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367/441

蠅色の凶剣


 左翼の戦況は、十河綾香の投入によって一変した。


 正直、想定以上だった。


 思い返すと、俺は十河の”戦争”をまともに目にしていない。

 桐原との戦いのあとにセラスとの一対一の攻防を少し目撃したのみ。

 当然、十河がスキルで何をできるかは把握しているが……。


「アヤカ殿は左翼から中央へ移動しているようです!」


 伝令からの報告。

 つまり、


 ”今、左翼で十河綾香がやるべきことはおおよそ片付いた”


 こう受け取っていいのか。

 報告によれば左翼方面の聖体軍は相当崩れている。

 数を減らしたのもあるが、指揮系統をあらかた潰したのも大きい。

 俺の指示を、十河は忠実に実行している。


「すごいね……さすがは最高等級の勇者」


 ロキエラも感嘆を伴ってそう述べた。

 最高等級――S級。


 考えてみれば……。

 S級は三人とも、最上位にふさわしい能力を持っている。


 万能型の高雄聖は純粋な戦闘能力だと他二人にやや劣る印象はある。

 一方、応用の幅は他二人と比べ格段に広い印象だ。


 桐原拓斗。

 辿り着いた先は、やはり最上位に分類していいだろう。


 自在に操れる高質量の攻撃エネルギー。

 さらに自らへの加速移動にも使える。

 自分の周囲を守る自律防御に等しい小型の金波龍も出せる。

 極めつけは――金眼を隷属させる能力。

 あの人面種すらその支配下に置くのを可能とする能力。

 あの力で桐原拓斗は金眼の軍勢を作り出した。

 たとえば、もし――

 使用者が違っていれば。

 まったく違った戦いが、この世界で繰り広げられていたのかもしれない。


 そして、十河綾香。

 他二人と比べて十河は完全な戦闘特化と言っていい。

 そもそも十河はS級以前に、本人自身の戦闘資質がケタ違いだった。

 原理はよくわからないが”極弦”という技も持ち合わせている。

 どうも、異世界とは無関係に元の世界にいた頃から知っていた技らしい。

 祖母から古武術を習っていた――だったか。


 十河綾香だけが。

 やはり元から、何か違っている。

 事実、あいつは一人で戦況に大きな影響を及ぼしている。

 対ミラ戦でも――今も。

 一対一の戦闘能力はいわずもがな。

 同じ戦場にいても恐ろしいと感じる部分はある。

 つまり――

 逸している。

 常軌を。


「…………」


 左翼側にいた巨大聖体は次々と十河に倒されていったようだ。

 指揮官役の人間も続々捕縛され、捕虜として後方へ送り込まれた。

 展開された銀の軍勢は、聖体の領域を段々と削り取っていった。

 それらは今も、現在進行形で行われている。

 あれで今はMPの”持ち”もいいというのだから――

 もはや、隙がない。

 ……伝聞から想像はしていたつもりだったが。

 まさか、


「ここまでとはな」

「トーカ殿、いつでも行けます」


 セラスの声。

 肩越しにそちらを見る。

 セラスの後ろには出陣を控えたネーアの聖騎士たち。

 スレイに騎乗している俺は、右翼方面へと馬首を巡らせる。

 十河の戦果を見て、俺も動ける状態になった――そう判断した。

 ロキエラは一旦ここに預けておく。

 今は連れて行く必要はない。

 俺は狂美帝に、


「あとはお願いいたします、陛下」

「ああ、気兼ねなく行ってくるとよい」


 全体の指揮は元から狂美帝の役目。

 元々、俺たちは遊撃隊のポジション。

 蠅王面に手を添え、軽く位置を整える――


「行くぞ」



     ▽



 右翼の前線目指し、駆ける。

 やはりスレイが突出して速い。

 セラスたちは置き去り気味になっていた。

 が、それは折り込み済み。

 あとで追いつくよう事前に言ってある。

 報告によれば右翼だけ巨大聖体の到達が遅れている。

 十河を先に左翼へ回したのはそれもあった。

 しかし――いよいよ右翼にも、巨大聖体が到達しつつあった。

 最前線の乱戦へ飛び込んだあと、


「貴殿か、蠅王」


 声をかけてきたのは、ケルベロスのロア。


「あんたも魔物部隊も、奮戦してるな」

「わたしたちも、がんばっているである」


 ゴウッ、と。

 飛びかかってきた聖体にロアが炎を吐き、焼き殺す。

 ちなみに、炎を吐いたのは右の頭部。


「だが、わたしたちでは……あれの相手は手こずるであろう」


 ロアが視線をやった先――巨大聖体。

 ポンッ、と俺はロアの身体に手を置く。


「任せろ」


 再びスレイを走らせる。

 俺の前方の聖体たちがスレイに吹き飛ばされていく。

 上限数を意識しつつ通り道の聖体に状態異常スキルを散らしていく。

 これが後続のセラスたちへの道しるべにもなる。

 それから――俺は、長剣を手にしていた。

 ピギ丸が形成した武器。

 スライムウェポンとでも言おうか。

 ピギ丸の第三強化で可能になった芸当である。

 俺は駆け抜けるついでに聖体を斬り伏せ、その首を刈り取っていく。


「にしても、ピギ丸」

「ピギ?」

「この剣、別に色までつけなくても大丈夫だったぞ?」

「プニ! ピニニ!」


 ”でもでも、その方がかっこいいよ!”


