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譲渡へ


 護衛を四人連れている。

 玄関まで行き、俺はドアを開けた。


「これは陛下……もうそちらの状況は落ち着かれたのですか?」

「後始末を進める態勢は整えてきた。各所への指示も出し終えたのでな。ここから先はしばし宰相任せだ。余は、そちたちの様子を見に来た」


 狂美帝の視線が俺の背後へ移る。


「すでに報告で聞いているが、禁字族も無事のようで何より。セラス・アシュレインも無事のようだが……もう少々、休んだ方がよさそうにも見えるな。例の黒馬は?」

「陛下の手配してくださった方々が治療を施してくれております」


 あのあと、ホークの代わりの新たな連絡役がやって来た。

 イバラ・シートと名乗っていた。

 選帝三家の人間だという。

 俺はその時、イバラにスレイの治療を頼めるか尋ねた。


 ”陛下にお伝えいたします”


 イバラはそう事務的に答えた。

 それから1時間ほど経って、白い長衣の者が数名やって来た。

 今、スレイはその者たちから簡易厩舎で治療を受けている。

 さて――皇帝を玄関先にずっと立たせておくわけにもいくまい。

 俺は、中へ迎え入れようとした。

 だが狂美帝は、


 ”ここで話す”


 と、仕草と視線で伝えてきた。

 こちらも無言で了解の意を示し、


「陛下、ホーク殿の件はお悔やみを……また、ホーク殿を救えなかったのは我々の手落ちもございます。その点については申し訳なく……ワタシもこの結果は、非常に残念に感じております」


 背後で、セラスが身を強ばらせる気配があった。

 狂美帝が長く細い睫毛を伏せる。


「あれは優秀な家臣であった。そうだな――余よりも、あれの死が堪えるのはルハイトやもしれぬ。あれは、ホークを可愛がっていたゆえ」


 そういえば、ルハイト・ミラの筆頭補佐官だったか。


「ワタシとホーク殿との関わりはあまりに短い期間ではありましたが……賢く、能力の高い人物との印象がございました。何より……優れた人格者であったと」

「あのような優れた実直さというのは一見すると単純な人格に見えるが、このような世では育むのが難しい。惜しい人材であったのは、事実であろうな」


 セラスの、息を呑む気配。


「わ、私が――、……あ」


 てのひらを突き出している――狂美帝が。


「その先はよい。ヴィシスの送り込んだ勇者……ホークを人質に取ったその勇者がそちとこの区域で相対した際の話は聞いている。責任を感じるのはかまわぬが――余にとっては、終わった話。そちがこの件で後悔を覚え、無念や謝罪の気持ちを抱くのは勝手だ。しかし悪いが、余はそれに付き合うつもりはない」


 冷然と、突き放すでもなく。

 さりとて、優しく受け止めるでもなく。

 狂美帝は腕を下げると、視線を己の左肩へ流し、そこに垂れる金髪を撫でた。


「ただ……そちには今後も役目が残っていよう。いつまでも罪の意識に拘泥し、前へ進む足を泥に取られ続けることを、ホーク・ランディングは望むまい」

「あ――」

「ホークをここへ向かせた余にも責任の一端がないわけではない。しかしそのあたりを言い出しては、キリもなかろう。どこまで遡るのか――誰まで、遡るのか。過去へ対するそういった”もしも”への追及は、どこかで断たねばならん。それでも……」


 スゥ、と。

 視線をセラスへ戻す狂美帝。


「それでも責任を感じるなら、いしずえとするがよい」

「いし、ずえ……」

「あれの死を礎としそちの糧しろ。余らがホークと共に目指したヴィシス討滅……それを叶えるべく過日かじつより学び――より己を磨き、先へ進む糧とせよ。それこそがあれへの……ホーク・ランディングへの手向たむけとなるのではないか?」


 きゅっ、と。

 唇を引き結ぶ気配。


「――はい……必ずや」


 狂美帝の表情がほんのわずか、和らいだ。


「その危ういほどの実直さ……どこか、ホークと似ているな。今の世に収まりの悪いところも。本来ならホークも、今起きているこの暗黒の狂騒や、宮廷内の駆け引きにはそぐわぬ男であった。なまじ”そちら側”にも適応できる能力があったのは、不幸だったのやもしれぬ」


