どう思う?
俺が似てると感じたのも。
そういうこと、だったのかもしれない。
「…………」
似て非なる存在、か。
「ところで三森君、こっちも質問してよいかなー?」
「……ああ」
「あえて聞くがね――この戦い、勝てそうかい?」
「俺としては、勝利のための道筋は作ってあるつもりだ」
「お、頼もしいね。頼もしい男の子はいいもんですにゃー。ふふふー……にしてもさ、今の君は前の世界にいた時とはまるで別人みたいに見えるよね? わかるよ? バケモンじみた演技力の賜物だよね? しかしとなると、なんだか今も化かされてるんじゃないか、とか――」
「浅葱さんっ」
口を挟んだのは――鹿島。
「ん?」
「わ、わたしは……三森君のこと、信じていいと思う!」
「急にどした? えっと……信じていいと思うのは、三森君にラブだから?」
「す、好きかどうかは……判断材料が感情的すぎるよっ」
「ほほー……またビミョーに小賢しいことを囀るんだね、ポッポちゃん」
「か、考えてもみてよ浅葱さん……ここへ来る途中で、話した通りだよ。全然、上手くいってないよ……」
「…………」
「女神様は色んなことをやろうとしてたみたいだけど……その”色んなこと”は、三森君と蠅王ノ戦団の人たちのせいでたくさん失敗してる。女神さまの思惑は全然……上手くいってないんだよっ……つまり、だから――」
「三森君の方が女神ちんを上回っている、と――ポッポちゃんはそう言いたいのね? わかった、わかったから。こっち戻ってくる途中で蠅王さんのご活躍事情は、もうい~っぱい聞いたから。はー、むかつく」
浅葱が自分の後頭部に右手をやった。
そして、片目を瞑って俺を見た。
「三森君さぁ……ポッポちゃんをメッセンジャーにしたよね?」
「…………」
「まず、自分が女神ちんの計画をたくさん潰してきたって情報をポッポに伝えておいた……説得力を持たせるために、潰した本人しか知らん情報をまぜたかな? そしてポッポからそれを聞いたあたしは”なら蠅王の方が勝ち馬かも”と思う。蠅王が女神を上回ってる印象をより強く与えられる……要は先回りして、あたしの離反を防ぎたかった――こんなとこでねーの?」
「ま、大方そんなとこだ」
「でもま、実際結果出してんだから偉いと思うよ? 誰かを説得したいならおまえの願望じゃなく結果で説得しろ、って話。結果出してない時点での願望ってのは、嘘と同義だからネ」
「ただ――」
俺は言った。
「今話した”布石”も、鹿島が俺を信じてくれたから成立したことだ」
鹿島が「三森君……」と、少し嬉しそうに呟いた。
浅葱は、
「お涙ちょうだいされて、もうあたしは涙が止まらないよ三森君。やれやれ小鳩ちゃん……いいように使われてんねぇ? いいように利用されちゃうとこまでイインチョと仲よしなんだ? そういうとこだゾ、ポッポちゃん」
「い、いいよ……」
「んー?」
「使われる、ってことは……わたしには利用価値がある――価値がある、ってことだよね? 三森君が……わたしに価値があると思ってくれたって、ことだか――痛ッ!? いッ――、……え? 浅葱……さん?」
今。
浅葱が鹿島の足――弁慶の泣きどころを、つま先で蹴った。
「――あれ? あはは、ごめんよー小鳩ちゃん。悪気はまったくないのよ」
……なんだ?
