call your name
申し訳ありません。
忙しさでしばらく更新に手が回りませんでした。
また、前回更新後にレビューをいただきました。ありがとうございました。
「? ミモリクン? それは人の名前……ですか?」
鹿島の声は、さっきから震えていた。
蠅王と二人きりだから緊張している――
声の震えは、そのせいかとも思っていたが。
鹿島は視線をやや上へ向けていた。
何かを確認しているような感じだった。
が、やがて視線を下げて俺の顔に視線の位置を合わせる。
この目……。
正体を探っているのではない。
おそらくそちらは――確信している。
過呼吸まではいかない。
が、鹿島の呼吸は浅く短い。
向こうのアクションを待つ。
呼吸が比較的整ったあとで鹿島は俯き、
「出るはずが、ないの」
タイミングを図るような沈黙のあと、
「こっちの世界の人には……出ないの、ステータスが」
ステータスは本人か女神にしか見えない仕様のはず。
今、俺はステータスを表示させていない。
俺の視界にステータスウィンドウは出ていない。
が、鹿島には見えている?
やはり――固有スキルと考えるしかない。
泣きかねない表情で、震える指先を動かす鹿島。
スマホでも操作するみたいな動作だった。
やがて鹿島は、
「トーカ・ミモリ――」
俺の名を、呼んだ。
そのままステータスを読み上げていく。
レベル。
数字。
習得した状態異常スキルに、そのスキルレベルまで。
当てずっぽうでこれは無理だ。
ここまで詳細に知る者は俺の他にいない。
セラスでさえ、だ。
鹿島小鳩は独自の能力で相手のステータスを閲覧できる。
こう考えるしか、ない。
今度は顔をくしゃりと歪め、鹿島は目に涙を浮かべる。
そして、同じ問いを繰り返す。
「三森君……なんだ、よね?」
……ないな。
これでは――言い逃れのしようが、ない。
俺は、声変石を外す。
そして声量を下げ、
「こっちの世界でけっこうな修羅場も潜ってきただろうに……気弱そうなのは変わってないんだな――――鹿島」
「三、森……君っ――――生、きっ……てッ――――」
堤防が、決壊でもしたみたいに。
鹿島はしばらく、泣きじゃくっていた。
▽
ようやく泣き止んだ鹿島は鼻を啜り、
「ご、ごめんね……なんだか嬉しいのとか、安心したのとか、びっくりしたのとか……緊張が解けたのとか、気持ちがもう、滅茶苦茶な感じで」
鹿島は掌底のところで涙を拭い、
「三森君……なん、だよね?」
何度も確認を取るみたいに、三度、その質問を繰り返した。
「なんらかの能力で鹿島にはわかるんだな? ああ……俺だよ」
ぶわぁ、と。
鹿島の表情がまた崩れる。
「……三森君だぁぁ」
今、俺は鹿島の隣に移動していた。
互いの声を潜めて会話するためにだ。
ひとしきり嗚咽を漏らしたあと、鹿島はまた謝った。
「その……ごめんね? さっき話しながら”聞かなきゃ聞かなきゃ”ってずっと思ってはいたんだけど……つい流されて、話を続けちゃって……」
会話が普通にできる程度には落ち着いてきたらしい。
鹿島は深呼吸し、
「ごめん……まだ気持の整理が、つかなくて……ふぅぅ……」
「最果ての国でのあの交渉の時、もう気づいてたのか?」
「……あ、うん。実はね――」
鹿島はあっさり自分の固有スキルの正体を明かした。
浅葱のスキルや他の勇者と合わせると有効に使えることも。
「直接戦いで使うのは難しそうだが、面白い能力だな」
「あの、ね――」
鹿島は初めて正体に気づいた時のことを説明した。
蠅王の頭上にステータス表示を見つけたのは偶然だそうだ。
固有スキルを解除し忘れていたのが原因だったという。
「……最初はね、見間違いだと思ったんだ。こっちの世界の人でもステータスが出る人がいるのかも、とか……たとえば勇血の一族の人、とか」
が、違った。
鹿島の固有スキルの能力は他の勇者のステータス閲覧。
指先の操作によって手もとに表示したり、拡大したりできる。
この辺りの”できるできない”は対象との距離によるらしい。
つまり離れすぎていると表示できない。
もしくは、スモール表示しかできない。
「そりゃあ……あの場じゃ防ぎようがないな。俺の演技も無意味だ」
