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ラストリゾート


「えー? 説明してもらわないと困るなー?」

「え? 誰が困るんですか? わけがわかりません」

「ボクも困るし、我らが主神も困るよー」

「困ると言うわりには、主神自ら来ない時点で……あまり困っていませんよねそれ?」

「主神が動けば歪みの矯正にたくさんの根源素を消費するでしょ――わかってるくせにさぁ。それに今、上はちょっとゴタついてて我らが主神も大変なんだよ」

「あら~そうなんですか~。でもあなたとヴァナルガディアはお暇なのですね」

「この干渉値の上昇はさすがにねー。ちょっと無茶をおしてでも神族を二人派遣することになってしまったよ。ヴィシスなんかのために」

「そうですか♪ 大変なんですね♪」

「というかヴィシスはさー……ちゃんとこの世界の人たちを守る気あるの?」

「ふふふ、見ての通りですが?」

「ボクたち神族は根源なる邪悪を打ち倒す。同時に被造物たちも守る。被造物たちはボクたちにとって子どもみたいなものだろう? なのにキミは昔から被造物に――ヒトに対して愛情があるのか、疑わしかった。ボクは、そういうキミが何気に嫌いだったよ」

「え? 私の愛情を勝手に疑われても困るのですが……うーん、人の感情の動きを勝手に疑われても気持ち悪いだけですー。そもそも、なぜ愛情を持つ必要が……?」

「じゃあさぁ、ヒトってキミにとってなんなのさ?」

「うーん、これは会話になっていないですねぇ」

「被造物はボクらの子どもみたいなものだって言ったよね? だからさヴィシス、ボクからすると――――」


 ロキエラが首をかすかに傾け、



「キミはなんだか、我が子を虐待してる親みたいに映るんだよ」



「えぇ~……なんですかそれ? よそ様の家庭の事情にずかずかと踏み込んでくるなんて、ひ、非常識です! 勘弁してくださいよ~。よそはよそ、うちはうちです!」

「や~…………変わらないねぇ、キミは」


 やれやれ、と肩を竦めるロキエラ。

 彼女の目つきが、狐のように細まった。


「とりあえず、その背後にある不穏な神器……壊すけどいいよね?」

「はぁ? やめてください」

「断る、と言ったら?」

「ロキエラ」

「うん」

「私も昔からあなたのことが嫌いだったのです~。あ、冗談ではなくです」

「知ってた」

「ロキエラ……雑談がすぎるな」


 そう呼びかけたのは、白と銀の巨躯なる人狼だった。

 ヴィシスはその人狼に微笑みかけ、


「あらあらヴァナルガディア、無口なあなたが会話に割り込むなんて。そんなにお暇なんですか?」

「ヴィシス……干渉値に関する申し開き……なし、と見てよいな? そもそも、この部屋の外に並んでいた聖体を見るからして――」


 やんわり諫めるようにヴィシスは、


「ま、まあまあ……そう怒らないでくださいよ、ヴァナルガディア。あのヲールムガンドを圧倒したあなたに……この私が勝てるとでも? うぅ……スコルバンガーといい、狼神ろうしんは私苦手なんです。およよ……わかりました。も、申し開きを……します……」


 やはり、あのヴァナルガディアという人狼も神族らしい。

 しかも話しぶりから察するに、神族内でも相当な強者のようだ。

 そして、これはもはや――人の関われる領域ではない。

 勝てるわけがない。


 


 自分の全身から汗が噴き出しているのがわかる。

 汗が、冷たい。

 ひどく。


「そういうのもういいよヴィシス」


 無機質な笑顔でそう言ったのは、ロキエラ。


「申し開きも、もういらないかなー。うん、問答無用で執行します。ヴァナルはボクと一緒にヴィシスを。あの横にいる人間はひとまず放っておいていいや。テュルムク、トールオンはあの神器を破壊しちゃって」

