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教義/狂疑



「三森、君……? え? ベルゼギアさん、が?」



 浅葱も、


「は?」


 目を、丸くしている。

 小鳩の読み通りだった。

 やはり、気づいていなかったのだ。

 蠅王の正体を小鳩が知っていることを。

 隠しごとを、していることを――


「だからっ……信用できないなんてこと、ないと……思う! わたしっ……直接、確認したの!」


 小鳩は自分の固有スキルについて、綾香に説明した。

 ところどころ、言葉に詰まりながら。

 破裂するかと思うくらい心臓の鼓動が大きく、速い。

 緊張のあまりか。

 こめかみがきぃぃいんとなっている。

 息が、苦しかった。


「安君の、こともっ……聞いたよ!? 安君は女神さまの、命令で、第六騎兵隊の人たちと――」


 安智弘のこと。

 第六騎兵隊のこと。

 小鳩は、灯河に聞いたままを伝えた。


「だから三森君は、安君を助けたのっ……今、安君は……安君の希望で一度、最果ての国で別れたって……安君、十河さんに謝るために……アライオンを目指してるってッ!」

「安君、が……? そ、それに……ベルゼギアさん、が……三森、君……そん、な――」


 綾香は、その事実に衝撃を受けているようだった。

 浅葱グループの面々も、負けず劣らずの衝撃にのまれている。


「は……はぁぁあああ? あの蠅王が三森!? 嘘でしょ!?」

「小鳩、ついにおかしくなっちゃったの!?」

「で、でも固有スキルで確認したんでしょ!? じゃあ……ガチじゃん!」


 浅葱も驚いてはいたが、


「……にゃぁるほど。あの時、か……最果ての国の交渉ん時ポッポの血の気が引いてたのは……じゃあ夜会ん時も……にゃる、ほどぉ……」


 むしろ腑に落ちた――そんな、感じだった。

 にへらぁ、と。

 小鳩を見る浅葱。

 半月のような目が、狐みたいに、吊り上がっている。


「だめだよぉ小鳩ちゃん……小鳩はさぁ……バカでどんくさいポッポちゃんだろー? それは違うよね? それじゃあ、違うんだよなぁ……」


 後半は、どこか独りごちるようでもあった。

 小鳩はそんな浅葱に一種の不気味さを覚える。

 しかし今は。

 小鳩の綾香への言葉が――止まらない。

 止まれない。


「だ、だから……十河さん! 蠅王さんなら――三森君なら、信じられると思う! 三森君はね……」


 たくさんの人を、救ってきた。

 これも灯河から聞いた話をほぼそのまま伝えた。

 悪い者たちに追われていたハイエルフの姫騎士を助けた話。

 道に迷い、利用され、虐げられていた亜人たちを救った話。

 魔防の白城でも、三森灯河は結果としてたくさんの人を救っている……。


「廃棄遺跡を生きて脱出したんだよ、三森君……そして、旅に出たの……旅の最終目標は、女神さまに復讐することだって……でもやっぱり三森君は――優しい、から……女神さまが善良な人たちを虐げているのも、許せないって……三森君は困ってる人がいたら、きっと……放っておけないんだよ……」


 元の世界で飼っている元捨て猫のこと。

 小鳩はふと、その猫のことを思い出していた。


「あ、あのバスでの時だって……小山田君にいじわるされてた十河さんを……助けようと、したよね?」


 気づけば――小鳩は、泣いていた。


「信じられると、思った……三森君なら。ちょっと、雰囲気が変わったところもあったけど……ちゃんと三森君、だったんだよ? あの怖い女神さまより、わたしは三森君を信じたい! だって女神さまはあの時……三森君を――わたし、やっぱり女神さまのことは信じられないよ! だから……お願い十河さん! わたしたちと一緒に戦って! 桐原君も、一緒に止めよう!」

「…………」

「わたし、ね……十河さんが大好きだよ?」

「鹿島、さん……」




「だから……十河さんが辛そうにしてると……わたしも、辛いよ……ようやく会えたのに……こんな、の……ふぇぇ……みんなで、笑って……元の世界に帰りたいよぉ……」




 綾香が、目を閉じた。

 小鳩たちは待った。

 綾香の返答を。



「わかったわ」



(あっ――)


「十河、さんッ!」


 その時だった。

 ピキッ、と硬い音がして。

 綾香のサークレットが、割れた。

 割れたサークレットはそのまま地面に落ちる。

 しかし――綾香は、それを気にした様子はなく……


「私は、桐原君を止める……三森君にも――直接会って、真意を確かめる」


(あ、れ……?)


