聖
武器を手放し、十河が駆け出す。
「聖さんッ!」
飛び込むように十河が高雄姉――聖に抱きつく。
ガバッ!
「生き、て……無事、だったのね!? 私……私――ッ」
聖は、微笑むことこそなかった。
しかし、抱擁感のある顔で十河をそっと抱きとめる。
「会いに来るのが遅れてしまってごめんなさいね、十河さん」
「……ッ、――ッ! ……ぇ、え!」
言葉にならない嗚咽をこぼし、十河は、聖の胸で泣いた。
まるで、母親に縋りつくみたいに。
十河を抱き留めながら、聖が俺を見る。
俺は聖に頷き、
”助かった”
無言でそう、礼を示す。
□
さっきの十河との会話中――
俺は【フリーズ】の説明をしながら、懐中時計を取り出した。
事前に使い魔から伝えられていた高雄聖のおおよその到着時間。
あれは、それを確認するための行為だった。
また、十河との会話の途中で聞こえたスレイのいななき。
あれが、聖が来たことを知らせる合図だった。
ここに聖が来る、と十河に先んじて話すのはやめておいた。
十河は俺を信じられない。
”聖の名を出し、自分を騙して罠にはめようとしている”
そう思う可能性は高い。
……もう少しかかりそうなら、演技で時間稼ぎする予定だったが。
そう――高雄聖は、すでに目覚めていた。
”桐原が魔の軍勢と魔群帯を進んでいる”
あの報告を受けた時、緊急の合図は二度目。
『実は、この合図は前にも急用で一度受けている』
つまりその前は、聖が目覚めたのを知らせる緊急の合図だった。
目覚めたあと、俺は使い魔越しに聖とやり取りをした。
俺はその中で――高雄聖に正体を明かした。
やりとりをしていく中で明かすに値する相手だと判断した。
今後を考えても、聖には正体を伝えておいた方が確実に動きやすくなる。
むしろ、現状は隠しておくメリットがほぼなくなった状況とも言える。
ならば。
正体を明かし、色々と話を早くした方がいいと考えた。
こうして。
改めて俺たちはエリカの使い魔を間に挟み、互いの情報をすり合せていった。
女神を倒すべく協力することで、話はついた。
聖は女神のことでいくつかの推測を立てていた。
その推測に至った根拠も合わせ、聖は俺に語った。
女神周りの様々な推測は、その大部分が俺と一致していた。
桐原との戦いに向かう前、再び、俺は聖とコンタクトを取った。
聖は俺と比べあいつの近くにいた時間が長い。
桐原の能力などを詳しく聞けると思った。
そして、得られた情報は――想定以上だった。
聖は桐原拓斗という個人を驚くほど緻密に分析していた。
上手くすれば、あいつをほどほどに手懐けられそうなレベルの分析。
人格の特徴。
思考や欲望の傾向。
相当な観察力による分析と言えた。
おまえは桐原博士か、と思わず俺が返すほどに。
しかも簡潔で短い説明(これは使い魔越しなのもあってだろうが)。
最後に、
『要するに……彼は、承認欲求のバケモノよ』
と、聖は説明した。
そう。
今回の戦いで桐原へ投げた煽り言葉の数々……。
俺は廃棄後、一度も桐原拓斗に会っていない。
前の世界でそれほど関係があったわけでもない。
その桐原を俺がああいう形で煽れた理由――
近くで観察し、分析していた高雄聖の情報があったからこそ。
桐原との戦いの最中。
『なるほど――あいつの分析の通り』
そう。
あいつ――高雄聖の分析通りだった。
他に俺は、
『あと……委員長のことで、相談がある』
聖にそう切り出した。
魔群帯を抜けてこちらへ来てもらえないか、という相談をした。
高雄姉妹は魔群帯の深部まで二人で到達している。
そしてミラへ向かう南西エリア――つまり、最果ての国やウルザの西方面。
一応、俺たち蠅王ノ戦団はここを踏破している。
未知の危機に遭遇する確率は低く思えた。
ならば高雄姉妹も踏破できるのでは、と考えたのである。
聖は、
『そうね……十河さんのこととなれば仕方ないわね。彼女には悪いことをしてしまったから。私は責任を感じるべきだもの。彼女を始末するための作戦となればもちろん乗れないけれど、救うための作戦となれば……いいわよ、それも乗ってあげましょう』
聖はそう了承し、
