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光の射す方へ


 使い魔は便利だ。

 しかしヴィシスはこれを用いない。

 否――用いることができない。

 エリカ曰く、


 ”この大陸で今、使い魔を生み出すすべを識るのは多分もうエリカだけ”


 失われた古代秘術。

 エリカはこの秘術に手を加えた。

 条件を足したのである。

 それは、


 ”ダークエルフであること”


 以前これは聞いていた。

 ゆえにヴィシスは使い魔を用いることができない。

 神族も人間も使えない。

 しかし、


 その者がダークエルフなら。


 エリカ・アナオロバエルから伝授されたなら。


 第二の秘術使いが誕生する。

 軽く感極まった様子のセラスが、その使い手の名を呼んだ。


「――リズ」


 こく、と挨拶するみたいにからすが頷く。

 そして、ちょこちょこ文字盤の上を動き回る鴉。


 ”申し訳ありません、ここに至るまでの経緯は省かせていただ――”


 使い魔の紡ぐ文字の流れを見ながら、


「リズ」


 俺は制止の声をかけた。

 使い魔の動きが止まる。


「敬語も極力省いてくれていい。謝罪関係も省いて問題ない――団長命令だ」


 一瞬、使い魔が動きを止める。

 しかしすぐに頷き、動きを再開。

 ちなみに今の俺の蠅王装はリズの知らないものだろう。

 が、声で俺だと確信を得たようだ。

 しゃべったあと、安心した様子が伝わってきた。

 使い魔は動き以外にも、くちばしや羽根先で文字を示していく。


 ”エノーの情報は必要? それ以外に早めに知りたい情報は?”


「ああ、エノーの情報は必要だ。できればヴィシスや神徒ってヤツらが今王都にいるかを知りたい。わかるか?」


 使い魔から返ってきたのは――イエス。

 今、ヴィシスが王都にいるかどうか。

 この情報は定期的に得ておきたい。

 前からそうエリカに伝えてあった。

 だから。

 これが重要な情報だと、エリカからリズにも事前に伝わっていたのだろう。


「さすが、あのクソ女神が煙たがっただけはある」


 復讐対象が同じだから協力してくれてる――とはいえ。

 すべて終わったらエリカにもなんらかのお返しをしないとだな……。

 あの皮袋からまた高い酒でも出てくれるといいが。


 さて――この局面で、使い魔は重要な役割を果たす。


 使い魔は”切り替え”ができる。


 エノーにいる使い魔。

 この戦場の近くにいる使い魔。


 二匹の使い魔。

 これらの”切り替え”は大きなメリットをもたらす。


 それは、長距離によるタイムラグをほぼなくせること。

 軍魔鳩だと、


 ”確認した時にはいたが、確認直後にヴィシスらがエノーを発った”

 ”俺たちに情報が伝わる頃には、すでにこの戦場近くまで来ていた”


 これが、起きうる。 

 たとえばヴィシスが例の魔導馬を使えば、可能になるかもしれない。

 そう、軍魔鳩はエノーからここまでに空を移動しなくてはならない。

 が、使い魔ならこの問題をほぼ解決できる。

 使い魔だと、


 ”ついさっき確認した”


 が可能となるのだ。


「…………」


 周りも固唾をのんで文字盤を覗き込んでいる。

 皆、使い魔の”答え”を待つ。

 ここで得られた答えが――


 ”わからない”

 ”姿が確認できない”


