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銀の馬に乗った彼女が、見えた



 ◇【鹿島小鳩】◇



「うちのチェスター以上の撒き餌となると、皇帝、大将軍、宰相を除けば――まあ、選帝三家の当主しかいねぇわな」


 立派な栗毛馬の上でそう口にしたのは、ヨヨ・オルド。

 彼女の眼下には広い平原が広がっている。

 今ヨヨのいる位置から手前が、ややなだらかな斜面になっていた。

 見晴らしはいい。

 設置した陣を背にヨヨは将たちを従え、遠くを眺めていた。

 その胸中は穏やかではないかもしれない。

 彼女が取りまとめるオルド家の次期当主が敵に捕らわれているのだ。

 ただ、傍目には動揺はないように見える。

 鹿島小鳩は陣幕の隙間から顔を離し、幕の位置を元に戻した。


「……これで、大丈夫なのかな」


 陣幕の裏で、小鳩は言った。

 しゃがんだ戦場浅葱が膝の上に組んだ両腕を乗せ、


「”あの選帝三家最強と謳われるオルド家当主、出陣!”の情報は流してあるから大丈夫っしょ。まーさすがにここでツィーネちん出すのはリスク高いし、イケメン兄様たちは帝都でお忙しやだからねー」


 ヨヨ・オルド参戦の報のもたらした効果は敵だけではない。

 下がっていた味方の士気にもよい影響があった。

 そこへいよいよ皇帝も直接指揮に加わると囁かれている。

 おかげで、ミラ側の戦意が戻ってきていると聞いた。

 ただ、小鳩の最大の懸念は……


「あ……えっと、ミラの人たちの士気の話じゃなくて……そ、十河さんの説得の方の……」

「え? あー、そっちのご心配? いやー綾香もしっかり来るっしょー。こっちのでかい指揮官級を攫いまくれば、最低限の被害でミラに矛をおさめさせられると思っちょるんやから。わははー。敵を殺さず戦争を止めるとか、平成の作品かっつーの」


 二人は並んでしゃがみ込んでいた。

 一応、彼女たちなりに身を隠しているつもりである。


「しっかし、あの委員長が対人間の戦争に参加ねぇ……いよいよぶっ壊れたかな? ほらアタシ……召喚されて間もない頃”綾香はすぐ死ぬでしょ”みたいなことポッポちゃんに言ったじゃん? ツィーネちんたちにも言ったけど、綾香はアホな危うさがあるんよー。ほら……いるっしょ? 肩書きとか学歴とかはご立派なくせに驚くほど頭がお悪い人――地頭が悪い、ってやつ? 委員長はそっち系だと思うんよねー……能力とか知識はあるけど肝心の”人間”がわかってないってゆーか?」


「そんな……十河さんはそんな猪突猛進みたいな人じゃないよ……浅葱さん、間違ってると思う」

「むふー、だからポッポちゃんはアホなのよーん。てか、綾香んことになるともう必死やねー? カワイイねー?」

「別に、そ、十河さんだから必死だなんてッ……」

「むかつくなぁ」

「え?」


 その時、間宮誠子がやって来た。


「ねぇ浅葱、ほんとに綾香とやり合うの?」


 苦笑し、手をひらひら振る浅葱。


「いや、説得して仲間に引き入れる予定だから安心しぃ。バトル展開突入は、説得に失敗してこりゃだめだルートになった時よん。だいじょぶ、だいじょぶ。アタシのアレが決まれば余裕余裕。あの追放じーさんだって倒せたっしょ?」