今の浅葱。
一瞬――、……少し。
素で……自分のした行動に、自分で驚いたみたいな。
「あとねぇ小鳩ちゃん? 人の話は最後まで聞こっか? 平成の討論番組じゃないんだからさ。別にあたしはさっき、三森君が信用できないって言おうとしたんじゃないよ? もし化かされてたとしても、ミッション達成の確率が上がるなら喜んで駒になってやるよ――と、そう言おうとしたのでね? 今のは嘘じゃないすよねー、姫騎士さんっ?」
浅葱の呼びかけに曖昧な表情を浮かべるセラス。
セラスが真偽判定役なのはやはり看破してきた。
今はマスクもつけていないから俺の目線も追える。
あれだけ合図を送ってれば、浅葱なら気づくだろう。
だから、
「浅葱……おまえ、元からこっちの嘘を見抜く仕掛けを利用するつもりだったよな?」
「…………だからいいんだよなぁ蠅王さんは。やっぱミッション達成するだけじゃなくてプレイ自体も楽しまないとねん。ささ、続きをどーぞ?」
「おまえはセラスの真偽判定を利用し、自分の言葉が真実だとあえて証明させた」
「イエス。ふふふー……やっぱ面白いねぇ三森君、チミとのこういうやりとりは。やりがいがあるよ。搾取されてもいい、と思えるほどに。あーん、でもいいなー嘘判定の能力。あっしも嘘を見破る能力、欲しいですぜ」
「…………」
「まーほら、ひと言でまとめちゃうとさ、この局面で腹の探り合い続けるのはガチ不毛に思えてならんってハナシ。ここで互いの疑念を解決しとかねーと、いつまで経っても次のチャプターに行けねぇじゃん。あたしが懸念要素になってるせいで三森君の脳内CPUに無駄な負荷かけてもパフォーマンス落とすだけじゃしねぇ。ほらあたし、あんまり信用されてないみたいだし? んま、そりゃそうか。トリックスター系キャラが好みなあたしの性分、反省ー」
だから自ら潔白を証明しにきた、と。
「ツィーネちんも、こんな感じでよい?」
浅葱がそう問いを向ける。
狂美帝とムニンは今まで、黙って成り行きを見ていた。
「余としては……今のやりとりを聞いても、そちへの評価や捉え方はほぼ変わらぬ。変化と言えば、実はトーカともっと前から知り合いだった点くらいか。やりとりを聞くに、ヴィシスの送り込んだ間者である可能性も否定された……余はそう見ている。そして安心するがよい。ことが成ったなら、そちたちは約束通り送還の禁呪で元の世界に戻すつもりだ」
どもども、と浅葱が俺へ向き直る。
「とゆーわけで三森君よ、振り出しに戻るんやけど……十河綾香ちゃんはどうなったのかな? かな? やばかったでしょ、精神状態」
鹿島の緊張と不安が、再び勢いを増したのがわかった。
「説得して、止めた」
「……へぇ? あの状態の綾香パイセンを説得か――よくできたね? 絆してたはずのポッポちゃんですら、無理だったのに」
「完全に味方にできたとまではいかない。ひとまず敵対状態ではなくなった、って感じだ。そして十河は……強すぎるほど強いが、クラスメイトには弱い」
「クラスメイトっつーデバフありでもうちらじゃきつかったけどねー。んー……綾香が耳を貸すのはポッポじゃなく三森君……かぁ? …………んま、いいや。三森君なら普通に説得できたのかもしれんし。このからかい上手の浅葱さんも騙されてたくらいだしネ。過程はどーでもいいよ――で、綾香ちゃーんは今いずこ?」
唾をのむ鹿島。
表向きには行方不明扱いにすると決めた。
が、おそらく……。
浅葱は、俺が十河を説得できたという話に疑問を持っている。
ここで下手に嘘を重ねるのはリスクかもしれない。
疑念が無駄に膨らむと、浅葱の思考が高雄聖にまで行き着く可能性がある。
「十河は奥で寝てる――少し、待っててくれ」
俺は仕切りの布カーテンを引き、奥の幕舎スペースに入った。
高雄姉妹はいない。
馬車の方へ身を隠したようだ。
左手側の覆いをくぐって馬車の方へ行く。
中に乗り込むと、高雄姉妹がいた。
聖とアイコンタクトを交わす。
それから俺は、眠る十河を抱き上げた。
再び幕舎スペースに戻り、設えてあった簡易ベッドに寝かせる。
そうして、鹿島と浅葱を招き入れる。
鹿島は真っ先に、
「あ――綾香ちゃん……!」
簡易ベッドで眠る十河に、駆け寄った。
「説得後に意識を失ってから、ずっとこの状態だ。疲弊しきってるからだとは思うが、精神的なショックでこうなってる線も……考慮には入れとくべきかもな」
俺の隣に立つ浅葱が、
