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357/438

Final


 前回更新後に(1件は、正確には前々回更新後に)新しく2件レビューをいただきました。ありがとうございます。








「なん、だ?」


 ニャキたちも落ち着き、和気藹々と会話をしていた時だった。


 一条の巨大な光線が、上空を突き抜けた。


 光線の先はアライオンの方向……だったが。

 その時、俺は今後の動きについて狂美帝と話し合っていた。

 狂美帝は光線の放たれた方角を見ながら、



「聖眼が、発動したのか」



 聖眼。


 ヨナト公国の王都。


 その王城の頂にある眼型めがたの巨大な古代魔導具――とされている。


 国の成り立ちや経緯は、セラスから聞いていた。



     □



 ヨナト公国はかつて、ヨナト大公が治めていた。

 以前、大公はマグナルの公爵であった。

 ある時、公爵はマグナルから公爵領を独立させる。

 マグナル西方に、ヨナト公国を樹立した。


 国としてはどうにか独立を保ち続けた。

 しかし。

 ヨナト大公の権力の座が揺らぐ出来事が起こる。


 現女王の祖先が、聖眼を起動させたのだ。


 当時、空の脅威となっていた飛行系の金眼の魔物。

 聖眼は、それらを駆逐した。

 一定以上の高度に存在する金眼をすべて攻撃する聖眼。

 この大陸のどこにいても、聖眼は逃さない。


 ”聖眼があるために、飛行系の金眼は強力なものが生まれなくなった”

 ”ゆえに根源なる邪悪の軍勢も強力な飛行金眼を持たず、侵攻は地上軍を主力として行われる”


 このように、仮説立てられている。

 さて。

 聖眼の存在によりヨナトという国の重要性は急速に高まった。

 同時に、ヨナト国内では聖眼を起動させた一族の声望が高まる。

 女王の祖先らは国内で支持と勢力を広げていった。


 やがて民は、聖眼を信奉し始めた。


 自然、その信心はそれを起動させた一族にも及んでいった。


 ”彼らが絶えれば聖眼はその機能を失う”


 そんな噂まで囁かれ始める。

 また、女王の祖先は老獪な人物が揃っていた。

 彼らは大公家に取って代わり、国を治めることを決める。


 民の支持は完全に女王の祖先たちにあった。

 逆に元々あまり評判の芳しくなかった大公家は、弱体化していった。


 やがて。

 大公の一族はまつりごとの場から退き、閑居にまで追いやられた。


 最後に大公家の者が望んだのは、ただ一つ。


 ”玉座は譲る。しかし我々が存在した証――ヨナト公国という名だけは、残してほしい”


 女王の祖先は望みを受け入れた。

 こうして。

 大公の一族は表舞台から姿を消す。

 時代が進み、首都も王都と改められた。


 このような経緯があって。

 現在も、聖眼を起動させた一族の子孫がヨナト公国を治めている。


 そして国名が示す通り――大公家と交わした約束は、今でも守られている。



     ▽



「聖眼が攻撃したのは、ヴィシスがゲートを展開させたからだと思うよ」


 聞き覚えのない声がした。

 声は……十河のベルトの革袋からだ。

 袋の蓋を腕で押しのけ、中から少女が顔を出す。

 少女、といっても――

 ピギ丸より、もっと小さい少女だった。

 妹たちと抱き合っていたニャンタンが、立ち上がる。


「ロキエラ、目覚めたのですか」

「いや~実はちょっと前にね? ニャンタンがほら、感動のご対面中だったから……割り込むのも悪いかな~と思って」

「彼女がヴィシスを罰するために天界から派遣された神族――ロキエラです」


 やぁ、と手を上げるロキエラ。


「事情はもう知ってるかな? 本体はヴィシスにやられちゃったけど、分身を作ってヴィシスのいる王都からニャンタンと逃げてきました。いやまあ、こっちが今や本体とも言えるけど――まあ、それはいいや」


