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蠅王の代理



 ◇【高雄聖】◇



 三森灯河の出立後。

 ミラ本軍はモンロイからやや東まで移動した。

 今は移動を停止し、短い休息を取っている。

 高雄聖はまず灯河の代理として動いた。

 といっても、さして大きな動きはしていない。

 主に狂美帝から報告や相談を受け、意見を言うくらいである。

 その狂美帝が蠅騎士装の聖に、


「あの者は、ヴィシスの動きを探れるほどの情報は持っていなかったようだな」

「ええ、そのようです」


 ミラ軍は、モンロイでアライオン側の間者を何人か捕らえていた。

 聖はその尋問の場に立ち会った。

 間者は適当な情報を口にしていたが、


「セラスが不在でも、そちに嘘を看破する能力があってよかった」


 聖も嘘を見抜ける。

 ゆえに間者の攪乱用の情報は意味をなさなかった。

 どころか、嘘とわかるからこそ逆にいくつか答え合わせができた。

 モンロイから軍魔鳩でヴィシスへ情報を送ったようである。


「蠅王ノ戦団がモンロイ入りした情報は届けられているようです。こちらの想定通りの情報を運んでくれた、と見ていいでしょう。他の隠すべき情報は漏れていないと思われます」


 隠す情報は隠し。

 明かす情報は明かす。


「今のところ蠅王の――彼の目論み通りと、見てよいかと」


 狂美帝が無言で微笑した。


「何か?」

「いや、そちは蠅王の代理として申し分ないと思ってな。トーカがそちに後を任せたのも、よくわかる」


 聖は澄まし顔のまま、


「お褒めいただき、光栄にございます」

「……あの者はどうだ?」


 狂美帝がそう言って視線をやったのは、十河綾香のいる馬車。

 今、綾香は眠っている。

 寝付く時間は不規則。

 眠っている時間もまだまだ平均と比べて長い。

 ただ、確実に快方へは向かっている。

 少なくとも聖には、そう見えている。


「竜殺しさんとの再会がよい方向へ働いたようです。ひとまず戦いには復帰できるかと――個人的には、あまり彼女に出番を与えたくはないですが」

「心配か」

「完全に安定している状態、とは言えませんので」


 綾香はやはり残してきたクラスメイトが心配で仕方ないのだ。

 口には出さなくなったが、見ていてわかる。

 また、日中は落ち着いているが、夜になるとまだ精神が不安定な時がある。

 そういった時はできるだけ聖が同衾どうきんし、寝かしつけるようにしていた。


「特に夜は、まだ私が付いていた方がよさそうです。さすがに、竜殺しさんを同衾させるわけにもいきませんし」

「仮にアヤカが受け入れようとも、竜殺しが断るだろうがな」


 ふっ、と薄く微笑む聖。


「そうでしょうね」


 あれは”できた”大人だ。

 そういう意味では、安心して今の綾香を預けられる。

 ただ、予想より回復しているとのことだが……。

 今のベインウルフは、やはり戦力としては微妙と言える。

 もし決戦へ本格的に参加すれば、命を落とす危険もあるだろう。

 それから、と狂美帝。


「アサギたちだが、輝煌戦団の中から選りすぐった者たちをつけることにした」


 ちなみに先日、浅葱グループの面々は綾香と顔を合わせた。

 最初はまず小鳩とだけ会わせた。

 当初は後ろめたさのためか綾香も不安そうだった。

 小鳩はそんな綾香をひたすら気遣っていた。

 どころか、謝っていた。

 わたしが重荷を分かち合ってあげられなくてごめんね、と。


 さらに翌日。

 綾香は、他の浅葱グループの勇者たちとも顔を合わせた。

 もちろん浅葱とも。

 聖は隠れて様子をうかがっていたが、変なことにはならなかった。

 浅葱グループも明るい雰囲気で綾香を受け入れていた。

 灯河の時と同じく、事前に浅葱が色々言っておいたのだろう。


 ”あの時の十河綾香は女神のせいでおかしくなっていただけ”


 そんなような情報を与えたに違いない。

 浅葱の話術でそれを補強すれば浅葱グループの女子たちも、


 ”じゃあ仕方ない”

 ”委員長が悪いわけじゃない”


 となるのだろう。

 実に、あっさりと。


「…………」


 ”会わせても大丈夫だろう”


 そう判断しての浅葱たちとの顔合わせではあったが。

 結果として、綾香も若干わだかまりが解けた様子だった。

 聖は胸を撫で下ろした。

 絶対に大丈夫である、とまでは言い切れなかったからだ。


「浅葱グループ――浅葱隊ですが……彼女たちは以後、基本としてあなたの管理下で蠅王ノ戦団や私たち姉妹とは別に動く……これで、よろしいのですね?」


 つまり、別働隊に近い扱い。


「アサギらをこちらへ誘い入れたのは余だ。蠅王ノ戦団と手を結ぶ前は、そもそも余の選んだミラの精鋭とアサギらでヴィシスに仕掛けるつもりだったのだからな。別働隊も何も、当初の予定通りの動きということだ」


