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野営地にて


 野営地に到着後、俺は馬車を降りた。


 輸送部隊の面々も降り立ち、そのまま報告に向かう。

 他で降りたのはひとまず俺のみ。

 一旦セラスたちは馬車に残しておく。

 特に高雄姉妹、十河、桐原は人の目に触れる機会を減らしたい。

 蠅王のマスクは、間に合わせ感はあるものの、セラスが修繕してくれた。

 やや不格好だが、今の俺は蠅王面を着けた状態である。

 ほどなくして――俺のもとへ侍従が早足でやってきた。

 狂美帝のいる幕舎へ来て欲しい、とのこと。

 了承後、俺は侍従に尋ねた。


「先んじて軍魔鳩でお伝えした、馬車を隠せる場所の件ですが――」

「陛下より仰せつかりました通り……つまり、蠅王様のご指示通りのものを用意いたしました」

「ありがとうございます。では、あの馬車の方はそちらへ」

「かしこまりました。さ、蠅王様はこちらへ」


 侍従についていき、狂美帝の幕舎に入る。

 外目には質素にも見えるが、周囲の防備には力を割いている。

 中はしっかりした造りをしていた。

 贅を尽くした皇帝の幕舎――というより、実務的な内観。

 入るなり、中にいる者の視線が一斉に俺を捉えた。

 奥の椅子には狂美帝。

 その周りは近衛騎士たちが固めている。

 他の顔ぶれはおそらく側近たち。

 狂美帝の横には選帝三家当主の一人、ヨヨ・オルドの姿もある。


「よく戻った、蠅王」


 狂美帝は俺と二言三言、言葉を交わした。

 二人だけの合い言葉。

 蠅王が本人と証明するための合い言葉である。

 ヨヨ以外は、


 ”なんの話だ?”


 みたいな顔をしている。

 短い合い言葉が終わり、


「して、蠅王よ。首尾はどうだ?」

「S級勇者――キリハラの脅威は、消しました」


 おぉ、と側近たちが声を上げる。


「この仮面やローブを見てもわかる通り、なかなかの強敵ではありましたが」

「が、くだしてみせた。さすがだな――そちの策がはまったか」

「どうやら」

「成功ばかりも、考えものかもしれぬな」

「と、言いますと?」

「いざという時、そちに頼りたくなってしまう。そちは余にとって魅惑的な毒とも言える」

「至極光栄ではございますが……お戯れとはいえ、さすがに過大評価が過ぎましょう。陛下は偉大かつ聡明なお方なのですから、ワタシなどを頼らずとも問題はないかと」


 うむうむ、と頷く側近たち。

 ……こいつらの皇帝はちゃんと立てとかないとな。

 変に俺が持ち上げられて、下手な勘ぐりはされたくない。

 一方、つまらなそうに頬杖をつく狂美帝。


「ヨヨ、蠅王と二人で話がしたい」


 ヨヨが応じ、人払いをした。

 周りも慣れっこな反応で、素直に幕舎を出て行く。

 ヨヨも狂美帝に一礼し、彼らに続いた。

 ……皇帝をここに一人残していくのもどうかとは思うが。

 俺もそれなりの信用は得てる、ってことか。

 ま、狂美帝自身が一筋縄でいかない強者ってのもあるだろう。


「忠臣が顔を並べていると肩肘が張っていかぬな。さて、軍魔鳩で大まかには把握したが……いくつか、そち自身の口から聞きたい」


 質問に答えつつ、俺は狂美帝に伝えるべき情報を伝えた。


「――承知した。諸々、そちの望む方向で手配しよう」

「感謝いたします。こちらの……ミラ軍の状況はいかがですか?」


 十河綾香が抜けたあと混成軍がどうなったのか。

 俺はそれを尋ねた。

 混成軍はミラの国境を越えていたらしい。

 しかし現在、混成軍は国境をやや越えた辺りで停止している。

 両軍は膠着状態とのこと。

 不気味なほど、混成軍の側に動きがないという。


「アヤカ・ソゴウは自分が戻るまで進軍はせぬよう言い残し、単独でミラ領内の奥へ侵入したようだ」

「その情報はアサギ殿から?」

「うむ。ミラの者からアヤカ・ソゴウらしき者が通過した報告もあった。しかし、誰も止められなかったそうだ。そして今のところ、カトレアは言いつけを律儀に守っているらしい」


 浅葱たちも今、この野営地にいるそうだ。


「混成軍の破竹の勢いはアヤカ・ソゴウありきのものと思われます。ネーアの女王は戦上手と聞きますが、今、こちらは陛下やヨヨ殿が参戦しております。兵力も未だミラ側が上回っているとのこと……さらに、ミラ領内へ深く侵入するほど向こうは兵站面をつかれやすくなる。元々は、様々な点でこちらが有利でした。しかしあのS級勇者の参戦で戦況がひっくり返った。アヤカ・ソゴウはいわば、向こうにとっての”魔法”だったわけです。その魔法が解ければ……向こうも、これまでの飛ぶ鳥を落とす勢いとはいきますまい」


