ヨナトの女王
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◇【ヨナトの女王】◇
ヨナトの女王――アルマ・セントノキア。
彼女は、ヴィシスから届いた伝書を手にしていた。
伝書には聖眼の機能を停止させるよう指示が記してあった。
理由は”この世界を守るため”だという。
少し前、聖眼がアライオンの方角へ聖撃を放った。
あれが関係しているのだろうか?
アルマは混乱した。
聖眼はいわばこの国の守り神である。
起動後一度もその機能を停止させたことはない。
何が起きているのだ?
あの女神を心から信用しているかと問われれば――否である。
が、女神の力なくしては根源なる邪悪に対抗できないのもまた事実。
心酔こそしないが神聖連合による協調はやぶさかではなかった。
女神のヨナトへの干渉も他国と比べれば弱い。
理由は不明だが、この国への干渉は少ない印象が強かった。
守り神である聖眼のおかげかもしれない。
そう思っていた。
ゆえに。
アライオン一強でも、ヨナトはそれなりの自由と平和を享受できている。
そう思っていた。
けれどある日、迷うアルマのところへミラからの軍魔鳩が来た。
この軍魔鳩の到来により、状況は一変した。
ミラの軍魔鳩が運んできた”スマートフォン”という古代魔導具。
それによって確認された女神の記録音声。
長方形の小さなガラス(?)の中で動き、悦に入ったように語る女神。
礼儀作法に欠けた態度や言動がたまにあるくらいなら、ともかく……
(まさか、この大陸に住む者たちを滅ぼそうとしているなんて……そんなもの――)
ただの――邪神、ではないか。
先だっての狂美帝の反乱。
あれは正気を失ったゆえの行動ではなかったのか。
今やネーアやバクオスの黒竜騎士団も狂美帝側についている。
アライオン軍の一部に、あのウルザさえも反女神側に回ったとか。
さらに、狂美帝にはあの蠅王ノ戦団も味方しているという。
(……異界の勇者たちも?)
ふと、アルマの脳裏に蘇った記憶。
苦い思い出。
というより――苦手な相手。
あの、不気味な少女……
(アサギ・イクサバも、反女神側に……?)
いや――あまり考えたくない。
あの少女のことは。
思考を切り替え、アルマはミラ側からの伝書を再確認する。
「…………」
真実を知ったマグナルの白狼王も反女神側についた。
白狼王は自国の各地へ軍魔鳩を飛ばしたという。
マグナルの戦力を聖眼防衛のため結集するために。
ルハイト・ミラも帝都防衛用の軍隊を引き連れこちらへ向かっている。
道中でミラ北部に残っていた戦力の大半も束ねてくるそうだ。
伝書によるとその軍にはあの剣虎団も同行している。
彼らとは先の大侵攻で共にこのヨナトの地で戦った。
味方に回るなら、心強い。
さらには、最果ての国という亜人の国の戦力が加わるとか。
ゼクトと名乗るその国の王から申し出があったとのことだが……。
(本当に、破壊しにくるの……? ヴィシスの軍勢が? この、王都アッジズへ……聖眼を破壊しに?)
聖眼はいわば”自分”そのものと言っていい。
アルマにとっては自己と同一の存在。
ゆえに聖眼の破壊――停止は、自分の心臓が止まるにも等しい。
(…………)
先の大侵攻でヨナトは決して小さくはない被害を被った。
急ぎ防衛力の回復を図っていたものの、万全ではない。
今、四恭聖はもうヨナトにいない。
聖女のキュリアは奇跡的に回復傾向にあるが……。
戦えるか、どうか。
目眩が、してきた。
それでもアルマはふんばり――持ち直す。
さて――どちらを信じるか?
決まっている。
確かな証拠を突きつけられたのだ。
古代魔導具越しとはいえ、この耳で聞き、この目で見た。
あの邪悪を。
それに、あの白狼王が反女神側なら信用できる。
他はともかく、白狼王は信頼に値する人物だ。
(いえ……)
何より――
聖眼の停止など認められない。
認められるわけがない。
絶対にだ。
歴代のセントノキアの一族にどこまで”それ”があったかは知らない。
が、現ヨナトの女王の信仰心をヴィシスは見くびっていたようだ。
現ヨナトの女王にとっての”絶対”は女神ではなく聖眼である。
それに――この、裏切られたような不快感。
白い光の差し込む女王の間。
アルマは、玉座で前のめりになった。
そして、
「ヴィシ、ス」
くしゃりっ、と。
改めて確認していたヴィシスからの伝書を、彼女は、憎しみを込めて握り潰した。
「ふざけんじゃ、ないわよ……ッ」