「……生きて、たんだね。でも……三森君、生存率ゼロの廃棄遺跡に……」
「その廃棄遺跡から、必死で脱出した」
「呪術って呼ばれてる……つまり、固有スキルで?」
「ああ」
「そ、そっか……」
「脱出したあとも色々あったんだが、経緯を全部話すには時間が足りなすぎる」
「うん……そう、だよね」
苦笑したあと鹿島は数秒黙り込み、
「ごめん、なさい」
「?」
「み、三森君が廃棄遺跡に転送される時……わたし、怖くて。あの部屋の隅で他の怖がりなクラスの子たちと、震えてた……三森君の声……聞こえ、てたのに――っ」
後悔するように。
罪でも告白するように。
鹿島は絡めた両手に額をつけ、また、涙を流した。
「十河さんみたいなあんな勇気、なかったっ……わたし、怖くて……ッ! 自分のことばっかり! ごめんね――ごめん、なさいっ」
「なんだ、そんなことか」
顔を上げる鹿島。
「――え?」
「あの状況じゃ無理だろ、普通。十河はすごいと思うけど……あの状況で俺を庇ってヴィシスに逆らえるヤツなんて、普通いないさ」
「で、でも……」
「鹿島が気にする必要はないって話だ。ただ……」
一瞬、思考にブレーキがかかる。
ここでも俺は。
利用しようと、するのか。
「悪いと思ってるなら……少し俺に協力してくれると助かる、かもしれない」
自分でわかる。
珍しく、やや歯切れが悪い。
「う、うんっ……罪滅ぼしになるかはわからないけど……わ、わたしにできることならっ……なんでも言って、ください!」
「じゃあまずは、声量を落としてくれるか?」
「――ぁ」
「誰が聞いてるかわからないからな」
「……ご、ごめん」
ま、部屋の外に気配はないが。
「まず、おまえは俺の正体を知らない体を貫き通してくれ」
「わ、わかった……正体を隠してるのは、その……何か理由があるん、だよね?」
「一応な」
「……あの、三森君は……最果ての国の人たちにお世話になって……その人たちのところに女神さまが兵士の人たちを送り込んだから、それで怒って……また同じことを繰り返させないように……狂美帝さんと手を組んで……女神さまを倒そうとしてるん、だよね……?」
「ヴィシスは徹底的に叩き潰す。それだけだ」
「……そ、っか。うん」
一応、納得したような反応だが。
実際どう思っているかまでは、わからない。
鹿島も意外とこういう判断の難しい反応をするんだな。
ふふ、と。
苦笑する鹿島。
「な、なんか変だな……三森君が生きてて……こうして、しゃべってる。色々としゃべりたいことがあったはずなのに……なんだか、すぽん、って忘れちゃった。何をしゃべっていいのか、わかんないかも……あはは……」
すぐ忘れるのは確かにポッポだなぁ、と言って苦笑を濃くする鹿島。
「ええっと、他に何か協力できることあるかな? 正体を秘密にするっていうのは、協力と言えるのかもわからないし……」
「なら、浅葱の固有スキルについて詳しく教えてもらえるか?」
「浅葱さんの? …………うん、いいよ」
「聞いといてなんだが……いいのか? 鹿島は浅葱グループの――」
「大丈夫。ただ、あくまでわたしの知ってる範囲の内容になるけど……」
裏切る、みたいな感覚はないようだ。
鹿島の中で納得できている感がある。
「浅葱さんはまず、固有スキルを習得して――」
聞くと、浅葱の固有スキルは進化していた。
前に十河から聞いた集団の能力強化だけではない。
単体を対象とした弱体化も加わっていた。
さらに、
「発動させた対象のステータスを自分のステータスと同じにする能力、か」
なるほど。
追放帝とやらを倒したのもその能力を使ってか。
ただし射程距離がネックだ。
俺の【パラライズ】や禁呪の比ではない。
相当な接近が要求される。
鹿島は、追放帝を倒した時の話もしてくれた。
「――そうやって、追放帝っておじいさんを倒したの」
「………」
博打すぎや、しまいか。
浅葱の勝ち方は自分の命が惜しい人間には難しい。
追放帝が気づき、一瞬で殺されるパターンだって考えられる。
あの浅葱ならそれを想定しないはずはない。
……最悪死んでもいいと思っていた?