『幸いエリカさんやイヴさん、リズさんのおかげで私は回復できたわ。エリカさんの貴重な調合薬が効いたのか、今は目も見える。私は、彼女たちに助けてもらった。そして彼女たちは三森君……心からあなたに感謝している。そして、身を案じている。なら、私がここで恩返しをしないという選択肢は――ありえないでしょう』
俺は、最後に礼を伝えた。
『助かる、高雄聖』
『一応、謝っておくわ』
『何を?』
『私たちはあの時、十河さんのようにあなたを救おうとはしなかった。言い訳はしないし、何度繰り返しても私たちはあの時あの場で行動は起こさないと思う。けれど、助けなくてごめんなさい』
『……そんなので謝るようなヤツだったんだな、高雄聖は』
『蠅王の評判と使い魔を通してのこの会話だけでも、あなたへの私の印象もかなり変わったけれど。あと、やり取りの最中にフルネームで呼ぶのは字数の無駄』
▽
魔群帯内の移動は、妹の加速系固有スキルも利用すると言っていた。
姉の方の固有スキルも、ルートのショートカットに使えそうだとか。
そして――
ガサッ
「ぜぇ……ぜぇ……追い、ついたぁぁ……あ、姉貴……間に合、った?」
それなりに姉から遅れて林から出てきたのは、高雄樹。
かなり無理をしてきたのか、姉と比べ消耗がひどそうだ。
その後ろには、スレイがついてきている。
「お? おぉ……てか、ほんとに三森だ……ほんとに、生きてたんだな……で……桐原に、委員長? ここ……噂の、蠅王三森に……S級勇者、勢揃いじゃん……ぜぇ……ぜぇ……ふぅぅぅ……」
「お疲れさま、樹」
「なあ姉貴。桐原さ……生きてんのあれ?」
「大丈夫よ。生きてるわ」
「んで、委員長は……大丈夫なん?」
聖は、睫毛を伏せる。
そして、胸の中に顔を埋めて泣く十河の後頭部にそっと触れた。
「私が、大丈夫にしてあげなくちゃいけないわね」
驚くほど、消えている。
あれほどの十河綾香の戦意――重圧感が。
霧散、と言っていいほどに。
今の十河綾香の”軸”は……ひとまずこれで確保できた、と見ていいか。
さて。
禁呪の性質は、ムニンから聞いている。
無効化の禁呪によって【女神の解呪】はすでに、破壊されている。
俺は、眠る桐原の真上にあるゲージを見る。
ゲージが切れるか俺が解除するかしない限り、桐原が目覚めることはない。
目覚めても――即座に、対処できる。
「…………」
三森灯河。
ピギ丸。
セラス・アシュレイン。
スレイ。
ムニン。
十河綾香。
桐原拓斗。
高雄聖。
高雄樹。
「それじゃあ、少し」
俺はそばの瓦礫のに腰をおろし、
「話を、しようか」
ひとまず、第十章はここで完結となります。
十章もお付き合いくださりありがとうございました。
2017年にスタートしたシリーズなので、それなりに長い期間の連載と言えるかと思います。
このシリーズは作者としても想定以上の長さ、また、ご反響をいただけたシリーズになりました。
長い期間お付き合いいただきました皆さま、そして、今この最新話までお付き合いくださっている皆さまに、章の区切りのこの場で、改めてお礼を申し上げたいと思います。
次章も今までと同じく、間章を挟んでのスタートを予定しております。
相変わらず上手くご期待にそえられるかはわかりませんが、完結までがんばって書けたら……と思います(……ここ数日疲労が大分溜まってきているので、休養も挟みたいところですが)。
そして、次章もゆるゆると見守っていただけましたら嬉しいです。
また、十章連載中にご感想、レビュー(新しく2件レビューをいただいておりました。ありがとうございます)、ブックマーク、評価ポイントをくださった皆さまに、お礼申し上げます。
正直、読者の皆さまの支えあって続けていけている部分は大きいです。
書き続けるための栄養、みたいなものでしょうか(体調へのお気遣いの言葉などもありがとうございました)。
皆さまのご声援を相変わらずの糧に、次章も、がんばって進めていけたらと思います。
それから本日は、もう一回23:00頃に間章を更新予定です(まあ、いつもの新刊告知に合わせた告知更新というやつです……)。
ともあれ、改めまして十章もお付き合いくださり、ありがとうございました。




