表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

334/432

野営地へ向けて


 聖との会話を終えてセラスたちの方へ行こうとすると、


「姉貴」


 樹が近づいてきた。

 彼女は背後の方に目配せし、親指でそちらを示す。


「桐原の方に変化はなし。委員長は、眠り姫みてーにスースー綺麗な寝息立ててる」

「今は寝かせてあげて」

「委員長、寝顔カワイーんだよなー。てか――この三森、本物?」


 下から覗き込むような姿勢で。

 俺を観察してくる樹。


「しゃべり方のせいか? 声の印象もちげーんだよな。むー……つーか、顔つきもなんかちょっとイメージ違う感じになってねーか? 微妙に髪のびたせい? アタシらみたいに実は双子で、片割れの方の三森だったり?」

「廃棄される直前――」


 と、聖。


「彼、ヴィシスに啖呵を切ってみせたでしょ? あれが本来の三森君だったってこと。とてつもない演技派だった、というわけね」

「ん、あー……そっか、あっちが三森の本性ねー……、――てか姉貴! そんなことより!」

「?」

「本っ気で、やばいんだよ!」


 くるりんっ、と身を翻す樹。

 樹が、こっちに歩いてきているセラスの背後に回り込んだ。


「やばいって、姉貴! これ、本物のセラス・アシュレイン! 本物! これはやべーよ、姉貴!」


 セラスは、作り笑いと苦笑いの中間の表情をしていた。

 栗みたいな形の口になった樹が、


「さっきちょっと話したり観察してみて、わかった……多分これ、姉貴がよく言ってる本物の美人ってやつ! 本当の美人はほら、見た目だけじゃなくて、立ち居振る舞いとか仕草、話し方、性格とか含めて美人なんだよな? アタシが会ってきた中でも、セラスさんはマジで頭三つくらい抜けてると思う!」


 初めて実物を見たヤツの反応は大体似てる。

 にしても――高雄妹。

 前の印象よりも刺々しさが薄れてる。

 以前はどこか酷薄なイメージがあった。

 そう、たとえば……。

 さっきの桐原の処遇に対する意見を口にした時みたいな。

 なんつーか。

 今の高雄樹はまさに”おねえちゃん子”な感じで。

 そのおねえちゃんはというと、


「そうね。人の美とは、容姿や身体つきにおける均整値だけでは本来”そこ止まり”になってしまう概念……これはつまり持続性の問題ね。美人は三日で飽きる、なんて言葉があるでしょう? ある意味これは、表面的な美しか備えていない対象に使われる言葉とも言えるわ。本物の美には、均整値を活かす所作、培われた品性、気高い意志など、様々なものが必要になる。本物の美とはつまり、言い換えるなら持続可能性に富んだ美――これを体現できて、人は本物の美人になれるのでしょうね。もちろん、性別問わず」


 聖は補足するように、


「もちろんこれは、美の基準を均整値に置くならば、という前提条件ありきの話だけれど。美の基準は元来、人によって様々なのだから」


 樹の目がぐるぐる回っていた。


「し、知ってる言語なのに何を言ってるのかさっぱりわかんない……こんがらがってきた……」


 俺は、


「要は、性格悪ぃ美人だとけっこうすぐ飽きるって話だろ。で、中身がよけりゃ長続きすると」

「まあ――ざっくり言えば、そうなるのかしらね」

「おー、そーゆーことか。三森、要約上手いじゃん」


 聖がセラスをジッと見て、


「まあでも……確かに、セラスさんは私が今言った本物の美の基準を満たす人なのかもしれないわね」

「こんな美人だと国とか滅びそうだよなー。ほら、傾国の美女ってやつ?」

「樹……あまり美しい美しい言われてばかりでも、当人はけっこう困ってしまうものよ。本当に美しい人ほどね。ほら、セラスさんも困ってるでしょう?」

「え? セラスさん困ってる? ア、アタシ別に困らせるつもりじゃ……」

「あ、いえ――困っているわけではございません。どうか、ご心配なく。ですがその、私はそんなに面白くはないハイエルフ、ですので……気の利いた反応はあまり、期待なさらないでいただけますと……フフ……」


