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王の戦い


 さながら、ヤマタノオロチのように。

 金色の龍が次々と、襲い来る。

 あのスキル――

 発動させておけば、あとは自在に操れるタイプか。

 あの大侵攻の時……

 東の戦場で目撃されたというスキルと、確かに一致している。


「おまえが生きていたことが不快でまるで仕方がねーぜ――三森」


 言って、桐原が腕を振る。


 三匹の金龍が絡み合い、腕の動きに合わせ横薙ぎに襲いかかってきた。


 セラスは精霊剣で弾くようにそれを払う。

 同時に、セラスは複数の氷の盾を俺の周囲――宙空に展開した。

 舌を打つ桐原。


「おまえが三森を守る意味を教えろ……そこをどけ、セラス……ッ」


 追加の金龍がうねりをあげ、襲いかかってくる。


「【パラライズ】」


 俺は、金龍を対象として【パラライズ】を放ってみた。

 変化はなし。

 金龍の方には効果アリ、とはいかねぇか。

 他のスキルもおそらくは同じだろう。

 …………。

 ついに、出遭ったわけだ。


 女神以外で、対状態異常スキルの力を備えた相手に。


 次々と精霊剣で金龍を捌いていくセラス。

 ……打ち合えている。

 精霊剣の威力は、申し分ない。

 まれに捌き切れなかった金龍は、浮遊する氷の盾と衝突し消滅。

 この際、氷の盾も砕け散ってしまう。

 が、セラスはさらに氷の盾を追加していく。

 桐原が言った。


「安心しろ、セラス……おまえはオレが救ってやる……このオレが来たからにはもう大丈夫だぜ――どう、足掻いても」

「……ッ」


 セラスの後ろ姿から動揺が感じられた。

 今の言葉。

 嘘ではない。


 それは――偽らざる桐原拓斗の本音(真実)


 セラスはそれがわかるがゆえに、混乱している。


「桐原の言葉にまともに耳を貸すな。相手をとりあえず理解しようとするのはおまえの長所だが、同時に悪い癖だ――呑まれるぞ」

「――、……はいっ」


 セラスは俺の言葉に応じ、素早い薙ぎ払いで金龍を弾き返す。

 動揺は消え去ったようだ。

 動きのキレが、完全に戻った。


 と――桐原の攻撃の勢いが増す。

 が――セラスはその攻撃をすべて捌いていく。


 動くたび、セラスに付着した雨粒が弾き飛ぶ。


 正直、言って――少し、背筋が震えた。


 うねり迫る何匹もの金龍に、セラスはたった一人で対処している。

 できている。

 ふと。

 やはり身体がついていかなかったのではないか、と。

 確信を、もった気がした。

 セラスの、


 ”こう動きたい”


 という意識に、これまでは完全にはついていけなかったのだ。

 身体能力の方が。


 しかし。

 起源霊装を纏った今、身体能力は格段に底上げされている。

 ようやくセラスの”天性”に追いついたのではないか――身体が。

 しかも、セラスは俺が動きやすいようにも動いている。

 セラスの動きに合わせ俺は移動しているが、位置取りが妙にしやすい。

 雨で滑りやすくなっている地面。

 泥がぬかるんでいる場所もある。

 が、足を取られることもなく。

 こんな状況でなければ、見惚れるほどの足捌き……。

 申し分ない。


 頼れる剣として。


 あのスケルトンキングと戦ったミルズ遺跡の時。

 思い出す。


 ”剣が欲しい”


 そう、思ったことを。

 これだったのだろう。

 そう、思った。

 前衛――――



 あの時、俺が欲した”剣”は。



「セラス……完全に、三森のマインドコントロール下にあるらしいな。あれか……あれだ、ストックホルム症候群か。認めがたいが認めざるをえない話らしい。おれはおまえを許すわけにはいかない、圧倒的に――三森」

