届かず、道半ばで倒れたなら……次は、あの子が命を賭けるんだと思います』
「……まあ――ムニンに伝えないわけには、いかないだろうな」
最果ての国陣営が休息をとっている野営地に到着。
人だかりの円ができていた。
中でも特に背が高いジオの胸部から上が中心の方に見えた。
ジオが俺に気づく。
あごで”来い”と合図してきた。
人垣が割れ、俺とセラスは輪の中心へ入る。
そこにはジオ、キィル、アーミアの姿があった。
そして――猫っぽい目をした表情の薄い銀髪の少女が、いた。
「蠅王、さん?」
「来たのか」
「蠅王さんの声」
「ああ、あの時とは格好が違うからな。前のがボロボロになったから蠅王装を新調したんだ」
「そうなんだ」
「最果ての国に、残ってなかったのか?」
フギは俺を見上げ、うん、と言った。
「残らなかった、ボクは」
そういえば、ロキエラみたいな一人称の子だったな……。
フギが背後の黒い翼の者たち――クロサガたちを見る。
「みんなも」
「来た理由を、聞いても――」
「フギ!」
フギを呼ぶ女の声で、俺の言葉が遮られた。
首を斜めにのばしてフギが俺の背後を見る。
駆け寄ってきたのはムニンだった。
その姿を認めたフギが、かすかに頬を緩める。
「ムニン」
ムニンの後ろにはハーピーのグラトラの姿があった。
フギのことは彼女が伝えに行ったのだろう。
正面に立つと、ムニンはフギの両肩に手を置いた。
息を切らした彼女は、
「はぁっ、はぁっ……ど、どうして来たのっ!?」
「考え直したから」
フギは真っ直ぐ母を見上げ、
「ボクだけじゃない。みんなで、考えた結果」
「……みん、な」
確認を取るように、ムニンが他のクロサガたちに顔を向ける。
すると、クロサガの男が一人前へ出た。
「族長……やっぱり、あなただけに全部を背負わせるのはおかしいですよ。おれたちも、戦わせてください。覚悟なら――」
男が自らの胸を叩いた。
「できてます」
「でもわたしは、みんなの命が……危険に――」
「ムニン」
そう呼びかけたフギを、ムニンは顔に動揺を浮かべながら見下ろす。
「もしこの戦いで負けた時……残ったボクたちだけ生きていても、意味がない」
「そういう、ことじゃなくて……」
「ううん、そういうこと」
ムニンの言い分は、わかる。
ただ……
「…………」
ジオたちは成り行きを見守っている。
これはクロサガの問題。
ここから先は自分たちが意見する領域ではない。
クロサガたちで決める問題だ、と――
そう考えているのだろう。
先ほど胸を叩き覚悟を示したクロサガの男が、両手を広げた。
「もしこの戦いに負けた時、おれたちがあの国に残っていたとしてもですよ? おれたちは、あの中にずっと閉じこもってはいられません。外の世界に出ないと食料問題を解決できない……それは、この前周知された通りなんでしょう?」
今度は一人のクロサガの女が「族長」と、前へ出た。
「戦えない人と……それから、身重の人は国に残ってもらいました。だから大丈夫。ここに来た私たちが仮に死んでも、私たちクロサガはちゃんと――未来へ、続いていけます」
「この戦いに、勝てれば」
女の言葉尻を継ぐように、フギが言った。
「ボクたちを残す必要も、なくなると思う」
今の言葉の意味、それは――
”禁呪紋を持つ者を残す必要性も、なくなると思う”
多分、そういう意味だろう。
「だったら、こっちが勝つ可能性をちょっとでも上げた方がいい。ボクがいれば――」
俺を見るフギ。
「あの人がこの戦いで動かせる禁呪使用者が一人、増える」
「…………」
特に言葉を返さぬ俺をフギはジッと見つめてくる。
一方、ムニンはフギの肩に置く手に力を込めた。
「あのね……よく聞いて、フギ」
ムニンの方へ顔を向け直すフギ。
……今のムニン。
一緒に旅をしているとあまり感じないが。
目や話し方。
他にも色々と……。
やっぱり”母親”なんだな、と感じる。
「わたしが言っているのはね……禁呪紋を持つクロサガを未来に繋いでいける、いけないの話ではないの。いえ、それもあるけれど……でもわたしはそれ以上に……あなたが……あなたが、死んでしまったら……」
「ムニンは、いいの?」
――ムニンが死ぬ”かもしれない”は、いいの?
