窮地、そして振り絞るは勇気と覚悟
◇【ニャンタン・キキーパット】◇
ニャンタン・キキーパットは、馬上から背後を振り返った。
後方に砂塵が見える。
「差し向けられましたか――追っ手が」
枯れた地。
要衝を置くにも価値のない、だだっ広いだけの地域。
荒涼としていて、植物の生育にも適さない。
昔は大きな川が何本もあったという。
が、川はずっと昔に枯れてしまった。
枯れたのち、時を経て川の跡は道となった。
そしてこの一帯は、バクオスとウルザを行き来する際の近道とも言われた。
しかし大街道やその周辺の経路が整備されるにつれ、廃れていった。
今では、後ろ暗いところのある者たちが使うくらいと聞く。
ニャンタンたちはそんな世から忘れられた経路を選び、ウルザを目指していた。
「…………」
縦に並んで進む三台の馬車。
ニャンタンは馬の速度を落とし、真ん中の馬車の御者台の横に馬をつけた。
「来たようです」
報告された御者が首を伸ばし、後方を確認する。
馬車の御者はミラの間者とその仲間が受け持っていた。
御者が口端をきつく結び、
「このままだと追いつかれますね。くっ……もう少しでウルザ領、というところまで来たのに……」
間者によれば、
”ミラ本軍は現在ウルザ領内を移動しているはず”
とのこと。
自分たちはもうアライオン領は抜けている。
が、ここはまだバクオス領内。
目的のウルザ領までは到達していない。
そのため、ミラ本軍との合流が近いとも言いがたい。
御者が尋ねる。
「馬車を一度止め、全員で迎え撃つべきでしょうか?」
ニャンタンは迷った。
自分が残って食い止めるべきだろうか。
「…………」
馬に乗って馬車隊の先頭を行くカヤコ・スオウを見やる。
彼女たち勇者も戦闘訓練は積んでいる。
実戦も経験済み。
戦力にならないわけではない。
しかし――犠牲が出ないとは、言い切れない。
守り切れるだろうか?
むしろ自分一人の方が身軽になる分、やれるのではないか。
ニャンタンがそんな思考を巡らせていると、
「?」
両手側の岩壁の上。
(砂塵が、上がっている……? まさかっ――)
御者もニャンタンの視線を見て気づいたようだ。
「くっ」
位置的に砂塵を巻き上げている本体は見えない。
しかし、あれも追っ手で間違いあるまい。
(馬車の速度はこれ以上、上げられない……)
左右の砂塵はそのまま、こちらの馬車隊を追い越していく。
やがてその追っ手が――
ニャンタンたちの進む道へ降りやすい斜面を選び、前方の左右から駆け下りてくる。
あっという間に、前方へ回り込まれてしまった。
「道が、塞がれた……」
馬車は一時停止――停止するしか、ない。
御者が歯噛みする。
「く……遠目に捉えやすい平地を避けたのが逆に、あだになってしまったのか……」
移動速度に秀でた部隊を先行させ、こうして先回りさせ蓋をする。
そして、あとから後方部隊が追いつく算段だろう。
こうして溝のようになった道では、前後を塞がれる危険がある。
しかし、まずこちらの馬車の姿を発見されないのを優先した。
遠目から発見されないことを優先した以上、この道を選ぶしかなかった。
(しかも、前方に並ぶあれは……)
「ニャンタン殿、あれはおそらく――」
「ええ」
聖体。
上半身が人間で、下半身が馬の姿をしている。
人馬一体となった亜人のケンタウロスと似ている。
だが。
無機質な白一色の身体と金眼は、明らかに聖体のもの。
さらに、聖体は武装していた。
(数は……全部で、五十はいる)
蹴散らして進むには難儀な数。
一体あたりの強さもわからない。
(特に……)
他と比べて明らかな巨体を持つ人馬聖体が四体、まじっている。
片手には巨大な剣。
ただならぬ雰囲気が、放たれていた。
「ねーたま? どったの?」
馬車の幌には覗き窓がある。
窓代わりの布が開き、そこから顔を出したのはあどけない顔の少女。
「シルシィ……」
少女は、ニャンタンの三人の妹の一人である。
人質になっていた三人の妹たち。
ここへ来る途中、ニャンタンは彼女たちを救出していた。
妹たちはアライオン南西の村にいた。
村には身寄りのない子どもを預かる施設がある。
