それ
ご感想での体調へのお気遣いなどありがとうございました。
それから5、7、8巻に重版がかかったとの連絡をいただきました。
この場を借りて、ご購入くださった皆さまに感謝申し上げます。
そうか。
ニャキの”ねぇニャ”が内部協力者候補か。
聖はまだニャキと俺との関係を知らない。
俺はかいつまんで事情を説明した。
「なるほど。そのニャキという子の話をどうにか伝えられれば、こちらへの協力を確実なものにできるかもしれないわね」
「恩を着せて利用する形だがな」
「いいんじゃないかしら。情けは人の為ならずというでしょ」
「情け、つうか――」
最初の動機は。
俺がニャキの境遇に、勝手にぶちギレただけだった。
ともあれ。
内部協力者を得られればでかい。
聖はニャンタンにどういう協力を願い出たか、俺に話した。
「――スマホの録音機能か」
樹のスキルで使用可能にできたという。
元々使用不可だった以上、ヴィシスが機能を知り得たとは思えない。
例の、
”別世界のことを知りすぎるとまずい”
ってのもありそうだ。
仮に知り得ても、使用不可と思ってるならスマホへの注意は薄かっただろう。
「通話や広域の通信は使えないけれど、オフラインでも有用な機能は備わってるから」
「画像撮影機能も、証拠を提示する手段としては確実性が高い」
ニャンタンを信用させるまでの過程も、さすがは高雄聖というべきか。
人質になっているニャンタンの他の妹たち。
その問題もひとまず、解決の道筋を作れている。
また、十河にヴィシスの注意――疑念を向けさせた。
ニャンタンはそのおかげでかなり動きやすかった。
これら一連の過程は、その時々の状況に合わせ、柔軟に変えていったようだ。
「俺と違って、大局を見据えてるな」
「打てそうな時に、思いついた保険を打っていっただけよ」
謙遜か。
本心か。
表情と声からは、よくわからない。
……そういう時にちゃんと行動に移せる、ってのがすごいんだがな。
「ニャンタン・キキーパット、か」
クラスの連中をヴィシスのもとから無事脱出させる。
ヴィシスの真意――目的を探る。
実は、俺にとって最悪その二つはなくてもいい。
切り捨てた場合、十河綾香というカードを失う確率が高いくらいか。
実のところ。
ヴィシスに何か企みがあろうと、今の俺にはあまり関係がない。
あのクソ女神がなんらかの壮大な計画を考えていようと。
どのみち叩き潰す――復讐するのは、変わらない。
今の俺にとって重要なのは、ヴィシスの居場所や動きを知ること。
”どこにいて、どう動こうとしているのか”
禁呪関係やミラの協力をクリアした今、準備は整った。
「…………」
まあ。
決戦前に一つ。
可能ならやっておきたいことが、なくもないが。
いずれにせよ――ヴィシスの居場所や動向を知る必要はある。
向こうの動きに合わせ、こちらも動きや攻め手を決めていかねばならない。
”ヴィシスの動きを探る”
やはりこれは、まず当初の予定通りエリカの使い魔に頼る。
エリカもこれは了承済み。
予備としてミラに、密偵なりなんなりを放ってもらう予定だ。
だから、
「対ヴィシス戦に、ニャンタンの存在は絶対条件じゃない」
決戦時の勘定には元々入ってなかった要素。
聖は、黙って俺の次の言葉を待った。
「ただ……」
頭に思い浮かぶのは、
”ねぇニャ”
そう口にするニャキの顔で。
「ニャキ――あいつが救われれば、俺も救われる。だったら……ニャンタンは、救わないといけない」
リズやニャキは。
俺、なのだから。
「よく、わかった気がする」
言って、セラスを見る聖。
「三森君がセラスさんや――エリカさん、イヴさん、リズさんにこれほど好意を寄せられている理由」
「蠅王はどこに行っても、大人気でな」
「今の、本心ではそこまで思ってない。そうね?」
「……まあな」
なるほど。
今のも固有スキルでわかる、と。
「三森君」
「ん?」
「今もまだ、同姓同名の別人と話している気分よ」
「俺も変な感じだ。あの高雄聖と、こんな風にしゃべってるのは」
このあと、聖と今後の話を詰めていった。
まず使い魔でヴィシスの動きを探る。
ニャンタンにはそのついでとして、使い魔による接触を試みる。
場合によっては、発話による伝言という手段も考慮に入れるべきか。
「ニャンタンが側近みたいな扱いなら、そっちからヴィシスの詳細な動向を探れるかもしれないしな」
高雄姉妹、十河綾香、桐原拓斗の扱いは一旦狂美帝に相談することにした。
今、狂美帝はここから南東の対ウルザの戦線に加わっているはず。
俺は、前もって用意してあった軍魔鳩を飛ばした。
偽物の蠅王の首とセラスをここへ運んでいるミラの一団へ向けて。
この一団は、片が付いたあとの移動手段としても考えていた。
狂美帝が、口の堅い信用できる連中を集めてくれた。
「おまえたち姉妹や十河、桐原の現状はおおっぴらにせず今は隠しておく。だから、しばらくどこかに隠れる形になると思う」
