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甘ぇよ


 まだ包帯の残る姿をした赤髪の男。

 緩慢な足取りで十河が歩き出す。

 その足取りが次第に、力を取り戻していく。


 ベインウルフ。


 通称”竜殺し”と称されるウルザの戦士。

 そして、ヴィシスが集めた勇者たちの師の一人でもある。

 魔防の白城における戦いでは竜人化し、十河たちを助けたという。


 ”十河綾香が厚い恩義を覚える人物”


 その情報は知っていた。

 狂美帝に言って、俺は以前からベインウルフとの接触を提案していた。

 高雄聖と同じ役割として。

 そう――いずれ必要となりそうな、十河綾香対策の予備として。


 狂美帝も狂美帝で、味方に引き込む案は前から描いていたようだ。

 ベインウルフは先の大侵攻で重傷を負ったのち、モンロイへ戻った。

 が、彼は静かな場所で療養したいと言ってすぐ王都の西の方へ移動していた。

 王都を出る前に一度、ヴィシスからお呼びがかかったという。

 しかしアライオン行きはもう少し回復したら、とやんわり断った。

 以後、お呼びはかかっていないそうだ。

 彼は、ヴィシスに弱みを握られていた。

 弱みは病に伏せる彼の父親の薬。

 この薬はとても稀少なものらしい。

 ただしまったく出回っていないレベルではない。

 狂美帝が確保を配下に命じ、その薬の数を揃えた。

 さて。

 ベインウルフは王都を離れてどこにいたのか?

 そう、彼はひっそりと王都を離れ、父親のところで療養していたのである。


「き、傷の方は大丈夫なんですか……っ?」


 手前で立ち止まって見上げる十河に、ベインウルフは笑みで答えた。


「竜人化が厳しいどころか、大剣を振るうのも難しい状態だが……ま、こうして歩けるくらいには回復してる」


 十河は膨れた安心感で喉が詰まったように、


「よか、った……」

「おれも正直、この期間でここまで回復するのは予想外だったよ。竜の血の力なのか、なんなのか……おれはほら、ウルザ最強の竜殺し様だからな。あんなボロクソにやられた経験なんてなかったから……ま、竜の血による治癒力を実感する機会なんざ、なかったわけでさ」


 ベインウルフは場の空気を弛緩させるように、力の抜けた調子でそう言った。

 んで、とベインウルフ。


「今じゃその竜殺し様よりも強くなったんじゃねぇのか、ソゴウちゃんは?」

「あ――そ、の……私……」


 一転して面を伏せ、気まずげに視線をそらす十河。


「た……大魔帝を倒せも、しなくて……どころか私、ベインさんみたいに……みんなを守れたわけでも……勝手に暴走して、迷惑……ばっかり――、……?」


 ベインウルフが、十河の頭にそっと手を置いた。



「必死だったんだろ――他の勇者たちを、守りたくて」



「――――」

「ただなぁ……やっぱ、背負い込みすぎだったんじゃねぇのかい? ほら、魔防の白城に向かってる途中で言っただろ? もっと誰かに頼ることを覚えた方がいい――自分で抱え込まずに、って」

「……はい」

「他にも言ったかな……結果はどうあれ、何かを一生懸命やったならそれは褒められていいと思う……とかも」

「それ、は……色んな人にただ、迷惑をかけただけで……どころか私、に、人間相手に武器を向けて――」

「悪いのは、その一生懸命さを利用した女神だ」

「で、でも! 女神を信じてしまったのは私自身の弱さが、原因でっ……」

「騙された方が悪いって考えにも、確かに一理あるのかもしれない。けど……騙す方が悪いってのは、大前提としてあるべきだぜ」


 ベインウルフは口端にドト棒を咥え、


「でないと、ほら……単純に荒んじまうだろ、気持ちが」


 十河は涙声で、


「……前向き、すぎますよ……ベイン、さんは」


 声に。

 芯が、戻ってきている。


「こうも言ったかな? 前向きなのはいいことだ、って」

「……そうでした、ね……ぐすっ……ふふ……」

「ま、あの女神さまはおれも苦手だったからなぁ。でけぇ目の上のたんこぶがなくなるなら、おれとしても嬉しい話さ」


 ベインウルフは目もとを和らげ、


「ソゴウちゃんの班の子たちのことも聞いた。もし、あのニャンタン・キキーパットが動いてくれるなら……上手いこと脱出できるかもしれねぇ」

「……私」


 ベインウルフが置いていた手を離し、アライオンの方角を向く。


「時には信じて待つのも大事だと思うぜ? 一人でなんでも解決できるわけじゃない。それにほら、ソゴウちゃんの腹心のスオウちゃんだっているだろ? きっと、大丈夫さ。少なくとも……おれはニャンタンとあの子たちを信じたい。信じて、やりたい」