妹たちは、そこにいた。
施設にはヴィシス教団が関わっていたそうだ。
子どもたちは、村の習わしとして外出時にはお面をつける。
村にはそんな決まりがあった。
ちなみにこれはヴィシスの案ではないという。
元々そういう風習があったようだ。
幸いなことに、ひどい扱いは受けていなかったらしい。
ニャンタンは、かつてのヴィシスの言葉を思い出した。
『いいですか? 人質とはまず、無事だからこそ価値があるものなのです。大切な人が平和に暮らしているのを実感させてこそ、継続的にがんばろうと思ってもらえるのですね。自分ががんばっているからあの大切な人は幸せそうに笑顔でいられるのだ、と……正の感情のやりがいを与えるわけですね。長期を見据えると、この方が負の感情より縛りやすいのですー。ふふふ、まあ人質に”ひどいこと”をして……幸せから一転、不幸に陥れた時の落差を見るが好きなのもあるのですが♪』
あの時のヴィシスは苦笑っぽい顔をしながら、こう言っていた。
『だって、不幸な人が不幸になっても面白くないでしょう? 幸せな人が不幸になる方がやはり、断然に面白いと思うんです。ふふ。無能を晒したり、私を裏切ったりした者には、できればそういう制裁をしたくて……。ああもう、かわいそう! あなたが無能なせいで、あんなに幸せそうだった人質さんが――ああっ――あんなにも不幸になってしまって! しかし自業自得ですし自己責任です♪ 泣いて謝っても許しません♪ 最高です♪ あ、ニャンタンは幸薄そうなので、もっと幸せになってくださいね? つまらないので』
直近は、怪しくなっていたが。
ヴィシスはニャンタンにまだ利用価値を見出していた。
道具として価値があるうちは人質もそう悪い扱いは受けない。
この点は、ヴィシスの個人的嗜好に救われた形とも言える。
ヒジリの手紙のおかげでその施設の情報は事前に知ることができた。
妹たちを無事逃がせそうな経路も。
ヒジリは、時間帯ごとの施設の人の動きまで調べ上げていた。
そのおかげもあって、幸いなことに救出は簡単だった。
この辺りはヴィシスの徒――間者としての訓練も活きた。
最初に顔を合わせた時、妹たちには声を出さぬよう頼んだ。
三人とも泣きじゃくったが、声は抑えてくれた。
やっぱり――とてもいい子たちだと、再認識した。
そのまま、ヒジリから教えてもらった施設の秘密の地下道を抜けた。
そうして施設から離れ、ミラの間者の待つ馬車のところまで戻ってようやく――
『ねえさん!』
『ねーたぁぁん……』
『ねーたまぁあああ――ッ』
”ニャンタンは大事な任務でしばらく会えない”
”けれど、その長い任務が終わったら必ず迎えにくる”
妹たちはそう言われ、あの施設でその時を待っていたそうだ。
ヒジリは、自分で救おうかとも考えたという。
が、妹たちが消えればヴィシスは必ず違和感を持つ。
ニャンタンにいらぬ疑いが向けられるのは、言うまでもない。
正しい判断だった。
そう言えるだろう。
幌の窓から無垢な顔でこちらを見る妹に、ニャンタンは優しく微笑みかけた。
「ごめんなさいシルシィ……少し怖いことがあるから、みんなと一緒に中でいい子にしていてくれる?」
「わあった」
ぺたん、と窓が閉まった。
かと思ったら窓がすぐ開き、
「ねぇたん」
他の妹のニョノが顔を出した。
ニャンタンは同じく、安心させるように微笑みかける。
「わたしに任せてちょうだい、ニョノ」
「そうよ。ねえさんに任せておけば大丈夫だから。ほらニョノ、こっち」
「ライア、いたぁい。わかってるから~」
一番年上のライアがニョノを中へ引き込んだ。
妹たちは、ニャンタン以外に対しては互いに名前で呼び合う。
他の二人は、しっかり者のライアに任せておけば大丈夫だろう。
と、その時だった。
「みんな、行こ」
馬車の中から、勇者たちが出てきた。
最初に外へ出て馬車の中に今呼びかけたのはエリイ・ムロタ。
状況はもう理解しているようだ。
カヤコを含む一番前の馬車の中にいたカヤコ班。
彼らも外へ出て密集し、すでに戦闘態勢に入っている。
最後尾の馬車からは、元ヤス班のニヘイ班が出てきていた。