「まさかの眠り姫パターンかー。介護大変そう。愛し合うポッポちゃんのキスで起きないかね?」
「あ、浅葱さん何言って――そんなことじゃ……起きないと思うよ! 起きないよ!」
「あれま、お顔真っ赤にしちゃって……冗談なのに~。なんか本気で君ら百合百合してきたな。にゃははー」
「浅葱さん……! だから、へ、変なこと言わないでって……っ」
俺は鹿島に、
「起きた時、十河がどんな精神状態かわからない。鹿島もそれを見てショックを受けるかもしれない。だから……ひとまずこっちに預けてもらっていいか? 大丈夫そうなら、もちろん面会はさせる」
「う、うん……三森君が、そう言うなら……」
少し間があって。
鹿島が、背中越しに謝罪を口にした。
「……ごめんね、三森君。わたしがあそこで説得できてれば……十河さんだって、もしかしたらこんな……」
「鹿島の責任じゃないさ」
俺が言うと、鹿島は俯いた。
「説得が通じなかった時のことも、三森君は考えてたんだもんね……でも……だからこそわたし……すごく自分が、無力に思えて……」
「そうだねぇ。ポッポちゃんはさすがに無力すぎるよ……合掌。ちーん」
「鹿島はさっき浅葱が言ってたメッセンジャーの役割をしてくれた。それだけでも、十分な働きだ」
「あたしも三森君のイケメン対応のダシに使われて、ちーん。……あれ? 三森君……あっちの地面んとこで、布かかってるのって……」
「桐原だ」
「し、死んでる……」
「気になるなら、見てみてもいいが」
浅葱は布を剥ぎ取ると、
「プッ」
吹き出した。
「わはははは」
「…………」
「桐原きゅん、これ氷漬けになってんの? はえーすごい。固まった樹液ん中の虫みたいっ。わはははは」
浅葱は――ウケていた。
俺は、かいつまんで【フリーズ】の説明をした。
「ほーん、便利やね。けど……そっか。そういうことなら、委員長も落としどころとして受け入れる……か。殺さないが無力化はしたい、って意味じゃベストに近いスキルかもね。ふーむふむ。桐ちゃんを仮死状態みたいな氷漬けにして、綾香との敵対も避けた。桐ちゃんが本当に復活するかはともかく、状況としてはかなり上々かもねぇ。そういやさ――」
「……他に何か?」
「ここにいる二人と同等の力を持つS級勇者……もう一人、いますよね? そ、高雄おねーたま。あれってどうなってるかわかるかにゃ? ツィーネちん、スカウト打診してる的なこと言ってなかったかしら? 他の勇者はまあ据え置くにしても、あの人は味方に引き込めればガチ戦力アップだし……逆にあの姉妹が綾香みたいに女神ちんに洗脳されてたらガチ厄介っしょ。そこ、今後の方針とか決まってますん?」
少し離れて話を聞いていた狂美帝が近づいてきた。
姉妹の件については打ち合わせしてある。
二人は存在を隠しつつ蠅騎士装で動いてもらう予定だ。
さっき隠れてもらう直前に交わしたやりとり……。
聖は、こう言っていた。
正体を明かすかどうかの判断は自分に委ねて欲しい、と。
出てこない、ということは。
ここにいるのを隠す方を選んだようだ。
狂美帝が、打ち合わせ通りの説明を始める。
「タカオ姉妹だが――」
ただ、どうにも。
姉妹の存在を浅葱に隠しながらとなると――やりにくい。
正直、それこそ浅葱が言ってた脳内CPUのリソースを喰われる感じだ。
しかも浅葱相手となると、けっこうな量を。
……ま、これは仕方あるまい。
隠しつつどう全体を動かしていくか、今後の方針をしっかり立て――
「わお」
浅葱の声に、
「……え? なん、で――」
鹿島の声が続く。
「…………」
俺の――背後。
「お久しぶりね、浅葱さん」
「……あら~。いたんすか、聖おねーたま」
馬車を隠してある覆いの向こうから姿を現したのは――
高雄姉妹。
「妹君もご一緒で」
飄々と微笑む戦場浅葱。
俺は振り向かず、
「……よかったのか、聖?」
「二人のやりとりを聞いてたけれど……浅葱さんがここまで鋭い思考の人物となると、私たちも今後動きにくくなるだろうと判断したの。浅葱さんに不審に思われないか常に気にしながら動くのは、無駄な手間と労力が膨らみ続ける。彼女は私たちの固有スキルも一部知っているから、スキルを使える局面も限定されかねない。それに――さすがの三森君も、彼女相手だとやりにくいみたいだから」
姉妹にも俺と浅葱の会話はずっと聞こえていた。
で、聖も真偽判定ができる。
その上で浅葱との会話を聞き――
「私たちの存在を明かすメリットの方がデメリットを上回る、と判断したのよ」
