もういい
魂食いと共に複数対象指定で麻痺させたゾンビたち。
ゾンビの動きも止まっている。
わざと壁際に追い詰められたのは、角度を確保するためだった。
「追い詰められていると見せかけて――」
背にしているのが壁なら対象を”前方”へ集めることができる。
「逆に追い詰められていたのは、おまえらの方だったわけだ」
左右の腕を突き出す。
「【ポイズン】」
ゾンビを複数対象指定。
毒を付与。
毒状態になったゾンビたちの様子が変化していく。
腐竜と同じくやはり”死者”にも有効らしい。
「ゾンビどもには明確な殺意があった。もしゾンビが廃棄者の魂の情報を利用して造り出した魔物だったとしても……遠慮するわけがねぇだろ」
悪意には悪意で。
殺意には殺意で。
叩き潰す。
停止したゾンビの間を縫って歩く。
ダメージのせいだろうか。
何体かのゾンビの片足がドロっと溶けた。
ゾンビが膝をつく。
さながら王に跪くみたいに。
毒状態のゾンビを背後に、魂喰いの前に立つ。
「この遺跡で俺のステータスはおそらく最弱だ。しかし、最弱ってのもそう悪くなかった」
魂喰いは歯ぎしりの表情で俺を睨んでいる。
触手が微振動的に痙攣していた。
動かせないのだ。
例のビームも出せないようだ。
「最弱でよかったよ――ナメてもらえるからな。だからこそ、生き残れた」
俺は。
生き残れなかった者もいる。
出遭ってきた廃棄者の骸骨たち。
魔物に遊び道具にされていた骸骨。
ここまで辿り着いた四人の骸骨。
暗黒の勇者。
彼らを”仲間”とは言い難いかもしれない。
俺は彼らの人となりすら知らない。
むしろ彼らが俺を”仲間”とも思うまい。
クソ女神に廃棄された人間たち。
だからこそ”まとも”な人間だったのだろう。
まともゆえに、廃棄された。
しかし俺は自分を”まとも”と思えない。
目的は女神ヴィシスへの復讐。
復讐に取り憑かれた廃棄勇者。
人に褒められる野望ではない。
立派な人間でもない。
彼らに仲間意識を持つなど、おこがましくもある。
だが今の俺は、ひどくイラついていた。
廃棄者たちの無念を思うと。
廃棄者たちの屈辱を思うと。
廃棄者たちの絶望を思うと。
「どうにも腹が立って、仕方なくてな……」
「ぬギぎギぃィいイいイぃィいイいイ―――ッ!」
こいつにずっと魂を束縛されて。
どれほど彼らは苦しんだのか。
廃棄されてこんな場所で死んだだけでも十分な苦しみなのに。
魔物にいたぶられて殺されただけでも、辛かったはずだ。
なのに死後も、魂を囚われ続けて。
苦しみ続けた廃棄者たち。
なればこそ、俺は与えたいと思った。
無念を。
屈辱を。
絶望を。
魂喰いに。
「【ポイズン】」
魂喰いの顔面が紫に変色。
その身体が泡を吹き始める。
ポワポワ、
ポワワ……
ポイズンも成功。
【スキルレベルが上がりました】
【LV2→LV3】
絶殺の視線で射殺そうとする魂喰いに対し、真っ直ぐ睨み返す。
魂喰いの顔面の目と鼻の先までゆったり近づく。
自分の中で溜まっていた憎悪と怒りがもはや、暴発しそうだった。
だから、思いっ切り嗤ってやることにした。
目を一杯に開いて魂喰いを見下す。
「クソ雑魚だと侮っていた廃棄者に、まさかの一服を盛られて――」
口端を限界まで吊り上げる。
「一転、窮地に陥って――」
凶笑。
「ずいぶんと無様な最期じゃねぇか? なぁ、魂喰い?」
口を開き、舌を出す。
「っ!? ゥ゛、ぉ――ィ、ぎ、ィぃィぃイいイいイいイ゛い゛……ッ! に、ィ、ぎヒぃィ゛いイいイ゛い゛――――ッ!」
怒りが頂点に達したらしい。
極致の激昂で我を忘れている様子。
こいつは人語を解しているのだろうか?
あるいは、意思がなんとなく伝わっている感じだろうか?
魂喰いの身体が痙攣めいた振動を始める。
ブシュ、ブシュゥ!
ブッシャァ!
ブシュゥゥゥゥッ!
魂喰いの身体から青い液体が噴き出し始めた。
これまでの赤い液体とは異なる色。
あの青い血は血液に等しいのかもしれない。
血泉がごとく青い液体が撒き散らされていく。
いささかスッキリした俺は、青い血のかからない位置まで下がった。
観察を開始する。
「ふむ」
目の前で起こっている現象。
仮説を立てる。
「麻痺した状態で力任せに無理矢理動こうとすると……ああして身体に追加ダメージがいくのかもしれないな……」
おそらくは、馬鹿げた基礎能力値を持つ魂喰いだからこそ成せる現場実験。
「いいサンプルだ」
おかげで毒のみによる死を長々と待たずに済みそうだ。
準備していた【スリープ】の出番はあるのだろうか。
まあ、早死にしてくれるに越したことはない。
時間の節約にもなる。
死に急いでくれるならありがたいことだ。
魂喰いの殺意と激昂は止まらない。
これまで廃棄者たちをずっと煽り続けてきたのだろう。
しかし、自分が煽られる側に回ったことはなかったのかもしれない。
廃棄遺跡においては己こそが最強。
ずっとそう信じていたのだろう。
存外――俺が魂喰いに勝てたのは、過去の廃棄者たちがこいつに太刀打ちできなかったからなのかもしれない。
だから、ナメてもらえた。
結果として見れば過去の廃棄者たちが布石を敷いてくれていた形になる。
ピキッ、
ビキッ、
ピシィッ――
石顔に亀裂が走っていく。
表面の石が半分くらい剥がれ落ちた。
石の奥の肉が覗く。
黒と赤とピンクのまじった肉肌。
肉は青い血に塗れている。
歯にもヒビが走った。
崩壊が近いのを、予感させる。
「グ、ぎ、ィぃィぃ゛ィ゛……っ!」
それでも魂喰いの憤怒はおさまらない。
感情を理性で抑えられないのかもしれない。
感じるのは――殺意、殺意、殺意。
「…………」
死を待っていると、黄ゲージがなくなりかけた。
「もういい」
ふと口にしたその言葉は、魂喰いへ向けたものではなかった。
それは、
「眠ってくれ」
魂を囚われていた、廃棄者たちへの――
「【スリープ】」




