この先の方針
「あいつは追放帝を殺してる。もしヴィシス側だとすれば、狂美帝を殺せる機会を自ら潰すとは考えにくい」
「確かに。なら、現時点で敵側である可能性は低いと考えてよさそうね」
俺も浅葱が消えた方向に視線を向けたまま、
「あいつはヴィシスを信用できないと言ってた。そして、ミッション達成が目的であるのも”真実”として提示してきた」
「――その上でどうかしら? あなたは、裏切りはあると考える?」
「土壇場で気が変わる、ってのはありうるかもな」
そうね、と聖。
「気まぐれだけは、想定の難しい理外の不確定要素だものね」
「ただ……」
「?」
「裏切りは案外……ない気も、しなくはない」
「……少し、意外な回答ね」
「ん? ああ……実を言うと俺も、言語化は上手くできてないんだが……」
「聞かせてもらっていい? 参考までに」
「あいつはミッション設定前に――ヴィシスの陣営につく、ってゲームもできた気がするんだ」
聖の沈黙が先を促す。
「だが、あいつはああいうミッションを設定して反ヴィシスに回った……つまり、帰還する側を選んでる……」
「けれど彼女は、元の世界への帰還についてはどっちでもいいと言った。これは真実だったわけよね?」
「……そう、なんだよな」
そこで気になるのが……あの、鹿島の足を蹴った時の反応。
あれは――無意識が起こしたものだったんじゃないか、という気もする。
「たとえば……浅葱も自覚していない無意識が、ミッションの設定に働いているとしたら……?」
「本人に自覚のない無意識に対しては真偽判定は機能しない……なぜなら”嘘をついている”という自覚が本人にないため――という解釈?」
「ああ」
もしかしたら。
セカンドクリア目標ってのをわざわざ、設定してるのも……。
「…………」
俺はそこで首を振る。
「……いや、これはまだ妄想の域を出てない話だ。根拠の弱い憶測に頼ると、足もとを掬われかねない。浅葱についてはとりあえず戦力として換算しつつ、警戒はこれまで通り続けていく方針でいこう」
「味方としてしっかり機能するなら手札としては強力なジョーカーにもなりそうなだけに、難しいところね」
ただ、と聖は続ける。
「去り際に彼女が口にした言葉に限っては、本心だったと思うわ。あなたの残した結果を彼女は評価している。今のところやっぱり、三森君は勝ち馬なんじゃないかしら」
あるいは。
戦場浅葱なりの試験、だったのか。
桐原拓斗と十河綾香。
この二人をどう捌くかを試した。
いや――これはさすがに考えすぎか。
多分、これ以上は出口のない思考の迷路に入る。
「勝ち馬認定を続けてもらうためには、こちらが優勢な状況を作り続けるしかない……か」
「私も、力添えはさせてもらうつもりよ」
すると、樹が寄ってきた。
「姉貴」
浅葱が出て行った方角をシリアス顔で睨み据える樹。
「戦場が言ってたこと、言語はわかるのに……かなりわかんなかったぞ」
「私も何割かは文脈の掴めない言い回しがあったわ」
「単語の感じ的にオタクってやつなのか、戦場は」
「他人の人格や嗜好に対する安易なラベリングは好ましくないけれど、サブカルチャーへの造詣は深そうに見えたわね。あと、彼女のことは苗字で呼ばない方がいいわよ。苗字が好きではないみたいだから。本人がその場にいなくとも」
「姉貴がそう言うなら気をつけます……はぁ、また窘められてしまった……」
俺の方はというと――
「三森君……ひ、久しぶり……だね?」
話しかけてきたのは、鹿島。
「鹿島と素顔で会うのは、廃棄遺跡送りの時以来になるか」
「そう、だね……」
鹿島はモジモジしてから、
「あの……ありがと、ね? さっき浅葱さんのことでフォローしてくれたのと……そして、十河さんのこと」
「さっき聞いた通り十河のことは聖あっての結果だ。俺は、道筋を描いただけだよ。まあでも、礼は受け取っておく」
「……うん」
