金色の勇者とアライオンの女神
最近はもう少し気楽に書いていくべきかもしれないと思いつつ……自分なりに無理のないペースや分量を見定めていけたらと思います。
▽
「これは……実に、驚いた事態となりましたねぇ。すでに始末されたと思われていたキリハラさんが、まさか大魔帝を討ち取るとは」
これはヴィシスも想定外であった。
あのE級勇者の件も無視はできない。
しかし自身の目的を考えるなら――
優先すべきは、こちら。
ヴィシスは新生騎兵隊を伴い、指定された国境線まで来ていた。
勇者たちと約1000名の軍は野営地に残してきた。
あえて、勇者たちは連れてこなかった。
特にアヤカ・ソゴウは邪魔になりかねない。
そう――タクト・キリハラを、始末する際の。
「過去の根源なる邪悪――歴代大魔帝の中でも、今回のは特に手強そうに感じたものですが……なかなかに謎ですねぇ。本来なら天敵である勇者相手にそれほど油断していたとも思えませんが……いえ、いかんせん相手があのキリハラさんですからねー。悪い意味で彼にあてられたか、あの意味不明さに調子を乱されてしまったのかもしれません……彼は、もう私にも何がなんだか。……まあでも、これでようやく終わりですから」
あれだけの軍勢を生み出し動かせる大魔帝。
大侵攻の際に東軍が目にしたあの生物要塞も大魔帝が生み出したものだろう。
過去最高の根源なる邪悪。
今回の根源素を手に入れれば――すべてが、終わる。
「…………」
ただ一つ、ヴィシスは気になることがあった。
あのあと伝令が、こんなことを言っていた。
『タクト・キリハラはどうも……金眼の魔物を引き連れている、そうでして。中には、その……魔族らしきものもいるとか……』
最初、ヴィシスは訝しんだ。
これは大魔帝の罠ではないのか?
大魔帝の死は、偽装ではないのか?
今回のキリハラの接触も大魔帝による策の一環なのではないか?
ただ、大魔帝の死の真偽を確かめる方法がある。
大魔帝の生んだ魔物の邪王素放出の有無を確認すればいい。
死んでいればその邪王素は消える。
大誓壁付近に集結している魔物を、調べさせればいい。
が、今回に限っては今すぐ確実な証拠がほしかった。
ヴィシスは、根源なる邪悪の生死を判断する手段を持つ。
貴重な神の力を消費するのであまり頻繁に使いたくはなかった。
しかし、今は使うべき時と判断した。
結果――確かに大魔帝は、死んでいたのである。
生死判定をしたあと、再びやって来た伝令との会話をヴィシスは思い出す。
『大誓壁付近の金眼たちは統率を失い、現在、散り散りになっているようです。今、マグナルとヨナトがその対応に乗り出すべく動いているとの情報があります。邪王素は、おそらく消失しているとのことで……』
『根源なる邪悪が死んだあとに起こる暴走……邪王素の消失……大魔帝の死は、間違いないようですね』
『では――へ、平和が戻るのですね!?』
『……しかし気になります。キリハラさんが金眼の魔物を引き連れている、というのが……統率を失うはずの金眼を引き連れている……? さらに魔族まで……?』
『その……訪ねてきたマグナルの民が言うには、タクト・キリハラは”金眼の魔物を従属させる固有スキルというものを会得した”……と。タクト・キリハラが、そう伝えろと申し渡したそうで……』
大魔帝が生きているなら、キリハラを用いた策と考えるのが妥当であろう。
が、大魔帝が死んだのは確認できている。
ならば。
この状況は、なんだというのか。
これはもう会ってみるしかない。
会って――必要なら、問答無用で始末すればいい。
キリハラが元の世界に戻るにはどのみち女神が必要である。
結局、神のてのひらの上に戻ってくるしかない。
ヴィシスは今、なだらかな平野に立っていた。
剥き出しになった土が露わになっている場所が多い。
しかし畑に向いてるわけでもない。
何か役に立つものが産出するわけでもない。
過去に遡っても、両国ともさほど欲しがらなかった地域。
特徴を挙げるなら、せいぜい平野一帯に巨岩が点在しているくらいか。
右手側にはなだらかな傾斜が続き、その先に小高い丘がある。
左手側は――金棲魔群帯。
遠目にだが、見えている。
そして、
「まあ、驚きました……」
列をなす金眼の魔物の群れを背に――
タクト・キリハラがいた。
キリハラが馬に似た四足歩行の魔物から下馬する。
巨金馬、とでも言おうか。
黄金色の奇抜な一本ヅノの魔物であった。
キリハラが、こちらへ歩き出す。
彼は小型の金波龍を纏っていた。
付き従うように、背後の金眼たちが前進を始める。
歩き出す順は不揃いだが、それが逆に独特の迫力を漂わせている。
個体の大きさも不揃い。
