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開戦


 申し訳ございません、更新が大変空いてしまいました……。


 今回更新間隔が空いたのは、前回更新の続きを書くのに手間取っているうちに執筆の別作業の方が忙しくなってきてしまい、結果いっぱいっぱいに……といった状態になっていたのが主な理由でございます。ちなみに今回は、体調の方は特に問題ございません(今年の夏に倒れてしまった影響で別作業が遅れてしまっていた、という意味では体調の影響とも言えるのですが)。


 他にも悩みごとを抱えていたりと不安定なところもあったりしますが、少しずつ状況も落ち着いてきましたので、更新を再開していけたらと思っております(少なくとも次話は来月中には更新予定です。できれば12月前半には、と考えております)。


(それから、新しく1件レビューをいただいておりました。ありがとうございます)


 今話のタイトル通りいよいよ”開戦”となります。

 改めまして終章第二節、少しでもお楽しみいただけましたら幸いでございます。






 聖体は馬に乗っていない。

 が、けっこう足が速い印象がある。


「…………」


 もう遠くに、蠢く白き軍勢が確認できる。

 特にわかりやすいのは、


「図体がでかいのもいるな」


 サイズが大きめな聖体がまじっている。

 丘の下――ずっと先ではミラ兵が整列し、布陣して待ち構えている。


 最前列は盾隊。

 その後ろに弓隊。

 さらにその背後には攻撃術式隊。

 このあたりが一通り動いたら、騎兵隊が突撃――

 で、最後に出るのが歩兵隊。


 戦い方としては正攻法だそうだ。


 カトレア率いる混成軍はここから離れたところで待機している。

 今はまだ控えの状態。

 敵の動きが定まってきてから動く。

 そういう手はずになっている。


 今のところ聖体軍は一直線にこっちへ向かってきているようだ。

 陣形や動きに妙な点はないという。

 ひたすら突撃してくる――こう見えるとのこと。

 確認できる限り伏兵がいる様子もないらしい。

 また、現在ヴィシスや神徒らしき者の姿は確認できていない。

 新情報としては、聖体軍の中に人間がまじっていることか。

 指揮官と思しき者とその周囲を固める数人。

 そんな十人に満たないかたまりがいくつか確認されている。


 ロキエラや剣虎団から得た情報によれば。

 聖体に指示を出す役割の人間は……

 まず、ヴィシスに媚びを売っている貴族。

 そして、あのクソ女神を信奉する教団の人間あたりか。

 ロキエラは、


『大まかにはヴィシスが操作してるはずだよ。ただし、操作用の装置から距離が開くほど細かい指示が出せなくなっていく。人間をまぜてきてるってことは……逆説的に、ヴィシスはここまで来てないってことかも』


 ヴィシスが装置とやらで操作してる状態だと、聖体の能力も向上するそうだ。

 逆に。

 操作状態を解除できれば能力を落とせる、ってことでもあるか。


「ロキエラ」


 今、俺の肩にはロキエラが戻ってきている。


「さっき報告を聞いたところだと、ヴィシスは聖体に武具を与えて武装させてるみたいだが」

「の、ようだね。聖体だって当然、やろうとおもえば武装させられるから」


 ”追放帝による帝都襲撃時より武装している数はかなり多いようだ”


 それが、狂美帝が述べていた所感だった。


「追放帝はあくまでヴィシスの力を分けてもらった神徒でしかないからねぇ。生み出す聖体の能力は大元のヴィシスより劣ってたはずだよ」


 そうロキエラが言って、続ける。


「あと、神徒は強くするなら仕上げにかなり時間がかかる。追放帝ってのはせいぜい100~200年前の人っぽいから、ボクら神族からしたら”最近”の人物とも言える。だから神徒として見ても、他の神徒より追放帝は能力が低かったんじゃないかな?」


 てことは――


「例の三体の神徒はその追放帝以上はほぼ確実、ってことか」

「少なくとも……ヲールムガンドは厄介な相手だと思った方がいいよ。昔から掴み所のないやつでねぇ。露骨に怒ったりしなくて飄々としてるけど、やることはエグいくらいやる――そんなやつだ」