 形のよい小さなあごを上げ、空を仰ぐ狂美帝。


「混じりけのない実直さや隔てなき深い情は尊いが、諸刃の剣でもある。すさんだ世では特にな。実直さや情の通用する世は確かに理想と言えよう。が、現実は違う。純粋善では真の邪悪を制することは叶わぬ……余は、そう考えている。なぜなら、善性とは時に手足や思考を縛る鎖となる。つまり、善性とは尊いと同時に――ひどく不自由なのだ」


 その思考は。

 俺の考えと、似ている。

 善人は悪人の食い物にされる。

 真の邪悪を制するのはより強力な邪悪にしかできない、という考えに。

 ふん、と。

 狂美帝は小鳥めき、鼻を軽やかに鳴らした。


「ただ、その実直さや情を宿した者を……どうにも余は嫌いにはなれぬらしい。排除する気に、なれぬらしい」

「…………」

「ふっ……そちは不自由の側だな、セラス・アシュレイン」

「私、は――」

「ヴィシスの打倒が、そちやホークのような者が生きやすい世を作る……そうなればよいと、余は思う」

「…………」

「こたびのこと、あまり引きずらぬことだ。そちのような生真面目な者は……時に、そうであるがゆえに心を急激に病む。まあ、そこの蠅王が傍にいれば心配はないかもしれぬがな」


 今回の件は、俺にも責任の一端がある。

 そう――セラスをあずかる者として。

 ゆえに先ほどの狂美帝の言葉。

 それは、俺の立場では口にできない言葉だ。


 ”あまり気にするな”


 本当の意味で今セラスにそう言えるのは、ルハイトか、この若き皇帝だけだろう。


「それから個人的に一つ。先ほど皇帝としていくつか所感を述べたが、それとは別に……ホークを見捨てず救おうと動いたそちの心には、礼を言うべきであろうな。ツィーネ・ミラ個人として」


 これもまた、彼にしか口にできぬ言葉であろう。

 あるいは。

 俺への”貸し一つ”。

 そんな腹づもりなのかもしれない。

 が、ここでその”配慮”を流すわけにもいくまい。

 俺は、恭しく一礼した。


「陛下のご配慮、お心遣い……そして寛大なお心に感謝いたします。セラスへの――そして、


 狂美帝は、目もとを緩めた。

 時たま見せる年相応に映るあの微笑……。

 ああいう微笑みは作ったものではなく、本心からのものに見える。


「ああ――なるほど。余はやはり……そこに惹かれているのだな。この心の動きには、いささか余自身も新鮮な驚きを禁じ得ぬが……ともあれ――」


 狂美帝は含みある視線を俺へチラと向け、


「余はともかく、今こちらへ呼び寄せているルハイト……あれから何か言われるのは覚悟しておくがよい。まあ――大丈夫であろうがな。あれも皇帝の器だ。この戦いが始まって以降、それが誰であれ配下を失う覚悟は決めている」


 と、クールダウンするみたいに狂美帝は小さく息を落とした。


「……本題の前に、長話がすぎた」


 今の話とは別に本題があるらしい。


「例の大宝物庫の所属品。それらを、そちたちに譲渡しようと思ってな」


 城の方へ一瞥をくれる狂美帝。


「問題なければ、余は今からそちたちを大宝物庫へ案内しようと考えている。あまり疲労や精神の負荷が抜けていないなら、機を改めるが……」


 セラスとムニンは問題ないと答えた。

 もちろん、俺も問題はない。


 大宝物庫。

 俺が欲しかったものは二つ。


 転移石。

 紫甲虫――ピギ丸の最後の強化剤を作るために必要な……


 最後の、素材。



     ▽



 俺たちは狂美帝に連れられ、そのまま城内へと入った。

 城の中ではまだ慌ただしさが尾を引いていた。

 回廊を行き交う人の姿が多く目につく。

 そんな中をぞろぞろ歩く皇帝の一団。

 俺は、狂美帝直々の要望でその横に並んで歩いている。


 ”皇帝と肩を並べて歩く”