 ロキエラがウインクして、


「ちびエラ、と呼んでくれてもいいよ?」


 ……なんかフランクだが。

 いや。

 ヴィシスもあんなだしな。

 神族だからおごそか、ってこともないのか。


「軍魔鳩ってので先に色々お知らせできればよかったんだけど……さすがのボクも、瀕死の状態から分身を作ってニャンタンに接触するくらいが限界でね。けど休眠状態に入ってたおかげで、こうして喋れるくらいにはなったよ」


 狂美帝が、


「聞きたいことは数えきれぬほどあるが……先ほどの聖眼の攻撃とゲートとやらについて、教えてもらいたい。余はミラ皇帝、ファルケンドットツィーネ・ミラディアスオルドシート。ツィーネで構わぬ。狂美帝、と呼ぶ者も多いが」

「あぁ、キミがヴィシスの言ってた……いや、まず説明が先だな。ニャンタン、ボクはヴィシスがとても大事なことを一つ見落としてると言ったよね?」

「はい」

「他に一つ確認したことがある、とも言った。あれはね、アライオンの王都に届く距離に起動状態の聖眼があるかを、持ってきた装置――神器で確認しておいたんだ」


 ロキエラの言葉に皆、黙って耳を傾けている。


「ゲートってのは、天界と地上を結ぶ特別な通路みたいなものだ。ただ、このゲートを開く場合は天界側から行う必要がある。ボクら地上に派遣された神族が勝手に開くことはできない。天界に合図を送って、向こうから開いてもらうんだ」

「だが、ヴィシスは自分でそのゲートを開いたのか?」


 狂美帝のその問いにロキエラは、


「よくできました」


 そう頷いてから、


「そう、正規の手続きを踏んでいないゲートをね。うーん、とね……天界から開くゲートのみが正規のゲート、とでも言えばいいかな? いわば、正式な許可の出たゲート。そしてその許可の出ていないゲートを開いたらどうなるか――はい、真っ先に思い至った顔をしたそこのキミ」


 ロキエラが教師みたいに俺を指差し、その先を促した。

 俺は、


「天界側から開いた正規のゲートであれば、聖眼は破壊しない。しかしヴィシスが開いたのは正規のゲートではなかったため――破壊された。おそらくゲートは開くこと自体に根源素をかなり消費する……しかも、開けば天界の監視システムみたいのに引っかかる可能性が高い。だから事前の実験もできていなかった。つまり、ヴィシスはゲートが聖眼で破壊されることを……知識として知らなかった?」


「おぉう、そこまで辿り着くとは。おぬし、なかなかやるな? うん、合ってるよ。ヴィシスのことだから、ゲートをくぐる聖体――金眼には聖眼対策を施したんじゃないかな? ボクらの評定システムに引っかからないやり方を見つけてね。けど、まさかゲートにも聖眼の破壊が適用されるとは思ってなかったんだろう」


 ニャンタンが、


「なるほど、だからロキエラは……」

「そう。聖眼が起動状態にある以上、ヴィシスは天界にいけないはず――ボクはそう踏んでいた。だから”間に合う”と言ったんだ」

「眠りに入る時、ロキエラが何か言いかけたのは”聖眼”と言おうとしていたのですね?」

「うん。咄嗟に思い出して”聖眼があるから時間はもっと稼げる”と伝えてから休眠状態に入りたかったんだけどね。ごめんねー、不安にさせちゃって」


 少しずつ皆のロキエラを奇異に見る空気が薄れてきた。

 慣れてきたのだろう。


「ぶっちゃけてしまうとねー、聖眼に関してはボクたち神族からしても謎が多いんだ。たとえば、一定以上の高度にいる金眼を攻撃するとか、非正規のゲートを攻撃するとかはわかってるんだけど……聖眼がどこでどう作られたとかは、いまだに判明してないんだよね。ボクたちは造り出した側じゃなくて、聖眼に対しては研究する側って感じなんだよ」


