reunion
前回更新後にまたもう1件、レビューをいただきました。ありがとうございます。
目を、覚ます。
「ん……」
「ピギッ?」
「お目覚めになられましたか」
ピギ丸の鳴き声のあとに――セラスの声。
目を開き、身体を起こす。
「ちょうどよかったかもしれませんね。今、ミラの本軍が見えるくらいの距離まで来ています」
寝起きでぼやけた視界を調整するように、目を細める。
遠くに足を止めた軍が見える。
野営して休んでるところに追いついた、って感じか。
「すでにウルザは抜け、ネーア領に入っています」
セラスが現在地を説明してくれた。
「先ほど偵察兵が私にひと声かけ、引き返していきました。今頃向こうにも私たちが戻ったのは伝わっているかと。このまま合流してもよろしいでしょうか?」
「ああ」
スレイの横っ腹を撫でてやる。
「おまえもお疲れだったな……よくやった」
「ブルルル……♪」
俺たちが行くと、狂美帝らが出迎えた。
人払いは済ませてあり、いつもの幕も張ってある。
限られた人物たちだけが、そこに立っていた。
「しっかり無事に戻ってきたなトーカ。様子からするに、激戦が行なわれたと見るが……大事ないか?」
「ええ。少なくとも、例の砦付近に集った人面種たちは駆逐できたかと」
「ふっ……難なくこなしたように言うが、そちのしたことは大業に等しいのだぞ。それにしても……」
馬上の俺をジッと見上げる狂美帝。
「何やら、そちがひと回り大きくなったような……気もするが」
別に身長が伸びたとか、体格が成長したとかはない。
レベルアップ分の補正値の影響が、そう見せてるのだろうか。
「セラスも、よくぞ蠅王を無事送り届けてくれた」
言われて、セラスが控えめな一礼を返す。
俺たちはスレイから降りた。
……つーか。
馬上から皇帝を見下ろしながら話すってのも、不敬な話だよな。
狂美帝は気にしてなさそうだが。
と、
「皆さん、無事でっ……」
「ムニン殿」
駆け寄ってきたのはムニン。
「パキューン」
「スレイさんもっ……お疲れさま♪」
第一形態に戻ったスレイを抱き寄せるムニン。
セラスが、
「ムニン殿、最果ての国の方々の脅威になりうる要素は……排除できたかと」
ムニンが顔を上げ、
「セラスさん、ありがとう……トーカさんも」
「ああ」
ムニンも特に何事もなく、無事だったようだ。
さて……
「セラス、おまえは【スリープ】で少し眠っておけ。俺はここまで眠って来られたが、おまえはずっと起きて移動してくれてたからな。見たところ、けっこう限界だろ?」
少し嬉しそうに、苦笑を浮かべるセラス。
「よく見ておられますね……では、お言葉に甘えたく」
「ムニン、セラスを頼む。あと、スレイとピギ丸も一緒に休ませてやってくれ」
貴族令嬢の挨拶みたいにムニンがスカートの両裾をちょいと持ち上げ、
「かしこまりました、蠅王陛下」
そうして、俺はセラスを【スリープ】で眠らせた。
スレイたちが、セラスを運ぶムニンを手伝う。
ムニンが待機や寝起きに使っている馬車に、セラスは運ばれていった。
「お帰りなさい。そして、お疲れさま」
タイミングを見て俺の横に立ったのは、聖。
周囲に幕があるので、蠅騎士面は脱いでいる。
「そっちこそな。色々任せちまったが……こっちはどうだった?」
聖は、こちらで起きたことについて話した。
俺が向こうに行っている間、こっちも急展開を迎えていたようだ。
「……なるほどな」
ニャンタンが王都脱出に成功。
人質にされていた彼女の妹たちも無事救出した。
居残っていたクラスメイトたちも、連れ出すことに成功。
担任の柘榴木も。
ヴィシスの邪悪性を示す証拠もしっかり抑えている。
……そうか。
エリカの使い魔から連絡が途絶えていたのは。
状況の見極めも含め、接触を試みるのにすべてを費やしていたから。
そして文字盤ではなく発話を用いて、ニャンタンに情報伝達をした。
おそらく今、エリカは意識を失っているのだろう。
負荷が大きいほど動けない日数も多くなるはず。
……かなり無理をしてくれたんだな、エリカ。
しかも。
最善に近い結果を、もたらしてくれた。
それから特筆すべき情報は――
「神族……しかもヴィシスに敵対する神族を連れてるってのは、さすがに驚いたが……」