最も多いのは大魔帝軍の主力であったオーガ兵。
オーガたちは腐肉馬に騎乗していた。
こちらの新生騎兵隊の者たちが怯んだ気配を見せる。
隊長を務めるクジャ・ユーカリオンが青ざめ、命令を求める表情を向けてきた。
「ヴィシス様……き、来ますが……大丈夫、なのでしょうか……?」
「さあ?」
「!」
「ふふふ、冗談です」
カコッ、と。
ヴィシスは――懐から取り出した黒紫玉を、口に入れた。
「まあ、予備としてもう一段階――上へ、行っておきましょうか」
――ドクンッ――
二つめ。
ヴィシスの目が黒一色に染まる。
ぬらぬらと光沢を放つ闇のような目。
一つ瞬きをすると――元の目に、戻る。
と、
「あら?」
キリハラが、右手を挙げた。
制止を命じるように。
金眼の魔物たちの行進が、止まる。
そこからキリハラは、一人で歩き始めた。
ヴィシスとの距離は現在200ラータル(メートル)ほど。
「ふふふ……話し合いたいというのは、本当のようですね。では……こちらも、私が一人で参るとしましょうか」
「ヴィシス様!?」
「大丈夫です。大魔帝が死んだのなら、邪王素を危惧する必要もありませんのでー」
互いの距離が、詰まっていく。
両者とも歩みに乱れはなく。
ある一定の距離まで来たところでヴィシスは、
「あら」
そう呟いた。
「…………仲よく、というつもりでもないみたいですねぇ。あぁ、怖い怖い」
そして、互いの声が聞こえるだろう距離まで来――
「【金色、龍鳴――」
攻撃意思を、察知。
ヴィシスは刹那の速度をもってキリハラへと肉薄。
スキルを言い終える前に、キリハラの頬へ狙いを定め――
こぶしで、殴り飛ばす。
キリハラは矢のように吹き飛び、背から近場の巨岩に激しく叩きつけられた。
硬質ながらも激しい破砕音が澄んだ空に鳴り響く。
キリハラは、身体の半分を背から巨岩にめり込ませていた。
岩に荒々しい凹みができている。
凹みから、放射状に、蜘蛛の巣めいた亀裂が外側へ向かって走っていた。
そして、殴り飛ばした直後――ヴィシスはそのまま吹き飛ぶキリハラを、追いかけていた。
つまりキリハラが岩に衝突する寸前に、ヴィシスはすでに、キリハラが吹き飛んだ分の距離も詰めていたのである。
衝撃ゆえか。
金波龍は霧散し、すでに消滅している。
すると。
キリハラの目が。
見下すように――ヴィシスを、捉えた。
「【金色龍鳴――」
やはり、スキル名を言い終えるより速く。
ヴィシスは右手でキリハラの両頬を力強く挟み込み、そのまま、口を塞いだ。
――メリッ――
「無駄です♪」
「…………」
「攻撃の意思を感じ取った瞬間……スキル名をあなたが言い終えるより速く、私は攻撃をすることができます――できるようですねぇ? あなたのスキルの弱点は発動に必要な文字数が多いこと……言い終える前に阻止してしまえば、怖くはない力なのです。近接戦闘能力と速度があなたを上回っていれば、余裕ということです。んー、そして……今のは先に発動させておき、そのまま持続的に使えるスキルではおそらくないですねぇ? どれどれー?」
強制的にステータスを表示させる。
忙しさを言い訳にせず、ヒジリもこうやって定期的に確認しておくべきだった。
「”ドラゴニック”のあとに”チェ”とか聞こえましたので……あーこれですか……【金色龍鳴鎖】……何々……【従属/対象:金眼の魔物・魔族】……? まあ!」
ヴィシスは驚き顔になって、目を見開く。
「ま、まあまあまあ! まさかあなた、私を魔物か魔族と思ってこのスキルで従属させようとしたのですか!? な、なんてひどい……っ! 女神であるこの私が魔物や魔族と同じと判断されたなんて……ひ、ひどすぎます……ッ! うえーん! ……えーっと、他にも新しいスキルが……まーすごい。…………それにしても、冷静なのですねぇ。何かおっしゃりたいことが? いいでしょう。攻撃の意思が見えた瞬間、次はもっと痛い目をみますけれど♪ 大丈夫ですか? あ、さっきは手加減したのくらいわかりますよね? 馬鹿じゃないと信じたいです、すごく」
警告を終え、手を離す。
特に動揺した響きもなく、キリハラは言った。
「――試しに、決まっている」
「はい……? 試し?」
「そのスキルの表示情報からして、効く可能性は低いと思っていたが……おまえにも効くのかどうか、試さざるをえなかった。真の王の、宿命として」
「ハァそうですか。よくわからないです」
「…………なるほど、敵意か? そうか……オレに敵意がなかったから、大魔帝は油断した? だがヴィシス……おまえへの敵意を隠すのは不可能に近い。だから警戒された――摂理か。オレはオレに嘘をつけない……王の遺伝子が、虚偽を許さないらしい。やれやれだぜ……」