 そう言ってからロキエラは、周囲を見渡した。


「ところで、狂美帝って子は見つかったけど――蠅王ってのは誰かな?」


 大半の視線が俺へ集まる。


「おぉ、さっきの鋭いキミか! お名前は?」

「トーカ」

「トーカ、キミだよ」

「?」


 うん、とロキエラが一つ頷く。


「ヴィシスはこのあと聖眼を停止――もしくは破壊するために動くはずだ。だから、今のボクたちは時間的な猶予を得た状態にある。が、当然まだ解決はしていない。要するに、聖眼が機能停止される前にヴィシスを倒さなくちゃならない。ゲートは破壊されたけど、ゲートを開く神器までは破壊されていないと思う。根源素の貯蓄があるなら、再びゲートは開けるはず……つまり――」


 ロキエラは表情を険しくし、




「ヴィシスが聖眼を潰す前に、ボクたちがヴィシスを潰せるかどうか――ここからはそういう勝負になる、ということだ」




 なるほど。

 時間稼ぎこそしていたが。

 ヴィシスがこちらを潰すのにいまいち真剣でないと感じた理由……。


 どうせこのまま天界へ行くから。

 この世界から、一度おさらばするつもりだったから。


 ゆえにヴィシスは、俺たちを潰すのにそこまで本気になっていなかった。

 ……危うく勝ち逃げされるとこだった、ってことか。

 まあどのみち、聖眼がある限りヴィシスは天界とやらには行けなかったわけだが。


「ニャンタン、ボクはいくつかのことを彼らに説明しようと思う。けれど、例の証拠の件も進めておいた方がいいと思うんだけど……」


 ニャンタンが、衣服のポケットからスマホを出した。

 そして、聖にそれを渡す。


「ここに、ヴィシスが人間の脅威であるという証拠が入っています」

「ありがとう。あなたのおかげで色々なことが上手く運びました。それと――けっこうな重荷を背負わせてしまって、ごめんなさい」


 微笑しながら首を振るニャンタン。


「むしろ、キミがわたしを正しい方向へと導いてくれたのです。いいえ、キミだけではない――キミたちが。それに……」


 ニャンタンが俺を一瞥する。


「こうしてニャキと無事に会わせてもらえた。お釣りが来るほど、背負う価値ある重荷だったと言えるでしょう」


 聖が、薄く微笑む。


「さすがですね」

「?」

「さすがは、私たち姉妹の師匠」


 聖はニャンタンと少し言葉を交わしてから、


「樹、荷物の中からあれを持ってきて」

「おう」


 樹が馬車の方に向かう。


「みんな、例のものは持ってきてくれたかしら?」


 聖がそう確認したのは、クラスメイトたち。

 みんな頷いたり、返事をしたりしている。

 ちなみに。

 聖に声をかけられる前は、クラスメイトの視線は忙しかった。

 主にセラスとか、狂美帝とか。

 あと……ムニンも、男子の一部から熱い視線を浴びていた。

 リィゼたち亜人のことも珍しがっている様子だった。

 あとは……俺か。


『あれ三森君……なんだよね?』

『噂の蠅王が……ま、まさかの三森だなんて……』

『ていうか三森君って、あんな感じだったっけ……? あれ? けっこう……よくない?』

『やべっ……おれ、廃棄される時に煽ってた……どうしよぉぉ……』


 口々に囁き――と呼べない声量もあったが――合っていた。

 そのクラスメイトたちが聖に言われた”例のもの”を、用意された卓に置いていく。


「でも高雄さん、こっちじゃネットも繋がらないし……何よりもう充電切れちゃってるよ?」


 クラスメイトの一人が言った。

 卓上に置かれたのは、各自のスマートフォン。


「大丈夫」


 樹が戻ってきて、


「姉貴、今回の充電はアタシがやるよ」

「なら、お願い」

「おう」


 聖にグッと親指を立てたあと、樹がスマホに触れる。


「【雷撃ここに巡る者(ライトニングシフター)】――【弐號解錠(アンロックツー)】」


 樹の指が、何やら光っているように見える。

 なるほど。

 あのスキルで例の充電ができるらしい。

 聖によれば、元々は攻撃用のスキルだと思っていたとのこと。

 いや――攻撃用途でも使用はしていた。

 ただあのスキルは、


 ”対象に電気的な力で干渉する能力”