「今の私は、他の誰でもない……」

「?」

「トーカ殿のッ――」


 体勢を変えながら、セラスが手もとで精霊剣を素早く持ち変える。



「――トーカ・ミモリの、剣です――」



「……舐めるな。同情、せざるをえない……なるほど、ヴィシスの言っていた通り箱入りの世間知らず……まだ摂理も知らない、温室育ちの美術品で確定せざるをえない。やはりオレのいた国と同じく教育が根本原因……教育が終わっていれば、すべてが台無しになる。今こそ王の教育を欲せ、セラス・アシュレイン……ッ」

「あなたは私の王ではありません――私の王はトーカ殿、ただ一人です……ッ!」

「三森――おまえに、もはや慈悲は与えられねーな……身の程を知れ――よくも、セラスを……」

「……セラス、距離を縮められるか?」

「やってみます。あなたの望む距離までは、どうにか」

「頼む」


 俺の指示を受け、セラスが前へ跳ぶ。

 桐原が、首を鳴らす。


「ふぅぅ……ついに来たか――抱擁されに。いいだろう……来い。なんだ、その戦意は……ッ、――【金色龍鳴剣(ドラゴニックソード)】」


 待ち受ける桐原の刀が、精霊剣に負けず劣らずの勢いの金の光を帯びる。

 それまでのオーラを纏ったような刀とは、明らかに違う。


 あちらも――高出力の金光剣。


 数秒間。

 目にもとまらぬ攻防が、繰り広げられた。

 白と金の――衝突。

 威力はほぼ互角か。

 ただ、やや桐原が押し負けている感もある。

 セラスの戦術は小刻みなヒット&アウェイ。

 桐原の剣撃もかなり速い。

 しかしあれは、ステータス補正による”速さ”に思える。

 セラスのような技術がない。

 多分……ごり押しでここまで来た。

 だから金龍と同時相手でもセラスはやれている。

 もし桐原に技術――技が加わっていたら、わからなかったかもしれない。

 だが……。

 やや押し気味に感じられてはいるが。

 さすがの起源霊装を纏ったセラスでも、金龍を含めたこの数の差……。

 互角に持ち込むのが、限界か。

 いや――今の桐原は大魔帝を倒している。

 つまりレベルがかなり上がっていると見ていい。

 セラスが互角に持ち込めていること自体、おそらく神業に近い。

 もちろん。

 桐原はセラスを手に入れたい。

 ゆえに、対セラスでは手加減している可能性も加味すべきであろう。

 そして、俺は――


「――【フリーズ】ッ」


 ――バキィン!――


 一応、他の状態異常スキルを試してみることにした。

 別のスキルなら何か変化はないか。

 攻防の中に空隙を見出し、スキルを撃ち込んでいく。

 が、試してなかったスキルはすべて、無効化された。

 

「よくやった。もう距離を取っていい、セラス」

「はいッ」

「……さて」


 ここから。

 どうやって――


「ふぅぅぅぅ……オレが、裁く……」

「――――――――」



 


 

「セラス……どのくらい、この拮抗状態を維持できる」

「わかりません。しかし……向こうにこれ以上の奥の手がないのなら、最低でも30分はもたせてみせます」

「――上等だ」

「下等が」


 言って、太い金龍を従える桐原が、金光剣の先をこちら向けた。


「恥ずかしくねーのか……三森」

「……何がだよ、桐原」

「女の影にこそこそ隠れて……守ってもらって――恥を知るしか、ありえない」

「フン、男も女も関係ねーだろ。適材適所、ってヤツだ」


「黙れ……ただ守られるだけの者に王を名乗る資格はない。自らが動き王威を示せる者だけが、王として認められるべきだ。つまりおまえは王失格。いいか? 漢字の”王”は縦の一本線を左にずらすと”E”になる……わかるか? だからおまえはニセモノ……おまえの本質は、下級……所詮、E級勇者ということだ――それが、摂理……ッ」


「フン……そのE級勇者に今まさに手こずってるご立派な王サマは――どこの、どいつだよ?」


「  三 森  」


 桐原が、跳んだ。

 金龍も桐原の動きに合わせ、襲ってくる。


「…………」


 一見、自動的に桐原を守っているようにも見えるあの金龍。

 呼応している?