 ……だそうだ。

 微笑み、鼻を鳴らす。


「おまえにそう言われてみると、まあ――そうかもな」


 両刃の長剣。

 刃は黒く、フラー部分は深紅。

 先端は軽く曲線を描き、シミターのようでもある。

 また、刃の片側は尖った山と谷を形成していた。

 まあ、いわゆるギザギザだ。

 が、ノコギリのような細かいギザギザではない。

 攻撃的な印象のソードブレイカー、とでも言えばいいのか。

 なんにせよ、凶悪なフォルムなのは確かだろう。

 こうなったのは……ピギ丸のセンス、としか言えない。

 ピギ丸は以前、いくつかの武器が描かれた書物を閲覧していた。

 その上で、


 ”格好に合うと思った形にしたよ!”


 とのことである。

 ……ま、形はピギ丸に任せたからな。

 ただ、この最終蠅王装にはぴったりかもしれない。

 刃を振る。

 流れるように白い命を、刈り取っていく。

 強度は十分。

 切れ味も、十分。

 多分ステータス補正もあるが、重量も切れ味に対し驚くほど軽い。

 セラスやイヴから習った剣の使い方も役に立っている。

 刃に付着した聖体の血が、シュワシュワ音を立てて消えていく。

 視線を上げる。


 影が。


 上空から、覆うように俺を包む。

 急に日陰に入った――そんな感じ。

 背中に陽の光を受けた巨人が、視線の先にいる。


 ……よお。


 手を斜め上方へ突き出し、巨人へ向ける。



「――【パラライズ】――」


 

 振り上げた巨剣を振りおろそうとした巨聖体。

 そいつが振りおろす直前の姿勢で固まる。

 通り過ぎざまに【バーサク】を放つ。

 爆ぜる――巨聖体。

 落下したそいつの巨剣が、そばにいた聖体たちを圧殺した。

 前方の聖体を蹴散らし、駆けるスレイ。

 俺は馬上で刃を斜め下に構え直し、別の巨聖体に目標を定める。

 移動線上の聖体を――殺しながら。


「次」


 巨聖体に的を絞り、倒していく。

 やがてセラスたちが追いつき、合流する。


「ルダの隊は、囲まれつつあるあちらの援護を! 私の隊はこのままトーカ殿の後続として援護に回ります! ドロシー、残りの隊の振り分けは任せていいですね!?」


 剣を掲げ、指示を飛ばすセラス。

 ルダと呼ばれた大柄な女聖騎士が、微笑む。


「ふふ……マキア様の団長が馴染んできた我々ネーア聖騎士団ではありますが、やはりセラス様に率いられると……より気持ちが、高まります」


 彼女の名はエスメラルダ。

 ルダというのは愛称だそうだ。

 聖騎士団でも古株の一人で、セラスとも長いつき合いだと聞いている。

 そこに、ドロシーと呼ばれた女聖騎士が続く。


「そうねー、懐かしいわ」


 こちらも古い中核メンバーの一人だという。

 ルダと似た関係性の人物らしい。

 なかなかの食わせ者とも聞いている。


 聖騎士団の動きは、迅速で乱れがない。

 セラスは過去に最果ての国のヤツらを指揮したことがある。

 が、明らかに指揮を受ける側の動きが違う。

 戦場にあって浮き足だったところもない。

 可能なら人間の指揮役に狙いを定め、スムーズに処理している。

 冷静で――広く、戦場が視えている。

 劣勢な味方のかたまりがあれば、そこへも的確に戦力を投入している。

 彼女たちは武力面においても不足はなかった。

 少なくとも――この戦場にあって、不足という言葉が不適当に思えるほどには。


「トーカ殿!」


 俺を見て、セラスが声を上げる。


「あなたは他を気にせず大型に集中してください! 手強そうな中型聖体は、すべてこちらで引き受けます!」


 精式霊装を纏ったセラスが早速、中型聖体を仕留めながら言った。


「移動も、どうか気にせずご自由に! こちらで見つけて追いつきます!」


 俺は状態異常スキルを蒔きつつ、手の動きで応える。

 セラスは手強そうな中型聖体を難なく始末していた。

 起源霊装はまだ、使っていない。

 十分なのだ。

 精式霊装で。

 この戦場におけるセラスの戦いはまるで……。

 そう、少し先の未来でも視えているかのような。

 そんな、危なげなさがある。


 味方側で、唯一あの十河綾香と正面から一対一でり合えるであろう戦力。


 まったく……心強い。

 次の目標目がけて、俺はスレイを走らせる。


 状態異常スキルを放ち、

 蠅色の凶剣を振り、

 女神の下僕たちを、刈り取っていく。


 ”トーカ殿”


 この戦場――進軍。

 セラスにはあえて”その名”を呼ぶよう指示してある。

 少し前から、狂美帝や他の者にも俺の名は隠さず呼ばせている。

 ……クソ女神。

 もし、おまえがこの戦場から情報を得る手段を持っているなら。

 それは、それでいい。



 ”蠅王はトーカ・ミモリである”



 


 今さら何をわかりきったことを。

 これは、そう思われて当然の情報。

 が、この情報も保険――布石の一つになりうる。

 この目立つ最終蠅王装も。

 この姿でスキルを放っているのも、その一環。

 指揮役の人間も一部をあえて”見逃す”よう指示を出してある。

 可能なら”俺”の情報を持ち帰ってもらう。

 ……やはり、今後への布石の一つ。

 活きるかは未知数。

 それでも蒔ける種は蒔いておく。

 いつ、どこで芽吹くかわからないのだから。

 …………。

 今いるこの戦場だけの話ではない。

 ああ、そうだ。

 ヴィシス。

 予防線も含め――



 すでに情報戦は、始まっているということだ。



     ▽





 敵の波はほぼ絶え間なく、約三日間に渡り押し寄せ続けた。





 次話更新は明日2/26(月)21:00頃を予定しています。


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― 新着の感想 ―
[一言]  戦えるようになって嬉しいよ。
[良い点]  ピギ丸のこだわり。
[一言] 桐原への評価が「使用者が違っていれば」 皮肉なものやな。
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