交差のあとに
先日、書籍版の2巻、3巻に重版がかかったとのご連絡をいただきました。
ジワジワと書籍版が売れてくれているのか大変ありがたい限りでございます。
この場を借りて、ご購入くださった皆さまに心より感謝申し上げます。
今話はやや短めとなりますが、お楽しみいただけましたら幸いでございます。
広間の手前ほどまで来た時、話しかけてきたのは戦場浅葱だった。
「うちのポッポちゃんとそれなりに長いご歓談デシタネ、蠅王センパイ」
「――ああ、アサギ殿。アヤカ・ソゴウ殿のお話をしたあと、コバト殿は彼女についての想いを吐露し始めまして……話しながら、何度も感情を昂ぶらせていましたよ」
「で、そんたびにわんわん泣いてお話が中断?」
俺は苦笑っぽく、
「ええ……ワタシはほぼ聞き役みたいなものでした。よほどアヤカ殿がお好きなのですね、彼女は」
「まーねぇ。ぞっこんってか、ホの字みたいっすわ。まーこばっちゃん元々、男のコ苦手だしねー」
「アヤカ殿をかなり心配しているようです……思い詰めていたのでしょうね、ずっと。抑えていた感情が爆発した、みたいな印象でした」
この辺りは鹿島と口裏を合わせてある。
「蠅王ちんはなんか打ち明け話とかしやすいんかね? ……狙ってそのポジ取ってる? へへへ、その聞き上手ポジでツィーネちんとも仲睦まじい間柄に?」
「陛下は尊敬できる人物です。ワタシも好意を持っておりますよ」
「ほえー。つまり、世界一の美少女と美男子を両方ゲットってわけですかい。え? 遠回しに自慢してマス?」
「ふふ。アサギ殿は会話していて楽しい勇者ですね」
「え? ましゃかアタシまで落とそうとしてマス? ――あ、こばっちゃん」
浅葱の視線が俺を飛び越え、背後の廊下へと移る。
打ち合わせ通り、鹿島が遅れてやって来た。
「あ……蠅王さん。その、さっきは取り乱してしまってごめんなさい……お見苦しいところを」
ぺこっ、と頭を下げる鹿島。
「もう落ち着かれましたか?」
「は、はい」
浅葱が聞く。
「綾香ん話、聞けたんだ?」
「うん……でもなんていうか……わたしが十河さんへの気持ちを一方的に話しただけ、だったかも? あはは……」
「合理性を無意識に忌避して抑制なき感情に身を任せるのは忌むべき愚者なんだよ。むかつくなぁ」
「え?」
「んーん、にゃんでもない! ポッポちゃんはやっぱりおバカだなぁ、って思っただけ! 大好きだぜい! ほれ、行こうぜポッポちゃんっ」
んじゃまたー、と浅葱は軽妙に広間へ戻って行く。
俺も広間に戻り、セラスたちと合流した。
▽
夜会が終わり、俺たちは迎賓館に戻ってきていた。
スレイの様子を見てから、俺とセラスは一階の部屋に入った。
この部屋はリビング的に使っている。
隣に着替えに適した小部屋もあるのも便利である。
ムニンは使い魔に餌をやってから来るそうだ。
餌やりは当番制を提案したのだが、
『アナエル様の使い魔のお世話だもの。あなたたちさえよければわたしがしたいんだけど……だめかしら? いいかしら?』
ムニン本人がそう希望したので任せることにした。
本人曰く、栄誉な役割とのこと。
「ピギーッ! ピニュヨ~♪」
夜会の食事を一部持ち帰ってきていた。
さっき留守番していたピギ丸とスレイのところにそれを置いてきたのだが、
「パンピィ~♪ パキュヨ~♪」
お気に召したようだ。
……意外と鳴き声にバリエーションあるよな、あいつら。
「疲れたか?」
俺が聞くと、セラスは苦笑した。
「ええ、少し……ですが同じ卓の皆さまが気遣ってくれたので、居心地はよかったです。ありがたいことです」
セラスが着替えるというので、手伝ってやる。
あのドレス、一人で脱ぐのは大変らしい。
式の前は連絡役の連れてきたミラの侍女が手伝ってくれた。
が、今はいない。
「あの、ここをほどいていただけますか?」
「ここか?」
ドレスの後ろに結び目がある。
結び目をほどいてやると、ぴったりめだったドレスが、ゆったり余裕を持った感じになった。
「ありがとうございます。あとは一人で着替えられますので……少し、時間がかかるかと思いますが」
言って、隣の小部屋に消えるセラス。
ほどなくムニンが戻ってきて、笑顔でバンザイした。
「餌やり終わりましたー! これにて式も、完了です!」
「ムニンも今日は大役お疲れさまだったな。大変だっただろ?」
「ふふ、大変なことを引き受けたのだから大変なのは当然よ。毎日やれって言われたら、さすがのわたしも里帰りしたくなるけれど」
「振る舞いはさすが族長にして国王代理、って感じだった」
「あらもう♪ お世辞の上手な主様なんだからっ……、ん――よいしょ、っと」
スカートの裾を整え、ソファに座るムニン。
借り物の上着を脱ぎながら、
「まあ、皇帝さんやその家臣さんたちの進行や気遣いがしっかりしていたから、わたしも滞りなくやれたんだと思うわ。みんなまだ若いのに立派よね――主様も脱いだら?」
部屋の鎧戸はすべて閉めてある。
「そうだな」
俺も、マスクを脱ぐ。
「ふぅ……慣れたとはいえ、やっぱり脱いだ方が楽だな」
「裸になって湯浴みをしたら、もっと気が和らぐでしょうねぇ。あとで浴びてきます」
んん~、と胸を張り伸びをするムニン。
ピタッ
ムニンが停止した。
「……主様も、一緒に入っちゃいたい?」
「フン……俺が断るのをわかってて聞いてるから、まったく無意味な質問だな」
「ふふ、そうでしたー」
ムニンがソファの背凭れにしなだれかかる。
んふふー、とからかうような視線を向けてきた。
「でも……セラスさんとは、一緒に入ったことあるんでしょう?」
「まあな」
「んもー、可愛げのない反応ですこと……ふふ」
そこでムニンは一日の疲れを逃がすように細く息つき、視線を伏せた。
顔つきは――真剣なものになっている。
「これで一つ大役を果たせたわ……あとは禁呪の封印部屋……そして、いよいよ女神ヴィシスとの――」
「ああ、頼んだぞ」
「……ええ、任せて」
揺らがぬ決意を顔に灯し、クロサガの族長は頷いた。
▽
紫甲虫の”抽出”が終わり、強化剤の調合を始めた頃――ルハイト・ミラが戻った。
”大誓壁に集結していた金眼の魔物たちに異変が見られる”
そんな報告と共に。
”報告内容を見るに、大魔帝が死んだのではないか?”
そんな予測も飛び交い始めた。
また一方でネーア聖国、及びバクオス帝国が西へ出兵したという。
そのままウルザ侵攻中のミラ軍とぶつかると予想される。
報告を受けた狂美帝は、
「大魔帝がもし本当に死んだとなれば、封印部屋の件を早々に済ませなくてはならぬな。そうか――状況はこう”動いた”か」
報告内容を確認しながら、その日、俺たちは地下の封印部屋へと足を向けた。