「三森君は、どこにいるの?」

「十河、さん……?」

「狂美帝はこちらに向かっていると聞いたけど……では、さっき聞いたミラへ向かってるという桐原君は――誰が止めようとしているのッ?」

「そりゃあ、蠅王きゅんでしょ」


 そう割り入ったのは、浅葱。

 小鳩は浅葱を見る。


「浅葱、さん……」

「桐ちゃんとは相性悪いと判断したから、アタシらはこっちに来たんだよ。そう、だから桐原きゅんの担当は蠅王――三森君なのよ」

「…………」


 綾香が問う。


「場所を――教えてもらえる?」


 何か。

 違和感が。

 小鳩の胸に、再び不安が湧いてくる。

 自分は……説得に成功したの、だろうか?

 想いは、伝わったのだろうか。


「そ、十河さん……」

「ほい、地図」


 浅葱が地図を差し出した。

 それは、交渉場所としてミラが桐原拓斗を呼び出した場所を記した地図だという。


「桐原君を止めるのに、説得した委員長の力が必要かも知れないからね。だから地図をもらっといたんだ。説得が成功したら、つれてくつもりだった」


 浅葱が時間を確認する。


「まだギリギリ……だいじょぶじゃねーかな? ここからなら、急げばワンチャン間に合うかも?」


「私の固有銀馬こゆうぎんばの速度なら……間に合うかもしれない。ありがとう、浅葱さん」


「……どーいたしまして」


 綾香は固有スキルで銀の馬を生み出し、またがった。


「蠅王さんが本当に、三森君なんだとしても……彼が桐原君を無事に止めてくれるかはわからない。だめ……これ以上、クラスメイトが死ぬのは……、――

「十河、さ……」

「ごめんなさい鹿島さん、私……すぐに出発しないと。大丈夫。私の指示がなければ進軍は止めるようにお願いしてあるから。だから、ミラの方もお願いできるかしら? 狂美帝に休戦を申し出てもらえる? 私がいないと人が死んでしまう……もう誰も……もう、誰も……ッ! 私は……ッ!」


 引き留める間もなく、綾香はそう言い残し……駆け去った。

 追いつくなど到底、不可能なスピードで。

 あんな速度を出せる移動手段を小鳩たちは持っていない。

 先ほどの言葉通り”間に合わせる”なら、確かに綾香が単独で行くしかない。

 しかし……


「十河……さ、ん」


 小鳩はただ、綾香の消えた方角を呆然と眺めるしかなかった。

 他の勇者もぽかんとしている。

 と、


「ふいー、参った参った……ありゃあだめだー」

「浅葱さん……さ、さっき十河さんに……」

「んー? ああ、使おうとしたよ? アタシの【女王触弱(クイーンビー)】をね。いや、だって……すげぇめんどくさい方向に振れてんだもん。けど、まー」


 無理だったにゃー、と浅葱が言い足した。

 そういえば。

 小鳩が蠅王の正体を明かす直前……。

 浅葱は”何か”に気づいた反応をしていた。





「え?」

「警戒してたんだよ……アタシが、自分から捕らわれようと近づいた時点でね。だから、接触して固有スキルを決めるのは断念した。いやだって……マジにどこにも隙がないんだもん、綾香っち。多分……スキルを使う意思を抱いた瞬間、アタシやられてたんじゃねーかなー……つまりね、ツィーネちんの言ってた浅葱グループ捕縛の可能性があったから、即興で方針転換したのよん」


 綾香の駆け去った方角を見やる浅葱。


「あの時点だけじゃない……ポッポちゃんが必死に泣いて説得したあとも、こっちを信じ切れてなかったな……あれは。警戒してたよ。ありゃもうだめだ。どんだけ言葉を重ねても、だぁれも信じられなくなってる……多分アタシも、女神ちんも……小鳩ちゃんすらね。最後の最後で、疑念が拭えないんだろうねぇー」

