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アンタのおかげでしょ


 俺は一人、戦いの準備を整える兵たちの行き交う中を歩いていた。


 高雄姉妹は十河のところへ向かった。 

 討伐同盟の現在地はネーア聖国の王都を背後に据える位置にある。

 ……ま、厳密に言えば斜め後ろって感じだが。

 このおかげで補給などを大分受けられた。

 以後はさらに背後にあるウルザやミラからの補給も期待できる。

 ひとまず兵站面での懸念や背後をつかれる心配はしなくてよさそうだ。


 聖体軍は、大街道を真っ直ぐこちらへ進んできているという。

 かなり大規模な軍勢とのことだ。

 バクオスの黒竜による斥候が、そう伝えてきた。


「黒竜ってのは味方側にいると便利なもんだな」


 金眼の魔物は一定以上の高度を越えると聖眼に撃ち落とされる。

 しかしバクオスの黒竜は普通の魔物カテゴリー。

 金眼ではないため、金眼たちより遙か上空を飛べる。

 聖眼に撃墜されることはない。

 もちろん高度がいきすぎれば、酸素が薄い問題が出てくるようだが。


「ちょっと」

「…………」

「……ちょっと」

「…………」

「ちょ――ちょっとぉ!?」

「ん? どうした、リィゼ?」


 俺を呼び止めたのは、リィゼロッテ・オニク。

 つーか。

 存在には気づいてたが。

 今の、やっぱり俺を呼んでたのか。

 

「このアタシが呼び止めてあげたのに、どういうことなのよ!」


 いや……。

 呼びかけてる時、明らかに俺の方を向いてなかったよな?


「どういうことなのよ、って言われてもな……ところで、ここで何してるんだ?」


 ヒクついた笑みのリィゼが、


「”と、こ、ろ、で”で、サラッと流すあたりがアンタよね……、――ふん!」


 腕組みしたリィゼが(俺より低い位置で)ふんぞり返って、


「ま、答えてあげてもいいけど!?」

「別に無理に答えなくてもいいぞ。じゃ、またあとでな」

「ちょっ……待ちなさいよっ――待ってってば……!」


 立ち去ろうとする俺を慌てて追いかけてくる。

 俺は立ち止まって振り返り、


「冗談だよ」

「も――もう! どうして意地悪するのよ! もー……」


 肩を怒らせてぷんすかするリィゼ。

 ……ぷんむくれてはいるが、微妙に嬉しそうではあった。

 わかりやすいヤツだな、ほんと……。


「でかい戦いを控えててもそんなに気負ってる様子はないな。そこは、安心した」


 歩き出す俺に、リィゼが並んで歩く。


「そう? これでも緊張はしてるわよ? けどま、アンタがいるしね」

「俺がいると気負わないのか?」

「アンタは……ほら、勝算のない戦いはしないでしょ。アタシはこの戦い、そう見てるから」

「最果ての国の宰相さまにそうおっしゃっていただけるとは、光栄だな」

「うー……嫌みっぽく聞こえるんだけど? もっとこう、素直に――」

「いや、普通に嬉しいさ」

「――――うっ、……だ、だから不意打ちはやめなさいって言ってるでしょ! なんなのよ!」

「…………」


 本当に、わかりやすい。

 このアラクネ宰相。

 俺はそこで、少し気になっていたことを聞いてみた。


「討伐同盟の他の連中とは、上手くやれそうか?」


 最果ての国勢にとっては慣れぬ外の世界である。

 彼らはまだ外の世界に出て間もない。

 そんな状態で外の世界の者たちと肩を並べ戦おうと言うのだ。

 何か問題が出るかもしれない。

 そうなった場合は、俺が間に入って円滑にいくよう動ければと思うが――


「そうね……アタシっていうか、あのミラの皇帝とか、ネーアっていう国の女王が上手くやってくれてる感じかしら。亜人や魔物が溶け込みやすいよう工夫してくれてる。配置とかも、動きやすいように配慮してくれてて――あ、そうそう」