 桐原の感情や動きに?

 金龍は――自動的、ではない?

 自律しているようで、していない?

 桐原自身と……深く繋がっている?

 意識や感情……。

 桐原の意識や感情と連動して……動いている……?


「…………」


 セラスの攻撃範囲を抜け出てきた金龍が氷の盾にぶつかり、対消滅する。

 さらに、金龍を追加する桐原。


「分、不相応が……おまえの得たすべては本来オレのもの……セラス、オレは大魔帝を倒した……おまえの世界を救った。だが三森は何をした? 世界を、救ったか……?」


「この方は――私を、救ってくださいました」


「ちっ、まったくもって手間のかかる女だ……ッ、――そこをどけッ! キリハラにより、これよりオレがこの世界をただす……」


 金龍との打ち合いを継続するセラス。

 たまに桐原も前へ飛び込んでくるが、それも危なげなく弾き返す。

 俺は、


「【パラライズ】」


 ――バキィン!――


 桐原が俺を見る。


「? 無駄だというのが、わからないのか? ふん……そうか。おまえの頼りは、そのちっぽけなクソスキルしかないからな……これは、納得せざるをえない。つまりは――祈っているわけか……続ければ、いつか確率の壁を越えて効くと……確率に祈りを込めるのは、ギャンブルに祈りを込める弱者の仕草そのもの……常に確率に翻弄され、裏切られ続けるのがまさに弱者の証明……やはりおまえの本質は弱者の側でしかないことが、これで証明されたッ! だからこっちへ来い、セラス……ッ」


「【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】」


 俺は、撃ち続ける。


「【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】、【パラライズ】――」


 無効化の音と、エフェクト。

 無効化の音と、エフェクト。

 無効化の音と、エフェクト……


「ふん……セラスの前で弱音を吐くのが、そんなにも屈辱か? 役立たずのスキルだと……おまえが役立たずだと認めるのが、そんなにも怖いか? クソがすぎる。呪術という名で虚飾した状態異常スキルに縋る姿……哀れの極みがすぎるぜ、三森……ふぅぅぅ……ここに哀れ……極まれり、か」

「……フン」



 俺は、鼻を鳴らし――嗤った。



「? 何がおかしい? ああ……あまりの自分の哀れさに、正気を失ったか……」

「気づいてねぇのか、桐原」

「負け惜しみか……」

「おまえ……さっきから少しずつ、呼吸が乱れてきてるぜ……それに――なんだよ、その汗は?」


 桐原がそっと、自分の頬に触れる。


「――、……まさかおまえが……何か、足掻いたとでも?」

「動きがな……鈍ってきてんだよ、少しずつ……わからねぇか? そいつは、俺の状態異常スキルを受け続けることで――

「…………」


「一見無効化されているようで……実はごくわずかに、んだよ」


「!」

「よくよく考えりゃあ、その【女神の解呪(ディスペルバブル)】……オリジナルじゃねぇんだよな……なら――」


 つまり、




「あのクソ女神と完全に同等の効果を持つとも、限らない」




「ちっ、ヴィシス……あの、役立たずが……」


「おまえのその動きが鈍くなっていく感覚の正体……それはおそらく、俺のスキルの微弱な効果が積み重なって生まれたものだ。実際……呼吸が乱れ始めてる自覚はあるんだろ? それに気づいた俺は、ひたすらスキルを撃ち続けていた。おまえの言う”無駄”じゃあ……なかったのさ」


「ふん、だが腐ってもおまえの状態異常スキルも固有スキル……MP消費は激しいわけだ。レベルアップで回復はするが……それを見越したオレは、それをさせないために経験値になる金眼をここへ連れてきてない……緻密な先読み、というわけだ。さて――それで? どこまで続けられる……三森?」


「10だ」


「?」


「俺の状態異常スキルのMP消費量は、たったの10なんだよ」

「馬鹿を言っている……固有スキルだぞ? 進退窮まった末のブラフか?」

「なら……試してみるか? おまえの方が、手遅れになるまで――【パラライズ】」

「三、森――」


 ダンッ!