 不敬な気がしなくもない。

 が、皇帝自身が望んだのだから問題あるまい。

 ……会話しやすいのは確かだし、断る理由もないしな。

 通り過ぎざま、人々の目が俺たちを捉えていく。


「封印部屋の件も急ぎたいが、あれはルハイトが戻ってからにするつもりだ。封印部屋では何が起こるかわからぬ。余に何かあった場合、カイゼ一人では心配が残る」


 とのこと。

 廊下を、一つ折れる。


「宝物庫の品も、本来なら先の一件が起こる前に渡せればよかったのだが……戻るなり、あの状況だったのでな」


 城に着いた時、家臣が慌てて狂美帝に駆け寄っていた。

 で、何か耳打ちされていた。

 あの時から、すでに事態は動いていたわけだ。


 確かに、剣虎団のところへ行く前にピギ丸の強化ができればよかった。

 が、素材の紫甲虫にはとある抽出作業が必要となる。

 抽出には最低でも三日かかる。

 そしてあの時点だと三日も猶予はなかった。

 なので俺も後回しにした、というわけである。

 転移石の方は今の時点で使うのは時期尚早に思えた。

 あれは、できればこのあとに控える対女神戦で使いたい。

 帰還の魔法陣を描くのもぱぱっとできる作業じゃないしな……。

 で、セラスとムニンはリスト内に特に欲しいものはなく。

 つまり、残るは最果ての国勢が欲しがったものだが――

 これは手に入れても、渡すのはそれなりに先の話となる。

 ちなみに、他に欲しいものがそんなになかったのにも一応理由はある。


 ”戦いに有用なものは、ほぼすべて輝煌戦団につぎ込まれた”


 それはリストを渡された時に聞かされていた。

 武器、防具、魔導具類は、ロクなものが残っていなかったのである。


 転移石は、知らなければ宝石類にしか見えない。

 紫甲虫にしたって、価値を知らなければ変わった生物の死骸である。


 そういうものは、残っていたわけだ。

 その上で、


「大宝物庫の品々は正式名称不明のものも多い。以前そう説明したな? そこで、管理用の仮称をつけて絵に起こすわけだが……当然、絵に起こし切れなかったものもある」

「一覧になかったものでもその場で欲しいものがあれば譲渡していただける、と?」

「そうだ。直接目で見れば、余たちにはわからずとも、そちたちにとって価値のあるものが見つかるかもしれぬだろう?」


 なるほど。

 俺たちをこうして直接連れてきたのは、そのためか。


 俺たちは、地下への螺旋階段をくだった。

 階段が終わると、回廊が現れた。

 ここからは護衛がランタンを手に先行するようだ。

 俺の皮袋とかセラスの光の精霊もあるが……まあ、ここは任せよう。

 回廊の壁は大理石みたいな素材でできている。

 磨き抜かれた壁には光沢感があった。

 床には凹凸がほぼない。

 なんというか。

 ちょっとした一流ホテルや美術館の床みたいな感じである。


 やがて、両開きの扉が見えてきた。

 青銅みたいな質感の扉。

 それなりにでかい扉だ。

 狂美帝が懐から大きな鍵を取り出し、護衛に渡す。

 三人の護衛が扉に駆け寄った。

 鍵を持った一人が、解錠。

 左右に立つ他の二人が取っ手を掴み、引っ張り始めた。

 けっこう力が必要らしい。


 ほどなく、扉が開いた。


 今度は狂美帝が先頭になって歩き出す。

 そして狂美帝は入ってすぐの壁際に白い手をつくと、


「少し待て――今、明かりをつける」


 前の世界で言えば、部屋の明かりのスイッチのありそうな位置。

 そこに、水晶の板が嵌め込まれていた。

 板からは溝のような線が放射状にのびている。

 その線は、水晶でできているようだった。

 狂美帝の手が青白く光る。

 すると水晶板が光り、そこから水晶線へ光が伝っていく。

 光の線はさらに部屋の壁から、天井、床へとのびていった。


 部屋中に、光が巡る。


 光量が増し、それによって視界が開けていく。

 なるほど。

 あの水晶板に魔素を流すと、部屋の照明になる仕組みか。


 明かりのおかげで室内がよく見渡せるようになった。

 大きな棚が整然と並んでいる。

 エリカと一緒にものを探したあの地下室を少し思い出す。

 中の広さというか、スケールは段違いだが。


 天井は高い。

 光の線が模様めいて綺麗だった。

 室内の全体は長方形に近い――と思う。

 棚も奥まで続いていた。

 いわゆる、


 ”財宝が乱雑にうずたかく積まれている”