 ハッとなる十河。


「あの子たちが心配だ――それも、理解できる。けど、信じてやれるのが大事な局面も……あるんじゃねぇのか?」


 ややあって、


「……ベインさんの言う通り、かもしれません」


 俯きがちではあったが。

 十河は、ベインウルフの言葉に同意の意思を示した。


「ソゴウちゃんが動くべき時は必ず来る――聞けば、もう万全のおれでも歯も立たないくらい強くなったって話なんだろ?」


 自分のあごひげを撫でるベインウルフ。


「ま……弟子が師を越えるってのも、いいもんだ」


 なんとなく、だが。

 ベインウルフのその仕草や雰囲気は。

 子を想う、父のようにも映った。

 ……ま、俺にとっては父親ってより叔父さんがそれにあたるが。


「つーか、ソゴウちゃん」

「はい?」

「魔防の白城の戦いが終わったら、お酌してくれる約束だったよな?」


 不意をつかれた顔をする十河。

 次いで、十河はちょっと意地悪な目をした。




「……………………竜人化すると、記憶が失われるんじゃありませんでしたっけ?」




 ――笑った。

 俺の隣で様子を眺めていた聖が、そう呟いた。


「んー、ほらあれだ……自分に都合のいい約束は覚えてるんだよ……」

「――ベインさんったらっ、もう……っ!」

「ま、お酌の方はこの戦いが終わったら改めてな。おれもこの戦い、可能な範囲で協力はする。そこの、どえらい美しさの皇帝様の誘いに乗っちまったんでな」


 十河とベインウルフの視線が、狂美帝を捉える。


「余としては、竜人に変身する力は是非とも欲しかった。それができずとも、ウルザ兵たちには重圧をかけられる。あの竜殺しが味方にいるとなれば、こちらの全体の士気にもよい影響を与えるだろう」


 ベインウルフが十河に視線を戻し、肩を竦める。


「って、ことらしい」


 そんな会話を続ける十河たちに視線を置いたまま、聖が俺に尋ねてきた。


「あれ、あなたの計らい?」

「一応、竜殺しと十河の関係は知ってたからな」

「今聞いた感じだと、二人のあの再会は狂美帝の思惑の副産物――となっているようだけれど」


 気づいてるって言い方だ。

 相変わらず鋭いな、この姉は。


「……俺が指示してこの場を整えたと知れば、十河はまた俺の手の内で踊らされてると感じるかもしれない――信用できない三森灯河の、な。リスクをできるだけ排除するなら、狂美帝が自発的にやったって流れの方がいいんだよ」

「……損な性分ね」

「逆だ。得させてもらってる側だ、俺は」


 仕組まれていた、ってのは。

 場合によっては味方でも、面白いもんじゃない。

 そう……真実だけがすべてじゃない。

 手品は――魔法は、必要だ。


「セラスの時もそうだったが――やっぱ、こっちの方が届くんだよな……」

「…………」



「善人には、善人の言葉の方が」



 と――聖が、珍しくなんだか微妙な目つきをしていた。

 なんだ?


「それ、私にもけっこう刺さるのだけれど」


 俺は、皮肉っぽく鼻で笑った。

 そして聖に背を向ける形で、その場を離れる。


「甘ぇよ」

「?」



「俺から見ればおまえなんて、まだまだ――――善人の側だ」





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― 新着の感想 ―
[気になる点] ニャンタンがスマホで録音した、女神の本性が出た音声はどう使うのかな? テレビやラジオがあれば一気に大衆に拡散できるけど、この世界で大衆に情報を拡散させる方法は・・・?
[一言] 十河ってまるで青○○男みたい、 敵に回すと恐ろしいが、味方につけると頼りない
[一言] クッ……締めがかっこよすぎました
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