 地を、桐原が激しく踏み込む。

 そして。

 桐原と金龍の勢いが、増した。

 おそらく危機感を覚えたのだ。

 認めたくはないが――おそらく、感じ取った。

 自覚したのだ。

 時間をかければ自分が不利になる、と。


 短期決戦に、切り替えてきた。


「来るぞ――ここが踏ん張りどころだ、セラス」

「お任せをッ」



 最も激しい攻防が、始まった。



 セラスの呼吸にもいよいよ乱れが出始める。

 周りの空気が振動していると思えるほどの戦圧。

 桐原の攻勢は、それほどまでに苛烈を極めていた。

 さながら暴勢の化身。

 俺はその間もスキルを放ち続ける。

 放てば放つほど、桐原は、焦りを濃くしていく。


「クク……しかし、桐原……」

「ふぅぅぅ……おまえの笑いはことごとく不快だ、三森ッ。ここまで不快とは、信じがたく信じがたい……極まりすぎている――セラスに守ってもらっているという体たらくのせいで、余計にな……」


 俺はスルーし、


「大魔帝を倒したとか言ってたが……別に、十河でも倒せたんじゃねぇのか?」

「……………………てめぇ、三森」


「アライオン王城を大魔帝が襲撃した時の話……聞いたぜ? 案外おまえ、十河に大魔帝を倒されそうになったから……裏切って、慌てて大魔帝の側についたんじゃねぇのか?」

「三、森」


「クク……そもそも旅の中で、聞いたことなんざまるでなかったがな」

「なんの話だ」


「十河とか高雄姉の評判は、聞こえてきた。けど、桐原……おまえの話なんて、まるで聞こえてきやしなかった――【パラ、ライズ】」

「……嫉妬か? 煽りスキルだけ上げたか……無様すぎる」


「嫉妬? フン……何を言ってやがる。嫉妬してるのはおまえの方だろ? セラスを、手に入れた俺に――【パラライズ】ッ」


 ピキッ


 桐原のこめかみに、青筋が立った。


――金龍ども。王命だ」

「何が王だよ……そもそもおまえ、元の世界じゃそんな感じじゃなかっただろ? なんだよ、そのしゃべり方……言い回しはよ?」

「王だからだ」


「王のはずなのに……自分はすごいはずなのに――誰も、聞きやしなかったんだろ? 


「――――――――三、も……」


「だからおまえは、少しでも普通とは違う言葉を選んで……個性を出そうとした――目立とうとした。他の勇者に自分を、見させるために。認識、させるために」


 ……ギ、リッ……


 激しく、歯ぎしりする桐原。


「みも、り……ッ」


「桐原、おまえの正体はな……格差だ、強者だ、弱者だのと煽る……金儲けのためにしつらえられたみてぇなくだらねぇ宣伝フレーズにのせられて……挙げ句、それに意識を支配されて……しかし、肝心のテメェの欲望と現実はまるで噛み合わず……果てに最後は、わがままなガキみてぇな暴走をひたすら繰り返してるだけの……」


「…………」





「……………………」


「で、いざ蓋を開けてみりゃあ人望もクソもねぇそんなメッキ野郎が……王だと? クク……まったく、笑わせてくれるじゃねぇか――なぁ、桐原ぁ!? おまえもそう思うよな、ピギ丸ッ!?」

