表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

341/438

強き、守られる者


 野営地を発って五日が経過した。


 蠅王装の俺は、第二形態のスレイの上で周りを見渡す。

 緩い坂の上から望む景色。

 大街道を進むミラ兵。

 壮観と言えば、そうなのだろう。


 ここは行軍の列――その先頭寄りにあたる位置だ。

 狂美帝は俺の視界の届く位置にいる。

 白馬に乗っていて、その周りを騎乗した近衛騎士に囲まれている。

 まさに白馬の王子様って感じだよなあれは……。

 実際は王子でなく皇帝だが。


 昨日までは、俺はミラから借りた馬に乗っていた。

 スレイは疲労とかMP消費を考えて休ませていた。

 が、今日は俺を乗せて移動したいとスレイが望んだ。

 気分転換でもしたいのだろう。

 ま……俺も乗り心地はやっぱりスレイが一番だしな。


「無事、最果ての国の方々は要請に応えてくださったようですね」


 俺の横で、これまた白馬に乗ったセラスが言った。


「あいつらも大分やる気になってくれてるみたいだな」


 先日、最果ての国へ赴いた使者から軍魔鳩が届いた。

 最果ての国は問題なく要請を受け入れてくれたようだ。


 早速、最果ての国は三兵団と魔物部隊を出立させたそうだ。

 ゼクト王は残った国内の者たちのまとめ役として居残った。

 残った一兵団はココロニコ・ドラン率いる竜煌兵団。

 一応、備えの戦力も残しておきたかった。

 なので少し戦力を残すよう指示を出しておいたのだ。

 竜煌兵団は先のアライオン十三騎兵隊との戦いで最も被害が大きかった。

 残す判断は妥当とも言える。

 ……のだが。

 七煌のうち五人も出してきたのか。

 兵団も半分以上出している。

 かなり協力的だ。

 土地譲渡の話も、意外と効いたのか。

 確かに外の世界に土地を持てるのは最果ての国としてはでかい。

 といっても、最初は仮貸与という形にしておいた。


『選帝三家の協力は取り付けてあるし、今回の援軍の件については多少の脚色も加え、大々的に喧伝する』


 狂美帝はそう言っていた。

 ゆえに国内向けの説得も含め話は進めやすいだろう、とも。

 この件は元々、俺が狂美帝に持ちかけた案だった。

 土地を持てれば、自前で作物を育てたりできる。

 外の世界との交流もしやすくなるはず。

 ……あいつらには、世話になったしな。


 それから、予備戦団の話は伝えていない。

 現状、最果ての国側の心情が不明なためだ。

 過去に悪い因縁のある部族とかがいるかもしれない。

 同盟を切り出す会談の場で狂美帝は予備戦団の話題を出さなかった。

 出さなかったのは、そういった懸念もあったようだ。


「ムニンは馬車か?」


 セラスが振り返る。


「はい、イツキ殿とご一緒に」


 樹は最近、ムニンのいる馬車を訪ねる頻度が高い。


「あの二人、仲よくやってるみたいだな」

「イツキ殿は気さくで、話しやすいお方でございますしね」

「時々歯に衣着せない物言いなのが、まあ玉に瑕だが」


 苦笑するセラス。


「イツキ殿の場合、悪気がございませんから。悪い印象は抱きません」


 まずい発言だったかもと思えば素直に謝罪もする。

 やはり前の世界にいた時とは印象が変わった。

 ……いや。

 周りから見たら俺こそ、か。

 ちなみに浅葱グループはもう少し後ろにいる。

 狂美帝に言って、行軍の列ではやや離したところに置いてもらっている。


「昨日、ムニンがおまえと一緒に浅葱に絡まれてたな。セラスから見て、浅葱の印象はどうだ?」


 一応、俺も輪の端に入ってやりとりは聞いていた。

 微苦笑を浮かべるセラス。

 樹の時より、苦手意識を持ってる笑みだ。


「しっかりお話ししたのは初めてでしたが、なかなか個性的なお方だと思いますよ?」

「柔らかく言い換えるのが得意だな、セラスは」

「悪い印象があるというわけではないのですが……」


 その表情に緊張感が差し込まれる。


「出立前……あの幕舎の中でのやりとりを見ていた時、彼女がコバト殿に攻撃的な言葉を口にしたのを覚えておりますか?」

「ああ」

「それから、コバト殿の足を蹴った直後に謝っていたのも」

「謝罪の時……おまえの合図は真実を示してたが」

「アサギ殿は心から謝罪しながら……しかし直前には、あのような攻撃的な……」


 セラスは俯きがちになって、


「恥ずかしながら、私は混乱してしまいました……」

「セラスが苦手なタイプ、ってのも分かる気はする」

「ですが、私に好意的であるのも事実のようなのです。それは嬉しくあるのですが――どうしてもまだ、彼女という人間が理解できず……、――」

「?」


 その時、セラスの耳がピンッと立った。

 何かに気づいたみたいに。

 