 みたいな感じではない(これもエリカの別の倉庫部屋を思い出す……)。

 むしろ、徹底管理されたネット通販会社の巨大倉庫みたいな印象。


 壁際には梯子はしごが綺麗に並んでいる。

 近くには、いくつもの踏み台も見える。

 作業卓らしきものが並ぶ一角もあった。

 さらに奥の方は、美術館の展示場みたいな感じである。

 棚に並べにくいものを並べているのだろう。


「少々ホコリくさいが、そこは我慢してもらおう」


 狂美帝が言った。


「質問があれば、遠慮せず余に聞くとよい。連れてきた護衛のうち三人はここの管理にも携わっている者だ。そこの三人にも、何かあれば聞くがよい」


 一人は完全な護衛だが、他は普段からここに関わってる人間らしい。

 宮廷画家の家系の者もいるとか。

 品のいい懐中時計へ視線を落とし、狂美帝は言った。


「余が共にいられる時間に限りはあるが――時間まで、ゆるりと見て回るがよい」



     ▽



 事前に要望した品々は、すでに入り口近くの卓に用意してあった。

 もちろん、紫甲虫と転移石もそこにある。

 俺はそれらを手に取って確認する。

 紫甲虫は――『禁術大全』のイラスト通り。

 本物で間違いなさそうだ。


「セラスさん、ほら見て! これ、素敵な首飾りだと思わない!?」


 セラスとムニンは俺と離れ、二人で先に棚の方を見に行っている。

 というか、ムニンがセラスを誘った。

 緑色の宝石のついた細い銀色のネックレス。

 ニコニコ顔のムニンが、自分の首の前にそれを持ってきていた。

 服とかでよくやる、


 ”これ、似合うかしら!?”


 的な仕草を思わせる。


「え、ええ……とても、素敵だと思います」


 セラスは遠巻きに眺める俺の方をチラと一瞥し、


「ですがムニン殿、ここへは目的に役立つものを探しに来ているわけですし……着飾るための装飾品は、対象外なのでは……」

「えーっ!?」


 まさかムニン。

 欲しいものはなんでも貰えるつもりだったのか。

 いやまあ、頼めば貰えるんだとは思うが……。


「そんなぁぁ……だめ、なのかしら?」


 取り繕うような苦い笑みを浮かべるセラス。


「ど、どうなのでしょう? そこは我が主や皇帝陛下に、聞いてみませんと……」

「殿方の士気を高めるって意味では、無意味ではないと思うのよね! わたしたちの主さまだって、内心けっこう喜ぶんじゃないかしら!? たとえばね、ほら、これをセラスさんが一糸まとわぬ姿でつけたら、とぉっても……その、とってもね…………いえこれちょっと待って!? だめ……これは、いくらなんでもまずいわ! こ、これはちょっと刺激が強すぎる……はぁぁぁ……はふぅ」


 勝手に、脳内妄想を繰り広げて。

 勝手に、真っ赤になって。

 勝手にトーンダウンしていくクロサガの族長……。


「ムニン殿……」


 たはは、と苦笑いを継続するセラス。

 と、ムニンの目が薄く開いた。


「セラスさん――動かないで、そのまま」

「? 私の顔に、虫でも止まっていますか……?」

「絶対、動かないでね?」

「は、はい……」

「えいっ」


 ムニンが、ネックレスをセラスの頭上からかけた。


「え!? あ、あのムニン殿っ!?」

「あらぁ!? 一糸まとわぬなんて言っちゃったけど……やっぱり、服を着用してても断然似合うわね! 似合いすぎるわー、セラスさん! 素敵!」


 なぜかムニンは、勢いそのままにセラスに抱きつく。

 抱きつくというか、抱き締めている。


「ム、ムニン殿……っ?」


 首を軽く後ろへ引くムニン。

 正面同士の互いの顔が、近距離で向き合う形となる。

 するとムニンが、


「うっ!?」


 と、電撃でも走ったような反応をした。

 なんだ?