 俺の状態異常スキルと同じ。

 ゲーム的に落とし込む上では”雷撃系”となっている。

 が、実際はそれっぽい名称がついているだけ。

 本質は違ったりする。

 俺の【フリーズ】にしたってそうだ。

 普通に氷なのかと問われると、微妙なところである。

 ちなみに充電は、聖のスキルでもやれるそうだ。

 聖は頬に垂れた髪を指でのけながら、


「私の【ウインド】に電撃を付与して充電できるなら、樹のスキルでも同じことがやれるんじゃないかと思ったのよ。それで、やらせてみたらできたというわけ。まあ――双子だから」


 聖の【ウインド】ってのは風系っぽい名称のスキルだ。

 が、聞く感じ応用力の広い万能系って感じなんだよな……。

 聖は、


 ”万能神の名も持つ北欧神話の主神が、風神だからじゃないかしら”


 とか、分析してたが。 

 クラスの連中が起動したスマホを見て、


「嘘っ!? 充電できるの!?」


 ワッと集まる。

 しかしクラスの連中のスマホを今使えるようにして、何を――


「……そういう、ことか」


 狙いが、わかった。

 聖のさっきの言葉。


『樹、荷物の中からあれを持ってきて』


 樹が持ってきたのは、スマホ用のケーブル。

 聖はそれを受け取るとスマホ同士をケーブルで繋ぐ。

 アナログだけれど転送が速いから、と聖は言った。


 狙いは、証拠のコピー。


 そして、そのコピーファイルの入った複数のスマホを――


「各国に、バラまくつもりだな?」


 スマホを操作しながら、聖は答えた。


「その通り」 



     ▽



 そこそこの重量を運べる軍魔鳩もいるらしい。

 貴重でそこまで数はいないそうだが。

 一応、特級軍魔鳩という名称があるとのこと。

 狂美帝はミラが保有していたそれらを今回ほとんど持ってきていた。

 どうもミラは軍魔鳩の産地で、他国より上質な軍魔鳩をたくさん持っているという。


「極力、文章として使い方をわかりやすく記したつもりだけれど……こればかりは上手くいくか、確信までは持てないわね」


 念のため、地上からも早馬で届けるという。


「特に聖眼のあるヨナトがこっちの思惑通りに動いてくれるか、だな」


 ルハイトやカトレアは問題ないだろう。


「中には動画もあるから信じてもらいやすくはなっている――と、信じたいけれど」

「ここばかりは、賭けになるか」

「そうね。よし――ひとまず、準備できたわ」


 こうして。


 次々と、伝書とスマホを携えた特級軍魔鳩が空へと放たれていく。


 希望の種を乗せて。

 俺は空で散らばっていく軍魔鳩を眺めながら、



「種は蒔かれた――あとは芽吹くのを祈るのみ、か」



     ▽



 ヴィシスの音声や動画の入ったスマートフォン。

 これが届く最も近い位置にいたのは、混成軍である。

 あの証拠は混成軍側に強烈な動揺をもたらしたらしい。


 カトレアは各国の司令官クラスの者を連れ、すぐにミラ軍の陣を訪れた。


