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「俺はまだ、人間なんだ」


 にしても、だ……。

 俺は訝しく思った。

 あれからビームを撃ってこない。

 壁を貫く威力くらいあるのではないか?

 俺がこのあたりに潜んでいるのも承知のはずだ。

 なのに、撃ってこない。

 何か――狙っているのか?


「ん?」


 ベチャ! ドチャ! ベチョ!


 ヘドロのようなものが俺の位置から少し遠くに降ってきた。

 魂喰いが放ったのか?

 なんだ?


「!」


 ヘドロが形を成していく。

 人間の形。

 たとえるなら、精巧な粘土細工。

 その作成を早送りで目にしているかのようだった。

 青紫色をした三体の人型が立ちあがる。

 人型の魔物はこの遺跡でも見慣れているが……。

 頭にあたる部位に奇妙な不気味さを覚えた。

 人間の唇を縦にしたみたいな奇怪な形の頭部。

 なんだ、こいつら……。

 気味が悪い。

 そして微細な振動の中、魂食いがこちらへ迫っているのがわかる。

 ゆっくりだが、移動してきている。


「……ッ! ひとまずこの気味悪いのを【パラライズ】で――」


 ニゅルりィんっ


「――なっ!?」


 唇状の部位の奥からニュルリと出てきたもの。


 血気を失った人間の頭部、だった。


 表情は泣き顔に見える。

 いや、苦悶の顔にも見えるか?

 あるいは、絶望に打ちひしがれた顔か……。


「そう、か」


 ようやく理解する。

 これはいわば”再現”なのだ。

 魂喰いの本質はあのリザードマンたちと同じ。


 廃棄者の死にざまを俺に見せつけている。


 殺した廃棄者たちの死に顔。

 死ぬ直前の表情。

 おそらくは魂喰いのコレクション。

 捕縛した魂の形みたいなものを転写しているのだろうか?

 確かな答えは出せない。

 ともかく見せつけている――俺に。


”ほぉら? おまえの仲間の哀れな表情をよぉく見なよ?”


 反応を寄越せ。

 くれ。

 魂喰いの――娯楽。

 冷や汗が伝う。

 笑みが少し引き攣る。


「てめぇも、かよ……ここの魔物どもはどいつもこいつも……なんつー趣味の悪さ、してやがる……っ」


 ペトッ、ペトッ、ペトッ


 転写ゾンビが近づいてくる。


「……っ」


 ペタペタ、歩いてくる。

 ベースが泣き顔なのが余計に不気味さを増加させている。

 表情が――まるで、助けてくれと懇願しているようで。


「――――――――」



     ◇



 俺は一歩、後ずさった。


「ふざ……けんな、よ……っ」


 こいつらは、今までと違うだろ。

 そう――違う。

 人型の魔物とは確かにこれまでも戦ってきた。

 けど、


「こんなにも”人間”な相手じゃ、なかったッ……だってこいつら……ほとんど人間の姿を、してるじゃねぇか……ッ!」


 人の姿をしている。


 こんなにも抱く感情が、違うものなのか。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……、

 ピキ、ビキッ、ピシィ――、

 ドガガガガガガァァアアアアン!


 左手の斜め前側の壁が、崩落。


 振動と共に姿を現したのは巨大な人面石。

 身体の部分はカドの取れた四角形に近い形、と言えばいいのか。

 前方部分が石っぽい人面。

 後方部分はナマズみたいな肉、石、土の融合体のようだ。

 身体の部位から何本も伸びている触手じみた肉。

 肉々しい黒い触手。

 どこかイソギンチャクを彷彿とさせる。

 その動きはさながら、海の底で揺れる海藻のよう。

 魂喰いの髪の毛みたいに見えなくもない。

 触手の先が、淡く黄色に発光している。


 