 笑顔のまま青ざめているセラス。

 謙遜的自虐によって、自らダメージを負っていた。

 それでいいのか、セラス……。


「やばい……もしかしなくても、アタシなんかセラスさんの地雷踏んだ……?」

「ま、セラスは――」

「あら? 今の流れでいったら、わたしも美人さんの仲間入りかしらっ?」


 俺が言いかけたフォローに割り込む形で救援がかけつけた。

 ニコニコ顔で輪に入ってきたのはクロサガの族長。

 さすがは、気遣いの年長者である。


「どうかしらイツキさん? わたしも、美人さん?」

「えー? そうだなー……ムニンさんは――美人で気のいいおねーさん、って感じだよな」

「おねーさん……!」

「第一印象はとっつきにくい厳しい修道女みてーな人かなと思ったけど、予想外に気安く話せる感じでアタシは好きだなー」

「樹さん……なんていい子! 好き!」

「ちょっ……む、ぐっ……セラスさん以上にアレがでかいのもあって、その抱き締め方は普通に苦しいんだがっ!? むぐぐー!」


 …………。

 薄ら醒めた目の聖が、


「……妹がごめんなさいね、三森君」

「ま、ああいうムードメーカーも必要だろ……ああ、そういや――ほら、ピギ丸」

「ピギーッ! ポヨーン!」


 ポニュンッ、と。

 俺の肩の上に出てくるピギ丸。


「ああ、この子が例のスライム?」

「俺の相棒だ」

「ピギーッ」


 興味深げに口もとに手をやり、ピギ丸を見つめる聖。


「”蠅王”――なるほど、そういうこと。名前の由来はゴールディングの『蠅の王』の登場人物から?」

「? いや、鳴き声がピギーなのと……あとは丸っこいから、合わせてピギ丸ってつけたんだが……」


 なんかの作品の登場人物を連想したらしい。


「…………」

「…………」

「――そうだったのね。いい名前だと思うわ。よろしく、ピギ丸――くん、でいいのかしら? ヒジリ・タカオよ」

「ピギー」


 突起をのばすピギ丸。

 人差し指をのばした姿勢で、聖が、ピタッと停止した。


「……触って、いいのよね?」

「もちろん」

「ピニュイ」

「お、触っていいのか?」


 樹が近づいてきて、ぷにっ、と指でピギ丸を押した。


「ピニッ♪」

「おぉ……なんか可愛いな……」


 聖も無表情でツンツンし始める。


「ピ、ピ♪ ピム、ピム♪ ピニュ、ピニュ♪ ピニー♪」


 姉妹に指でぷにぷにされるたび、ぷにぷに鳴くピギ丸。

 樹がプルプル肩を震わせ、


「な――なんだよ三森! アタシたちが暴走特急桐原やら詐欺女神の相手で大変な時、おまえはピムピムスライムにパキューンポニーみたいなカワイイのと一緒に旅してたのかよ……さすがにずるくねーか?」

「さすがにずるくねーか、と言われてもな……」


 高雄姉の時も思ったが。

 妹の方とこういう風にしゃべってるのも、なんだか不思議な気分だ。



     ▽



 俺の首とセラスの偽者――もとい、輸送部隊が到着した。

 一応、俺はムニン用の蠅騎士のマスクを被っている。

 桐原戦で蠅王のマスクが破損してしまったためだ。

 軍魔鳩で先んじて要点は伝えてある。

 が、輸送部隊の面々には説明をいくつか足しておいた。


 説明を終えたのち、全員馬車に乗り込む。

 十河と桐原も馬車に運び込む。

 また、別の軍魔鳩を新しく狂美帝のもとへ飛ばしてもらう。

 そうして、馬車が動き出す。


 かなり中の広い馬車だ。

 左右の片側だけが椅子になっており、そこに腰かけることができる。

 もう一方の片側――広いスペースには、荷物やら何やらをまとめた。

 皆、疲れもある。

 この移動中に休息を取るのがいいだろう。


「移動を急いだのもあって、高雄姉妹は疲れてるはずだ。そこで寝ておくといい。寝袋も用意してある」

「特に樹は移動時の固有スキルの連発で疲れているだろうから、そこの寝袋でしっかり寝ておきなさい」

「ほーい」


 もぞもぞ寝袋に入る樹。


「すぴー」

「……寝付くの早いな」

「昔から寝付きがいいのよ、あの子は」

「聖も少し寝ておくといいさ。おまえも疲れてるだろ? 声とかでわかる」

「三森君は欺きにくくて、ちょっとやりにくいわね」


 冗談っぽく言って、聖も眠りについた。

 といっても、椅子に座ったままのうたた寝に近いポーズである。

 椅子の端っこなので、壁に寄りかかるようにして寝ている。

 ……さて。

 セラスたちも休ませるべきだが、その前に――


「で……どうだった、二人とも? 高雄姉妹は」


 セラスとムニンに尋ねる。

 ここは、姉妹が実はまだ起きてて聞いてるのも考慮しとくべきか。

 セラスは、


「はい、お二人とも信頼できる方たちだと思います。お二人については、トーカ殿もご信頼しているようですし」

「そうね、二人ともとてもいい子だと思うわ。なんだかヒジリさんはわたしより年上疑惑があるくらい、恐ろしくしっかりしてる子だけど……」


 なんだかしみじみして、遠い目をするムニン。

 いやまあ……高雄聖は、ちょっと特殊なタイプだと思うぞ?