 結果――


 ネーア。

 バクオス。

 ポラリー公率いるアライオンの軍勢。

 さらに、魔戦騎士団とウルザ兵。

 これらの勢力が、女神討伐戦に加わることになった。


 ちなみに。

 モンロイから逃亡した魔戦王は、混成軍に捕らえられていた。

 捕まった際はあれこれ言い訳していたらしい。

 が、結局ただ臆病風に吹かれて逃亡したのをカトレアに看破された。

 そしてそのまま、囚われの身となったそうだ。

 これには魔戦騎士団やウルザ兵もいよいよ気力が萎えたのだろう。

 で、カトレアがそこにつけ入って骨抜きにしたというわけだ。


「やっぱ怖ぇな、ネーアの女王さまは」


 そのカトレアと再会したセラスは、


「姫さま」

「セラス」


 今、カトレアの抱擁を受けている。


「ありがとうございます……私を信じてくださって」

「わたくしの方こそなかなか立ち位置が定まらず、悪かったですわ」

「姫さま――いえ、女王陛下」

「ああ、貴方はだめですわよ」

「? だめ……と、おっしゃいますと?」

「わたくしがどんな立場にいようと貴方は”姫さま”とお呼びなさい」


 一瞬目を丸くしていたセラスは、了承の微笑を浮かべた。


「ふふ……かしこまりました。では、二人きりの時には――」

「常時です」

「……か、かしこまりました――姫さま」

「よろしい」


 なんつーか。

 安定感があるよな、あの二人は……。

 一方、十河はバクオスのガスやポラリー公爵に挨拶していた。

 その輪にはベインウルフも加わっている。

 旧交を温め合ってる、って感じだ。


「…………」


 さっき十河とは、二人で話をした。

 十河は謝罪してきた。


 迷惑をかけた、と。

 信じられないなんて言ってごめんなさい、と。


 その時の会話は――


『別に、十河が謝る必要もないさ』

『いいえ……謝るべきだわ。それに今は……三森君のおかげでたくさんの人が救われたのが、わかったから』


 十河は知らない。

 小山田翔吾に関する真実を。

 当然、アライオンの王都脱出組に小山田はいなかった。

 聖は小山田に関し、十河にこう説明したそうだ。


『ニャンタンによると、小山田君は安君と同じくヴィシスの命令でどこかへ向かわされたらしいの。残念なことに、今は行方知れずとなっていて……他のみんなと一緒に王都脱出とはいかなかったみたい。ヴィシスとの戦いが終わったら、一緒に捜しましょう』


 聖本人からその説明内容を聞いた時、俺は舌打ちした。

 高雄聖は自分も嘘つき――悪者になろうとしている。

 もっと俺だけに押しつける、曖昧な言い方があるだろうに。

 ……お人好しが。

 十河は俺に謝罪を述べたあと、こうも言っていた。


『ニャンタンさんが妹さんたちと再会した時の姿を見て、決めたの。私は――三森君を信じる。あれを見た時、ね……思ったの。三森君はああいう人たちを助けながら旅をしてきて――今この戦いに臨んでるんだ、って』