「ややや、やめてくださーい! いやー!」


 背を向け、庇うようにして両手で装置に触れるヴィシス。


「これを壊されてしまっては……わ、私の長年の努力が! 汗と努力の結晶が! やめてー!」

「?」


 ロキエラが顎を上げ、視線を宙へ巡らせた。


「ヴィシスさぁ……? 左右の手すりの向こうに立ってるのは、キミの神徒……?」

「うぅ……誰か、助けてください……」


 ニャンタンは先ほどのロキエラの言葉で、初めて”その二人”に気づいた。


 左手側の手すりの向こう――、……


 白い全身鎧に身を包んだ騎士のような者が、立っている。


 頭部を完全に覆う兜の正面には十字が走っていた。

 十字の奥は黒々としており、空洞のようにも見える。

 そして……その兜の十字の中心に、一つ目の金眼。


 一方、右手側の手すりの向こうには――巨体の男。


 こちらも鎧を着ており、顔面も兜で覆われている。

 ただ、ニャンタンにはまったく馴染みのない独特の鎧であった。

 もう一人と比べると、その鎧は異質さが際立っている。

 兜の顔面部分は、憤怒を思わせる表情でもかたどっているのだろうか。

 そんな兜の口もとの上……白いヒゲ、にも見える。

 また、兜の額には半月型のツノ飾り。

 その暗黒の眼窩が一瞬――鈍く、金色に光った。

 しかし次の瞬間にはすでに、目は濃い闇に戻っていた。


「へー……一応、護衛用の神徒は造ってあったんだねぇ? ま、そうだよね。ヴィシスだし」

「アルスさん、ヨミビトさん……うぅ……助けてください……この方たちが私の、命の次に大事な装置を……」

「『ここは任せろ!』」


 十字兜から朗々と、活気に満ちた声が発せられた。



「『オレは必ず、おまえを助ける!』」



 けれどもそれは、奇妙な響きを持つ声だった。

 感情が乗っているのに――乗っていない。

 無機質なのだ。

 何かが。

 なんというか。

 収まりの悪い矛盾を感じる声、とでも言おうか。

 また、


「……危機、ヴィシス、助太刀、戦―― ………… ――戦、助太刀、ヴィシス、危機……」


 そちらの声は、右手側のツノ飾りの男から発せられた。

 こちらは低く濁り、歪んだ声。

 静かながら腹の底に響くような威圧感がある。

 ロキエラは臆した様子もなく、軽やかに鼻を鳴らした。


「トールオン……神器の破壊の前にあっち側よろしくー。油断しないでねー」


 大槌を手にした重装騎士めいた姿の白き者が、


「御意」


 そうロキエラに応え、跳ぶ。

 トールオンと呼ばれたその者は手すりの向こう――


 中二階部分の床に、降り立った。


 風はないはずだ。

 少なくとも強風は吹いていない。

 が、トールオンのマントは激しくはためいている。

 マントだけが、強烈な風になびいている。


 ――バチチッ――


 トールオンの周囲には、火花めいた電撃が走っている。

 と、大槌の側面に半透明の斧刃が生えてきた。


 そのトールオンと相対するは十字兜――先ほど、アルスと呼ばれた男。


 構えを取るトールオンが、


「テュルムク、貴殿は向こう側を。油断するな」


 言われ、右腕の先が途中から刃になっている白き男――


 テュルムクも、跳躍。


 トールオンとは反対側の中二階部分に、ふわりと降り立った。

 膝から着地したテュルムク。

 彼はそのまま片膝をついた姿勢で、左手を前方へかざした。

 すると――神々しい装飾の施された白き大剣が出現。

 テュルムクが、その剣の柄を力強く掴む。


 そこへ相対するのはツノ飾りの男――ヨミビト。


 ヴァナルガディアは、左右へ跳んだ仲間を見ていなかった。

 狼神は前方のヴィシスへ視線を置いたまま、


「そして――ワタシと貴殿で、ヴィシスをやる。よいな、ロキエラ?」

「うん、いいよー。あー……干渉値が異様な上昇を見せた原因の一つは、おそらくあの神徒だねぇ。天界以外で神徒を造ったんだからそりゃそうなるかー……しかも、二人も造っちゃって。ていうか、あのヴィシスも神徒をこさえるようになったんだねぇ。あーやだやだ」