「そん、な……」


 虚脱感が、襲い来る。

 小鳩は落胆し、膝をついた。


「……ありゃあもう壊れてるよ。何を信じたらいいかの軸がぶっ壊れてるんだなー。多分、もう信じられるものが自分しかねーんだ。自我を保つために、もう縋るしかねーんじゃねーかな……”何を置いても今生きているクラスメイトを死なせない”ってことに。おそらく、今の委員長はもう”それ”しか見えてない。そんなめんどくさい状態なのに……ほら、戦闘力がアレなわけでしょ? あんなの……今のアタシたちの手には余る。無理だね。御免被る」


「じゃ……じゃあ、浅葱さんは……」


「おう、今の綾香を止められるのも三森君か桐原君だろうってこと。アタシらには無理だ。任せちまおう。丸投げだ。だから地図をやったのよ。ここからいなくなれーッ!ってね。んま、こっちの戦場せんじょうのことを考えても、厄介だった勇者綾香を切り離せたのはでかい……てか、それよりさ――」


 浅葱は膝をつく小鳩に近づくと、顔を寄せ、囁いた。


「――――ッ」


 にぃ、と浅葱が笑った。


「蠅王きゅんの正体……気づいてたんなら、言ってくれればよかったのにぃ?」

「ご、ごめ……ん。三森君に、浅葱さんにはまだ黙っててくれ……って」

「らしくないよ、鹿島小鳩さん……アタシを欺くなんてのは本気であなたらしくない……全っ然、らしくない。聞くけど――あなた誰?」

「あ……ご……ごめ、ん……なさい……?」


(え? ……””?)


 今の”誰?”の意味が、小鳩にはよくわからなかった。

 すると――ふふん、と飄々とした空気を取り戻す浅葱。


「にしても……そっかぁ。三森君、だったのかぁ……いや、死亡確認されてなくて一応は未観測状態なわけだから……可能性として、万が一を考えなくもなかったんじゃがね? んー、話してみて役に立ってくれそうだから……正体はまあどうでもいいかなと思ったのも、まあ、でかいんだけど……」


 うーむ、と唸る浅葱。


「あの城の食堂で一対一で話した時”あ、こりゃ違うな”って思わされちゃったんだよなぁ……仮面とボイスチェンジャーつきとはいえ、ちょっと浅葱さんも驚きだよ……あの脱臭っぷりは。三森灯河の要素なんて、ほんと微塵もなかったんだから。ふーん……とんだバケモンがうちのクラスに潜んでたもんだね。こればかりは素直に――」


 浅葱は、感心したように続けた。 





「見事と言っておくよ、三森君」

















 ◇【桐原拓斗】◇



 ミラに送った軍魔鳩が、返事を持って戻ってきた。


 ”蠅王の首とセラス・アシュレインを差し出す”


 向こうからの伝書には、そう書かれていた。

 桐原拓斗は、魔群帯の南西付近で移動を一度止めていた。

 途中で見つけた遺跡の一つを一時的な寝所とし、ここでミラの出方を待っていた。


「狂美帝とかいうやつも所詮、我が身が可愛いテンプレ皇帝が極まっているのか。そしてミラのやつらに裏切られ、引き渡されることになったか……そうか、三森にふさわしい末路か……」


 ミラ側が”三森灯河”の名を知らぬまま処刑してくれていればベストである。

 名もなきモブとして死ぬ方が、三森灯河には合っている。

 それは、ふさわしい死にざまとしか言いようがなかった。


「…………」


 伝書に”三森灯河”と記すこと。

 それはまるで――

 蠅王を名乗るあいつの功績を、自分が認めてしまうかのように思えて。

 どう足掻いても、記すことはできなかった。

 やれやれ、と桐原は息をつく。

 宿命である。


「……あいつは死に……セラスはオレの手にようやく戻る、か……」


 クシャリッ


 桐原は不意に、ミラからの伝書を握り込む。


「このオレを舐め――欺き、罠に嵌めようとしていなければの話だが……」


 コキッ、と首を鳴らす。


「ともあれ……セラス・アシュレインさえ手に届く場所に来るなら、あとはどうとでもなる。最強だからな。高みに達したこのオレを倒せるのは、もはやこのオレしかいない……もし仮に死を偽装し、オレを騙そうとしていたとしても、所詮は小バエの足掻き……三森程度の小賢しさが通用するほど、オレの社会は甘くない」