「狂美帝は信用できそう? 直接、会ったことはないから」
聖は元々狂美帝の誘いでヴィシスへの反逆を計画した。
狂美帝は今、
”ヒジリ・タカオから連絡が途絶えた”
その認識で止まっている。
しかしまだ聖を協力者側と捉えてはいるはず。
なら、この二人は繋ぎやすい。
狂美帝の印象や分析も含めそう話すと、
「いいわ。あなたの認識と分析も、私が抱いていたものとかなり近いようだし。そういえば……詳しくは聞かなかったけれど、鹿島さんたちもミラ側にいるのよね?」
”鹿島たちは十河の説得に失敗したと思われる”
ということも含め、聖に伝える。
「――ってわけで、鹿島が説得を失敗した場合は十河対策として高雄聖が必要になると思った。で、直接ここへ呼んだ」
「三森君にとっては、説得の失敗も最悪の事態の一つだったわけね」
安や小山田もクソ女神に”やられてた”からな。
「洗脳されて説得が通じない状態も考慮はしてた。もちろん、説得が成功するに越したことはなかったが」
「――戦場……浅葱さんは、信用できそう?」
俺の返答は、少し遅れた。
「わからない」
「でしょうね。彼女は――異質だから」
「…………」
「異物、と言い換えてもいいかもしれない。この世界に来てから観察していたけれど、十河さんや桐原君、三森君のように、目的や意思が明確でない印象があるの。といって、行動を起こさないわけでもない。ヴィシスに操られている風もなければ、他のクラスメイトのように状況に流されている感じもない。そうね、どこか……”どうなってもいい”――そう思っているようにも、見えなくはない。けれど、単なる自暴自棄とも違う。いえ、彼女の場合はそもそも分析すら、無意味なのかもしれない……ただ――」
数拍、考え込む聖。
「……鹿島さん」
「鹿島?」
「最初はそうでもなかったのだけど、鹿島さんにだけ何か――接し方が、他の人とは違う印象があった。彼女に対してだけは明確な何かがある気も、しなくはない」
”自分のことを浅葱は馬鹿だと思っているから”
そんな風に、鹿島は言ってたが。
ちなみに、と俺は言う。
「浅葱には嘘判定があまり意味をなさない。こっちからバラしてなくても、あいつは俺の側に嘘判定の手段があると気づいた」
「つまり私の能力を持ってしても、真意を探るのは難しそう?」
「聖が嘘判定ができるのを隠してても、そもそも浅葱は真意を話さない。というか……今はもう相手によっては”もしかしたら嘘を見抜く能力を持ってるかもしれない”という前提で話を組み立ててるかもしれない。どうもあいつは、俺にも読めないところが多くてな」
戦場浅葱。
どこか”俺”に似ている、と感じたクラスメイト。
……異物、か。
「彼女、対ヴィシスの妨げになりそう?」
「――、……微妙だな。実際、味方としてなら優秀なヤツだと思うが」
存外。
浅葱に対しては鹿島が鍵……なのか?
戦いの中で、ヴィシスの意識を逸らす空隙を作る。
これはヴィシスにとって多くの”敵”がいた方がやりやすくなる。
ならばこちらのフェイク――味方は、多い方がいい。
「ひとまずは共闘という形を取りつつ警戒はしておく……この辺りが、妥協ラインかしらね」
「……だな」
さて。
十河が目を覚ます気配はない。
精神的なショックによるものだと長引くかもしれない、と聖は言った。
「そういえば……安君については、事前に少しだけ聞いているけれど……」
「ミラに人員の余裕があれば、捜査を頼むのも手かもしれないな」
例の通行証をどこかで使っていれば、捜しやすくなりそうだが。
「今の彼なら、味方になってくれそう?」
「はっきりイエスとは言えない。別れる前のあいつはまだ不安定に見えた。それに、あいつはあいつでこの世界を一人でしっかり見てみたいとか言っててな――なわけで、あんまりこっちから干渉するのも違う気もしたんだよ」
「でも、聞く限り敵に回る要素はなさそうね」
「ヴィシスに捕まって洗脳でもされない限りは、な。そうだな……十河のことを考えると捜し出して引き合わせるのも手かもしれない……安のことは、俺も考えておく」
クラスメイトと言えば、と。
思い出したように、聖が言った。
「ニャンタンがヴィシスの目を盗んでクラスメイトと柘榴木先生を連れ出す話だけれど……小山田君を連れ出せるかが、不安要素ではあるの。彼は、魔防の白城の戦いで大きな精神的負荷を受けた。そのせいで、今は精神がまともな状態じゃないようなのよ。あの大侵攻のあと、彼と会えた生徒はほぼいないんじゃないかしら? ヴィシスは治療中と言っていたけれど……まさにそんな状態の彼こそ、洗脳されていいように使われる危険があるのよね……」
聖にはまだ、小山田のことは伝えていない。
「小山田翔吾は、行方不明だ」
聖が、不可解を顔に滲ませた。
「……三森君?」
「あいつはアライオンを抜け出して、そのまま行方知れずらしい」
”わかるだろ?”