「あ、そのですね――大丈夫でございますので、トーカ殿っ」


 背筋をのばし、セラスは毅然とした顔つきで胸をぐぐっと張る。


「相手を理解しようとするのは私のよいところですが、同時に悪いところでもある――ご安心ください。肝に、銘じておりますのでっ」


 フン、と俺は口端を緩める。


「ちゃんと学んでるようで何より」

「はい。私には荷が勝ちすぎると判断した荷は、降ろしていこうと思っております」

「荷が重いと思ったらいつでも俺を頼ればいいさ。俺だからこそ担いでやれるものも、きっとたくさんある」

「……はい」

「自分一人で、背負い込む必要はない」


 すべてを背負い込むべきは復讐者だけでいい。


「無理に背負い込んでしまえば……、――」


 言葉を途中で切り、俺は振り返って後方の馬車を見た。

 それは、ムニンと樹がいるのとはまた別の馬車である。

 セラスもつられるように振り向き、


「アヤカ殿は、大丈夫でしょうか」

「……どうかな」


 十河綾香はまだ目覚めていない。

 ちなみに長く眠るとちょっとした現実的問題も出てくる。

 しかしそこは、狂美帝がそういう時用の変わった魔導具を用意してくれた。


『年老いた歴代皇帝が昏睡状態になった際にも使われるものだ。念のため、皇帝が長らく帝都を離れる際は持ってきているのでな。こういう形で役に立つとは思わなかったが』


 言ってしまえば、意識のない人間を生きながらえさせる魔導具。

 主に栄養面の補助とかに使うもののようだ。

 俺たちのいた世界で言う延命治療の装置みたいなものだろうか。


 高雄姉妹は野営する時、十河と同じ馬車で寝起きしている。

 聖は日中もその馬車の中にいることが多い。

 あれやこれやの十河の世話は、主に聖がやってくれていた。

 姉妹は、


『アタシら寝たきり老人の介護を母さんの方のばあちゃんでやってるしな。任せろっての』

『おばあさまの場合は少し、特殊だったけれどね』


 そういや前も恋愛話っぽいやりとりで、親戚がどうこう言ってたが。

 親戚との繋がりがけっこう強い家なんだろうか。


「味方にできるなら、戦力としては願ってもない補強になるんだがな」

「あの時のアヤカ殿の一撃……防ぐのが、やっとでした」

「おまえは桐原と戦って疲れてたからな」

「いえ……おそらくアヤカ殿も、心身共に疲弊し切っていました」


 あれを防げただけで、俺からするとセラスも大概なんだが。


「十河はセラスから見て、どうだ?」

「戦才については、人並み外れたものがあるかと」

「たとえば……仮に一対一で戦って、勝てるか?」


 馬上で考え込むセラス。


「そう、ですね……負けないための戦い、でしたら――あるいは。ですが勝つための戦いとなると……ご期待にそえられず申し訳ないのですが、自信があるかと問われると……いいえ、と答えます」

「守りに徹すれば時間稼ぎはできるが、ねじ伏せるとなると難しい……か」

「はい。ただそれも、私なりの見立てでしかありません。実際にやりあってみた時、どうなるかまでは……」

「…………」


 あの一瞬の攻防からそこまで分析できてる時点で、普通にすごいんだよな。

 俺たちはもう一度、十河の眠る馬車を見た。


「ですが、まずは……ご無事に目覚められるのを祈りましょう」

「……だな」


 クラスメイトという枷さえなくなれば。

 純粋な戦闘力として、十河綾香は味方の中で最上位の戦力となる。

 ただ……。

 今目覚めるのは――どうだろうか。

 アライオンに残してあるクラスメイトたちのことがある。


 ”自分一人でもクラスメイトたちを迎えに行く”


 そんな風に言い出しかねない。

 こうなると、またひと騒ぎ起こるかもしれず――


 ”ニャンタンがクラスメイトたちを連れ出してくれる”


 こうなってくれるのがやはり、何よりなんだが。


「私は……二人で話をしてみたいと、思っております」

「十河と?」

「はい。とても真面目で、真っ直ぐな方なのだと思うのです。その……」


 セラスはどこか申し訳なさそうに、苦笑した。


「私も生真面目さゆえ――苦しむことが、ありましたので」

「……ま、二人とも本質は似てるのかもな」


 ヴィシスは以前セラスを手中に収めようとしていたらしい。

 もしセラスがヴィシスの”道具”となっていたなら。

 十河のように……壊れてしまっていたのかも、しれない。


「私はきっと守ってもらっていただけなのだと思います……運が、よかったのです。今は、あなたに……そして……」


 セラスは顎を軽く上げ、遠くへ思いを馳せる顔をした。

 顔を向けているその方角は多分、


「かつては姫さま――カトレア様に」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ヴィシスが力取り戻したなら最果ての地に単身乗り込んで潰せそうだなと思ったが、どうなるかな。
[良い点] ありがとうございます。 次回も楽しみにしております。 よろしくお願い申し上げます。
[一言] 話が全然動いてないな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