存在してるのかすらわからなかったヴィシス以外の神族。
「俺とかおまえが考えてた神族の評定システムみたいなのがやっぱりあって、そこに引っかかったって感じなのかもな」
だから監査部みたいな他の神族が派遣された。
しかし、ヴィシスに返り討ちに遭ってしまった……と。
「対ヴィシスに役立ちそうな情報を持ってるって話なんだろ?」
「その神族は王都にいる頃からずっと眠っているそうよ。起きていれば、軍魔鳩で先にいくつか情報を得られたでしょうけど」
「その後ニャンタンたちからの軍魔鳩は?」
聖はゆるゆると首を振った。
「……向かったのは、十河だったな」
「樹も万が一を考えて十河さんを追うようにして向かってもらったわ。けれど、間に合わせるための最善手は彼女だったから。間に合いさえすれば、やってくれるはずよ」
ちなみに固有銀馬に二人乗りは無理だったらしい。
ともあれ、
「十河の精神面が回復してくれたっぽいのは、朗報か」
戦闘面において、あれ以上の味方もそうはいまい。
「聖もよくやってくれた。十河のことは、俺一人じゃどうにもならなかったしな」
「どういたしまして――と言いたいところだけれど、私よりも三森君がいたからどうにかなったことの方が多いでしょ」
「そう言われると、なんだか照れるな」
「嘘つき」
さすがは、嘘発見器2号。
「浅葱たちは?」
「おとなしくしてるわ。たまにこっちに顔を出すけれど、普段は狂美帝の指示で皇帝麾下の精兵との連係を強めてる。別働隊として動くためにね」
浅葱グループは皇帝麾下の愚連隊みたいな扱いになったという。
選りすぐりの精兵たちと混ぜて運用するとのこと。
聖によれば、狂美帝は元々その顔ぶれでヴィシスに挑む予定だったようだ。
「言われてみれば、浅葱が狂美帝と手を組んだのは、狂美帝が最果ての国や俺たち蠅王ノ戦団と手を結ぶより前だしな……」
元々予定していた形に収まっただけとも言えるか。
……鹿島の方には一応、あとで少し顔を出しておくとしよう。
「現状、それぞれ成果は上々と考えてよさそうだ。ただ、この本軍は今足を止めてるみたいだが……」
聖が問う視線を狂美帝に投げる。
視線を受けた狂美帝が、頷きを返す。
今のは、
”ヒジリから説明してくれ”
という了承の頷きだろう。
「混成軍には、ほぼ追いついたわ。向こうはひたすら後退を続けているから、こちらの被害はないに等しい」
逆に、こちらは戦力を増やしている。
王都や敵地の砦で捕虜となっていたミラの将や兵士たち。
その一部が解放され、この本軍に復帰しているのだ。
十河が極力殺さず捕虜にさせていたのが効いた形とも言える。
「ここまで反撃の気配がないとなると……女王さまは、本当によくやってくれてるんだな」
”ミラ軍がミラ領から離れれば離れるほど、兵站面でミラ軍は不利になる”
”逆にアライオン、ネーア、バクオスに近づくほど、こちらは補給面などで有利になる”
あの女王なら、そんな感じで言いくるめてるのかもしれない。
「今こちらは混成軍を目前に、休息を取りつつ、これからどう攻めるかを話し合っている――ということになっているわ。表向きはね」
「表向き、ってことは……」
「予定通り行けば――明日、ネーアの勢力はこちらに寝返る。向こうから例の文字拾いの伝書が届いたの。セラスさんからざっと仕組みは教えてもらっていたから」
「…………」
高雄聖はあれをもう理解しているらしい。
……ほんと頭の出来が違うって感じだ、この姉は。
「ただ、こちらが休息を取っている点については事実よ。さすがに行軍しっぱなしともいかないから。例の聖体軍が控えているなら、戦える状態を保つ必要がある。激戦後にとんぼ帰りしてきたあなたたち蠅王ノ戦団も、休む時間は必要でしょう?」
「まあな」
俺は、混成軍のいる方角を眺めた。
「ともあれネーア軍がこっちに寝返るのは――いよいよ明日、か」
▽
翌日の早朝、最果ての国の先行組が追いついた。
数は全体の四分の一ほど。
足の速いヤツらだけが先に合流した形となる。
巨狼みたいな移動に長けた魔物も、数が限られるしな。
そして、
「来たわよ!」
腕組みをしてふんぞり返る、アラクネの宰相。
リィゼロッテ・オニク。
久々の再会である。
「よぅ、リィゼ」
がくっ!