『十河』

『ええ』

『あの時……俺が、女神に破棄されそうになった時』

『……うん』

『庇ってくれたのは、嬉しかった』


 その時の言葉は、本心で間違いはなかったが。

 つくづく――俺はクソ野郎だ。

 クリティカルな情報を隠し、十河の信用を得ている。

 が、それでもやはりここで十河に小山田の件を明かす気はない。

 聖に話した通りだ。


 対ヴィシス戦において。

 勝率の下がる選択肢をあえて取るつもりはない。


 十河は、俺が旅の中で人助けをしていると言っていた。

 しかし、これが独りよがりな復讐の旅であることに変わりはない。

 だから――、…………悪いな、十河。


「…………」


 今、この辺りには浅葱グループも顔を出していた。

 鹿島は十河と和やかに会話している。

 浅葱は、狂美帝と何か打ち合わせていた。

 あいつも味方としてしっかり機能してくれるといいが。


 今、俺たち――ミラ軍は戦いの準備を整えている。

 いよいよ、聖体軍との戦いが始まりそうな気配が近づいてきていた。

 あと、ここへ加わりそうな戦力は……。

 まだ到着していない後続の最果ての国の援軍。

 他は、ネーアやバクオスの本国から少し戦力が補充されるかもしれない。

 残る対女神戦の戦力は――大方、こんなところか。


 こちらへ迫ってきているという聖体軍は、この戦力で迎え撃つ。


 問題は――聖眼があるヨナトの方だ。

 記録されたあのヴィシスの本性を見たヨナトやマグナル。

 このへんの国が俺たちの側へ寝返ってくれるかどうかは、祈るしかない。


「――それで、お聞きしたいのですが」


 俺が話しかけたのは、


「なんだい?」


 俺の肩に座っているロキエラ。

 ピギ丸がソファみたいになっていて、ロキエラはそれに身体を預けている。


「目を覚ましたあと、あなたは俺に『トーカ、キミだよ』と言いました。そのあとヴィシスの話に移りましたが……あの言葉の真意をまだ、聞いていない気がしまして」

「その前に、ボクにはそんな堅苦しい接し方しなくていいよ。他のみんなも同じだ。ボクはキミたち人間の親みたいなものだからね。親子の距離感が遠いのは、寂しい話さ」

「じゃあ……ロキエラ」

「それでよし。で、ええっと――そうそう、ボクの発言の答え合わせだったね」


 ロキエラの目つきを鋭くして、


「おそらくこの戦いは、キミが間に合うことが大事なんだ」

「俺が、間に合うこと?」

「うん」

「それは……どういうことだ?」


 ”ここにいる戦力すべてが間に合う”


 そういう言い方じゃない。

 俺限定。

 そんなニュアンスが、引っかかった。


「ボクにはね、ヴィシスがさっさと天界へ逃げたがってるように見えたんだよ」

「単に、天界の方を優先したいからではなく?」

「多分ヴィシスは、蠅王という存在になんとなく嫌なものを感じている。無意識では、キミとの戦いを避けたがってるんじゃないかな?」

「…………」

「反逆者の名を挙げた時、わざわざ蠅王の名を最初に持ってきていたんだ。狂美帝よりも――禁呪よりも。目障りな虫、とか言ってたしね。あれは、蠅王を意識してるからこそ出てきた言葉な気もする」


 聞いたよ、とロキエラ。


「蠅王はこれまで数々のヴィシスの思惑を潰す要因となってきた。あれもこれもすべて蠅王によって邪魔されてきた……ヴィシスは、そう感じているんだと思う。あのヴィシスのことだから、最終的に自分が勝つ構想は頭の中で組み立てているはずだ。ただ、その構想の中でもし――」


 前を向いていたロキエラが、俺の顔を見て。







 だからさっさと天界に逃げてしまいたかったんだよ、と。

 ロキエラは嗜虐的な空気をわずかに滲ませ、そう言い添えた。

 少しばかり、愉快そうに。


「ヴィシスは、キミを嫌がってる」

「だとしたら……それほど嬉しいこともないがな」


 ひと言で表現するなら――――



 ざまぁみろ、だ。



 ロキエラが、小悪魔みたいな笑みを浮かべた。


「ふふ……ヴィシスの最大の失敗は案外、トーカ――キミを怒らせてしまったことなのかもしれないな」






     ▼






 俺は、姿見の前に立っていた。

 戦いの準備が整う中、


『トーカ、例のものが完成した』

 