だとすれば――壊れている。
正常な感覚が。
ブレーキが。
おそらく追放帝も、
”この場で弱者が平然と近づいてくるなどありえない”
そう見誤ったからこその、敗北だったのではないか。
ともあれ、
「教えてくれて助かった。ありがとな、鹿島」
「う、ううん! いいの! 今は味方だし……三森君への罪滅ぼしなんだから、わたしの都合でもあるわけで……ね? あはは……」
味方、か。
「鹿島はずっと、浅葱のそばに?」
「……うん」
「浅葱はどうだ? 鹿島の目から見て……信用できそうか?」
「え? う、うん……今は信用できる、と思ってるけど」
ヨナトでの戦いの後に女神を裏切った経緯を、鹿島は話した。
狂美帝が誘いを入れ、浅葱がその誘いに乗って女神を裏切った。
ただ、浅葱は少し気になることを言っていたという。
「浅葱さん……”あたしは勝ち馬に乗るだけ”って言ってた。あ、それと……帰還はセカンドクリア目標で、最優先クリア目標はこれ以降浅葱グループが全員無事であること、だったかな? そんなことも、言ってた」
「なんだか、ゲームみたいだな」
「でも実際、浅葱さんのおかげでヨナトの時以降はみんなおっきい怪我とかはしてないの。元の世界に戻るって目標にも、ちゃんと向かってる感じがするし……だからみんな、信用してるんだと思う。わたしも……」
数瞬の逡巡を垣間見せ、鹿島は続けた。
「やっぱり……今は信用できるんじゃないか、って思ってて」
勝ち馬に乗る、か。
つまりそれは――
土壇場で裏切るケースも、なくはない言い方。
こちらが勝ち馬でなければ、女神側に戻ることだってありうるわけで。
「あの、ね?」
打ち明けるように、鹿島が切り出した。
「こっちに召喚されたばかりの頃の浅葱さん……わたしへのあたりが強い気がしたの。そのあとも、わたしにどこか苛々してるっていうか……明るい雰囲気でも、その底にトゲがある感じで」
鹿島は記憶を探るような顔をして、
「でも、だんだん変わってきた……気もしてて。気のせいかも、しれないんだけど」
「単に、時間が経って仲よくなってきたってことか?」
「そう、なのかもしれない。でも、なんだろう……友だちっていうには、ちょっと違和感があるっていうか……なんだろうなぁ? わたしに苛立ってるのは今でもありそうなんだけど……前より優しくなった感じもある、って言うといいのかな? あと、なぜかわたしにだけ打ち明け話をしてる印象で……」
「鹿島だけに? 他の連中にも似たことをしてる、とかじゃなく?」
「うん、多分わたしだけ――あ、でも一応、あくまでわたしから見てってだけなんだけど。その……他のみんなに言ってるのとは逆のことをわたしに言ってる時もあって。種明かしっていうか、本心っていうか……あはは……ほら、浅葱さんはわたしを救えない馬鹿だと思ってるみたいだから……こいつなら本心を話しても大丈夫だろうって思ってるんじゃないかな? それが、わたしの推理……っ」
鹿島は照れるように、しかし、自虐っぽく苦笑した。
……あくまで印象だが。
鹿島に対し、浅葱が何か複雑な感情を抱えている気もしなくはない。
切り替えるように、鹿島が両手を合わせた。
「と、とにかくね? だから、わたしが気をつけてれば……わたしが蠅王さんを三森君だって知ってるのは、気づかれないと思うんだっ。浅葱さんの中では、今もわたしは”お馬鹿で鈍いポッポちゃん”だと思うから……っ」
「……実は、そうでもなさそうだけどな」
「え? そ、そうかなっ……」
「たとえば……あえて浅葱に聞こえるように、十河の話が聞きたいからって俺に話しかけただろ? あれは、上手かった。あれで鹿島が蠅王に話かける流れが、自然になった」