リィゼが、ずっこけかける。
「反応が予想以上にうっすいのよ、アンタは! 感動の再会でしょ!?」
「なんだよリィゼ、感動してるのか?」
「ぐっ――わ、悪い!? 楽しみにしてたんだから!」
黒い豹人がずいっとリィゼの隣に並び、
「やっぱ楽しみにしてたんじゃねーかよ、うちの宰相サマは」
「うっさいわね、ジオ!」
「てめぇの声の方が、うるせーだろーがよ」
俺はリィゼに悪態をつくジオに、
「ジオ」
「おう、蠅王」
「よく来てくれた」
「今回のこたぁ、うちの国の未来の話でもあるからな」
俺たちからやや離れたところでは、
「やだぁセラスくん元気ぃ!? ムニンくんも~! な~に? ちゃんと元気にしてたのぉ~!?」
元気にセラス&ムニンにハイタッチを求めているのは、青肌ケンタウロスのキィル・メイル。
「おまえもよく来てくれたな、グラトラ」
「……お久しぶりです」
ゼクト王の近衛隊の隊長。
ハーピーのグラトラ。
「やはりそちらの口調の方が自然で、気持ち悪さが減りますね」
「手厳しいな」
相変わらずのお堅い無表情キャラである。
「来る途中、人面種とかには襲われなかったか?」
「はい、大丈夫でした」
「そいつはよかった」
「軍魔鳩から伝えられ、知りました。わたくしたちのためにいささか無茶をしたようで」
「こっちのためでもあるからな。余計な気遣いはいらねぇよ」
「いいえ。止める権利はありませんが、できればやめていただきたいものです」
いつも澄まし顔のグラトラが、かすかに口を尖らせた。
「蠅王ベルゼギアが死んだ場合、我が国では悲しむ者がたくさん出ますので」
……こいつも、ちょっと変わったよな。
「ちょっと、グラトラ!」
「なんでしょう、リィゼ」
「そういう気の利いたことはアタシが言おうと思ってたのに! どういうことなのよ!」
「はぁ。気が利かず、すみません」
「相変わらず謝罪しても誠意が見えないのよ、アンタはっ! アタシは宰相よ! 宰相!」
形勢不利になった時のズアン公爵みたいになってるぞ、リィゼ……。
と、その時。
幕を潜って、見覚えのある顔が姿を現した。
「あれは……」
幕内に入って来たのは、ロウムだった。
彼が俺に一礼する。
こちらは手を挙げ、一つ頷いて応えた。
しっかりリィゼたちと合流してくれたか。
ロウムはそのまま、狂美帝のもとへ報告に向かった。
ちなみに。
リィゼに聞いたところ、アーミア率いる足の遅い第二軍が後続組だそうだ。
「――ん?」
ふと、見やると。
幕の向こうから。
見覚えのある一人の少女が、顔を出していて――
「ニャキ」
「主さんっ」
テッテッテッ、と。
ニャキが駆け寄ってくる。
俺はマスクを脱いで膝をつき、
「来たのか」
「来ましたニャ!」
ハッとして、不安げに上目遣いで俺を見るニャキ。
ニャキは人差し指の先っぽ同士を突き合わせながら、
「ニャ、ニャキも何か主さんたちのお役に立ちたくて……そのぅ……来て、よかったですかニャ?」
「今回はおまえの意思に任せた形だからな。おまえが来ると決めたなら、それでいい」
ぱぁぁ、と。
ニャキの表情が輝く。
「お会いできてニャキは大変嬉しいのですニャ、主さん!」
俺に抱きついてくるニャキに――横合いから二つの影が、迫る。
「ピギーッ!」
「パキューンッ!」
「ニャ?」
その二つの影の方へニャキが身体を向け、
「ニャニャぁ――ピギ丸さん! スレイさん!」
ニャキに飛びかかるスレイ。
スレイに乗っていたピギ丸も、
「ポヨリーン!」
とニャキに飛びつく。
「ニャハハハ! お二人にまた会えたのですニャ~! ニャキは、嬉しすぎるのですニャぁあ! やっぱり、来てよかったですニャ!」
ニャキはそのまま背中から地面に倒れ込んだ。
ちなみに後頭部や背中は、しっかりピギ丸がクッション化して守っている。
「ピニュイ~♪」
「パンピィ~♪」
……ピギ丸とスレイは、ほんとニャキが好きだな。
「ニャキ殿」
「――ッ! セラスさん!」
ニャキが身体を起こし、セラスに抱きつく。
「セラスさん、また……また会えましたニャ! 嬉しいですニャ!」
「はい……私も、またお会いできて嬉しいです」
ニャキとの再会に何か込み上げるものがあったのか
セラスはちょっと、涙目になっていた。
ま 気持ちはわからないでもないが。
…………。
つーか、リィゼ。
おまえもなぜかちょっともらい泣きしてないか……?