「言われるまでもないとは思うが、気を抜くなよロキエラ。ヴィシスが戦闘属性傾向の強い神族でないのは既知の通りだが……」

「ボクがヴィシスに負ける? あるわけないじゃない――とか言うと、あはははー、ボクが負けるお膳立てみたいに見えちゃうかな? あのさぁヴィシス……もうそのサムい演技、しなくていいよ」


 ロキエラの背後に立つヴァナルガディア。

 長く美しい銀色のたてがみが、ゆらゆら揺れている。


 静かなのに。

 構えは何も、変わっていないのに。

 凄まじい重圧感。

 ニャンタンは、息苦しさすら覚える。

 逃げようと思っても――逃げられまい。

 まるで。

 あの狼神の重圧感によってこの場に、足を縫い付けられてしまったかのような。


「うぅ、ひどい……二人がかりだなんて。せ、せめて一人ずつ……卑怯ですぅぅ……」

「ヴィシ――」


 ヴァナルガディアが、そう名を呼ぼうとした時だった。

 狼神の背後。



 左手側の壁が、弾け飛んだ。



 壁から出てきたのは、


「……もう一体、神徒がいたか」


 言って、振り返るヴァナルガディア。

 振り返った先には――



 蝋を塗り固めたような姿の、白き巨体の男。



 大小様々なツノめいた突起がいくつか、体表にうかがえる。

 また、肌に黒い罅が入っているように見えた。

 いや――事実、あれは本当に亀裂らしい。

 まるで、塩竃に入る亀裂のような。

 罅、割れている。

 体躯はヴァナルガディアと遜色ない。

 しかし、背はやや狼神より低い。

 その肩幅は目に見えて広い。


 腕は太く――否、


 遠近感が狂っている……わけではない。

 腕部からこぶしにかけてが、身体の中で異常に巨大なのだ。

 そのせいか、いささかずんぐりとした体型にも見える。

 眼窩は、深く落ち窪んでいた。

 たとえば、極寒の洞穴に重なって並ぶつららの奥……。

 そんな闇の奥に灯る、不気味な光のような。

 ぎょろりとした――金眼。


「よぉー……ヴァナルガディアぁ……」

「?」


 何か――馴れ馴れしい口調。

 まるで、昔なじみとでもいうような。

 ヴィシスが涙目で、


「あぁ~助けに来てくれたのですね!? ありがとうございます!」

「ゲラゲラ……言うじゃねぇかよ、ヴィシス。つくづくおめえさんは性悪な女神だ……最初っから、オラァをヴァナルガディアにぶつけるつもりだったくせによぉ」

「し、仕方ありません……うぅ、私は戦闘属性傾向の弱い神族ですから……私はとても、か弱いのです……うぅ」


 ヴァナルガディアが、蝋細工のような巨男と向き合う。

 これにより人型の狼神は、ロキエラと互いの背をかばい合う形となった。


「貴殿も神徒のようだが、その口ぶり……ワタシを知っているようだな。何者だ?」

「おめえさんに倒されたもんだよ。それとも敗者の記憶なんざ、とうの昔に捨て去っちまったかぁ?」

「敗者? いや、その腕……まさか、貴殿は……」


 ヴァナルガディアはしかし、狼狽はしていない。

 淡々と、その名を口にした。


「消滅していなかったのか、ヲールムガンド」

「ようやく思い出してくれてオラァ嬉しい限りだぜ、ヴァナルガディアぁ。まー……おめえさんらに殺されかけたあと、幸か不幸かヴィシスに救われてな。今じゃあオラァもヴィシスの因子を与えられた神徒よ。ま、元々は消滅してた運命……そんな悪かーねぇさ」