「ニャンタンさん……あたしらも、戦うよ」
「……しかし」
「この状況じゃ、やるしかないっしょ。いや……泣き言で乗り切れるなら、泣きたいんだけどさ」
「室田さんの言う通り、私たちもやります」
背中越しに力強く言ったのは、先頭の方で騎乗しているカヤコ。
さらに、
「やろう、みんな」
そう言ったのは、モエ・ミナミノ。
当初は勇者たちの中でも極めて気の小さい少女という印象だった。
いや――今もだ。
その声は、震えを必死に押し殺したものだった。
しかし今のモエは、この世界で得たものがある。
おそらくは――勇気。
「綾香ちゃんは……私たちを守るために、た、戦い続けてくれた。ニャンタンさん、言ってたよね? 私たちが生き残って合流するのが、綾香ちゃんを守ることにもなる……って。だから――」
モエが涙目で剣を抜き、構える。
「生き残ろうよ――戦って」
御者をしていた間者たちも御者台を離れ、武器を手にした。
うち二人は弓矢を手にし、後方へ向かう。
先頭側へ全員で突撃をかけるのは、あまり気が進まない。
まず、聖体の強さが不明である。
そんな状態で一斉突撃をかけるのは危うすぎる。
いらぬ犠牲が出かねない。
ならば陣形を組んで迎え撃つ形の方が生存率は上がるはず。
敵を観察しながら、最適な戦い方を組み上げていく方がいい。
「…………」
服の衣嚢に触れる。
この証拠入りのスマホが一つしかない以上。
軍魔鳩に運ばせるのはやはり、危険に思えた。
確実に届けたい情報がある場合、二羽以上軍魔鳩が放たれることもある。
しかしスマホが一つしかない以上それは不可能。
伝書と比べこの重量のものをしっかり運べるかも怪しい。
この証拠は――スマホありき。
それでも……危険を承知で送るべきだったのだろうか?
また、あれ以降ロキエラは一度も目覚めていない。
今もロキエラは、馬車の中で眠っている。
(……なんとしてでも)
スマホとロキエラは、送り届けなくてはならない。
この手で。
確実に。
ニャンタンも、覚悟を決める。
「皆さん」
ニャンタンは、魔導剣を腰の後ろに装着した。
剣が光を放ち、のびる。
そして、長々とした尻尾のようにうねり出す。
両手には短剣を握り、構える。
「力を、貸してください」
指示を素早く出し、陣形を整えところで――
ザッ!
敵の後方部隊も、追いついた。
先頭の人馬聖体には何人か人間が乗っていた。
知った顔だった。
「あなたは、アライオン騎士団の……」
その老人は白く長いあごヒゲを撫でながら、
「左様。儂はアライオン騎士団長ヒンキ・キュルケイム……ニャンタンよ、ヴィシス様はそなたに強い不快感と失望を示されておられたぞ? まったく、あのお方から格別に目をかけてもらっていたというのに……もったいないことを」
「ヴィシスは人間を玩具のように考え、未来永劫痛めつけようとしているのですよ? 彼女は、人間を救いません」
「選ばれれば、よいのじゃろ?」
「――――ッ」
「ヴィシス様も、生き残らせる人間は自分が選別すると言っておった。つまりいくらかは残すということじゃ」
自分の考えを、ヴィシスはこの男に話したのか。
「ふふ……我が騎士団の者がそなたたちを目撃し報告したのが幸いしたわ。ちょうどヴィシス様はそなたの姿が見えぬと城内を捜し歩いておった。そこで、儂がご報告したのだ。ふふふ……痛めつけて殺せ、との仰せじゃ。考え得る限り最もひどい苦しみを与えよ、とな」
ヒンキはようやく報われたとでも言いたげな顔をし、
「ヴィシス様ではなく、あの役立たずの堅王の私兵的色合いの強い儂らアライオン騎士団……長らく、不遇をかこっておった。十三騎兵隊の連中は実に目障りじゃったわい。消えた後も新生アライオン騎兵隊などと……やれやれ、蛆のように湧いてきおる。じゃが、ようやく好機に恵まれた。ここで儂の有用性を示せば、儂は選ばれし人間となれる。そういう意味では――」
怪なる笑みをニャンタンへ向けるヒンキ。
「席を空けてくれて礼を言うぞい、ニャンタン・キキーパット」
「勘違いしているようですね、ヒンキ」
「おぉ? 負け犬の遠吠え――いや、負け猫の虚勢か? ふっ、嘆かわしい……」