フギに、そう問いかけられて。
灰色のムニンの瞳が、揺れる。
「わ、わたしは……族長として……」
その時、
「――ぃ」
フギが唇を歪めた。
湧き上がるものを堪えるように。
けれど、
「意味が、なぃ――ボクだって……ムニンが死んじゃったら、意味が――な、い!」
「――ッ、フギ、あなた……」
フギは――泣いていた。
表情の乏しい淡々とした子の印象があった。
ムニンから聞いた話でも普段からそういう子だったようだ。
ゆえに、ムニンは驚いているのだ。
本来あんな風に感情を外に出す子じゃないのだろう。
不格好な泣き顔といえば、そうかもしれない。
だって。
慣れていないのだから。
泣く、という行為に。
だからムニンはあんなにも、驚いた反応をしている。
「死ぬ”かもしれない”に……ボク――だって耐えられ、ない……っ」
「フギ――」
「いやだ、よぅ――いや」
フギが縋るように、ムニンに抱きつく。
「もし、死ぬ、なら、少しでも……最期まで、ムニンのそばに――いたい! 女神を倒す役にボクが立てる、なら――ボクも力に、なり、たい……、――おかあ、さんの! あれで――あれでお別れ”かもしれない”は……やっぱり、いや――だよ……ッ!」
あの声の出し方は。
多分。
長年、大声を出したことがなかった者の出し方だ。
それに、あんな風に感情を爆発させたのも――おそらくは初めて。
フギはムニンの胸の中で、泣きじゃくっている。
「もぅ……、――あなた、は、本当に……、――――ッ」
片手でフギを抱き締め返しながら。
ムニンはもう片方の手で、口もとを覆っていた。
彼女も、泣いていた。
その族長の姿にもらい泣きしたのか。
「族長」
声を震わせたクロサガの男が、口を開いた。
「この戦いで勝って……おれたちの国も、救われたとして……生き残ったとして。次世代のクロサガの子たちに”おれたちはあの戦いで族長一人に任せて生き残りました”なんて……言えませんよ。いや、戦えないんだったら話は別です。けど……おれたちは、戦えないわけじゃない! なあ、みんな!?」
彼の背後のクロサガたちから、力強い反応が戻ってくる。
「それに、他の最果ての国の者たちも命を賭けて戦うんでしょう!? 族長に言われたから自分たちは残って待ってますなんて……やっぱり、耐えられないですよ!」
「私たちは」
さっき少し話したクロサガの女が、再び前へ出た。
「死ぬかもしれない戦いでも、いいんです。私たちは……勝ち取りたいんです。自分たちの手で。勝ち取ったと思える生き方を、したいんです。仮に道半ばで倒れても……”勝ち取ろうと戦った”っていう……そんな生き方が、したいんです」
肩越しに振り向き、うん、と同意するクロサガの男。
他のクロサガも、気持ちを同じくする顔つきだった。
覚悟。
……やはり彼ら、クロサガは。
培われてきた覚悟の総量。
違うのかもしれない――それが。
多分。
女神から特に根絶やしにされかけた歴史があるからこその――
……覚悟、か。
絶えさせず、彼らは繋いできた。
この世代まで。
「みん、な……」
「そう、みんな……仲間なん、だよ。だから……戦おうよ、ムニン」
フギは――ムニンの胸に身を預けたまま、その願いを口にした。