 今のは、セラスの分析をアレンジして話しただけだが。

 狂美帝もこれに同意を示し、


「向こうの魔法であったそのアヤカ・ソゴウはこちらの手中にあり、キリハラは戦闘不能、ヒジリ・タカオは味方となった。これで、S級勇者の脅威は消えたわけだ」

「A級勇者も、今や我々の障害としてはほぼ考えずともよいかと」

「アサギ・イクサバもこちら側にいる。味方としては、頼りになろう」

「はい、ワタシもそう思います」


 そう――味方としてなら。


 狂美帝は、今後のミラの動きについての考えを示した。

 十河綾香が戻らない以上、混成軍は攻勢に出にくいはず。

 混成軍の動きから見て、やはり十河綾香の不在は大きいと見える。


「さらに、我が方にはキリハラをくだした蠅王ノ戦団も合流している」


 戦力としては現状こちらが上、と。


「しかし、できるならネーアの女王との正面衝突は避けたい」


 ネーアを女神側から引き剥がせれば敵対勢力が一つ減る。

 ミラは引き続き、北にある二つの女神陣営も警戒しなくてはならない。

 ヨナトとマグナルだ。


 一方こちらの東進軍は――

 ウルザ、バクオス、そして……本丸のアライオン。


 こちらはそれらを打ち破り、ヴィシスのもとへ辿り着かねばならない。


「ネーアの件は改めてセラスにも相談してみましょう。女神を倒す算段がついたと知らせれば、ネーア軍ごとこちらに引き込めるかもしれません」

「うむ」

「アヤカ・ソゴウの参戦で想定に多少の歪みは生じたかと思いますが……アライオンまで攻めのぼる計画は、予定通り?」

「ああ、予定通りアライオンまで攻め上る方向で考えている。いささか――戦力に、不安は残るが」

「想定外の――つまり……帝都襲撃に用いられた白き軍勢のような戦力の投入が、ありうると?」


 狂美帝が足を組み、人差し指をその白い頬に添えた。


「数は力ゆえな……戦争において奇策頼りは、綱渡りでもある」


 皇帝は視線を流し、


「……予備戦団の投入だけでは、足りぬかもしれぬ」


 それから視線を俺へ戻し、問うた。


「銀の軍勢を生成できるというアヤカ・ソゴウ……味方として、頼りにできそうか?」

「現時点で明確な返答はできかねます。その件は、ヒジリ・タカオと話してみるのがよろしいかと」

「そうだな……ヒジリとは一度、直接会いたいと思っていた」

「では――今から、お会いになりますか?」


 狂美帝はほんの数秒考え、


「そうしよう」


 言って、腰を浮かせた。

 今の数秒の間。

 ……少しだが。

 狂美帝も直接会うのに、緊張とかするもんか。

 いや。

 さっきの説明で、俺が聖関係の話を盛りすぎた説もある。



     ▽



 高雄姉妹のいる幕舎は、すぐ隣のスペースが幕で囲まれている。

 さらにそのスペースは、上からも天井のように覆いを被せてある。

 幕舎とは別に、隣にもう一つテントが設営してあるみたいな感じだろうか。

 そのスペースの中には馬車が一台収まっている。

 こうすることで、馬車からの乗り降りを外から見えなくできるわけだ。

 いわゆる大人気タレントなんかの”入り”の時のやり方を真似てみた。


「ここからは、余一人でよい」


 狂美帝は護衛にそう告げ、単身、幕舎に足を踏み入れた。

 俺も続く。

 中で座っていた者たちが腰を浮かせた。

 樹が小さく、


「げぇ、あれで実物かよ」


 と言った。

 肖像画以上に美しい――

 あるいは評判通り、と感じるのだろう。

 この世界、肖像画はけっこう”盛って”描かせるという。

 ま、元いた世界も加工や補正のできるソフトやアプリがあったしな……。


「余は、ミラ帝国皇帝ファルケンドットツィーネ・ミラディアスオルドシートだ。ヒジリ・タカオに、会いに来た」


 皇帝然とした厳格な調子で、幕舎内に視線を巡らせる狂美帝。


 拝跪はいきし、一礼する聖。


「お初にお目にかかります。ヒジリ・タカオです」

「そうか……そちが、ヒジリか。面を上げよ。楽にしてかまわん」


 顔を上げる聖。

 ふっ、と狂美帝は微笑んだ。


「ようやく、こうして会うことができたな――ヒジリ。そして、よくぞ我がもとへ辿り着いてくれた。立ってよいぞ」


 立ち上がる聖。

 狂美帝は声を和らげ気味に、


「S級勇者……そちに声をかけたのは、正解だったようだ。アライオンに潜り込ませておいた部下には見る目があったらしい。向こうが、妹のイツキか?」

「あ、イツキ・タカオです」


 立ったまま、控えめに会釈する樹。

 直後、樹が、何か思い出したようにハッとして姉を見る。

 そして慌てて膝をつこうとする樹に、狂美帝はゆるりと手を上げた。


「よい、堅苦しいのはなしだ。ここにはミラの臣下もおらぬ。アヤカ・ソゴウは――」

「馬車の中に」

「そうか。事情は大まかに把握している。目覚めたあとのアヤカ・ソゴウは、ヒジリに任せよう」