えへへ、と鹿島は弱々しく笑った。
見ていた樹が眉根を寄せ、
「鹿島って元の世界で三森と接点あったっけ? なんか、けっこう前から接点あったみたいな雰囲気じゃねーか?」
「教室で話しかけてきた三森君を鹿島さんが無視したり、逃げるように教室から出て行ったりは、数回あったけれど――」
「わぁああ!」
宙に浮かんだ聖の言葉をかき消すように、鹿島が手をばたつかせた。
「聖さん、なな、なんでそんなこと知ってるの!? 誰も教室にいる時のわたしになんか、興味ないと思ってたのに……!」
詰め寄り、聖の両肩をガシッと掴む鹿島。
「なんで!?」
「いえ……単純に見ていたから、だけれど」
鹿島は耳まで真っ赤になって面を伏せ、
「わ、忘れてっ……ください! あと……三森君も本当にごめんね! あの時のこと!」
「いや、そのことはもういいって話になっただろ」
「でもっ……ぁ――」
鹿島は一身に皆の視線が集まっているのに気づき、
「ごめんなさいっ――ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……」
しゃがんで、両手で顔面を覆ってしまった。
樹は、
「おぉ……鹿島も、前の世界ん時からこういうとこもっと出してきゃよかったんじゃねーか? 普通にモテたと思うけどなー」
「あら、前の世界にいた時からそれなりに男子から好意は向けられていたわよ?」
「え? そうなのか?」
「視線とか表情を見ていればね。ただ、好意はあくまで間接的にだったけど。直接アクションをかける人はいなかったから」
鹿島は照れすぎているせいか、この会話が頭に入っていないようだ。
「わかんねーなー。アタシは学外とか年上の知り合いが多いけど……みんな知り合ったあとは、気軽にR@INのID教えてーって感じから始めて、そっからやり取りしたり遊び行ったり、ごはん行ったりして、そのまま自然と流れで付き合うみたいな感じだぜ? 好きなら、そうやってアクションかけてみればいいだけじゃね?」
「世の中、あなたの言う人たちみたいに行動へ移せる人間ばかりでもないのよ。というか樹……そもそもあなた自身、そういう付き合い方をまるでしていないじゃないの。誘いはたくさんあるんでしょう?」
「いや、あるけど……アタシは姉貴といるのが一番楽しいから……。男にしても……ほら、うちって母さん筋の親戚連中があんなじゃん……?」
「あの人たちに比べると他はどんぐりの背比べにしか見えない?」
「んー……それもあるのかー? いや、でも今んとこやっぱ……姉貴より好きな人が、全然出てこない……」
「性別はともかく、私は実の双子の姉よ」
「うー……そうだけどさー……でもさー……」
「三森君――、……はセラスさんの前だからやめておくけれど、たとえばあの皇帝陛下を見ても何も感じない?」
「? 美少年なのはわかるけど……綺麗な風景が好きでも、別にその風景に恋はしなくね? どんな土地でもさ、住んだことのない土地より、住んでた土地の方が絶対気持ち入るし……」
そうね、と聖は薄く微笑んだ
わずかだが。
どことなく、嬉しそうに。
「あなたは、そういう子だったわね」
▽
俺は一度、三森灯河として浅葱グループの連中と会った。
元の世界にいた頃のモブ感の再現は特にせずに。
浅葱が前もって色々伝えていたようだ。
そのおかげか、俺の変貌ぶりへの反応も想定よりは薄かった。
まあ、浅葱から得た事前情報との答え合わせには驚いている風だったが。
何人かは、謝罪をしてきた。
主に、廃棄前の態度や罵声に関することで。
戦力として動かすならわだかまりは排除しておいた方がいい。
素直に謝罪を受けれる対応をしておいた。
あと、紹介したピギ丸も空気を和らげるいい緩衝材になってくれた。
鹿島は、浅葱グループに残った。
本人の意思で。
幕舎から浅葱が去ったあと。
俺は鹿島にその辺りについて聞いていた。