 こうならなかったのは幸いだったと言える。

 使い魔は答えた。



 ”エノーの王城に、



 念のため、神徒の数と特徴を伝える。

 神徒の実物を目にしたロキエラが肩にいるから照合できる。

 ちゃんと合致していた。

 てことは――



「今この戦場にはヴィシスも神徒も、いないわけだ」



 予想は――当たっていた。

 俺はロキエラの方に顔を向ける。

 ヴィシスたちは全員エノーの王城にいる。

 ならばヨナトへも向かっていない。

 ロキエラが、


「ヴィシスは、籠城の構えを取ってるのか」

「つまり――」

「うん」


 おそらく、とロキエラは独りごちるように言った。


が必要なんだ」


 時間を稼ぐほど有利になる、ってことか。

 あるいは、王城やその付近に何か籠城に有利な仕掛けがあるか。

 俺は使い魔に向かって、


「リズ、助かった。他にも可能ならヨナト方面の情報なんかを聞くと思うが……負荷の方は、大丈夫か?」


 こくこく、と頷く鴉。

 本来なら使い魔の”切り替え”の多用は避けるべきである。

 意識を同調させたり剥がしたりはその時点で強い負荷を伴うそうだ。

 無理をしてリズまで倒れたら大変だ。

 ……ま、個人的に無理をさせたくないってのもある。

 リズやニャキには妙に甘いと言われようとも。

 あの二人に、無茶はさせたくない。

 あいつらはいわば、


 ”本当の自分を偽る必要なく、まっとうに育つ可能性を得た三森灯河”


「…………」


 守らないと、いけない。

 だから――こいつはきっと、本能みたいなものなんだろう。


「蠅王ノ戦団の古株がこうして遠方にいても手伝ってくれるのはありがたいが、休む時は無理せずちゃんと休めよ。いいな?」


 錯覚かもしれないが。

 使い魔は、嬉しそうに微笑んだように見えた。

 文字盤を羽根で示し、答えが返ってくる。

 イエス、と。


「よし」


 さて――


「ロキエラ」

「うん」

「神族関係のアレコレはあんたの方が多くを知ってる。ヴィシスが籠城を選んでいる理由……それを考察しといてくれ。より確信を得るためにこの予想――予感を補強したい」

「わかった」

「こっちは――」


 俺は顔の向きを戻し、セラスや狂美帝に言う。



「まずこの戦場の聖体軍を、片付ける」



 時間稼ぎ目的。

 確証まではいかないが、この可能性がかなり高まった。

 なら、今からはできるだけ早く先へ進むべきだ。


 戦場の方へ目をやる。

 巨人めいた聖体が、迫ってきていた。

 まだそれなりに遠い。

 が、やがて前線に到達するだろう。


 もちろん想定外の事態は考慮すべきである。

 が、考えすぎて身動きが取れなくなるのもまずい。

 様々な事態を想定はしつつ、臨機応変に動く。


 基本はやはり、これしかない。

 俺は聖騎士の一人に指示を出した。


「十河綾香に、伝令を」


 狂美帝とやり取りし、他にも指示を出す。

 さらに、リズから得るべき他の情報を得た。

 そして、



「あとあと十河と入れ替わりで俺も出る――――動くぞ、俺たちも」





 ◇【十河綾香】◇



 カチューシャを付け直す。

 割れてしまったサークレットの代わり。

 三森灯河からの伝令のニャキという少女が来た。

 ニャンタンと一緒に。


 出陣の指示。


 槍を、手にする。

 この青空の下で。


「十河さん」


 声をかけてきたのは、周防カヤ子。


「行ってくるね、周防さん」

「あの――」

「みんなを、お願い」


 周防カヤ子、室田絵里衣、二瓶幸孝。

 この三名が率いる勇者グループはまだ待機状態。


 今回は十河綾香単独での出撃。


 ”クラスメイトが前線にいると安否が気がかりで動きが鈍る”