「確約は、できかねますが――」

「言わずともよい。蠅王がそちに任せるべきと進言したのだ。ならば余は、蠅王の言に従うまで」


 信頼されてんなぁ、と口笛まじりに呟く樹。


「それよりも――話をしたい。蠅王ノ戦団の面々もまじえてな。細かな情報のすり合わせもだが、力を持った異界の勇者をどう対女神戦に組み込むかも、一定の方針を定めたい」


 幕舎の中心に用意された長机。

 灯りは用意されており、中の明るさは問題ない。

 聖と狂美帝は卓の両端に立ち、机越しに向き合う形。

 二人を中心として、話が進行していく。

 樹は聖の傍についている。

 狂美帝はすぐ、聖の頭の回転の早さに気づいたようだ。

 何度か感心する素振りを見せていた。


 俺は、対面する聖と狂美帝の中間の位置についている。

 右手側の端に聖、左手側の端に狂美帝――という感じ。

 俺のすぐ左右の位置にはセラスとムニンが立っている。


 俺は必要に応じて答えを返し、意見を口にした。

 ただ、当面は聖と狂美帝のやりとりがメインになりそうだ。

 チチチ、という鳥のさえずりが聞こえる。

 俺は二人を観察しながら、二人の会話に耳を傾けていた。


「――といった方向性で、いかがでしょうか」


 聖が、会話にひと区切りをつける。


「よかろう。ひとまずミラも、その方針を取ることとしよう」


 方針としては、桐原戦後に聖と話したものとほぼ同じ内容。

 聖が、卓上に広がる地図と、今の話をまとめた書き込みを見つめる。


「十河さんのことを考えても、やはりニャンタンとのコンタクトは取りたいわね。この大陸における味方を増やす意味でも。もちろん、女神の動きや状況を掴む意味でも」


 狂美帝が頷き、


「打てる手はこちらでも打とう。ヴィシスの動向は例の使い魔とこちらの密偵の合わせ技で、可能な限り情報を得る」


 使い魔の存在は狂美帝に明かした。

 ただ、エリカ――禁忌の魔女の話までは、まだ伝えていないが。

 俺は、


「セラス」

「はい」

「カトレア姫……いや、今はもう女王か。そっちの方は、対処できそうか?」

「姫さ――女王陛下と私は、前もって衝突する際に戦いを避ける方法を考えておりました。しかし……ここまで来れば、事情をしっかり説明できれば味方になってくれる気もいたします。国を守ることが優先とはいえ、あの方もヴィシスのやり方を好いてはおりませんから」

「カトレアがなびいた際、バクオスも引きずられてくれるとよいのだがな」


 そう口にした狂美帝に俺は、


「ヴィシスは今、アライオンにいるのですか?」

「最後に受けた報告では、今もアライオンにいるようだ。となれば、我々はこのままアライオンに攻めのぼる方向となろう」


 ふと、狂美帝が黙考に入っている。

 懸念が拭えない――そんな感じの顔つきで。


「ご懸念が?」


 促しまじりに俺は問う。

 視線を卓上に注いだまま狂美帝は、


「例の白き軍勢……やはり、あれが気にかかる。先ほど聞いた話……ヴィシスが大魔帝の心臓を手に入れ、それがあの白き軍勢――模造聖体とやらを生み出す原動力となるなら……敵は、アライオンを中心とした人間勢力だけではない。その可能性は、より高まったと言えぬか?」


 …………。

 白き軍勢、だけだろうか。

 大魔帝の心臓――根源素。

 聖の言っていた黒玉の存在……。

 ヴィシスが根源素によって、その力を増大させるとすれば。

 単に攻めのぼるだけでは、勝つのは難しいかもしれない。

 いや……まだ目的そのものが、見えきっていない。

 明確な目的がわかれば、対応した動きも取れそうだが……。


「やはり戦力に不安が残ります、か」 

「端的に言えばな。つまり……勝率を高めるため、少しでも戦力を増強しておきたい。手落ちをなくしておきたいのだ。失敗は許されぬゆえな」


 それは俺も理解できる。

 白き軍勢が再び出てきたら、確かに数は必要になってくる。

 強力な戦闘能力を持った味方も。

 狂美帝と高雄聖。

 二つの視線が、俺を捉えた。

 俺は一拍置き、二人の意図を汲み――言葉にする。



「最果ての国、ですか」





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[気になる点] >「向こうの魔法であったそのアヤカ・ソゴウはこちらの手中にあり、キリハラは戦闘不能、ヒジリ・タカオは味方となった。これで、S級勇者の脅威は消えたわけだ」 氷漬けになったキリハラに関し…
[一言] うーん、最果ての連中・・・女神がぶっ壊れキャラになってる場合、埋め合わせできるほどの戦力でもないようなw
[一言] 戦力より、情報が足りない気がするけどどうなんだろうか?
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