 引き渡しは、ここからさらに南西のとある場所をしてきた。

 下僕に偵察に行かせたが、遺跡建築物がそれなりに集まった地域のようだ。

 金棲魔群帯は元々”大遺跡帯”という別称を持つ。

 ゆえに魔群帯内には遺跡的な建築物が多いのだ。

 まだ向こうは到着していない。

 届いたミラからの伝書には、ご丁寧に到着予定の日取りも記してあった。


「時間を、かけやがる……何か企んでいなければいいが。しかしすべて粉砕される……このオレの前では摂理すら――砕け、ひれ伏す」


 女神ヴィシス。

 十河綾香。

 高雄姉妹。

 戦場浅葱。

 安智弘。


「どいつもこいつも……頭が高すぎたな。安心しろ……このオレが正しい位置(キリハラ)に、すべて戻してやる……」


 桐原は、寝床にしていた遺跡から出た。

 今、時刻は昼を回ったくらい。

 うららかな日差しの午後が来訪しようとしていた。

 そよぐ風。

 さやさやと音を立てる木々。

 王にふさわしい昼下がりと言えた。

 付き従っている魔族が、恐る恐る声をかけてくる。


「あの……我が王、本当によろしいのですカ? 我々が駆けつけられる範囲で待機するとはいえ……一人で引き渡し場所に赴くなど、無謀に思えてならないのですガ……」


「必要があれば呼ぶ。だが、万が一にも三森が生きている場合……おまえたちは経験値になる。特に、何かの間違いで人面種でも殺された日にはあいつがレベルアップするきっかけにしかならない。オレの下僕であいつが成長するなど……許される話ではない。到底の、到底に」


「左様ですカ」


「何より、三森程度の相手をするのに人面種の力を借りなくちゃならねーほどオレが弱いと思われては心外だ。有り余る魔物を盾として投入すれば【金色龍鳴鎖(ドラゴニックチェーン)】をあてることなど、悪いが簡単すぎた。弱い魔物を犠牲にし、強い人面種に入れ替えていく――わらしべ的定石だ……。十河は敵を倒すしか能がなかったが、オレは従属させられる。格上すぎる。そして……人面種など所詮、オレにとっては予備の数合わせにすぎない……今のを聞いて、オレが人面種に頼る理由がどこにあると思った?」


「……ございませン」


「最終的には従順なやつだけをそばに置くことにしたが……おまえはなかなか見所がある。王を識れば、おまえもキリハラへと近づく栄誉を手にせざるをえない」

「ありがたき、幸セ」

「大魔帝を殺したオレを憎むか?」

「わかりませン」

「安心しろ。いずれわかる。オレこそが、正解だったと」


 現在、ミラへ差し向けていた魔物の群れは動きを停止している。

 いわゆる休眠状態にあると言っていい。

 スキルで支配下に置いたものの、数がさすがに多すぎたか。

 ある地点で、気になる程度には負荷がかかるようになった。

 疲労するのである。


「さすがのオレも無限ではなかったか……さすがでしかない」


 合理的に考えた結果、必要な魔物だけを残して休眠状態にした。

 特に、自分から離れている遠くの魔物はひとまとめにその状態で置いておいた。

 イメージとしては、接続を切っているような感覚である。

 ただし、側近級だけは全員遠くにいても起こしたままにしてあった。


「知性のある有能寄りはしっかり使わねーとな……しかし、部下がどれほど有能でも上が無能だとな……どうにもならない。だから、当然のごとくオレが必須にならざるをえない。まあ……使い潰されていると気づかれないように弱者を安く使い潰し、利益を最大化する……これができてこそ、資本主義社会では真の強者らしいが……」


 これは、親のホームパーティーの客が言っていた。

 経済アナリストを名乗る男で、有料ブロガーとしてもSNS界隈で有名らしい。


「だが、オレのいた国は怠けるやつや生産性のない弱者を甘やかしすぎた……そのせいで、弱者を支えていた側が耐えられずに強者候補が次々と潰されていった……そして、最後は全体が衰退して終わった。弱者を切り捨てられねーとロクなことにならねーっていう、その見本みてーな国らしい。そう、弱者とはまさに……大魔帝討伐になんの貢献もせず、強者の作ったぬるま湯でここまで生き残ってきた、あの役立たずの下級勇者どものことだ……」