鹿島は、
『ずっといたグループからわたし一人抜けるっていうのも、なんだか気まずいし……それに、なんだろう? わたしね、あんまり浅葱さんからああいう扱いをされても、思ったより響いてないっていうか……あはは、へ、変な話だよね? 自分でも不思議で……どう言ったらいいのかな? なんだか放っておけない、って言えばいいのかな? あはは……』
そう答えた。
いくつか忠告はしつつ、結局、鹿島の意思を尊重することにした。
鹿島小鳩。
あいつの存在は、何か浅葱を解き明かす鍵な気もする。
その違和感を判断するためにも。
俺としても、あの二人はまだセットの方がいいのかもしれない。
浅葱グループへの顔出しを終えたあと、俺たちは引き続き今後の準備を進めた。
「余たちはこのあと東のミラ本軍に合流し、そのままアライオンを目指し進軍する。それと……」
幕舎内。
出発前に俺たちは集まっていた。
改めての基本方針などの確認を進める。
卓に広げた地図の上を、狂美帝の指が滑った。
「混成軍の問題を解決したのち、我々はこの大街道を進むのだが……ウルザ領に入ると、大街道の北や南にウルザの砦が点在している。進軍する途中、我らの軍はこれらの砦も落としていく。ただし、この砦攻めは振り分けた別軍を使う」
狂美帝の言葉を受け俺は、
「大した数ではないものの、敵戦力が健在な状態の砦を背後に残してくのは好ましくない。こういうことですね?」
「うむ」
本軍の一部を再編成し、分けた第二軍、第三軍などの戦力で敵砦を落とす。
一方、狂美帝率いる本軍は足を止めずそのまま東へ進む。
「今、最果ての国に使者が向かっている。あとから追いかけてくる形になる最果ての国の援軍が、この砦の方へ振り分けた戦力と合流し……そして、先に東へと進んだ我々に追いつく。こうなるのが、理想ではあるな」
ヴィシスが白き軍勢を出してくるのもありうる。
足止めを食らっても、後方から援軍が追ってきているのは心強い。
「陛下、例のネーアの女王の方はいかがです?」
「セラス・アシュレインのしたためた書状を持たせ、早馬で使者を向かわせた。軍魔鳩は向こうの野営地にいるカトレアへ届けるための”巣”がないのでな」
これを聞いたセラスが、
「姫さ――カトレア・シュトラミウスの件は、ひとまずその使者から結果を伝える軍魔鳩が戻ってくるのを待つしかありませんね」
「そちの策が成功すれば混成軍は弱体化するはずだ。ことによっては、全軍撤退も望めるかもしれぬ。それから、トーカ……使い魔からヴィシスの動きについて何か新しい情報は?」
「今のところ、まだ大きな動きはないようですが――」
城でのんびり過ごしているように見える――とのこと。
朗報としてはニャンタンの存在を確認できたことか。
可能なら接触を試みてみる。
エリカはそう伝えてきた。
ちなみに、洗脳されてる様子があるかも尋ねてみた。
これは、観察者がエリカだからこそ尋ねる意味のある質問といえる。
”大丈夫だと思う”
これが、エリカの見解だった。
洗脳は廃人化の危険を孕む。
最悪、壊れてもいい相手に使う手法と言える。
てことは。
今のニャンタンはそれなりに重用されている。
こうも考えられるのか。
ともあれ洗脳はなさそうとのこと。
可能ならやはり、ニャンタンにこちらの状況を伝えたい。
ニャキのことも含めて。
俺は、
”好機があればいいが、ニャンタンとの接触は十分安全を確保してからにしろ”
そう返しておいた。
接触によってこちらの動きも露見しかねないから決して無理はするな、とも。
「――といった状況のようです」
かいつまんで俺が要点を報告し終えると、
「ふむ、そうか……ちなみに、我がミラの間者の方からはまだ新しい情報は入ってきていない。こちらもニャンタンとの接触は難しいようだ。逃亡を手助けする手配は進めさせているが……あの城の中や付近でヴィシスに気取られぬよう動くとなると、動きもかなり制限されてしまうらしくてな」