「正気ですか? ちゃんと、会話できますか?」
「従属させられれば一番だったが……仕方ない。交渉には、応じざるをえない」
「あのぅ……どういう感性なのでしょうか、それって? 自分のお立場、わかっていらっしゃいます?」
「王だ」
「いえ、王とか言われましても……あのキリハラさん? 大人になりましょう?」
「大人だと? オレは、すでに年齢を超越している」
「うーん」
「これは立場の話だ。オレは大魔帝をくだし、こうして真の王となった。ここからすべてが始まる」
数秒の間が、あって。
にっこりと、ヴィシスは笑顔を浮かべた。
「ともあれ、よくやってくださいました。あなたの功績を讃え、先ほどの反逆行為は不問としましょう」
「おまえの目には今のが反逆に見えたか。あれは反逆ではない――因果の流れだ」
「……そうですか、わかりました。さ、それでは、アライオンに戻りましょう。ええっと、あの金眼の魔物さんたちは……どこかにまとめて置いておけますか?」
「おまえに不問にされるまでもない。これでよくわかっただろう……オレこそが真の勇者であり、真の王の器だったと。誰もなしえなかった大魔帝討伐を成し遂げたのは結局このオレだった。オレだけが――成し遂げた」
「はいすごいです♪ とっても♪」
「……おまえのその敬意の浅さには、もはや唾棄を与えるしかねーな」
「も、申し訳ないです……元からこういう性格でして……」
「しおらしくなったり、泣いたり……それでどうにかなるほど世の中は甘くはない。そしてそれがおまえの限界……真の信頼は生涯おまえに向けられることはない――このオレと、違って」
「えー? 同じでは?」
「”違う”以外の選択肢がこの世に必要か? ……まあ、謝罪さえあれば許しを一考する度量をオレは持つ。わかるか? おまえはオレの真の力量を見誤った……後悔しろ、ヴィシス」
「う、うぅ……後悔、してます……申し訳ございませんでした……私の目が曇っておりました……ぐすっ……あんまり苛めないでください……私だって、完璧ではないのです……うぅぅ……ごめんなさい……」
「……………………赤点は回避、と甘めに採点してやる。しかしクソである事実に変わりはない。神の思い上がりか、心から誰かに謝るということができないのか……それが――おまえの本質か」
「うぅ、そのようです……」
「ただ、形式上でも謝罪した事実は評価してやろう」
「そうですか……それで、キリハラさん」
ヴィシスは、肝心の話へと流れを切り替えた。
「大魔帝を倒したのは本当のようですが……黒水晶の首飾り、ありますか? 私はどうでもよいのですが……あなたたちを元の世界へ戻すためには、あれが必要ですので」
「渡してもいいが――その前に、条件がある」
「あのぅ……その前に、確認だけさせてもらってもいいですか?」
「首飾りをか?」
「はい」
キリハラが懐に手を入れた。
ヴィシスの視線がそれを追う。
キリハラは首飾りを取り出すと、ヴィシスへ放った。
受け取るヴィシス。
「返すぜ。真の王にはもう必要のないものだ――なんだその殺意は?」
「…………キリハラさん?」
「なんだ」
「入っていませんね?」
「大魔帝の邪王素がか?」
「はい」
「俄然、当然だ」
「あの……当然、と言われましても。どういうことなのでしょう? ……ああ、つまり――」
「そうだ、心臓が残った」
心臓ごと消滅した場合、首飾りが根源素を吸収し貯蔵する。
しかし、心臓が残れば根源素はその中に残ったままとなる。
冷え切った昏い笑みを浮かべ――ヴィシスは尋ねる。
「んー? 心臓は……一体、どこにあるんでしょうか?」
「その前に、条件の話だ」
「んー、痛い目にあいます? 手加減なしで」
「手加減か……ヴィシス、おまえ何も気づいていないのか?」
「はー?」
ギョロリ、と。
「やるつもりがあればオレはとうに――」
見下したキリハラの瞳が、ヴィシスを映す。
「おまえを倒しているという事実に」
笑顔のまま、首を傾げるヴィシス。
「ん……んん? なんですって? 何?」
「オレは大魔帝を倒すほどの強者と化し――ゆえに、最強。すでにおまえを凌駕した。だが、おまえはオレを元の世界に戻すのに必要だ……生かさざるをえない。つまり、すべてはめこぼしというわけだ。オレへはおまえの無礼を見逃してやっている側、という事実だけが残った……わかるな? さすがに」
「…………」
心臓は、このまま殺して奪い取れば問題な――
「それから大魔帝の心臓だが、ここにはない」
「は?」
拷問で吐かせる案へ即座に変更する。
人間の精神が耐えられる許容量には、限界が――
「そして――オレも心臓が今どこにあるか、正確な場所を知らない」