 多分あの触手の先から例のビームが出たのだ。


「!」


 閉じている目から血のような赤い液体が流れてきた。

 まるで、血涙。


 カパッ


 魂喰いの口が大きく開かれる。

 ブシュブシュと口から赤い液体が噴き出し始めた。

 そして、



「ひイ゛ぃ゛ェ――ぁアあアあアあアあ゛ア゛ぎヒぃェぇァぁ゛ア゛あアあアあアあラぁァあア゛あ゛――――――――ッ!」



 汚らしい吐血音を交えた強く耳朶を打つ雄叫び。

 絹裂く悲鳴に歪みが付与されたようでもある。

 もはやホラーの声域。

 耳障りな絶叫。

 叫びが止み、魂喰いが口を閉じる。


 スゥ


 今度は魂喰いの目が薄く開いていく。

 その口もとが微笑みを作っていく。

 金色の瞳。

 心なしか、その目は笑っている――ように見える。


「こい、つ――」


 やはりこの状況を楽しんでやがる。

 俺を、追い詰めて。


「…………」 


 それでもまるで隙がない。

 空隙をさっぱり見つけられない。

 驚嘆すべき隙のなさ。

 もしここで俺がひとたび状態異常スキルを放つ気配を起こせば、


 先ほどの二の舞は、確実。


 今度こそ身体の一部を持っていかれるかもしれない。

 近づく粘性の足音。

 足音の方角へ向き直る。

 転写ゾンビが、近づいてきていた。


「しかも……く、クソッタレがぁっ! 死んだ人間の魂を操って、こんなっ……」


 ボトボトと青紫の液体を垂らすゾンビが近くまで迫る。

 ゾンビの方へ、左腕を突き出す。


「ぐ……っ! パ――」


 ジーッと観察されている気配。

 汗がドッと噴き出す。

 目を剥く。

 歯を、食いしばる。

 思い切って、口を開く。


「【パラ、ライズ】っ!」


 阻害、されなかった。

 三体のゾンビの動きが停止する。

 麻痺、成功。

 魂喰いをチラ見する。

 高みの見物といった感じ。

 自分の方へは腕が向いていなかった。

 だから、迎撃してこなかったのか?

 荒い息をしながら俺はしかと三体のゾンビを見据える。

 声が、震える。


「つ、次は――」


 哀しげな人間の表情。

 泣いている表情。

 助けてと懇願する表情。


「ポ――【ポイ、ズ――】、……ぁぁああぁくそぉぉ!」


 天を仰ぐ。


「でき、ねぇ……ッ!」


 力一杯、歯を食いしばる


「半分、死んでいるとはいえっ……に、人間の姿をした相手に……っ! こんな残酷な毒スキルを――使える、かよっ! ふざ、けんな!」


 目尻に涙が滲んできた。

 地獄めいた遺跡で死んだ廃棄者たち。

 言うなれば、


「仲間じゃないかよ、俺の……ッ!」


 ありったけの憎しみを込め、魂喰いを睨みつける。


「俺は――俺はなぁ、そこまで堕ちちゃいねぇんだよ! 人の魂を遊び道具にするおまえとは違う! だから”仲間”に対してこの毒スキルは、使えない! 使わない! 魔物はともかく……”人間”の姿をした相手に……何も悪くないはずの、やつらにっ……この毒の力を、使えるわけねぇだろ! お、俺は――」


 ブワッ


 涙が、とめどなく溢れてくる。



……ッ!」



 ニィィィィィ


 歯を剥き、魂喰いが嗤う。

 その目も笑みの形へと強く吊り上がっていく。


 ベチャッ、

 ビチャッ

 ドチャッ!

 ドチェッ……


 ヘドロが20ほど追加された。

 追加のヘドロもすぐさま人の形を成していく。


 ニゅルりィんっ


 縦型の唇から人の頭部が出現。

 またも並び立つ、絶望の表情。


 死者の行進が始まる。


 俺を、取り囲もうとするみたいに。


 ペトッ、ペトッ、ペタッ


「く、来るな……っ」


 右手で顔を覆う。

 ふらつきながら、俺は、後退していく。


「よ、よせ……」


 たとえば、魂の記憶を転写しているのだとしても。

 あの姿が、ただの模造品(コピー)だとしても。


 元となったのは同胞とも言える廃棄者たち。


 甦ってくる。

 出遭ってきた数々の廃棄者(ナカマ)たちの姿が。


「仲間だろ、お、俺たち……っ!?」


 頼む、伝わってくれ。

 俺の心。

 もう一度、奇跡を――、……。

 腕が、小刻みに震え始める。


「来る、な……」


 追い詰められていく。

 壁際へ。

 前方には死者たちの列。

 死者たちの背後には――魂喰い。

 魂喰いも、迫ってきている。


 ニッカァァッ!


 魂喰いが輝く満面の笑みを浮かべた。

 燦々と輝く太陽がごとき笑み。

 気持ち悪いくらいに白い歯が並んでいる。

 盛り上がった歯茎が、少し前へ剥き出るほどの笑み。


 俺の絶望を、味わっているのだ。


 噛み締めているのだ。

 最高の獲物に出遭った。

 そんな表情。

 こいつは、楽しんでいる……。


 その時だった。


 人の形と顔を持った大量の青白い霊体めいた何かが、もがき苦しむように、魂喰いの身体から上半身だけ姿を現した。


 眼窩と口が黒々とした霊体。

 大口を開けている。


「「ホォォオオオオオオォォォオオオオオオ――――ッ! ォォオオオオォォォオオオオオオ――――ッ!」」


 まるで、束縛による苦しみからの解放を懇願しているようだった。

 絶望色に染まった魂の大合唱。

 捕えた魂たちにもこの光景を、見せつけようとしているのか。


「ひどすぎる、だろ――」


 背筋に寒気が走った

 歯の根が噛み合わない。

 外道中の外道……。


 悪魔だ、魂喰い(こいつ)は。


「うっ!?」


 背中が壁についたのがわかった。

 もはや逃げ場はない。

 逃げる気力も……ない。

 足も竦んで動かない。

 恐怖が身体を、地面に縛りつけている。


 怖い、

 怖い、

 怖い。


 近づく、死者。

 迫る、魂喰い。


「や、やめろ……っ」


 絶対、絶命。


「やめてくれ……頼むから……よ、よせ……来るな……来るな、来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るなぁぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛――――」


 魂喰いの口がさらにカッと大きく開かれる。

 触手たちが倍速で激しく踊り出す。


 ニッ、カァァァアアア!