「仲間で」
ムニンは……唇を噛んでいた。
気持ちが片側に傾いているのは見てわかる。
が、まだ葛藤を振り切れていない。
フギの両肩に手を置いたままムニンが見たのは、俺。
他の連中も倣うようにこちらを見る。
いずれも、答えを求めている視線だった。
ただ、こればかりは――
「こればかりは……あんた次第だ、ムニン」
俺の回答はわかっていた。
ムニンの顔は、そんな感じだった。
彼女からは特に動揺もうかがえない。
俺は、
「ま……これについては今この場で決める必要はないだろう。急ぐ問題じゃない。仮にあんたが首を横に振るとしても、今この場の雰囲気じゃ示しにくいだろうしな……」
俺は周りを見やり、
「落ち着いて、じっくり話し合えばいい。幸いそれをする時間はある。どちらでもいい。俺は、あんたたちの決定に従う」
あの、とムニンが言った。
彼女はフギを一瞥し、
「女神との戦い……フギが、参加するとしたら――」
問いかけてきた。
「勝率は、上がりますか」
”変わらない”
そう、答えるべきかもしれない。
”いてもいなくても、勝率に変化はない”
そんな嘘を――つくのなら。
フギは決戦に参加しなくても、済むのではないか。
「……どちらを選んでも、俺は俺なりに全力を尽くす。全力で組み立てる――あるいは、組み立て直す。それは約束する。それに……元々、フギの参戦は織り込んでなかったわけだしな。ただ……」
ただ、
「敵の戦力、能力……未知の力を持つ可能性……敵の全貌が不明な状態である以上、こちらの選択肢も多い方がいい――これは、事実だろう」
俺は。
事実を事実として述べた。
ここでムニンが求めている回答は”配慮”じゃない。
それを、感じたからだった。
「ただし――もう一度言うが――こればかりは、最終的にムニンが決めることだ。決めていいことだ。今、選択肢が多い方がいいとは言ったが、これについてはどんな選択をしても、俺はあんたの選択を尊重する」
ふぅ、と息を吐く。
「こればかりは、な」
トーカさん、と。
ムニンは言ってから、
「ありがとう」
礼を口にした。
どういう意図の”ありがとう”だったのか。
選択肢を与えてくれたことへの礼か。
もちろん、そういう意味ではなかったかもしれない。
真意はわからなかった。
ムニンはフギに視線を戻し、数秒してから言った。
「ひと晩、考えさせて」
翌日の早朝。
目もとを腫らしたムニンが、俺の幕舎を訪ねてきた。
彼女の選択を聞き、俺は言った。
「わかった」
椅子に座り、幕舎の天井を見上げる。
空間に沈黙がおりた。
ムニン、と俺は呼びかける。
「難しいな」
「ええ」
そう、
「”想い”ってのは時に厄介で、難しい」
でも。
だからこそ、価値があるのだろう。
▽
女神討伐軍は国境を越え、ついにアライオン領へと入った。
使い魔で確認する限りヴィシスたちはまだエノーから動いていない。
ただしエノー周辺には武装した聖体が集まっているという。
が、そのエノーまでの道のりに今のところ聖体は確認されていない。
どこかの砦に魔帝器がまだ隠してあるなんて可能性もあるのか?
それを発動させ、金眼の魔物や人面種を再びぶつけてくる……?