「いや、けどさすがに相手は綾香だよ? ほんと無理……あのじーさんは人間味なかったけど、綾香相手じゃ、いくらなんでも無理」


「……ふふふー安心しなよ。殺すまではいかんから。さえ起こらなけりゃね」


 なんだろう。

 表情はそんなに、冷たくはないのに。

 ぞく、と。

 小鳩の背筋に、寒気が走った。

 浅葱は唇の下辺りを小指で擦りながら誠子に、


「説得失敗したって……普通にいけば、捕まえて動けなくするだけでいいんだからサー」


 誠子の顔が安堵に緩む。


「だ、だよね?」

「そーそー、だからポッポちゃんも安心しなって」

「てか、ポッポさ」


 誠子が言った。


「う、うん? 間宮さん、何?」

「ちょっと見えてんだけど」

「え? 見えてるって……あっ! ぅぅ……」


 小鳩は慌てて膝を完全に閉じ、スカートで覆う。


「ったくー、ポッポちゃんはやっぱり抜けとるなぁ……およ?」


 にわかに、陣幕の外が騒がしくなった。


「来たかにゃ?」


 幕の切れ目を手でよけ、陣幕の向こうを窺う浅葱。

 騎士の一人が叫んだ。


「ヨヨ様、来ました! お下がりください!」


 意を決し、小鳩も覗き込む。

 自分の心臓の鼓動がやけに大きく感じられる。

 このまま、心臓が弾け散ってしまいそうだった。

 ……ここからだと、姿はまだ見えない。


(十河、さん……)


 ようやく会えるという喜びと。

 これから起こることへの不安。

 自分はやれるのか、という緊張感。

 その三つが入り交じってか、呼吸がひどく浅くなる。

 ヨヨの声が耳に届いた。


「ちっ……勇者とはいえ、本気で娘っこ一人かよ。いや、違ぇ……なんだ、あれは……」



 巨大な銀の球体が、空に出現していた。



 まるで大量の銀を溶かし、それを球体にして空に浮かべたような……。

 次の瞬間――球体が爆散めいて飛び散った。

 飛び散った銀色の球体はそのまま、激しい雨のように地上へ降り注ぐ。


 ドドドドドドドドド――ッ!


 小鳩の位置からは、そこまでしか見えなかった。

 

(あれが……十河、さんの……?)


 ミラ側の者たちは予定通り撤退を始める。

 こちらへ退いてくる。


「!」



 銀の馬に乗った彼女が、見えた。



(十河、さん!)