「ヴィシスはもう、人間のことなどなんとも思っていません。各地のヴィシスの徒が招集されていないことからもわかります。もはやあの女神は、側近に等しい存在の神徒と共に天界へ行くことしか考えていないのでしょう。そして天界の片がつけば……人間を遊び殺す遊戯が、始まるだけです」
「知らぁん」
空とぼけるように、ヒンキが視線を明後日の方角へやった。
「老い先短いこの身じゃが……ヴィシス様は、こうおっしゃった。有用性を示せば儂や騎士団の者を半分神に造り替え、働き次第では重用も検討する――とな。半神となれば、もはや儂はただの人間ではない。儂の寿命ものびるときておる……最高ではないか」
働きを見せれば、おまえだけは生き残らせてやる。
ヴィシスお得意の人心掌握術の一つ。
「ゆえに、そなたの甘言には乗らんよ。ふふ……それに、勇者どもも何人かは痛めつけがいがありそうじゃ……のぅ?」
隣の騎士に話しかけるヒンキ。
「そうですな。ですがわたくしはやはり、ニャンタン殿の方が……」
「ふふふ……この好きモノめ」
「はは……これは、参りましたな。いやしかし、この人馬聖体というのはすごいものですなぁ。疲れを知らぬ馬とは、実に素晴らしい。しかも我々の命令には忠実……文句一つ言わぬときている」
「そうじゃな。貸し与えてくださったヴィシス様は出来損ないの聖体などとご謙遜されておったが……これは、戦争そのものを大きく変えるぞい。何より――」
ヒンキが号令をかける準備をするように、右手を挙げる。
「純粋に兵として、強力すぎる」
老騎士団長の背後には100を越える人馬聖体。
しかも、ただならぬ雰囲気の巨体を持つ聖体が、こちら側には二十以上はいる。
「そうじゃなぁ……ニャンタンよ? 膝をつき頭を垂れ、降伏し、儂らの命じることをすべて受け入れるなら……妹たちだけは、こっそり助けてやってもよいぞ? どうする?」
ヒンキの下卑た笑み。
ニャンタンは耳を貸さず、構えたまま間合いを計る。
(聖体は確か、指示を出す者がいなくては兵として機能しない……あの使い魔がそう言っていた。ヒンキの左右を守るあの二体の巨聖体の反応速度を越え……ヒンキと他の三名の騎士たちを素早く仕留められれば……あるいは。しかし――)
隙が、ない。
ヒンキは問題ではない。
問題は、あの巨聖体。
「…………」
あえて乱戦に持ち込み、揺さぶりをかけて隙を作るか。
多少の危険は、覚悟しなくてはならないが……。
――だめだ。
巨聖体が、想定以上に隙がなさすぎる。
乱戦に持ち込む余裕すら与えてくれまい。
戦う前からすでに、手強さが嫌というほど伝わってくる。
自分では一対一でようやく、くらいではないのか?
いや、一対一でも果たして勝てるものか……。
「……くっ」
「ふふ……ようわかっておる。そう、儂を守るこの聖体たちはただならぬ空気を纏っておる……儂があの第六騎兵隊に感じた危険な空気よ。儂はな……こういう空気を持つ連中に逆らわず好機が巡ってくるのを待つことで、生き残ってきた。ふふ……わかってしまうのが苦しいのぅ? 敵の力量を感じられるその実力が、逆に不幸と言えようて。ふふふ――跪けい、ニャンタン。ここでおまえら若造をこのヒンキがズタズタに――」
ゴッ!
「……がッ」
鈍い音と、ヒンキのしわがれた濁り声。
彼は白目を剥き――そのまま、馬上から転げ落ちた。
「?」
(今、ヒンキを守っていた巨聖体が……遅れて反応した?)
ヒンキの額を打ったのは――
槍の柄底。
巨聖体が、飛来した槍に。
反応できてなかったように、見えた。
あれほど隙のなかった巨聖体が。
反射的に、ニャンタンは槍の飛んできた背後の方を振り返る。
先頭側を塞いでいた聖体たちの――その向こう側。
空中に……
銀の球体が、浮かんでいる。
その球体が、破裂した。
周囲へ飛び散った銀の液体。
不思議なことに、その液体は空中でとどまった。
銀の液体が――武器の形を、成していく。
そうして。
先頭側を塞いでいた聖体たちがあっという間に、蹴散らされた。
いや、蹴散らされたのだとニャンタンが認識した次の瞬間には、もう――
ズザザザザザァァァアアアアアア――――ッ!