 ともかく、二人の印象は悪くないようだ。

 セラスの言うように、俺も高雄姉妹は信用できるように思える。

 あとは……。

 聖が十河の手綱を上手く握ってくれるのを、祈るくらいか。

 セラスは疲れているものの、眠いまではいかないらしい。

 で、その間に俺の蠅王のマスクを修繕してくれることになった。

 我が主の仮面は是非とも私にお任せいただきたいのです、とのこと。

 

「ただまあ、この改造マスクもけっこう痛んできてる……そろそろ、新しいマスクを考えてもいいのかもな」


 このあと俺たちは、休んだり会話したりしながら移動を続けた。

 その間に高雄姉妹も目覚めた。

 情報交換や今後のことについても話し合う。

 樹なんかはスレイに心を奪われたようで、抱きながら喋っていた。


「パンピィ~」

「パンピィ? んーなんだ? 一般ピープルのことかー?」

「パキューン、パキュリ♪」

「く、くっそ……なんだよ!? この可愛い生き物~可愛いぞー」


 スレイも樹には好意的なようだ。

 すると、あっ、と樹が何かに気づいた。


「そういや姉貴、あの話も三森にしといた方がいいんかな? ほら、エリカさんの未完成の魔導具の件……」


 俺が問う視線を向けると聖が、


「エリカさん、ずっとあそこで対女神用の魔導具を研究していたらしいの」


 それは、まあ――そうだろう。

 地下室に積まれた失敗作も俺は見ている。

 研究してた魔導具は対女神を想定したものが多いに違いない。

 エリカは、クソ女神への復讐話に乗ってきたくらいだしな。


「神族の能力を若干だけど阻害できる魔導具を完成させられるかもしれない、と言っていたわ。ただ、私たちが出発する時にはまだ完成していなかった」


「なんかあの家にいる時、アタシらにその魔導具の説明をしてくれてさ。あの時、姉貴のひと言がヒントになって完成のピースが揃ったみたいな感じだったよなー。エウレカ、ってやつ?」


「推理小説でちょっとしたひと言が解決のヒントになる、みたいなものだったのかしらね。それで――エリカさんは『完成したら使い魔で伝えるけど、ちゃんと届けられるかもわからないし、あまり期待しないでおいて』と」


 ひとまず。

 俺がエリカのとこまで取りに行くのも、考慮に入れるべきか。

 ただ、往復する時間的余裕があるかだな……。

 それもやはり、ヴィシスの動向次第だろう。

 他は――俺とセラスの関係について(主に樹から)聞かれた。

 それについては特に隠すことでもないので正直に話した。

 俺の横にいるセラスは時折、相づちなどで反応を示す。

 照れのせいか、その白い頬はほんのり桜色気味だった。

 が、リアクションの方はかなり抑えていた。

 樹は――仰天していた。


「ふ、二人の関係……聞く限り普通にアレじゃね? いや、雰囲気的にただならぬ関係とは思ってたけど……予想以上だったぞ……」


 うわーマジかー、とオロオロする高雄妹。

 なんか顔を赤くして、


「うわー姉貴、マジだってー」


 と、オロオロしていた。

 意外と純情なヤツなんだろうか。

 ……俺の物言いが、率直すぎたってのもあるかもしれないが。


 そんな感じの移動を経て――俺たちの乗った馬車は、狂美帝のいるミラ軍の野営地へと辿り着いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >「そういや姉貴、あの話も三森にしといた方がいいんかな? ほら、エリカさんの未完成の魔導具の件……」 >「エリカさん、ずっとあそこで対女神用の魔導具を研究していたらしいの」 ミラ帝国…
[一言] >「な――なんだよ三森! アタシたちが暴走特急桐原やら詐欺女神の相手で大変な時、おまえはピムピムスライムにパキューンポニーみたいなカワイイのと一緒に旅してたのかよ……さすがにずるくねーか?」…
[気になる点] エリカの魔道具を運んでくる人は、もしかしてあの人ですか? あの人なら嬉しいです。 [一言] いつもハラハラドキドキしながら読んでいます。 これからもハラハラドキドキさせてください。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