「ニャキさん」
「ニャぁ~ムニンさん! ムニンさんに作ってもらったニャキ用の蠅騎士のマスク……ちゃんとちゃんと、持ってきましたニャ!」
「ふふふ。わたしのとお揃いの、ね?」
「はいニャ!」
「ニャキも、蠅王ノ戦団の大事な一員だからな」
「はいですニャ!」
その時、
「陛下!」
「?」
幕をはね除け駆け寄ってきたのは、ヨヨ・オルド。
「どうした、ヨヨ? 混成軍が動いたか」
「いえ」
幕の向こうから、さらに別の者が入ってくる。
ヨヨがそちらを振り向き、
「戻りました。彼らが――」
「――――――――」
その、瞬間。
蠅王ノ戦団の面々との再会を懐かしんでいたニャキが――――
駆け出した。
無意識の中で呟くように、
“ねぇニャねぇニャ”
そう、繰り返しながら。
がむしゃらに走る、ニャキ。
片や。
猫の耳めいたものを頭につけたその人物も――
ニャキ目がけ、走ってくる。
二人の距離が、縮まって。
猫耳をつけた方の人物が両手を広げた。
そう、抱きとめる準備をするかのように。
そうして。
二人は、抱き合った。
「ねぇニャぁぁああああ――――う゛わ゛ぁぁあああああああああ゛あ゛ん!」
「ニャキ……ニャキッ――ごめん、なさいっ……こんなにも迎えに来るのが遅く……なってしまって! ごめんなさいっ……ごめんなさいっ!」
ああ。
そうか。
あれがニャキの――”ねぇニャ”。
ニャンタン・キキーパット。
辿り着いたんだな……無事。
ニャンタンの胸に収まって泣きじゃくるニャキ。
溜め続けた感情を爆発させるように、泣き喚いている。
セラスは。
両手で口もとを覆い――言葉も出せぬ様子で、泣いていた。
ああ。
そうだな。
俺たちは、知ってる。
どれほどニャキが。
どれほど――ねぇニャに、会いたがっていたかを。
と、
「え? ニャキ……? ニャキがいる! ニョノ、シルシィ! ニャキよ! ぐすっ……ニャキがいる!」
「ほんとにニャキなのぉ~!? わぁぁああああんっ……にゃぎぃ……」
「ニャキーッ! ニャキ、ニャキ、ニャキぃぃ……」
ニャンタンに続くようにして。
外見の似た小さな子どもが三人、幕の向こうから現れた。
「ぐずっ……え? にゃに……? あ――ライア、ニョノ……シルシィ……なの、ニャ? ほんとにニャ!? わぁぁあああ゛あ゛ライア! ニョノ! シルシィぃい――ッ!」
あれが。
ニャンタンの妹たちか。
五人揃った姉妹は互いに抱き合い、再会に涙している。
ニャンタンは他の四人をまとめて抱き寄せるように。
わんわん泣きじゃくる妹たちを。
とても大事そうに、抱き締めている。
「……………………よかったな、ニャキ」
澄み渡った早朝の空を、見上げる。
本当に、
「本当に、よかった」
ニャキを救えて。
▽
そのあと幕からさらに出てきたのは、
「戻りました。全員を――無事に連れて」
十河綾香。
「この幕ん中ならこのマスク、取っていーんだよな?」
高雄樹。
それからあれは――
クラスメイトの勇者たち、か。
その時、幕を背に立っていたベインウルフが緩めの拍手をした。
「やっぱ勇者だよ、ソゴウちゃんは。そして……無事でよかった――スオウちゃんも、ニヘイも……みんなも」
「あっ!? ベインさんだ!」
ベインウルフに気づいたクラスメイトたちが、湧く。
と、俺の方に十河が近づいてくるのが見えた。
表情と空気からして。
改めて謝罪でもしにきた、って感じか。
しかし。
俺は十河が近くへ来る前に、促すようにして顎で別の方角を示す。
十河も俺の意図に気づいたらしい。
かすかな躊躇いを見せはしたものの。
最終的には、おとなしく俺に促された方向へと歩き始めた。
その先には――
「聖さん、私……」
「お見事、と言わせてもらうわ」
脱帽したとでも言いたげな微笑を浮かべ、聖は言った。
「また私は――あなたにお礼を言わなければならないようね、十河さん」
次話をこのあと(本日)23:00頃に更新予定です。