――いや、その可能性は低い気がする。
ヴィシスはこれ以上勇者を強化したくないはず。
金眼の魔物や人面種をぶつければ経験値が入ってしまう。
ここまでくれば、こちらの戦力を過小評価してもいまい。
レベルアップの芽は摘んでおきたいはずだ。
少なくとも、俺が向こうの立場ならそうする。
事実、アライオン領内は驚くほどスムーズに進軍できた。
逆に何かの罠かと警戒するほど、障害なく進めている。
「やっぱり……決められるなら、あの最初の戦いで決めるつもりだったのかもな」
その予想通りなら正直ありがたい。
あんな聖体の波がまだ何度もくるとなると、けっこうな手間になる。
それから。
小話的だが、ちょっとした面白い動きもあった。
アライオンの南東に位置するバクオス帝国。
俺たちは現在バクオスの黒竜騎士団らと共闘関係にある。
ただしバクオス本国の方は、今までいまいち煮え切らない態度だった。
バクオスは地理的にアライオンにかなり近い。
ゆえに動きにくかった――これはあるだろう。
俺たちの到達前に聖体軍によって蹂躙されるのを恐れたのではないか。
で、そのバクオスだが。
今になって、本格的に援軍を出してきた。
俺たち――女神討伐同盟の行く末を注視していたのだろう。
狂美帝はこの動きに対し、
「女神側が勝利した場合は”黒竜騎士団と一部のバクオス兵がカトレアに呼応し、独断で対女神勢力に加担しただけ”とでも、言い逃れするつもりだったかもしれぬな」
そんな所感を述べていた。
渡世術的には、まあ賢いとも言える。
もちろんそこにはある種の”小賢しさ”も含むが。
あるいは、あの音声や動画が届いて気が変わったか。
俺としては、そっちの方がありそうな気がした。
とはいえ。
これであとは……ヨナトが、どう動くか。
白狼王――マグナルはこちら側についた。
これはすでにミラの帝都から放たれた軍魔鳩によって確定した。
軍魔鳩での確認はどうしてもタイムラグが大きい。
電話やメッセージアプリにみたいに即確認、とはいかない。
さすがに電波まではスキルじゃどうしようもないしな……。
使い魔なら近いことができる。
ただ、これは難しい。
現在、リズが動かせる使い魔は二匹。
一匹は俺たちに同行している。
で、別の一匹はエノーでヴィシスの動向を監視中。
ヴィシスの現状を把握するためのこの二匹は、動かせない。
ちなみにエノーでヴィシスの動きを監視している使い魔。
そいつは、エノーからヨナト方面へ向かう聖体軍を確認した使い魔でもある。
「…………」
リズの使い魔、といえば。
俺はスレイの上で、小雨に濡れる平原を眺めた。
今の進軍コース。
これはリズが”できれば”と指定してきた西寄りのルートである。
俺たちは現在それを辿っている最中だった。
エノーまでの到達時間で見ても最も短く済むルート。
実は狂美帝との話し合いでも、元々このルートは使うつもりだった。
どうやら、リズたちの方でもルート選別をしてくれていたらしい。
と、
「あの、蠅王様」
伝令がやって来た。
確か、優先度の低い時に来る伝令だったと思うが……
「妙な女が一人、あなたに会わせてほしいと訪ねてきているそうなのですが……」
「ワタシに?」
たくましくも、ここに来て商売っ気を出している商人もいる。
また、
”陛下の皆さまの休息の場として自分の町を提供したい”
こう申し出るヤツらもいる。
道中でもこういった者がまれに”上”の人間を訪ねてきていた。
とはいえ身元の確かでない者で、
”蠅王に会いたい”
そんなヤツは、いなかったが……。
「何者か名乗りましたか?」
報告に来た女はいまいちピンと来ていない顔で、
「”蠅王ベルゼギアの第二誓アスターヴァと伝えればわかるはずだ”と」
…………何?
アスターヴァ?
いやに懐かしく感じる名だ。
「蠅王様でなければ、セラス・アシュレイン様……それから、マキア・ルノーフィア様などに会わせてもらえれば自分の身もとは証明できるはずだ――と」
伝令は女の特徴を説明した。
「…………」
……なぜ、ここにいる?
どうやって”あそこ”を抜けてきた?
いや――リズが使い魔で来るのだって、予想外だった。
なら、
あいつだって、可能性はゼロじゃないのか。