「つまり……弱者による分不相応は悪、ト?」


「おまえも宿しつつあるか、キリハラを。そうだ。分不相応は、許されてはならない。あいつが隣にセラス・アシュレインを置いていたように。本来なら下流を這うはずのあいつに、セラスは使えない……仕えては、ならない」


 桐原はそれから、指定の日を待った。

 暗い遺跡の中――虚空に向かって桐原は、一人呟く。


「約束をたがえれば、オレは容赦なく人面種どもの眠りを解く……そうすれば、ミラは終わる。約束通り三森の首を差し出さなければ……わかっているだろうな、狂美帝……」



     ▽



 指定された日が、やって来た。


 寝床にしていた建物を出ると、桐原拓斗はてのひらを上に向けた。

 舌打ちが漏れる。

 まだ気にするほどではないが、ぱらぱらと細い雨が降っていた。


「天は……空気を読めないらしい。これじゃあ天も生き残れねーな、オレの世界じゃ……、――行くか……」


 桐原拓斗は巨金馬に乗り、指定場所へと向かった。

 予定時刻より早く到着する。

 桐原は下馬し、巨金馬を走り去らせると、周囲を確認した。


「ここか……」


 先日寝床にしていた遺跡の辺りよりも、建物が多い。

 桐原が待っていると、


「我が王」


 そこそこに目をかけている魔族がやって来た。


「どうだ」

「ここへ向かうミラの者たちと思しき一団がございまス。あと一時間もすれば、ここへ到着するかト」


 うんざり気味に、ため息をつく桐原。


「やれやれ……待たせやがる。だが、いよいよセラス・アシュレインか――実物の」

「待ちますカ」

「こっちから出向くのはオレの摂理に反する。がっついてるようにしか見えねーからな……王としての振るまいが今、求められている」

「……御意」


 魔族は下がらせた。


 ”最強の自分がこの局面で配下を連れている”


 これは、桐原の強者の美学に反する。

 多くを従える王威も時には必要であろう。

 しかし、今回は多勢に堂々と一人相対するからこそ王威なのである。


「せっかくのセラス・アシュレインだというのに、金眼どもが視界に入るのは格下げでしかねーからな……オレの視界の価値が下がる……」


 ふと――雨足が強くなった。

 再び舌打ちする桐原。

 さっきまでの小雨くらいならともかく。

 濡れそぼるのは、さすがに見た目が悪い。

 建物の一つを見る。


「入るか……、――」


 ふと。

 何か聞こえた――気がした。


「まさかあの建物……オレを誘い込み、待ち伏せもありうるのか……? だとすれば小賢しいが……しかし、小賢しいならありうるのか? そう、あいつは卑劣な罠でしか戦えない……同情するぜ……オレを……間抜けと思うなら、それは罪でしかない……」


 迷わず、そこへ足を向ける。

 杞憂だとしても――ここで”逃げ”はありえない。

 恐れたと誤解されるのは、桐原の中のキリハラが許さない。

 桐原は思う。

 そして、もし……。

 あの中に三森灯河がいるのだとしたら。

 罠に誘い込んでいるつもりなのだろう、と。


 例の呪術――状態異常スキルとかいうのを狙っているに、違いない。


 ふぅぅぅ、と。

 息を吐き、髪を後ろへ撫でつける桐原。


 心の中で呟く。


 可能性を、予測できているのか?


 あえてオレがおまえの誘いに乗っている……この意味を。







「オレは闇を恐れない……光しかないオレに――――闇は、通用しない」









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― 新着の感想 ―
感想欄が日本人の邪悪さを煮詰めたような感想で溢れてるな いつから日本人の倫理がこれほど壊れたんだろうね
[気になる点] ソゴウが対キリハラ戦に参戦しても、邪魔にしかならなそう。
[気になる点] >付き従っている魔族 >「あの……我が王、本当によろしいのですカ? 我々が駆けつけられる範囲で待機するとはいえ……一人で引き渡し場所に赴くなど、無謀に思えてならないのですガ……」 強引…
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