本来の馬ではありえぬ急制動の姿勢で、
ニャンタンとヒンキたちの間にそれが、割り込んできた。
その手には銀の剣が、握られていて。
蠅騎士の周囲に展開されているのは、銀の浮遊武器。
「――――ふぅぅぅぅぅ」
ずっと止めていた息を吐き出すみたいに。
仮面の蠅騎士が、ひと息に呼吸を整えた。
蠅騎士が上体をわずかに斜め下へ倒す。
そして、
「あなたたちは――――」
馬上にて、アライオン騎士や聖体たちの方を向く。
「 誰に、何をしようとしていたの? 」
ズシッ、と。
突然、見えない重しが身を包んだかのような。
そんな感覚に、襲われる。
声は、静かで落ち着いているのに。
身体を芯まで締めつけるような、そんな重圧感と。
息苦しさすら覚えるほどの――鋭い、圧迫感。
ヒンキの隣にいた騎士が急激に青ざめ、
「ば、馬鹿な……っ!? おまえ、は……」
銀の馬に乗った蠅騎士が、仮面を外す。
中から現れたのは汗まみれの顔。
しかし彼女の顔に疲労した様子はない。
むしろ。
気力に、満ちているように見えた。
「ありがとうございます、ニャンタンさん」
蠅騎士――アヤカが礼を言い、カヤコたちのいる方を見た。
一方。
他の勇者たちはようやく放心状態から復活したらしく、
「あ――綾香、ちゃん……ッ!?」
「十河……さ、んっ」
「委員長ぉぉおおおお!」
「マジかよ!? 十河さん!?」
「そ、十河!? 十河なのか!?」
「綾香ぁああ゛……」
勇者たちは感情を、爆発させていた。
「みんな……」
アヤカは彼らを見て、安堵と慈しみに満ちた表情を浮かべた。
そしてニャンタンに、
「みんなを王都から連れてきてくれて、本当に……心から、お礼を言わせてください。それと――」
アライオン騎士と聖体たちの方を、見据えるアヤカ。
「あっちは私に任せてください。ニャンタンさんは一応、みんなをお願いできますか?」
「し……しかしあの数を、キミ一人で……」
「MPが足りなくて固有騎士たちは出せませんけど、浮遊武器はそれなりに展開できます。だから……」
――――ミ、シッ――――
アヤカの顔に、太い血管が浮き上がったように見えた。
「あのくらいの強さと数なら……私一人で、問題ないはずです……」
推し量れている言い方だ。
ある程度、相手の力量を。
「くっ……気絶してしまった団長の代わりに……わ、わたくしが指示を出します! ゆ、ゆけぇ聖体ども! S級勇者が……S級が一体、なんだというのだぁあ!? 数で押し潰せ――数で! と、特に……あれだ! 他の勇者を狙え! 他の勇者を盾にすれば、アヤカ・ソゴウもやりにくく――ひぃっ!?」
無言のアヤカに視線で射貫かれた騎士。
その騎士は途中で、言葉を紡げなくなった。
騎士がガタガタと震え始める。
アヤカは視線だけで射殺しかねないと思わせる――
そんな、鋭い目つきをしていた。
あくまでほんの一瞬ではあったが。
ニャンタンですら、背筋の凍るような恐怖を覚えるほどだった。
「わ、わわわわ……わぁああああ!? や、やれぇええ! 聖体ども……早く! 早く、その女を始末しろ! 早く、やれぇ――――ッ!」
もう視界に入れるのも恐ろしいとばかりに。
氷槍めいた視線により射竦められた騎士は、恐慌状態に陥っていた。
聖体たちが命令通り武器を構え、動き出す。
(なっ――)
ニャンタンからすれば、それは瞬きほどの間に起きたことであった。
二体の巨聖体が一瞬でアヤカへと肉薄し、実に見事な間合いへ踏み入ったのである。
たった、一足で。
二体の巨聖体の息も、合いすぎるほど合っており――――断裂。
(……え?)
気づくと。
二体の巨聖体がいくつかの肉塊に、分解されていた。
一方のアヤカは、武器を振るった後の余韻を残した状態で立っている。
(ああ、そうか)
斬ったのだ。
目にも止まらぬ速度で。
あの二体を。
(見えな、かった)
銀の剣を、迫り来る他の聖体たちへと向けるアヤカ。
「たくさんの人たちの許しと支えがあったおかげで、私は……」
すると、空中で待ち構えていた浮遊武器が一斉に――――
「みんなを守るために今、ここにいられる」
聖体たち目がけ、襲いかかった。