「他の二体は?」

「ボクも詳しくは……ただ、あっちはあっちで得体の知れない雰囲気はあったな。まったく、ヴィシスも厄介な敵を作ってくれたよ……」


 迫る白の軍勢を俺は遠目に眺め、


「眼前に迫ったこの戦い……あんたはどう見る?」


 むぅ、と考え込むちびエラ。

 ……どうでもいいが。

 外見のせいか、仕草が実にマスコット的である。


「蓋を開けてみないとなんとも。ボクの予想だと神徒連中は出てくる可能性があるかもだけど、ヴィシスはあの中にいないと思うなぁ……」


 そう。

 神徒がまじってるかどうか。

 ヴィシスが前線まで出てきてるどうか。

 現状ではこれも不明。

 多分エリカはまだ使い魔を動かせる状態にない。

 一方で。

 アライオンの王都に残ったミラの間者からの連絡は、途絶えている。


 ニャンタンたちの脱出時。

 ミラにいた間者全員が王都エノーを離れたわけではない。

 エノーの状況を引き続き伝えるべく残った者たちもいた。

 狂美帝はこう分析していた。


『エノーからの連絡が完全に途絶えた。あの元ヴィシスの徒の脱出の件があったことで、王都にいた間者たちが炙り出され……始末されたのかもしれぬ』


 もしそうなら。

 今、俺たちが直近のエノーの動きを知るすべはない。

 つまり、ヴィシスや神徒がエノーを出たかどうかもわからない。


「どうあれ――神徒やヴィシスがこっちに来てた場合の動きは一応、用意してもらってる」

「心構えという点でも手抜かりない感じだよねぇ、キミは」


 ロキエラが蠅王面の頬の辺りを指でつつき、


「頼りにしてるよ、蠅王くん♪」


 その時、


「トーカ殿」


 控えていたセラスが言った。



「始まります」



 俺からやや離れた後方。

 そこにはセラスの他に、ムニンと第三形態のスレイもいる。

 さらに――ネーアの聖騎士たち。

 全員ではない。

 団長のマキア・ルノーフィアと一部は女王のそばについている。

 しかし他は、カトレアの指示でセラスにつけられた。

 蠅王ノ戦団が自由に動かしていいとのこと。

 騎士団の中でも精鋭を回してくれたらしい。

 カトレアは元混成軍全体も動かさねばならない。

 ならば細かく手の回らぬ精鋭を遊ばせておくのも忍びない――

 こういう事情で、騎士団の大半はセラスに預けることにしたそうだ。

 ま、こっちとしても動かせる戦力としては規模的にもちょうどいいか。


「準備はしておけ。状況を見て俺たちも動く」

「はい」

「ピギッ!」

「うぉぉいびっくりしたーっ」


 懐のピギ丸が突然鳴いたからか、ロキエラが直上に跳ねた。

 ピギ丸の存在はすでに説明しといたはずだが。


「ピギー……」

「いやいやごめん、ちょっと不意打ちで……だ、大丈夫だから! 大丈夫だよピギ丸ちゃん!」


 ちなみに。

 ロキエラも俺の懐にポケットを作り収納可能にした。

 二人は懐仲間、とでもいったところか。

 さて――俺たち蠅王ノ戦団や勇者も、ここでの戦いには参加する。

 のだが、


「キミたち勇者は金眼を倒せば、魂力吸収による加護強化の恩恵もあるからねぇ」


 ロキエラの発言に俺は、


「……そいつはどうかな」

「ん?」

「俺たちがレベルアップで強くなるのをヴィシスは知ってる。なのにあんな大量の軍勢やデカブツを送り込んできてる……確かに、倒せばレベルアップでより強くなれるかもしれない。が――」