「こ、これはっ――その首飾りをかけた上で……この顔も、こ、こんな間近に……」

「?」

「び……美惑びわく的、すぎる――」

「あの……?」


 見つめ合う姫騎士とクロサガの族長。

 そしてなんでムニンは、微妙に耽美系っぽいうっとり顔なんだ……。


「お嫁に――きてくださる?」

「……はい?」

「あの、ご趣味は?」

「ど、読書です……」

「…………何をやってるんだ、あいつらは」


 そしてセラスも何を普通に答えてるんだ。

 と、ムニンが笑顔になってセラスの背後にサッと回った。

 そのまま後ろからセラスの両肩に左右の手を置き、


「ふふっ――まあ冗談はここまでにして、一緒にこの宝物庫の品定めをしましょ?」

「え? あ……はい」


 まだ当惑しているセラスをぐいぐい前へ押していくムニン。


「ふふふ、なんだか楽しくなっちゃって。セラスさんはわたしのこういうところにも、嫌な顔せずに付き合ってくれるから、つい甘えちゃうのよねっ」


 セラスの顔に理解が差し、やんわり綻ぶ。


「ふふ、なるほど……そういうことでしたら、甘えてくださってもけっこうです。ただ、私は諧謔かいぎゃくを解するのがあまり得意ではないので……上手くご対応できるかは、わかりませんが」

「セラスさんはこういうの、迷惑じゃない?」

「いえ……ありがとうございます。私も、ムニン殿の明るさに救われている部分はあると思います。たとえば、そう……もし自分にこんな姉がいたら素敵だな、とも」

「あらぁ♪ んもーセラスさん……やっぱり好きっ!」


 ぎゅぅ、と。

 再び、後ろからセラスを思いっきり抱き締めるムニン。


「ついでにちょっと、くすぐっちゃおうかしら?」

「ム、ムニン殿……っ! それは、困りますっ……」

「ほぉら、おねえちゃんと一緒に見て回りましょうねー? よしよし」


 苦笑してはいるが。

 今のセラスの笑みには、困惑の色が一切ない。

 ま……あれはムニンなりにセラスを元気づけているのだろう。

 俺だとああいう路線じゃ無理だからな。

 というか。

 俺が急にあんなテンションになったら、セラスからしたら軽くホラーだろう。

 ……さて。

 一応、俺も見て回――


「ん?」


 ちょいちょい、と。

 棚の陰から俺を手招きする者があった。

 今の仕草はなんとなく、その人物らしくない――

 いや、あるいは年相応の仕草と言い換えるべきなのか。

 俺は歩み寄り、


「ワタシに何か――陛下?」

「そちも大宝物庫の中を見て回るのだろう? 余もここにはそれなりに詳しい。案内役としては、適役と思うが」


 宝物庫内をぐるりと見渡し、視線を俺へ戻す狂美帝。

 なるほど。

 こっちとしても、


「でしたら是非……それに陛下とは、一度、二人きりで言葉を交わしてみたいと思っておりました」


 その機会はいずれ、作りたかった。

 願ってもない。

 狂美帝はわずかに首を傾け、淡い微笑みを浮かべる。

 自分の意図が即座に伝わったのを嬉しく思ったか。

 この皇帝は、どうもそういうところがある。


「正確には完全な二人きり、とは言えぬが――それはいずれ、な」


 そうして俺たちは、どちらからともなく、二人並んで歩き出した。




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― 新着の感想 ―
結局、前の感想でセラスにネガティブ意見出してた人達ってセラスのキャラ像全く把握できてないよな。 今までセラスがトーカのように未来予知のような完璧な計画立てて行動してきた描写なんてないし、ここで世話にな…
>なぜセラスが謝って狂美帝がそれにフォローをいれることが蝿王への貸しになるのか全くわからない 「セラスの性格・心境」と「(文中にもある)トーカの立場」を考えればわかると思うけどねぇ >ちょっと前…
[良い点] ムニンかわいい。
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