「へぇ……消滅してなかったんだ、ヲルム?」

「よーロキエラぁ。相変わらず美しいこって。オラァあんたらのせいで、こんな姿になっちまったがよぉ。ゲラゲラ。まー、慣れりゃあ今の姿もそう悪くねぇさ」


 ぽりぽり、と。

 太い指で額を掻くヲールムガンド。

 手すりの向こうの者たちは、まだ黙って睨み合っている。

 まるで、開始の合図を待っているかのように。


「ねぇヴィシスー」


 呼びかけるロキエラ。


「その神徒でボクたちに奇襲でも仕掛ければよかったのに。こんな自己紹介みたいなことさせて、キミは何をお膳立てしたかったのかなー?」

「だ、だって……余裕で勝てます、ので……」

「ふーん、自信あるんだ?」


 ぐっ、とヴィシスが歯噛みした。

 過剰とも言える身振りでロキエラを指差し、


「ロ、ロキエラ……ッ! 私と勝負、です!」

「いいよ? 正直ボク、キミは絶つべき神族なんじゃないかと思ってたからさ……我らが主神は、甘い。甘々だ。やっぱりキミはすべてにおいて、害悪だよ――ヴィシス」


 パチンッ、と。

 ロキエラが、指を鳴らした。


「始めよう」


 トールオンが、

 アルスが、


 テュルムクが、

 ヨミビトが、


 ヴァナルガディアが、

 ヲールムガンドが――




 ほぼ同時に、動き出した。









     ▽




「………………………………」


 十字兜――アルスの血が。

 白い床を伝い、手すりの下まで流れている。

 アルスの全身からは、血が噴き出ていた。

 その白き鎧はトールオンの白雷はくらいで焼け焦げていた。

 否――アルスの全身鎧に見えていたそれは、どうやら鎧ではないらしい。

 出血の様子を見るに……多分、あれは鎧に見える身体そのもの。

 つまり鎧に見えるあれも”本体”なのだ。

 全身鎧の形をした肉の鎧、とでも言おうか。

 ゆえにあの兜に見える頭部もやはり――本体、そのものなのだろう。


「『オレは……絶対に……負け、ねぇ……諦め……ねぇ、ぞ……』」


 アルスはそう言って、ぐったりとトールオンにもたれかかった。


 ガクンッ!


 膝を落とすアルス。

 もはや立っている気力すらない、とでも言うように。

 しかし――アルスは倒れまいとトールオンに縋りついた。

 最後に力を振り絞るように、トールオンを抱き締めるアルス。

 相手に、


 ”よくがんばった”


 健闘に対する敬意すら感じさせる調子で、トールオンが言った。


「ここまでだ、ヴィシスの神徒よ」

「『オレ、は……負ける、わけには……いかねぇ……ん、だ……』」


 一方。

 ツノ飾りのヨミビトは――背から、壁にめり込んでいた。

 ヨミビトは両手に自ら生成したカタナを手にしている。

 彼は、少し前までそのカタナでテュルムクと打ち合っていた。

 が、競り負けた。

 ヨミビトの今の状態は、ついには完全に押し切られ、壁際近くまで追い込まれた果ての姿であった。


「…………」


 ヨミビトを眺めるテュルムクは油断の欠片もなく、構えを一切崩さない。

 そして、ヴィシスと相対するロキエラの後方……

 少し前に、まず、ヲールムガンドが初撃をヴァナルガディアに当てた。

 ヴァナルガディアは吹き飛び、壁を突き抜けていった。

 今も壁の向こうで、戦いの轟音が鳴り響いている。

 ロキエラとヴィシスは――



 互いに睨み合ったまま、まだ動いていない。



「ボクたちに勝てると思ったのかい、ヴィシス?」

「絶望、とは」

「?」

「勝てると思った、その時……」


 ザシュッ!


 音がした方を、ニャンタンは反射的に見た。



 トールオンの全身を白い何本もの刃が、貫いていた。



 尖った刃は、アルスの身体から放出されたものに見えた。

 しがみつき密着していた身体から放たれた刃。

 トールオンの身体を内部からズタズタにしているのか――

 嫌な音が、室内に充溢していく。


「がっ……な、が……」

「『オレは……勝つ! 諦めねぇ……絶対に、諦めてやるもんか! みんなを――みんなを守るんだぁぁああああ――――ッ!』」

「が、ふ……ッ!?」


 まるで、内部を無数の凶悪な生物にでも食い破られているかのように。


 立ったまま、トールオン。


(あれ、は……?)