あえて姿を見せることで、
”今後は、高雄聖の監視の目もある”
こう暗に示したのかもしれない。
もしくは。
高雄姉妹がいると明かせば、よりこちら陣営を勝ち馬として見てもらえる。
そんな思惑なんかも、あったのだろうか。
「うーん……やっぱ久々に見ると、ひじりんも美人さんでやんすなー」
「この局面でこれ以上の腹の探り合いは不毛――浅葱さんのその意見には私も賛成。ただし、これはセラスさんの真偽判定が機能するからこそ成立した判断状況だけれど」
セラスさんの、か。
自分の真偽判定能力の存在までは明かさない、と。
……完全に浅葱を信用してる、ってわけでもないのかもな。
「それから鹿島さんも、お久しぶり」
「おっすー、鹿島ー」
「……聖さん……樹、さん……」
聖の声が、かすかに和らいだ。
「あなたも大変だったみたいね。お疲れさま。ひとまず、無事で何より」
樹は浅葱を一瞥してから、
「鹿島……よかったな。とりあえず委員長、無事で済んで」
「う、うんっ……わたしとしては……失敗、しちゃったけど……へへ……」
少し鹿島は、涙ぐんでいた。
「でも樹さん……十河さん……無事、だったよ……無事に、また会えた……樹さんたちとも――」
鹿島の言葉にやや被せるように、
「だよねぇ」
そう言ったのは、浅葱。
「つーことはぁ――綾香サンを説得したのは、ひじりんか」
「そうね、形的にはそうなるかしら」
「うん、うん……演技が上手すぎて、またも騙されそーになったけど……やっぱ三森君じゃ止まらねーよね、あれは。こっち来てから綾香と絆する時間なんてなかったはずだもん。バスん中の庇い立てムーブだけじゃ弱い。ましてや三森君、雰囲気とかも別人みてーになってるし。となりゃあ……各グループの師匠決めの時、綾香サンを庇って女神ちんに提言かましたひじりんくらいでないと、納得できねーよねぇ。あ、てか……違うか――三森君、さっき説得して止めたとは言ったけど……”自分が”とはひと言も言ってないのかー。はー……そこを引っかからせないのがすげぇ上手いよね、三森君。べんきょーになるます」
それで、と聖。
「あなたは味方――そう受け取っていいのね、浅葱さん?」
「うん、天地神明に誓って」
ふにぃ~、と浅葱が区切りをつけるようにのびをした。
「とまあ今回はこんなところで、細かい話があればまたあとで詰めよーか。ゆーてもご存じの通り、あたしらそこまでの戦力でもないのよさ。綾香とか高雄ズと比べりゃあ、ちょっと一発芸があるだけのクソザコ勇者っすよ~。そんなあたしらはあたしらで基本的に自由にやるけど、協力を持ちかけられればもちろん力をお貸ししますんでー」
浅葱が踵を返し、
「あー……三森君、チミの存在はポッポちゃんのせいでうちのグループん子らにもバレとるんで、一応あとで少し顔出してくれる? 過去の件考えると見るのも嫌な顔もあるだろーけど、今後を見越して顔見せはした方がいいと思うんだ。高雄ズがいるのは……まー、ひとまずあたしとポッポちゃんだけの胸の内にしまっとこう」
「わかった」
背を向けたまま手をひらひらさせ、外の方へ歩き出す浅葱。
「姫騎士ちゃんと爆乳銀髪シスターさんも、機会があれば改めて親交を深めましょー。あー……スマホが使えたら、お二人さんとガチで撮影会をお願いしたいのぅ……」
三秒ほど沈黙があって。
直後、
”え? 今の姫騎士じゃない方って、わたしのこと?”
な反応をするムニン。
なんつーか。
浅葱の言葉のチョイス……時々、咎めた方がいいのか?
と、浅葱が一度足を止めた。
「でかいよ、三森君」
「…………」
「君がひっかき回して、これまで女神の思惑をどんどん踏み潰していった事実と……桐原君と綾香を押しつけられて、こういう決着にした事実……そうだね、変化する戦局への対応もお見事だっと言える。まあ……何より、ポッポが暴露するまであたしに正体を看破されなかったのは――でかい」
浅葱が一度、背中越しに振り向いた。
そして頬の近くに右手を持ってきて、指を、三本立てる。
「この三つの”結果”があったからこそ、今、あたしはこっち陣営を改めて勝ち馬認定している」
再び外の方を向き歩き出す浅葱。
「このレース……是非ともこのまま逃げ切ってほしいもんですにゃ~。期待してるよ――蠅王サマ」
浅葱はそう言い残し、日差しに溢れる幕舎の外へと出て行った。
▽
浅葱が幕舎を出て行ったあと聖が身を寄せてきて、こっそり尋ねてきた。
「どう思う?」