危険を冒した結果、捕まったり殺されたりするケースはありうる。
そうなると以後は情報自体が入手できなくなる。
優秀なスパイは早々替えも効かないだろうしな……。
「ヴィシスの思惑がいまいち見えぬ以上、我々はとりあえずアライオンを引き続き目指す他あるまい。ところで、キリハラは前に話した通り帝都へ送ってしまってよいのだな?」
狂美帝の問いに俺は、
「帝都でなくともかまいませんが……場所を把握できて、あの氷を厳重に保管できるところさえありましたら」
最初に実験のため【フリーズ】で凍らせた虫。
以前、カトレア姫を助けるため魔防の白城を目指した時のことだ。
俺は荷物の一部をエリカの家に置いていった。
荷物の中には、あの虫もいた。
エリカの家を離れても虫はそのままの状態だった。
つまり。
スキル使用者からかなり離れると解除される、ってのはない。
「あれはヴィシスから遠ざけて隠しておきたいのです。万が一にもないとは思いますが……ヴィシスならば【フリーズ】を解除するなんらかの方法を持っているかもしれません。ヴィシスと決着をつける際、状況の偶然が重なるなどして【フリーズ】を解除された桐原がその場をかき乱す――そのような事態だけは、避けたいのです」
十河が味方になった場合も然り。
”桐原を奪われ十河対策に利用される”
こんなパターンも、避けたい。
ま、単に邪魔な荷物にもなるしな……。
ああ、それから。
ヴィシスとの戦いと言えば、
「陛下、お願いをしておりました新しい蠅王装と蠅騎士装ですが……」
「うむ、問題なく用意してある」
「ありがとうございます」
「そちの策の下ごしらえに必要なのだったな?」
「ええ。ヴィシスの動向や目的が見えない状況でも、いくつか布石は打っておきたいのです。もちろん、状況によっては無用になるかもしれませんが」
蠅王の正体はヴィシスに露見している。
しかし蠅王=三森灯河と認識しているなら。
蠅王装の人物=三森灯河という認識を、成立させやすくなる。
用意してもらったのは、蠅王装を模したレプリカをいくつか。
そして、蠅騎士装をそれなりの数用意してもらった。
この布石が活きるかはわからない。
が、リスクなく打てるものはひとまず打っておきたい。
そんな話をしていると、
「お待たせ」
幕舎の奥のカーテンが引かれる。
出てきたのは、高雄姉妹。
二人は蠅騎士装を纏っていた。
樹が顔を伏せ気味に、自分の首から下を確認する。
「サイズは問題なさそーだぜ? こういうのも、コスプレっていうんかな?」
「多少狭くなるけれど、視界もさほど問題なさそうね。重量もそれほどじゃないし」
くるりん、と回る樹。
「どうよスレイ? ピギ丸? 似合ってるかー?」
「パキュ!」
「ピギッ!」
「おぉ!? 今のはどうなんだ、三森?」
「似合ってるとさ」
「そうか~おまえらが言うなら安心だな~。うりうり~」
樹がしゃがみ、寄ってきたスレイを両手でわしゃわしゃした。
そのまま頬ずりされてスレイが「パンピィ♪」と鳴く。
聖は蠅騎士装での腰の剣を抜く感覚を確認しながら、
「これで私たちも蠅王ノ戦団の仲間入り、かしらね」
「王としては、働きに期待してるぞ」
聖は執事みたいに、いかにも演技っぽく緩く一礼した。
「我が王のご期待にそえるよう、努力いたしましょう」
「…………」
「何かしら、その顔は」
「いや――高雄姉もこういう冗談の通じるヤツだったんだな、と思って」
マスクを脱ぎ、髪を軽く振る聖。
「別に、そんなにお堅いつもりはないのだけれどね」
その時、鈴が鳴った。
音を返す狂美帝。
ヨヨ・オルドが入ってきて、
「陛下、出発の準備が整いました」
「ご苦労。他のことは東へ進みながら、機会を見つつ話し合うとしようか」
こうして。
狂美帝率いる援軍は東のミラ本軍との合流を目差し、野営地を発った。