 リィゼが何か思い出したように、


「このあと、ミラの予備戦団のところに行くことになってるのよ」

「ミラが、国の西の地方に集めてた亜人たちで構成された戦団か」

「その、ほら……最果ての国にずっと隠れ住んでたアタシたちが、外の世界にいた向こう側にどう思われるかとか考えると、ね。これから一緒に戦うわけだし……互いのしこりが大きいと、まずいかもだから」

「最果ての国勢への向こうの感情を探りに行く、って感じか」


 リィゼは表情にわずかな諦観を刻み込み、


「向こうがもしこっちを嫌ってるなら、無理に歩み寄ろうとは思わないわ。こっちに対して敵対的なようなら、その時はミラの皇帝に相談して配置を見直してもらうのも考えてる」

「…………」


 へぇ。

 こいつも、変わった。


 ”解り合うための話し合いをするスタンスは捨てたくない”


 以前、そう言っていた。

 が、


 ”どんな相手とでも話し合えばきっと解り合える”


 それ一辺倒の思考では、なくなっている。


 ”無理なら無理で、それを踏まえて全体になるべく悪影響が出ないよう調整する”


 こういうことができるようになっている。

 リィゼは肩を竦めるみたいに両手を左右に伸ばし、


「向こうのまとめ役と会いに行く時は、ジオとキィルを連れていくつもり。アタシは熱くなってカッとなりやすいところがあるけど――癪だけど――ジオはあれで意外と冷静なやつだから。アタシが熱くなっても、抑えてくれると思う。キィルはああいう性格だから場の空気を柔らかくしてくれるし、相手の懐に飛び込むのも多分アタシなんかより上手だから。交渉の場には、適材でしょ」


 ふーん、と俺。


「ちゃんと自分ってのを理解して、周りの力を頼れるようになってる」


 指先で鼻筋を擦りながら、リィゼは照れ顔で視線を逸らした。


「ま――まぁね……でしょ? そ、そうそうっ――」


 視線だけでなく、照れを隠すように話題も逸らすリィゼ。


「アンタたちが手に入れてくれた”鍵”も、ちゃんと届いたわよ!」


 鍵?


「……ああ、あの大宝物庫の」


 アライオン十三騎兵隊を倒したあと。

 狂美帝たちとの交渉の場を持った時だ。

 俺たちは大宝物庫の所蔵品のリストを渡された。

 あの時、リストを見てリィゼたちも欲しいものがあると言った。

 で、大宝物庫にあったそれを最果ての国へ向かわせた使者に託しておいた。


「実は城の中に、ずっと開け方のわからない武具庫があったの。昔、鍵なしで開けられないか何人も試したけど、何をやっても開かなかったらしくて。もちろんアタシたちも試したけど無理だった。ただ、それを開けるための鍵がどういうものかは残ってた古い文書もんじょに絵つきで記されてたの。でも、アタシたちの国の中ではずっとその鍵が見つかる気配がなくて」


 ちなみにそこが”武具庫”だというのは、その文書に記されていたそうだ。


「そしたらあの一覧の中に、それっぽいものを見つけた」

「そう」


 ただ、リィゼも確信まではなかったそうだ。


 ”もしかしたら、あの武具庫の鍵かも?”


 程度の期待で、俺に頼んでおいたらしい。

 一般的な鍵ってよりは、水晶みたいな形状だったが。


「その感じだと、開いたんだな?」

「そうよ!」


 鼻息荒く、


 ”どうよ?”