 灯河は多分それを見越し、綾香単独での出撃にした。


「……任せて、十河さん」

「周防さん。改めて――」

「うん」

「あなたが私のグループに入ってくれて、本当によかった。あなたにはずいぶんと助けられたから。ありがとう」

「私、も」


 カヤ子が胸の前で両手を組んだ。

 そして、言葉に力を込める準備をするような溜めがあって、



「私は……十河さんだから、よかった」



 少し、奇妙な言い回しな気もした。

 でも気持ちは伝わってきた。

 彼女は――周防カヤ子は。

 自分を、とても大切に想ってくれている。

 感情を鎮めるみたいにカヤ子は息を吐くと、


「今はこれが、精一杯」


 ふふ、と微笑む綾香。


「大丈夫。それだけで今、私は百人力だから」


 あれだけみんなに、迷惑をかけて。

 まだ自分はクラス委員だ――なんて。

 そんな恥ずかしいことは、言えないけれど。


「周防さん」


 綾香は、こぶしを前へ突き出した。



「みんなで戻りましょう――私たちの、いるべき世界に」



 綾香が何かを待っているのを感じ取ったのだろう。

 カヤ子はかすかな恥じらいを覗かせたのち――

 そっと、こぶしを前に出した。

 互いのこぶしの先が、こつ、と触れ合う。

 カヤ子は珍しく口の端を緩め、


「……こういうの、どちらかというと男の子がするイメージがあった」

「そ、そう?」

「似合う」

「え?」

「男の子よりよっぽど十河さんは――素敵、だと思う」



     ▽



 馬で左翼の戦線へ向かう。

 乗馬し指揮を執るネーアの女王――カトレアのもとに辿り着く。


「カトレアさん」

「来ましたわね、アヤカ・ソゴウ」


 カトレアが前線のさらに向こうへ視線を飛ばした。

 大型聖体が、迫っていた。


「残念ながら、わたくしたち左翼の軍だけであの巨大聖体相手にどこまでやれるかわかりません。倒せるにしても、こちらの損耗も激しくなりますし……他の中型以下の聖体へ割く戦力も大きく減ってしまいます。あれを貴方に処理してもらえれば、とても助かりますわ」

「任せてください。あと、できれば聖体たちに指示を出しているアライオン貴族の捕――処理、ですね」


 捕縛。

 そう、言いかけて。

 綾香は言い直した。

 灯河からの指示を、頭の中で反芻はんすうする。


 ”殺すかどうかは任せる”


 生かしたまま捕縛すれば情報を吐かせられる。

 ただし聖体軍を大幅に弱体化できるなら、殺した方がいい。

 大幅に弱体化できればこちらの被害を減らせる。

 味方の死者を、減らせる。


 委ねられた。

 天秤を。


「あの大型聖体はまだ遠いですし……少し、よろしいかしら?」


 言って、カトレアは続けた。


「アヤカ、この戦場では貴方の好きなようになさって」

「……私は」


 多分、自分についての情報が伝わっている。

 あの時。

 ニャンタンたちを追ってきたアライオン騎士団の男たち。

 彼らの引き連れてきた聖体はすべて綾香が駆逐した。

 ……でも。

 聖体をすべて失った彼らに――命乞いをされて。

 あの時、自分は。

 固有剣を握る手に、力を込めようとした。

 すると――


 ニャンタンが、騎士団の男たちの首もとをナイフで裂いて殺した。


 自分は、その様子を見ているだけだった。

 あの時、自分も……。

 殺そうとしていた、と思う。

 見逃した彼らがアライオンに情報を持って戻った場合。

 再びクラスメイトたちに危機をもたらすかもしれない。

 そう思った。

 だから――やるべきだ、と。

 覚悟を、決めたつもりだった。

 でも、


『久しぶりに再会した勇者たちの前で、キミがわざわざ人を殺す姿を見せる必要はないでしょう』


 ニャンタンは、そう気遣ってくれた。

 けれど。

 この前の対ミラ戦――


 自分はすでに、人をあやめている。


 死者を最大限に減らす努力はした――つもりだ。

 だけど。

 何人かはきっと命を落とした。

 間接的原因も含めて。


「先の対ミラ戦において貴方が無用な殺害を好まなかったのは、共に戦ったわたくしも当然知っています」


 カトレアはそう言って綾香の横に馬をさらに近づけ、


「ですからあの時敵だったミラ側の者たちも、大した遺恨なく貴方と共に戦えているのでしょう。たとえば、いま中央の前線で戦っているオルド家の次期当主……貴方は彼も殺さずに捕縛した。そして今、戦線に復帰した彼と同じ戦場にこうして味方として立っている。彼は、配下や兵たちからも人気があったようです。もし殺していたら、到底こうはなっていませんわ」