「えへへ……そう、かな? あはは……褒めてもらえて嬉しい、かな?」
とはいえだ。
今後、俺の正体を知った鹿島に何か変化が出るかもしない。
浅葱ならその変化に違和感を覚えても不思議ではない。
その違和感から俺の正体に辿り着くかもしれない。
いや、あるいはすでに薄々俺の正体に勘づいている可能性だってある。
ヴィシスと同じく、それは想定しておくべきだろう。
……さて。
時間も時間、か。
「三森君……その、ね?」
「ん?」
「覚えてる、かな? ほら……前に子猫を拾って、二人で……」
「ああ……結局あの猫、鹿島が引き取ってくれたんだってな。ありがとな」
「え? 知って、たの?」
「あのあと、気になって動物病院の先生に聞きに行ったんだよ。そしたらそのことを教えてくれて。あそこの先生……なんつーか、今思えばかなり融通きかせてくれる人だったんだよな。決まりとかそういうのに対してずさん、って見方もあるんだが」
「そ、そっかぁ……あの、わたしね? 三森君にそれを、伝えたくて。ほら……一度、わたしに学校で話しかけてくれたこと、あったでしょ? あの時、伝えられなくて……ごめん。あの時、何も返せなくて……あの頃のわたし、男の子と話すのが怖くて。でもあれは三森君、だったのに……わたし……ずっとそれを、後悔しててっ」
鹿島はまた泣きそうになった。
ただ……それは、なんとなくわかっていた。
あの時、俺は先日の捨て猫の話をしようとしたのだったか。
しかし思い直し、話しかけるのをやめた。
目立つからだ。
普段あまり話しかけていない女子に男子が話しかける。
これは”モブ”としては目立つ行為。
俺はモブだ。
クラスでの存在感はいらない。
消えているのがいい。
意識されていないのがいい。
自分すら欺くには、それが一番だった。
だからあれ以降、自分から鹿島には話しかけなかった。
「いいよ、俺は気にしてないから」
「でもっ……話しかけられたのに黙り込んでるなんて、ひどかったよね? ごめんね、三森君……」
「ま、俺も気恥ずかしかったしな。クラスの女子に話しかけてるとこなんて見られたら、茶化されたりするかもだろ? 小山田とかに」
「それは……そ、そうかもだけど……」
この理由の方が、鹿島は受け入れやすいだろう。
「ま……謝ってくれたからそれでよしにしようぜ、鹿島」
「……三森、君」
また少し泣きそうになりながら、鹿島は笑みを浮かべた。
ちなみに小山田の死は浅葱グループには伏せてある。
そこの情報の隠蔽は狂美帝に頼んでおいた。
帝都襲撃時に死んだ勇者のことは、ごく限られた者しか知らない。
▽
俺は今後の方針を鹿島と手短に話し合った。
とはいえ、ほとんど俺が一方的に伝えたようなものだが。
「例の十河の説得……やるつもりなんだな?」
「やるつもり、だよ。それと三森君、さっきの話……」
「ああ、もしそうなった時はおまえの判断に任せる」
「……うん。わかった」
俺は立ち上がる。
そろそろ行かなくてはならない。
鹿島も立ち上がって、スカートを手で整える。
「ふふ、今は最大限の注意が必要だから無理なんだろうけど……全部終わったら、今度は素顔の三森君にも会いたいな――なんて」
「いずれな」
俺は懐中時計を一瞥し、
「正体を浅葱に勘づかれないためにも、当面、互いの接触は避ける。それぞれが独立して別々に行動、ってことになるか。もちろん協力できそうなとこは上手く協力し合おう。けど、基本的に互いのグループは独立した状態のまま、同じ目標に向かう――それでいいか?」
鹿島は表情を引き締め、
「わかった」
「部屋は、先に俺が出る」
「うん」
俺は声変石を付け直し、
「またな、鹿島」
「――――ッ、うんっ」
 