 人型をした銀一色の不思議な生物たち。

 それらは、騎士のような姿形をしていた。

 銀馬に跨がった彼女を、その銀騎士たちが追っている。

 気づくと、背後に浅葱グループが集まっていた。

 ぎゅうぎゅうのすし詰めに近い。

 皆、気になるのだ。

 緊迫した面持ちが並んでいる。

 幕の切れ目は、もう大きな穴にまで広がっていた。

 浅葱が地面についていた片膝を上げ、


「行くぞい、皆の者」


 軽やかな足取りで、陣幕から飛び出した。

 小鳩が続く。

 他の者もそれに続いた。

 引き返してきているヨヨが近づいてきて、


「あとは頼んだぞ、勇者ども!」

「お任せあれいっ。あ、人払いはよろしくです。綾香の神経、逆撫でするだけなんで」


 浅葱の横を、そのままヨヨが通り過ぎていく。

 騎士や兵たちもヨヨを追い、浅葱たちと逆方向へ進んでいく。

 浅葱たちを置き去りにする形で、人の波が、後方へと遠ざかっていく……。


「おー来た来た……来たよ、十河綾香だ。懐かしの顔だ。おぉーい、いーいーんちょぉーっ!」


 戦場せんじょうにそぐわぬ弛緩した空気で浅葱が手を振ると、


「! ――浅葱さん!?」



 綾香の方も、こちらに気づいた。



「っ……無事だったのね!」


 綾香が馬を止める。

 遅れて銀騎士たちが追いつき、綾香の後ろで半円の壁を作った。

 綾香の前方――残る半円の方角には、小鳩たち。

 額のサークレットにヒビが入っているが。

 久しぶりに会う綾香は、ちゃんと十河綾香に見えた。


「十河さん!」

「ぁ――――鹿島さん! よかった、あなたも無事で……!」


 綾香の顔が明るくなる。

 小鳩は、その顔になってくれたことが嬉しかった。

 確認するように、浅葱グループの面々を見る綾香。


「みんなも……それに、誰も欠けてない……」

「この浅葱さんがついてんだから、誰も死ぬわけないっしょー」

「……ありがとう、浅葱さん。本当に」

「てゆーかなんなの? 銀の馬に騎士たち……委員長の固有スキル今、そんなんなってるわけ?」

「え、ええ……」


 小鳩たちの後方の陣は、今やもぬけの殻。

 ヨヨたちにはあのまま遠くまで撤退してもらう。

 それが浅葱のオーダーだった。


「てか、そいつら出したままなのって……もしかしてアタシらのこと警戒してる? こっちは綾香を信用して、うちら以外遠ざけたんだけどにゃー……切ないにゃー……」

「あ……ごめん、なさい」


 銀馬と銀騎士が、消える。

 固有スキルを解除したようだ。


 一応、小鳩には【管理塔(ディスクローズ)】で見えている。


 十河綾香のステータス。


(すごい……十河さん……)


 補正値は、三森灯河を遥かに上回っていた。


 頭の後ろで両腕を組み、浅葱が言う。


「んなことより委員長……ついに見つけたよ、女神ちんに頼らず元の世界に戻る方法」

「え?」

「アタシらはそれを探していたと言っても、過言ではない」

「それは、どういう……」


 浅葱は、綾香に禁呪の話を伝えた。


「――そんなわけで、女神ちんはもうただの厄介な神おばさんってこと。つーかあのおばさん、素直にアタシたちを元の世界に戻してくれるかねー? どう? 委員長は信用できんの、あんな胡散臭い神様なんか」


 禁呪という帰還手段に、綾香は驚いた反応をしていた。

 ただ、小鳩にはどこかそれが、


 “実在したことに驚いた”


 みたいな反応に見えた。

 帰還の禁呪の話。

 もしかして、噂程度くらいには知っていたのだろうか?


(それに、十河さん……)


 女神に頼らず元の世界に戻れるのがわかった。

 だと、いうのに……。

 今の綾香は喜ぶどころか、何か釈然としない表情をしている。

 何か。

 言い知れぬ不安が、小鳩の胸に広がっていく。

 綾香は躊躇いがちに、


「あの、浅葱さん……たちは……」

「んー?」

「ミラに、捕まって……脅されて、私を説得するためにその話をさせられている……とかではない、のよね?」

「は? 女神ちんにそんなこと吹き込まれてんの? ははー女神ちんらしいリスペクトできるやり口ですなー。らしいらしい」

「……本当、に?」

「え? 信じられない?」

「その……狂美帝さんや蠅王さんに、言いくるめられて……とか」


 わずかに、浅葱グループにさざ波が立つ。


「ほへー? 女神ちんに何言われたか知らないけど、委員長はあたしらより女神ちんを信じるんだ?」

「ち、違うの! ただ……狂美帝さんやベルゼギアさんは、人を説得するのが上手いと……そう、聞いて……」

「洗脳、と言わないのはさすが委員長じゃな。委員長の中じゃ、そんなにも狂美帝とか蠅王は悪者なんだ?」


 綾香は、そう思うに至った理由を話した。

 話が進むごとに、小鳩は驚きを禁じえなかった。

 しかも、


(三森君の、言った通りだ)


 答え合わせのように感じられた。


(自分が安君を殺したとか……ありもしないことを、女神さまが十河さんに吹き込んでる可能性がある、って……)


 話が進むと、浅葱グループの面々のざわつきも大きくなっていく。

 茅ヶ崎篤子が、


「ま、待ってよ綾香!? はぁ!? 安は知らないけど……第九騎兵隊が、蠅王に命乞いしたあとで虐殺された? だって、第九騎兵隊は――」


 言って、浅葱を見る。


「そだねー……そいつは事実と違うなぁ、委員長」


(そう、第六騎兵隊の話も……三森君の話と違う。わたしたちのこともだ。やっぱり女神さま、狂美帝さんや三森君が悪者になるように話してたんだ……)


 その時、


「でも――だ、だったら!」


 綾香が声を上げた。


「証拠が……証拠が、欲しいの……ッ」


 浅葱が、


 ”よく聞こえなかったんで、もう一回言って?”