 目は節穴なくせに、いらぬ悪知恵の方は回るらしいあの性悪女神のことだ。


「レベルアップできないよう”改良”してても、おかしくはない」

「むむぅー、それはありえないとも言い切れないねぇ……、――ってトーカ、キミってこっちに召喚された時以降ヴィシスとは一度も会ってないんだよね?」

「ああ」

「なのに、よくもまー……ヴィシスの性根をそこまで理解してるね……」

「何かを憎むと、むしろその憎む対象について誰より詳しくなってたりするもんなのかもな」


 そうこうしているうちにミラ軍の前線が――



 戦闘開始の直前距離に、入った。



     ▽



 小刻みな地鳴り――迫る、白き波。

 その波の先には、整然と美しく並ぶ白装のミラ軍。


 最前列を指揮するのはチェスター・オルド。

 ミラ選帝三家の一翼であるオルド家の次期当主。

 ウルザ攻めの際、ミラ軍の総司令官を務めていた男でもある。

 彼は戦いの中で十河綾香に捕縛され、捕虜となっていた。

 今は復帰し――ミラ軍の、最前線の指揮を執る。


「弓隊、構えぇ!」


 チェスターの号令。

 弓隊が矢を引き絞り、矢先を斜め上空へと向ける。

 機を見定めたチェスターが、




「放てぇぇええええっ――――!」




 ギリリッ、と力強く絞られた矢。

 飛び立つ無数の鳥がごとく、それらが空へと解き放たれる。

 空気を裂く小刻みな連弾のような風切り音。

 それを鳴らしながら空を飛翔する大量の矢。

 盾を手にした聖体が速度は落とさず、盾を斜め上に掲げる。

 激しい吹雪めいた矢の波が、弧の起動を描き――


 雨として、聖体の群れに降り注いだ。


 矢の突き刺さった聖体が、白い血を流す。

 情報通りなら人間と同じく、血を失いすぎれば失血死するはずである。

 死を確認するには――


 バサァッ!


 矢を深く受けた聖体がやや後ろに傾き、その眼窩から”翼”が生えた。

 飛び出した、と表現してもいい。

 白い翼。

 そう、聖体は死ぬと目から翼が飛び出す。

 あれが死亡の合図だという。

 また、なぜか死んだ聖体は他の聖体と手を繋ごうと手を伸ばす。


『一つに還りたがっているのかもしれないわね』


 これはその情報を聞いた際に発した高雄聖の推察である。

 矢を受けた聖体たちが横転し、後続がそれにつまずいていく。


「第二隊っ――放てぇええ!」


 最初の弓隊の背後で準備していた二列目。

 同じ動作で、矢を放つ。

 立て続けの矢雨が聖体を襲い、白い身体に突き刺さっていく。

 波の最前列の動きがほんのわずか、勢いを削がれた。


 が、全体の勢いを押しとどめるには至らない。


 武装の少ない後続の聖体が、死んだ聖体から武装を奪い装着していく。

 倒れた聖体を踏み潰し――そのまま駆ける。

 そう、あの程度では止まらない。

 目標を外し地面に刺さった矢を小枝のように折りながら、白き群れが進む。


「…………」


 が――聖体も不死身の兵隊ではない。

 生死の確認もしやすい。

 もちろん死んだふりによる罠も想定はしておくべきだが……。

 ともあれ。

 こっちの世界の兵士が”戦えない”相手では、ない。


「術式隊、一斉射撃!」


 矢に続き、今度は攻撃術式が上空に放たれる。

 水晶が先端についた杖が揃った動きで斜め上空へ向けられる。

 杖の先に、尖った氷が形成されていく。

 槍の先端の刃ほどの大きさになった氷が、矢と同じ起動で放たれた。


 氷の矢が雹となり、上空より聖体に襲いかかる。


 つらら状になった氷が聖体を穿つ。

 一方。

 その氷の術式を受けた列――それよりも、前方にいる聖体たち。

 こちらは最初の弓隊の矢の雨を潜り抜けてきた聖体たちである。

 それが、勢いそのままに盾隊に衝突した。

 盾隊の隊長が声を張り上げた。

 硬い金属に肉がぶつかる鈍い音が鳴り、


「踏ん張れぇ――――ッ!」


 盾隊が深く腰を落とし、聖体たちを受け止める。

 盾兵たちは、手にしていた剣で盾の隙間から聖体を突き刺し始めた。


 ザシュッ! ザシュッ――ザシュッ!