 ニャンタンは、奇妙なものを見た。

 逆流するみたいに、戻っていく……。

 アルスの流した血液が。

 傷口に、流れ込んでいく。

 火傷のような跡も薄くなっていき、消えていく。

 そして、アルスの傷口が閉じた。

 完全に。

 片や――ドロリ、と。

 トールオンが、溶解する。


「『はぁ……はぁ……言ったはず、だぜ……オレは、みんなを守る……だから、こんなところで負けるわけには……いかねぇ、ってな……』」


 アルスは無傷で勝利した……ようだ。

 刹那――――


 ガィィインッ!


 極めて硬質な二つの金属がぶつかったような音がした。

 ニャンタンは、今度はその方角へ反射的に視線を飛ばす。


 巨大な二本の白い円柱が、宙に浮かんでいた。


 そして、円柱から距離を取るようにして後ろへ跳躍するテュルムクの姿。

 今まさに危機一髪で何かを回避したような状態にも見える。


 ヨミビトは、まだ壁にめり込んだまま。

 そのヨミビトが掲げた右手に、カタナは握られていない。

 何も手にしていない右手の親指と人差し指を――


 ヨミビトが、ぐいっ、と動かした。


 離れた両指を、近づけるようにして。

 すると。

 後方へ跳躍したテュルムクを待ち構えるかのように――


 なんの前触れもなく、テュルムクの左右に白い円柱が出現している。


 いつ出現したのか、ニャンタンにはわからなかった。

 気づけばそこに”あった”ようにも見えた。

 その二本の円柱が引かれ合うように、凄まじい速度で互いの距離を詰め――



 ドチャッ!



 左右から迫る円柱に挟まれたテュルムクが――圧し、潰された。


 ティルムクは逃げなかった。

 左手の大剣を横向きにし”つかえ”とし、挟まれるのを防ごうとした。

 自ら生成したその剣の硬度に相当の自信があったのだろう。

 が――剣先と柄底に、円柱の丸面が接触した直後……


 大剣は無残に砕け散り、ティルムクはそのまま、左右から圧し潰された。


 一瞬だけ退避しかけた気配もあった。

 だがそれは、時すでに遅しだった。


「…………」


 円柱は、気づくと消えていた。

 ヴィシスが視線を伏せ、両手を左右に広げる。


「絶望とは……勝利の確信を叩き潰された時にこそ、最高の形で立ち現れるもの……」


 ヨミビトがめり込んだ壁から抜け、ヴィシスの方を向く。

 にこやかに手を振るヴィシス。


「お疲れさまですー、ヨミビトさ~ん。ありがとう~ありがとうございます~」


 ティルムクとの斬り合いで破損したように見えたヨミビトの鎧。

 アルスと同じく。

 今は、あったはずのその傷がなくなっていた。

 ロキエラは感情の読み取りにくい無感動にも近い表情で、


「……ヴィシス」

「はぁー……よかったですぅ。ホッとしました……、――あら?」


 ロキエラの背後。

 盛大に空いた壁の穴から踏み込んできた足が、姿を現した。

 ちぎれた右足と――ヴァナルガディアの頭部。


 穴から姿を見せた足は、それを両手に持つヲールムガンドのものだった。


 後頭部の毛を掴まれた頭部は目がくりぬかれている。

 しかしヴァナルガディアはまだ生きている――ように、見えた。


「ロキ……エ、ラ……こや、つ……ら、は……」


 ヴァナルガディアの頭部が、しゃべった。

 ロキエラが後ろを振り返き、


「ヴァナル」


 ニャンタンの位置的に、ロキエラのその表情はわからない。

 ヲールムンガンドがヴァナルガディアの頭部を、床に落とす。

 次の瞬間――


 グシャッ!