 みたいに、胸を張ってどや顔するリィゼ。


「中には古い武具や魔導具があったんだけど、半分くらいは使える状態だったの。あと、秘薬とかいう怪しい液体もあったけど……あ、あれは……放置されてた年月的に、さすがに飲むのは憚られる気はしたわね……腐るものじゃない、とか添え書きがついてはいたものの……あれは、ちょっと……」


 歯切れ悪く、苦笑いを浮かべるリィゼ。

 聞いた感じだとすごく古いものっぽいしな……。

 飲料物となると、さすがに飲む勇気は出ないだろう。


「そういえば……添え書きの羊皮紙の切れ端に、竜の血がどうこう書いてあったのよね。ニコはそれを見て、唸りながら何か考え込んでたみたい……種族的に、何か思うところがあったのかしら?」


 竜人のココロニコ・ドラン――愛称は、ニコ。

 今回、あいつは居残り組である。

 ちなみに竜というと、竜殺しベインウルフも連想するが……。

 あっちは確か、竜人に変身する能力を持ってるんだったか。

 まあ、今回は両方ともヴィシスとの決戦には参戦の難しそうな人物だが。


「そうそう、試してみたらけっこうすごい攻撃術式を撃てる魔導具もあったのよ!? キィルも古代魔導(きゅう)が手に入ったし! ジオなんか、まだアンタにはお披露目してないけど、武具庫にあった古い二本のカタナと今までのカタナを合わせて……四本も腰にカタナを差したりするんだから!」


 リィゼが、自慢するみたいに胸を張った。

 まるで自分の功績かのように。

 しかし――途端、我に返ったようにピタッと停止するリィゼ。

 おほん、と。

 仕切り直すかのごとくアラクネの宰相は咳払いをし、


「と、ともかく……戦力は向上してるから、アタシたちもそれなりに力になれそうってことよ。それを言いたかっただけ。それだけ」

「武具庫開放による戦力向上は喜ばしいことだが、それがなくとも、元から頼りにはしてるさ。それに――」


 これはジオも言っていたことだが。


「リィゼたちにとっても、この戦いは大事な一戦だろうからな」


 これは、最果ての国の未来につながる戦いでもある。


「そうね。この戦いでの立ち居振る舞いで、アタシたち亜人や魔物――最果ての国への外の世界の評価……大まかな第一印象が決まってくる気もする」

「合流してからおまえ、積極的にミラ陣営や他国の陣営へ挨拶に回ってたんだってな」

「な、何よ……知ってたの……?」

「伝え聞いたのが、ほとんどだが」


 するとそこで、


「そうね」


 と真剣な面持ちになるリィゼ。


「アタシは戦闘向きじゃないから、戦いが始まればせいぜい頭を捻って後方で指示をするくらい。戦場の前線に出る仲間たちに比べたら、危険なんてないに等しいようなものよ。一方、前線に出る仲間たちは命を失う危険が高い状況で戦う……だからアタシは、自分が動けるところではしっかり動かなくちゃいけない。全力を、尽くさなくちゃいけない。その義務がある。戦闘で貢献できない分……やれることは、人一倍やらなくちゃ」


 なんつーか。


「成長したな」

「…………アンタのおかげでしょ」


 小声の呟き――のつもりだったようだが。

 その呟きは、俺の耳にしっかり届いている。

 とはいえ。

 ここはとぼけておくことにした。


「ん? なんか言ったか?」

「な、なんでもないわよ! もう! 相変わらず上から目線なんだから!」

「悪いな。あれだ……娘の成長を見守る親心、みたいな?」

「誰が娘よ! 子ども扱いして!」

「いや多分――もう十分に大人だよ、おまえは」


 不意をつかれたみたいに、リィゼが目を皿にした。

 そしてタイムラグがややあって、かぁぁあ、と顔を真っ赤にする。


「ちょっ、急に何言って――アンタ、ちょっ――、……て、ていうか――すごいわよね、その蠅王装!」


 再び、照れ隠しに話題を転じる、リィゼロッテ・オニクであった。



     ▽



 俺とセラスは並んで、青空へ羽ばたいていく黒竜を眺める。


「トーカ殿」

「ああ」

「いよいよ、来たようですね」


 小高い丘の上に張られた陣。


 いよいよ聖体軍が、遠目に見えるところまで迫ってきていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] リィゼが良い感じだ、ここまで感情豊かなキャラ少ないので癒し
最新話辺りで部位欠損してるメンバー多数だが、ここで出た秘薬でみんな治ってほしい。
[一言] いくらでも待つ
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