「ピギィィィイイイイイイッ!」










「三ぃぃいい゛森ぃぃいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛――――――――ッ!」













「殺――








       「――――縛呪、解放――――」








 ――す!」




 そう……



 あの【女神の解呪(ディスペルバブル)】を打ち破る、たった一つの方法。



 それは――――








 禁呪でしか、ありえない。








      □





 まず、引き渡し場所を目指している”蠅王の首”と”セラス・アシュレイン”。


 これは桐原に、


 ”蠅王の首とセラス・アシュレインが来るのはまだ先の話だ”


 と思わせ、気を緩ませるためのニセモノ。

 狂美帝に頼み、用意してもらった。

 もちろん、それを運ぶミラの一団もである。


 蠅王がミラ側に殺されたかのような伝書の情報も、やはり桐原の油断を狙ったものだった。


 結果に繋がるか否かはともかく、打てる手は打っておきたかった。

 

 そして――本物の俺たちは、指定の日時より早くここに到着していた。


 待ち伏せのために。


 桐原がやってきたあとは、あの潜んでいた建物で状態異常スキルによる不意打ちが成功すれば、終わりだった。


 が、ここで想定していた”最悪の事態”が起こる。


 女神による状態異常スキル対策。


 ただ、蠅王の正体にヴィシスが気づいているならこれはありうる話。


 いや――最悪だからこそ”ありうる”と考えた。


 こちらにとって最悪、ということは。

 向こうからすれば最善手、なのだから。


 実現可能なら是非ともやりたい手。

 この最悪の事態の想定が、命を拾う形になった。


 こうして、状態異常スキルが無効化されたあと――

 どうにか建物から脱出した俺は、ロープ状のピギ丸によって柱まで移動。


 柱の後ろには瓦礫が積まれている。

 事前にこの瓦礫の山を弄り、人が一人身を隠せる程度の空間を作っていた。

 ぱっと見、外からはなんの変哲もない瓦礫の山としか見えないようにした。

 そんな偽装を、綿密に行った。


 そこに、必要となったらすぐさまフルパワーで戦闘開始できるよう、起源霊装を身に纏わせた状態のセラスを潜ませておいた。


 ちなみに、逆に桐原がセラスの方へ向かうなら、俺は脱出窓をつかってすぐセラスのところへ駆けつけられる。


 一応、どちらのパターンでも対応できるものにしておいた。



 桐原の固有スキルの情報は、事前に得ていた。

 こうなると、エネルギー体の金龍への対策が必要となる。

 光の精霊剣で打ち合うか。

 氷の浮遊盾で防ぐか。

 金龍に質量があるのならいけるのではないか、と思ったが。

 実際、どちらもエネルギー体と張り合うことができた。


 しかし、仮に張り合うことができたとしても。

 状態異常スキルが効かないとなれば、他の打開策が必要になる。

 鎧戸を破って建物から脱出する時――

 ピギ丸が、大きく鳴き声を上げた。

 あれが合図だった。


 ムニンへの”禁呪が必要になった”という合図。


 あの合図の時点から、別の場所で待機していたムニンがスレイで移動。

 一定の距離まで来たら下馬し、そっと桐原の死角から近づく手はずになっていた。


 近辺に桐原の従える金眼がいないことは使い魔の報告で確認済み。

 少なくとも、ムニンやスレイの行動範囲に姿は確認できなかった。

 当然、ヴィシスもである。

 そして、ここからは――

 禁呪が届く距離まで、ムニンを桐原に近づけさせる必要がある。


 では、ムニンが近づくには何をすればいいか?


 桐原の意識を。

 感情を。

 徹底的に、ムニン以外のものへ向けさせる必要がある。


 しかし桐原は、妙に冷静に見えた。

 いや……。

 冷静、というか。

 ある種の異様さがあった。

 言葉の言い回しに独特の奇妙さがあるものの……。

 思考自体は、いやに冴えているように見えたのである。

 不思議と観察力もあるように感じられた。

 となれば、思考も奪わなければならない。

 俺とセラス以外へ、アンテナが完全に向かないようにしなくてはならない。


 そして途中――俺は気づく。


 桐原が時々する深い呼吸。

 疲労している?