 血の涙を流しながら、魂喰いが最高の笑顔をキラキラさせる。

 伝わってくる――魂喰いの愉悦が。

 気持ちが。



”最高!”



    ◇



 そう、最高。


 今が、最高。


 魂喰いにとって、最高の時。


 今その時こそ、魂喰いが待ちわびた――最高の瞬間。


 ゆえに生じる、







 空隙(クリア)







「――【】――」







 ビキッ、

 ピシッ、

 ピ、キッ――


「ギ、ぃ……ッ!?」


 顔を覆う手の指の隙間から、俺の目は、かくと魂喰いを捉えている。


 最初の三体のゾンビに【パラライズ】を放った際、腕を前へ突き出して以降、俺はただの一度とてその左腕を下げていない。


 目で対象を認識。

 対象へ腕を向けている。


 発動前提条件、二項――クリア。


「……、――ぎ、ィぃィっ!? ギ!?」


 魂喰いの表情が一変。

 その動きが、停止する。

 


 指の隙間から魂喰いを見据える。


 獲物を追い詰めた時の――


「傲慢な強者が否が応でも持っちまう、


 相手よりも格上だと思い込んだ、その瞬間。

 もう勝利が確定だと思い込んだ、その瞬間。


 生じるは、大敵――



 名を、油断。



 共に引き連れてくるものは、意識の空白。


 ねじ込んでやった――その、空白に。



 状態異常スキル(パラライズ)



【スキルレベルが上がりました】

【LV2→LV3】


 とうに震えは、停止した。

 とうに涙も、失せている。


 すべて、フェイク(演技)


「ギぃィぃ! ヌぎィぃィ! ウっ、ィ゛ぎィぃィぃィぃィぃィぃッぃ!?」


 魂喰いが必死に身体を動かそうとしている。

 歯を食いしばり、もがこうとしている。

 が、動けないようだ。

 過剰な充血ぶりを彷彿とさせる金色の瞳。

 白目部分に血管みたいな太い脈が浮き出ている。

 ギリリッと人面石が俺を睨みつけてきた。

 憎悪、恥辱、殺意……。

 歯茎らしき肉の部分から、赤い液体が滲み出ている。


 魂喰いを俺は睨み返す。


「俺は自分自身すらをも――騙し、欺ける」


 さっき俺は本気で怯えていた。

 本気で追い詰められていた。

 同じ人間の姿をした敵を目にし、激しく葛藤していた。

 完全に”優しい三森灯河”に感情移入していた。


 要するに、なり切った。


 何もかもを見通す目をした魂喰いを、欺くために。


「おまえら――ああいうの、大好物だろ?」


 リザードマンや双頭豹の持っていた嗜虐性。

 弱者をいたぶりたい。

 黒い欲望。

 そう、やつらは期待していた。

 怯える姿を。

 無様な姿を。

 魂喰いも同じだと俺は悟った。

 トドメを優先せず、コレクションを見せつけにきた時点で。


 だから、利用してやった。

 勝ちを、確信させてやった。

 望みを、叶えてやった。


 与えてやった。


 傲慢な捕食側の望む”弱者の無様な姿”を。


「カカカ……どうだったよ? なかなか真に迫った演技だっただろ? なぁ、魂喰い(ボス)?」


 魂喰いにも状態異常スキルが効いた。

 その安堵感と嬉しさゆえか。

 俺の口もとは、さらに笑みの形へと切り替わっていく。


「クク、そりゃあそうさ……」


 名俳優(ペテン師)にも、なろうというもの。

 叔父夫婦に引き取られたあと、


「何日も、何か月も、何年も――」


 無害に、なろうとした。

 普通に、なろうとした。

 優しく、なろうとした。


 腕を掲げ、血の滲む指先がある方の手を、魂喰いに誇示する。


「己自身すらをも、騙し、欺き――」


 ついには自ら”本当の自分”を、忘却してしまうほどに。


「俺は――」



 目を剥き、凶情きょうじょうにて、嗤いかける。







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― 新着の感想 ―
[良い点]  とことん強い。 [一言]  自分が見下す側だと思ってる奴って殺しやすいよな。
[一言]  とことん強いな。
[一言] 蛙の子は蛙ってことなわけか
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