 狂美帝にそう呼ばれ、幕舎の中に入った。



 鏡に映る蠅王の姿。



 が、今まで着用していたマスクとローブではない。

 これから始まる最終決戦用の――新蠅王装。



 最終蠅王装、とでも言おうか。



 伝承――物語の中に登場する蠅王ベルゼギア。

 このマスクも、ローブも。

 物語における彼の後期の姿をイメージして造形されたそうだ。

 こんなフォルムになったのは、作った職人の趣味だという。

 まあ、以前から使っていたマスクとローブはもうかなりボロボロだった。

 ちょうどいい交換どき、とも言える。

 以前よりやや大仰な印象だが、見た目より軽い感じだ。

 通気性も悪くない。

 動きやすさも思ったより、悪くなさそうだ。

 ピギ丸が潜んだり顔を出すのも、これまでとあまり変わらないだろう。

 俺は、


「どうだ?」


 斜め後ろに控えるセラスに、声をかける。


「よくお似合いでございます、我が主」


 マスクに手をかけて位置を再確認し――俺は、身を翻す。


「それじゃあ――行くか、セラス」

「はい」


 幕舎の外へ向け、歩き出す。


「…………」


『ヴィシスの最大の失敗は案外、トーカ――キミを怒らせてしまったことなのかもしれないな』


 ロキエラがそんなことを、言っていた。


 は、確かに。


 やりすぎた。

 この旅で俺は、あいつのクソさをさらに見せつけられた。


 あいつは復讐心という炎に――まきを、くべすぎたのだ。


 ……不思議だ。

 あの廃棄の時から俺は一度もあいつと顔を合わせていない。

 だというのに。

 俺の中のあいつは、より悪辣なものとして――膨らみ続けている。

 ただまあ……。

 実際のテメェとは、それほどかけ離れちゃいねぇだろ。



『生きて戻ったら? ふふふ、冗談きつすぎですね――ありえません。最期に底辺らしい強がりの遠吠え、ご苦労さま』



 俺が廃棄される直前の――あいつの言葉。


 再会すれば。


 あれ以来に、なるわけだ。


 テメェのツラを拝むのも。


 なあ――――――――







 ヴィシス(クソ女神)










 恒例の……新刊告知(宣伝)となります。


 本日6/25(日)に『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』11巻&コミック8巻が発売となりました(前巻から小説と漫画が同日発売になっていますね)。


 11巻も恒例の全体の描写の書き分けなどを行いながら、追加の書き下ろしコンテンツを収録しております。



「馬車での移動中、魔法の皮袋から出てきた駄菓子を高雄姉妹と食べるトーカたち(微妙にここで、ほぼ死に設定的な存在になっていた他の勇者のユニークアイテムについて説明を入れています)」(p58~)



「モンロイが陥落した日の夜に、セラスが高雄姉妹&ムニンと一緒に王城の浴場で過ごす(セラス視点で、主にセラスと聖がメインとなるでしょうか)」(p183~)



「ラストの最終蠅王装を身に纏った(纏う)トーカのシーン(シーンが、Web版と違う締め方になっています)」(p406~)



 おおまかには、このあたりでしょうか。

 他には、人面種たちとの戦いを終えて戻って来たトーカを出迎えたムニンとのやり取り、リィゼの様子などがほんのわずかながら増えています(ここは本当に少しですが)。


 11巻の表紙は(久しぶりの表紙画像ですね)、


 挿絵(By みてみん)



 こんな感じとなっています。


 イラストはもちろん、今回もKWKM様が描き下ろしてくださいました。


 収録されているカラーイラストは、トーカとセラスの関係を聞いてあわあわする樹(とそれを眺めている聖)、ニャキとニャンタンの再会シーン(見開き)、そしてトーカの最終蠅王装のイメージイラストとなっております。


 挿絵は高雄姉妹がやや多めな感もありつつ、セラスもしっかり描いてもらっております(挿絵の一つはご感想で予想していた方がおりましたが、まさにそのシーンでございますね)。書き下ろしのシーンではセラス&高雄姉妹が浴場にいる時のものが挿絵になっております。また、ロキエラも二つくらい挿絵で登場しました。それから今巻では、カトレアも初お目見えとなるでしょうか。


 11巻……章の扱いとしては、帯にあった通りでございます(ちなみに次巻については、巻末の方にあったあのような形が予定されております)。


 いよいよここまでこられたのも、やはり皆さまのおかげでございます(ご購入の報告などもありがとうございました)。部数としては160万部突破とのことです(既刊のご購入、改めてありがとうございました)。こうした皆さまの応援に対しお返しをするためにも「もっともっとがんばらなくては」と、そう思う次第でございます。一つの決着に向けて、この物語をもう少し一緒に追いかけていただけましたら、大変嬉しく存じます。


 ……恒例の、長ったらしい宣伝告知でございました。


 それから、このあと23:00頃にもう1話、ひと区切りとしての更新を予定しております。


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― 新着の感想 ―
今更ながらに気付いたんですけれど、後書きの番宣、対応巻数とweb版の話数の位置が同じなんですよねー 他の作者の作品は最新更新日に発売まで何日~とか、本日発売! って番宣は載せるけど、その巻はここだよ!…
[気になる点] >ロキエラ「ボクたちは造り出した側じゃなくて、聖眼に対しては研究する側って感じなんだよ」 誰がどうやって聖眼を設置したんだろうな? >聖にグッと親指を立てたあと、樹がスマホに触れ…
[一言] まぁ十河みたいなバカと違ってトーカはちゃんと善人を助けてきたからな
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