 落とした頭部を、ヲールムガンドが踏み潰した。


「ゲラゲラ。こうやって頭部を潰しても神族は死なねぇってんだからなぁ。存在力そのものを削らないと死にやしない。何度も何度も何度も殺して――死ぬまで、殺す。わずかでも存在力が残ってりゃあ……時間はかかるが、まれに肉片からでもジリジリ再生してくこともある。ま、そのまま消滅するやつが大半だがな。そうだよ。オラァもその幸運で、生き残っちまった。だから――そうならねぇようきっちり削り切るんだろ、ヴィシス?」

「ええ、そうしましょう♪」


 ロキエラは再び、ヴィシスに向き直った。


「…………」

「ふふふ……私がを予想しなかったと思うんですかー? 干渉値がぐぐっと上がれば当然、神族を寄越しますよね? そこで! 私の切り札とも言える対神族強化体である”ヴィシスの仔ら”なんですね! お察しの通り、この三人はただの私の因子を持つ神徒ではありません! ちなみにー」


 ヴィシスはてのひらを上にし、部屋の扉の方を示す。


「外に並んでいるあの大半が、対神族強化聖体なのです」

「対神族強化? そんなもの、聞いたことも――」

「そりゃそうですよー。だって、私が開発したものですから」

「…………ヴィシス、キミさぁ? ちゃんと異界人は帰していたんだろうね? いや――帰還させて、なかったな?」

「うーん、そうかもしれませんねぇ。でも、あのクリスタル任せで何百年も自分の目で見に来てないのが悪いとは思いませんか? 自業自得ですね♪」

「これだけのことを進めるなら、試行錯誤も含めて膨大な根源素が必要になるはず……となれば帰還に使わず――キミは、すべて溜め込んでいた。あの数の対神族強化体を生み出すために」

「帰還させないでこちらの世界に残すと干渉値は上がりますけど、勇者を始末すると干渉値に影響を及ぼさないのは発見でしたねー。まあ私が直接手を下せない上、やり方は選ばないといけないので、それを見つけ出すまでが大変でしたけど。ふー疲れました」

「なら、ゲートを開くために必要な根源素もキミの手中ってことか。キミ……まさか、天界を滅ぼしでもするつもりか?」

「え? だったらなんなのでしょう? だったらなんですか? 言ってください。ほら、言ってくれませんかー? 大丈夫ですか? 大丈夫、なんですかぁ?」

「…………」

「あ、土下座してくださいね」

「……はぁ?」

「いえ、ですから……土下座ですって。両手と膝を床につけて、誠心誠意、申し訳ないと思いながら頭を床にこすりつけ、小者の分際でヴィシス様に楯突いてすみませんでしたと、謝罪をするのです。ド、ゲ、ザ――わかります? 理解力が大丈夫だと言ってくださーい」


 ゲラゲラ、と笑うヲールムガンド。


「つくづく性格悪ぃ女神だよなぁヴィシスは。おう……やめとけロキエラ。オラァたち対神族強化を施された三人の神徒とヴィシスを敵に回して、勝てるわけがねぇ。強化がなけりゃあロキエラの方が強ぇかもしれねぇが……今は、分が悪ぃだろ。ま、ヴィシスはどのみち――」

「あ、ヲルムさんちょっと黙っててもらえます? 交渉中なので」


 へいへいすみませんね、と口を閉じるヲールムガンド。


「さ、土下座をどうぞ~♪」

「…………」

「あら? 嫌なのですか? さあほら、土下座ですってば」

「…………」

「土、下、座」

「…………」

「ロキエラ~土下座~♪」

「ヴィシス」







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― 新着の感想 ―
ゴキブリババアはミンチにしてフリーズで粉砕
ヴィシス様の性根の悪さは神族一ですわ。 腹にズシッとくるので腹筋に丁度良いですね。
[気になる点] >「『ここは任せろ!』」「『オレは必ず、おまえを助ける!』」 アルスとヨミビトの感情が乗っているのに――乗っていない声、無機質、収まりの悪い矛盾を感じる声って、声優が演じる時にはどうや…
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