 言って、力づけるように微笑みかけるカトレア。


「よろしいこと? 昨日の敵は今日の友……これは、殺してしまえば実現しない言葉です」


「…………」


「もちろん無用な慈悲を持たぬ方が功を奏する場合もあります。ですが今の貴方に限れば……結果だけ見るなら、それなりに上々だったのではなくて?」


「……でも、私は」


「聞けば貴方には、反省し、改善しようとする意思がある。自分を責める勇気がある。それこそ”勇者”の素質。わたくしは、そう思いますわ」


「勇、者……」


「完璧な人間などいません。人は過ちを犯す。わたくしもです。大事なのはその過ちとどう向き合うか。貴方は逃げずに向き合おうとした。ゆえに長い精神的苦痛を味わった。ですが恥じることはありません。貴方は――過ちから学ぶことのできる、勇ある者ということです」


「……ありがとう、ございます」


 ふふ、と。

 カトレアは長手袋に包まれた手を口もとに添え、楚々と微笑む。


「今の貴方は自分で考え、自分の信念に従って戦えばよいのです。だっておそらく――トーカ・ミモリは貴方の考えや行動も、ある程度想定して全体図を描いているはずですもの」


「…………」


 そうだ。

 自分が壊れそうだった時。

 彼は――聖を”用意”していた。

 十河綾香に最も”効く”のが彼女だと想定して。

 ……自分がかけた迷惑を鑑みれば。

 こんなことを言えた義理では、ないのだろうけれど。

 十河綾香は――私は。

 彼が2-Cにいたことを、感謝すべきなのだと思う。


「貴方は、その生真面目そうなところが……少しあの子に似ているから。つい、いらぬお節介を焼いてしまいましたわ。それと――ごめんなさい」

「え?」


 カトレアは、視線を落とし気味に言った。


「対ミラ戦の時……貴方が何か抱えているのを感じ取りながら、わたくしは何もしなかった。申し訳なかったと思います。ただ、あの時の貴方は判断が難しかった上――なんだか触れるのが怖かった、というのもありました。いえ……この局面で下手なことを言って鬼気迫るこの戦意を挫いてしまうのは、混成軍にとって悪手になるのでは――そうも、思ったのです。ええ、打算ですわ。そういう意味では、わたくしも過ちを犯したようなものです。だから、ごめんなさい」


「いえ……私こそあの時は、おかしくなっていましたから……カトレアさんが責任を感じることなんて、ありません」


 はぁ、とカトレアが天を仰いだ。


「そう……こういうところが、似ているんですのよね……」


 前線の方へ視線を戻すカトレア。


「まあ、これからは大丈夫ですわ。あの蠅王のてのひらの上で踊っていれば、少なくとも崖から足を踏み外すことはないでしょうから」

「……はい。私も、そう思います」


 綾香は槍を握りしめ、


「では、そろそろ――」


 前線に近づきつつある大型聖体を見据える。



「行って、きます」



 一度、下馬する。

 まだ綾香は固有銀馬に乗っていない。


 ここから――MP消費を、開始。


 恩返し。

 償い。


 できるなら、自分が駆逐したい。

 引き受けたい。



 



 今、そんな気分だった。


 地を蹴り、十河綾香は駆け出す。

 その”先”にはきっと、そんな色に輝く世界があると――


 そう信じて。






「【武装(シルバー)戦陣ワールド】」












 このたび『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』のアニメ化が決定いたしました。


 アニメ化となったのも、ここまで読み続けてくださり、また、様々な面で応援してくださった皆さま、そして書籍版をご購入くださった皆さまのおかげでございます(実際、皆さまの支えなしには「ハズレ枠」はここまで辿り着けておりませんので……)。いつもの感謝の言葉にはなりますが、改めまして、皆さまには心よりのお礼を申し上げます。ここまでついてきてくださって(支えてくださって)、本当にありがとうございました(ありがとうございます)。


 また、アニメ関係も含め、去年は健康上の問題でほうぼうにご心配をおかけしてしまったので、今年はとりあえず特に健康に気をつけていきたいと思います。と、同時に終章の更新ペースも少しずつ上げていけたらと思います(まずは終章をしっかり書き切ることで、恩返しができましたらと)。


 そんなわけでアニメ『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』、どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
アニメ化おめでとう! めちゃうれしいです!
>エリカは古代秘術である使い魔に条件を足した >それは、”ダークエルフであること” なんか御都合設定すぎる。
[良い点] アニメ化おめでとうございます! たのしみ!!
感想一覧
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