 兵たちは無言で聖体を串刺しにしていく。

 まるで、時間制限のある忙しない単純作業みたいに。

 白い血液が盾に飛び散る。

 所々で翼が生える音が立て続けに上がる。

 力尽きてゆく聖体たち。

 この間に弓隊と術式隊が後退を始める。


「盾隊、後退せよ!」


 チェスターの号令。

 盾隊が後退しながら左右に分かれていく。

 彼らはそのまま、さらに斜め後ろに下がっていった。

 まるで、道を空けるみたいに。

 馬上のチェスターが剣を抜き放ち、聖体たちに剣先を向ける。


「踏み、荒らせぇえ!」


 武装した馬たちが騎乗兵の奮起に呼応し、いななく。

 軍師がその場に居残り、チェスターが先頭になって飛び出した。

 硬い地面を力強く踏み締める馬蹄。

 疾走するチェスターの馬。

 騎兵隊が、勢いを増しながら彼に続く。

 怒濤の地鳴りと化した騎兵隊の蹄音。

 戦太鼓のごとく地を打ち鳴らしている。

 そして盾隊が引き、その開けた視界の先にいる――聖体のかたまり。



 騎兵隊が、そこに雪崩れ込んだ。



 騎乗兵が馬上から聖体を剣で斬り伏せ、また、槍で突き貫く。

 一方、恐れを知らぬ聖体も馬上の兵たちに果敢に立ち向かう。

 が、騎兵と歩兵では前者が有利。

 聖体たちは続々と目から翼を噴き上げて倒れていく。

 その時、


「……あれは」


 敵の第二陣が、横一列になって突っ込んできた。

 今度は向こうも――蹄の音を響かせて。

 その聖体が、走りながら槍を投擲してくる。


「盾を構えろ! 剣で打ち落とせそうなら、打ち落とせ!」


 この前、アライオンの王都を脱出してきたニャンタンたち。

 彼女たちを追ってきた下半身だけが馬の形をした聖体――


 半馬聖体、と呼んでいたらしい。


 なんというか。

 見た目的にキィルらケンタウロスが嫌がりそうな聖体かもしれない。

 飛来した敵の槍。

 これを防ぎ、高い技倆で打ち払った者もいたが――


「ぐぁ!」


 槍に貫かれて落馬するミラ兵もいた。

 中には、仲間の聖体の投げた槍が突き刺さっている聖体もいた。

 仲間に当たることを――厭っていない印象。

 人間の場合、普通は仲間に攻撃が当たらぬよう配慮する意識が生まれる。

 が、聖体にはその意識が希薄な感じがある。


「半馬聖体の中にも、サイズの大きいのが数体まじってるな」


 俺が言うと肩のロキエラが、


「でも、ミラの騎兵隊はよくやってる」


 確かにミラの騎兵隊は踏ん張っている。

 が、


「来るよ――第二波」


 敵歩兵聖体、第二陣。

 そいつらが揉み合っている前線に追いついてきている。

 対するこちらも、ここで歩兵部隊の出番となった。

 ミラの将の一人が号令を出す。


「我々も行くぞぉ! 進めぇ!」


 陣形を取った歩兵たちが、足並みを揃えて駆け出す。

 その時、歩兵たちの間を縫うようにして――



 弾丸のごとき黒き影たちが、疾走していく。



 これには歩兵たちも一瞬驚いたようだった。

 しかし、黒き影はその歩兵にぶつかることもなくすり抜けていく。

 そのスピードは歩兵たちより目に見えて速い。

 否――

 先頭をゆく十数名は、下手をすると騎兵より速いかもしれない。


 戸惑いつつ進む歩兵たちの間を低い姿勢で駆け抜けてゆく黒き影――



 最果ての国の黒き豹の戦士たち。





 ジオ・シャドウブレード率いる、豹煌兵団の出陣である。




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― 新着の感想 ―
[良い点] レベルが上がらないようにするには、完全にロボット或いはエヴァのような人(神)造人間ですかね [一言] 異世界(人)好きな女神なら隠れオタクはあり得る
[一言] 芳さん今年も執筆お疲れ様でした。 キリハラからのスタートで狂美帝と女神の戦争序盤戦で〆ですかね 個人的には閑話の安が勇者していたのが好きなお話でした 健康面での不調でも話を進めてもらって感…
[良い点] 読み始めて数日ですが、夢中になって読んでいたら全て読み切っていました 次回の展開が楽しみです
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