そんな顔を、俺は聖へと向ける。
そう。
聖は今の俺の言葉が、嘘だと気づいているはず。
「だから――もし小山田の話が出たら、十河にはそう伝えてくれ」
「…………」
「すべてに片がついたら……十河には、すべてを話す」
といっても。
このあと十河の協力を取り付けられたら、の話だが。
そう。
元の世界へ戻る準備が整っても。
あいつは。
小山田を捜し出してからじゃないと、戻ろうとはしまい。
だから。
聖を橋渡し役として十河の力を利用するのなら。
話す必要は必ず、どこかで出てくる。
が、
「今それを伝えても、俺の復讐にとって余計な障害が増えるだけだ。俺は――勝率が下がる選択肢を今、あえて取るつもりはない」
さすが、というべきか。
聖は察した顔をする――してくれる。
「……わかったわ。今はまだ、私もそのことには触れないでおく。けれど……すべてが終わったあと十河さんにそれを明かしてどうなるかまでは、責任を持てないわよ」
「ああ」
高雄聖なら、乗ってきてくれると思った。
ややあって。
聖が緩く腕を組み「あなたは……」と切り出した。
「十河さんを――切り捨てようとは、しないのね」
「まあな」
「やっぱりあの時……廃棄される時、庇ってくれたから?」
「どうかな。あの魔防の白城の戦いで、あの時庇ってくれた借りは返したとも言える。どちらかというと、最強のS級勇者がクソ女神との戦いで思う通りに動いてくれるなら……って、感じかもしれないな」
「…………」
その回答に対し、聖は、特に言葉を返さなかった。
一段落を告げるように、聖が息をつく。
「使い魔越しだと話せる内容は限られていたから、直接こうして話せてよかったわ。思っていた以上に三森君が心強い味方になりそうなのは、嬉しい誤算と言っていいわね」
「そいつは、俺もだがな」
「……それに」
聖は言った。
「直接話したことで、三森君が――どれほどヴィシスを憎んでいるのかも、わかった」
▽
二人きりの会話の終わりに。
ふと、聖が言った。
「ねえ、三森君」
「ん?」
「思いやりって――――――――エゴだと思う?」
「エゴだろ」
さっきも、エゴがどうとか言ってたが。
「おそらく私は、そのエゴによって失敗してしまった」
「思いやりが目的達成の障害となる……そう言いたいのか?」
あるいは。
十河のこと以外でも。
そう思うに至る何かが、あったのだろうか。
「そういうものが失敗の要因だったのかもしれないと――少し、思ったのよ」
吐き捨てるように。
俺は、息をついた。
「俺から言わせりゃ――思いやりがあって何が悪い、って感じだがな」
「けれど、エゴイスティックな感情的判断は、時に、成功を担保する合理的判断能力をスポイル――」
「んなもん、成功させりゃあいいだけの話だろ」
「――――――――」
「おまえが言ってるのは、いわば負の結果論だ」
「負の、結果論」
「失敗したから、おまえは思いやりが失敗要素だったと判断した。が、成功してたら正しかったと思ったはず。つまり思いやりが原因じゃなく、失敗したのは――成功まで持っていけなかった、高雄聖の力不足が原因だろ」
ちょっとだけ、不意を打たれたような顔をしてから。
ふっ、と。
高雄聖は微笑んだ。
「……ぐぅの音も出ない回答ね」
睫毛を伏せる聖。
彼女はゆったりと視線を横へ滑らせ、
「けれど今の言葉……厳しいようで、とても優しい回答だわ」
聖の言う失敗要素は。
叔父さんたちが、持っていたもので。
そして。
俺がそれを持ち得るか否かは――ともかく。
それは、俺を救ってくれたものだから。
だから、
「頭ごなしに否定されていいもんじゃねぇだろ――思いやりってのは」