 あの数の巨大な金龍を操り続けると、負荷がかかるのか?

 しかも……。

 桐原はその負荷を、気に留めていない風に見えた。

 セラスに意識がいきすぎていたのか。

 平然と会話を続けていた。

 ここで俺は、賭けに出る。

 状態異常スキルの乱発。

 幸い消費MPが少ないため、何発でも使用できる。


 ”状態異常スキルがわずかだが効いている”

 ”状態異常スキルの蓄積が微少ながら効果を及ぼしている”


 こう、思わせたかった。

 すると時間経過で、桐原は気づき始める。


 状態異常スキルを受け続けていたら、自分の動きが鈍くなってきていることに。


 ”長引けば長引くほど不利になっていく”


 俺がスキルをいつまでも使い続けられるとなれば、桐原は焦る。

 早く叩き潰さねばと思う。 

 もちろん負荷の原因は俺の状態異常スキルの蓄積効果ではない。

 実際は、わずかばかりも効いていなかったはずだ。


 あの【女神の解呪(ディスペルバブル)】は、禁呪でしか破れない。


 オリジナルでないがゆえに不完全。

 桐原にはそう言ったが。

 実際は、なんの効果も見られなかった。

 前提は――崩れない。

 ゆえに、


 ”状態異常スキルが微妙に効いている”


 これは、ブラフでしかなかった。

 しかしそのブラフによって、


 ”早く三森灯河を倒さなければ”


 させられたなら、それで目的は達成されている。

 こうなると、桐原の意識はただ俺を潰すことに注がれていく。

 セラスへの異常な執着もこれを後押しした。

 この時、桐原の意識は俺とセラスが占有していた。


 もう一つの気づきは、金龍の性質。


 金龍は、桐原の意識や感情に連動しているように見えた。

 最も恐れていたのは自動的に使い手を防御するケース。

 しかし、桐原の強烈な自我ゆえの特性だったのか。

 金龍は桐原と深く連動している――観察から、そう踏んだ。


 ならば感情をさらに逆撫でし、完全に意識と感情を俺へと向けさせる。


 それと、激情に駆られた桐原は金龍たちを従えて半接近戦を仕掛けてきた。

 もし身を隠しつつ遠距離からスキルをひたすら撃つような戦い方をされたら。

 また、別の対処法が必要になっていたかもしれない。


 この戦い――本来、ムニンは待機で終わらせたかった。

 禁呪使いの身の安全は絶対に確保しなくてはならない。

 女神との決戦へ向けて。

 ゆえに。

 憎悪を最大限に煽り、最後は、できればすべてを俺へと集中させたい。


 意識も。

 感情も。

 金龍ごと、すべて。


 錯覚、させる。

 そして。

 最後に、ダメ押し。

 桐原拓斗への”最大の侮辱”をもって――




 とどめに至る空隙(スキ)を、作り出す。




 あの時。




『おまえもそう思うよな、ピギ丸ッ!?』




 ピギ丸の鳴き声――あれが、二度目の合図だった。




 ムニンへの、




 ”今だ”




 という。






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― 新着の感想 ―
本当に用意周到だなー オリジナルじゃなくても、正しく状態異常は防いでたのかー 感心感心
[良い点] 主人公の用意周到な件 桐原は折角境地に達したかと思ったら、イキリハラになっていて残念。 殺気なく戦える腕があれば、最初の段階で終わってたのに。 [気になる点] 無能な働き者、ヒーローガール…
[良い点] これまでよりも進化した二人のチカラが存分に発揮されていたのが最高だった!! [気になる点] 文句なし!!! [一言] 最初から最後まで最高にかっこいい展開だった! この作品で一番好きな戦い…
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