 みたいな顔をした。


「……はい?」

「私も浅葱さんたちを信じたい……守りたい、から!」

「証拠、っつわれてもねぇ……じゃあ逆に聞くがね、どう証明すればいいのかにゃ?」

「それ、は……」

「てかさ、女神ちんの方は証拠を見せたん?」

「証人が……いたの」

「直接会った?」

「それは――あ、会っていない……けれど」

「でしょー?」


 だけど……、と綾香は俯く。


「浅葱さんたちが狂美帝やベルゼギアさんに言いくるめられている可能性も……否定、仕切れない。ベルゼギアさんに至っては、その正体さえわからない……何か後ろめたいことがあるのかもしれないわ。それも……今となっては信用できない要素、かもしれないから……」

「へー? ならアタシたちにこのままおとなしく捕まれとでも? アタシたちを説得する? それとも……力づくで捕まえるつもりかい?」

「そ、それは……!」

「ていうか、委員長さー……この戦争、人間とやる戦争なわけだよね? 委員長がそんなんに参加するなんて、浅葱さんびっくりだヨ。どうしちゃったの?」

「私は……この戦争を、早めに止めたいの。犠牲を少なくしたい。救いたい人たちを、救いたい……桐原君も! 今、彼を止められるのは私しかいないと思うの! のはきっと、私の役目だから! そう……私が、この力で! この手を汚してでも! あの人が……言って、くれたの……完璧なんてものは存在しないけれど――最善を尽くすことなら、できるって……」

「十河、さん……」


 小鳩は、ぎゅ、とこぶしを握り込んだ。

 じわり、と。

 嫌な汗が、てのひらに滲んでいるのがわかった。


「……………………」


 一方、浅葱は黙り込んでいた。

 なんだろう、と小鳩は不安に思う。

 あの顔……。

 嫌な予感が、自分の中で膨らんでいくのがわかった。

 にぱぁー、と。

 浅葱が、太陽のような笑みを浮かべた。


「わかったよ、委員長」

「え?」

「アタシは、委員長を信じる――ほれ」


 出頭でもするみたいに、両手を差し出す浅葱。


「おとなしく捕まるからさ……早くこの戦争、終わらせてよ?」


 綾香が目を丸くし、そして――


「浅葱、さん」

「女神ちんは信じらんないけど……アタシ、委員長なら信じられるから」


 言って、綾香に歩み寄る浅葱。

 急速に。

 破裂、しそうなほど。

 小鳩の”嫌な予感”が――膨張、していく。


 頭の中で走馬灯のように思い出されていくのは、浅葱の綾香に対する言葉の数々。


 中でもさっきの、




さえ起こらなけりゃね』




 小鳩は、わかった気がした。

 さっきから感じているこの嫌な感じの正体。

 浅葱は――


(だめ……だめ! 浅葱さん……説得を諦めてる! 浅葱さん、このままあの固有スキルを……十河さんに使うつもりなんだ! そして……もしかしたら、使ったあと――)


 ピタッ


「……あり? 綾香、あんた――」

「三森君なの!」


 小鳩のそのひと言によって、皆の視線が一斉に小鳩へ集中する。

 綾香のぽかんとした目も、やはり、小鳩へと向けられていた。


「え? 三森、君……? ええっと……あの、彼が……どうか、したの?」


 小鳩は蠅王――灯河の言葉を思い出しながら、


(いいん、だよね……三森君……ッ!?)





「ベルゼギアさんの正体は、三森君なの!」







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― 新着の感想 ―
[一言] ほんま腹立つわこのクソ女 賢さ補正マイナスだろこいつ ほんまここでやっちまえよ
[一言] 綾香は基本他人を見下してるからね 自分は間違えない自分は騙されない自分は正しい 間違えるのは騙されてるのはいつだって相手っていう典型的なお花畑サヨク そりゃ浅葱さんも嫌うっしょ
[一言] ※第九騎兵隊はアサギさんチームが全滅させました。
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