 “そこに遊撃隊として蠅王ノ戦団が加わり、自由に動く”


 元々、蠅王ともそういう話になっていた。

 狂美帝はさらにそう言い足した。


「かしこまりました。では、彼女たちのことはお願いいたします。ですが、何かあれば遠慮せず私にご相談を」

「うむ、頼りにしている」

「彼もです」

「?」

「そのご手腕も含め、トーカ・ミモリも陛下を頼りにしているようです。私の見立てでは、ですが」


 実際、狂美帝は見事に軍をまとめ上げている。

 数拍あって、


「そう、見えるか?」

「はい」

「ふむ――、……そうか。ならばあの者の期待には……応えねば、ならぬな」

「…………」


 なるほど、と思った。

 これがどうやら灯河の言っていた狂美帝の”年相応”らしい。


 聖は、空を眺めた。

 灯河は使い魔を持って行ったのだが、


 ”別の使い魔が報告に来るかもしれない”


 そう言い残していった。

 しかし使い魔らしき動物はまだ接触してきていない。

 エリカ・アナオロバエルの使い魔と連絡が途絶えている。

 こうなると、王都のヴィシスの動向はミラの間者頼りとなるが――


「陛下、ヴィシスのいる王都エノーの状況について何か――」

「悪いが、少し待ってもらってよいか」


 聖は察し、言葉を引っ込めた。

 少し離れて聖たちの周囲を守っていた近衛騎士。

 その壁を顔パスのごとく抜けて早足で近づいてくる女の姿。

 女傑、ヨヨ・オルドである。

 狂美帝はただならぬ空気を察した顔をし、


「そちが来たということは……エノーからの?」

「おっしゃる通りです。アライオンの王都に潜入していた我が方の間者より――軍魔鳩が」


 こちらも使い魔と同じく、しばらく連絡がなかったという。

 何かあったのではないか。

 そう危惧されていたミラの間者。

 狂美帝は安堵まじりの小さな息をつき、


「無事だったか。して、どのような報告だった?」


 蠅騎士装の聖を見るヨヨ。

 他にこの近くにあるのは綾香やムニンらのいる馬車くらい。

 ムニンのいる馬車には妹の樹がいる。

 綾香は寝ている。

 そのためベインウルフは食事へ行っていて、今はここを離れている。

 この場で報告してよいか判断を仰がれ、頷く狂美帝。


「気にせずともよい」

「かしこまりました。報告いたします」


 ヨヨは一礼ののち、声量をやや落とした。


「蠅王殿のお仲間の操る使い魔が、ニャンタン・キキーパットと接触――」

「!」


 狂美帝が反応し、聖に鋭い一瞥をくれた。


「現在、ニャンタン・キキーパットはアライオンの王都エノーを離れ、我がミラの間者が用意していた馬……及び、三台の馬車にて移動中――」


 脱出したのか――アライオンの王都から。


「…………」


 問題は――


「王城に居残っていた勇者たち……及び、タモツ・ザクロギ――さらに……ヴィシスが人質として利用していたニャンタン・キキーパットの妹たちが、その馬車に同乗しているようです」


 聖はいささかの感情を表に出し、



「やってくれたのね、ニャンタン」



 そうか、と聖は理解した。

 使い魔の性質。

 ある方法を使うと、その負荷によって意識を失う場合がある。

 負荷の程度によっては数日その状態になると聞いた。

 つまり――連絡が途絶えていたのは。

 エリカが使い魔を通しニャンタンに、


 


 と、そこで――ヨヨが奇妙な顔つきをした。

 まるで。

 自分が今から口にすることが何か、非現実的なものとでもいうような――


「どうした?」


 促すようにそう尋ねた狂美帝に、


「いえ……この先の報告は個人的にも……いささか、戸惑うものでして。実は――――」



     ▽



 ヨヨがその情報を伝え終えると、


「なんだと……?」


 狂美帝がピクリと片眉を上げる。

 この反応も頷ける、と聖は思った。




 そう――ヨヨが口にしたのは確かに、想定の埒外にあった情報と言えるものであったのである。









 ◇【ニャンタン・キキーパット】◇



 時は遡る――――



     △



 アライオン王城――王の間。


 玉座に腰をおろすヴィシスは、上機嫌な様子だった。




「たまには玉座も、悪くないですねぇ♪」





 

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― 新着の感想 ―
[良い点] あいつ王様だったか…? killしたのか!?
[一言] 早く女神のザマァが見たいなあ。
[一言] いつも続きは気になるが。 久しぶりに続きが「超」気になる。w
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