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使い魔、来たりて


 エリカ・アナオロバエルの使い魔。

 俺は、その使い魔を館の中へ招き入れた。


「えぇええっ!? この鳥さんが、アナエル様の使い魔なのっ!?」


 手短に説明を受けたあと、頓狂とんきょうな声を上げたのはムニン。


「最果ての国の大恩人、アナエル様……使い魔ごしとはいえお話しできる日がくるなんて。すごいわぁ……すっごい」


 ムニンはしきりに、はわわぁ、と口に手をやっている。

 今、使い魔は部屋の卓上にいた。

 例の文字盤はすでに用意している。


「こっちも共有しておきたい情報がある。最果ての国の件だが――、……ん?」


 待ってられないとばかりに文字盤を踏む使い魔。

 そのまませかせか動き回る。

 使い魔は言語による発話も可能である。

 が、それをすると負荷が強くエリカが数日寝込む。

 なのでこっくりさんを参考に作ったこの文字盤を使い、意思疎通を行う。


「先に、まず俺に伝えたいことがある? ……わかった」


 再び動き回る使い魔。

 文字盤で伝えたのでやはり時間はかかる。

 ただ、それは時間をかけるに値する情報だった。


「――高雄姉妹か」

「タカオ姉妹と言うと、例の上級勇者の……」


 セラスも高雄姉妹の情報は知っている。

 イヴに至っては、魔群帯で対面までしているが。

 俺はといえば廃棄後は一度も会っていない。


「ヴィシスの抹殺に失敗して魔群帯に逃げ込んで来た、か」


 高雄姉妹の情報は小山田からもすでに得ている。

 が、得たのは反逆に失敗し逃げたところまで。

 なるほど。

 その後、禁忌の魔女の協力を取り付けようとしたのか。

 で、死にかけるもどうにか目的のエリカに会えたと。

 この姉妹とエリカの巡り合わせには、セラスも驚いていた。


「ちなみに高雄姉妹は、十河や桐原がどうなったかは知ってるのか?」


 俺が尋ねる。

 使い魔が動く。


「姉妹両方とも顛末てんまつは知らない、か」


 十河と桐原の話はこれも小山田から情報を得ている。


 十河が大魔帝をあと一歩まで追い詰めたこと。

 桐原が大魔帝を助け、そのまま裏切ったこと。


 が、高雄姉妹はそれを知らない。

 逃亡後、追撃を避けるべくそのまま急いで魔群帯に入ったのだろう。

 エリカも十河と桐原の話は今初めて知ったようだ。

 ここ最近はアライオン方面の情報収集はほぼしてなかったらしい。

 とにかく、まずは俺たちを見つけるのを優先したそうだ。


 エリカの報告は続いた。

 その間、ムニンが飲み物を用意してくれた。

 機を見て使い魔にも水を与える。


 やがて――エリカの報告が一段落する。

 高雄姉妹の反逆についてはそれなりに詳細がわかった。


 大魔帝がいきなり城に現れ、邪王素でヴィシスが弱体化した。

 姉妹はそれをチャンスと捉え、ヴィシス抹殺を試みる。

 が、謎の黒い玉でパワーアップしたヴィシスによって返り討ちに。

 そのあと禁忌の魔女に助けを求めようと考えた姉妹は、魔群帯へ向かった。


 そしてヴィシスは勇者たちを、


 高雄姉の見立てによれば、とのことだが。


「で……高雄妹はそれ以上の情報をしゃべるつもりはなさそうだ、と」


 たとえば、固有スキルについてはまだ話さないという。


 ”姉貴に確認してからじゃないとこれ以上は話せない”

 ”自分はバカだから、どこまで明かしていいかわからない”


 そう言って最後に、


『全部話せなくて……助けてもらったのに、ごめんな』


 と、謝罪したという。

 大事な決定は姉の判断を仰ぐ。

 あの妹らしい。

 高雄樹はほんと崇拝レベルで信頼してるんだよな……あの双子の姉のことを。


「けど……エリカが助けてくれたのには深く感謝してる、か」


 つーか。

 毒……。

 毒、か。

 あのクソ女神、毒物まで使いやがるか。

 エリカがその解毒薬を作れたのは幸いだったが。


「その様子だと、エリカの暗殺目的でヴィシスが送り込んだって線はなさそうだが」


 ”姉妹はヴィシスの送り込んだ刺客ではない”


 エリカのその推測には俺も同意だ。

 作戦ならリスク管理がガバガバすぎる。

 仮に俺の知らない姉の固有スキルで毒で解除できたとしても……。

 失明リスクを取ってまで粘るのは、どう考えてもやりすぎだ。

 地図なしで入ってる時点で無謀がすぎる。 

 あの魔群帯でイヴやエリカが姉妹を見つける確率自体、低いにもほどがあるしな。


「…………」


 ただ、失明リスクを負ってまでやるケースが一つだけある。


「一応聞くが……洗脳の線は?」


『ない』


 簡潔にエリカは否定した。

 エリカから見てそうなら、ないと見ていい。

 と、意見をうかがうようにセラスが口を開いた。


「あの、トーカ殿……これは――」

「そうだな」


 それは一案として、俺も思い浮かんだ。


「高雄姉妹との共闘……一考の余地は、あるかもしれない」


 狂美帝と浅葱たちの案ではあるが……。

 元々、向こうの勇者を説得してこちらへ引き込む案は出ている。

 しかも失敗したとはいえ姉妹はヴィシスに反逆している。

 説得の難度は一気に下がったと言っていい。

 高雄姉の意識がまだ戻っていないのが、ややネックか。

 いつ戻るのかはエリカもわからないそうだ。

 で、樹は大事な決定はしない――できない。

 となると……。

 共闘を持ちかけるにしても、姉が目覚めてからの話になる。

 俺は、そのことをみんなに伝えた。

 聞き終えたセラスが、ふぅむ、と一つ唸る。


「ですが、共闘できればかなりの戦力になりますね……」

「姉の方が失明してたら戦闘に参加できるかは微妙かもしれない。ただ、あの姉は戦闘外でも頼りになると思う。ま……ちょっと、変わってはいるけどな」


 そういえば。

 あの姉妹も異世界に来て、何か変化があったのだろうか。


「なんにせよ、S級とA級が一人ずつ女神陣営から抜けたってだけで、こっちには朗報だ」


 あとは――大魔帝の方か。


 十河はあと一歩のところまで追い詰めたという。

 大魔帝は深手を負っていると見ていい。

 でなくとも、十河への警戒はかなり強まったはずだ。


 ”十河綾香に真正面から一対一でぶつかっては勝てない”


 そう理解しただろう。

 では――大魔帝はどうする?

 数で押し潰すか。

 でなければ、絡め手で十河を倒すしかない。

 情報からして、先の大魔帝の奇襲は大規模では行われていない。

 つまり大群での奇襲はありえない。

 ならおそらく――正攻法で、根源なる邪悪の地から再び南進してくる。

 軍勢を引き連れて。


 ――となる予想はつくが、この前の大侵攻でかなり戦力を失ったとも聞く。

 これらを綜合そうごうした結果、当面、北からの侵攻はないとヴィシスは判断した……。


 だから白狼騎士団を西のヨナトへ送ることができた。


 繋がった――見えてきた、気がする。


 ……にしても。

 十河綾香。

 今のあいつは、大魔帝を凌駕する力をつけているのか。

 小山田によれば今もアライオンにいるそうだが……。

 いよいよ厄介な壁となるのかもしれない。

 ここでもし仮に十河が敵に回ったら。

 極力戦闘は避け、説得を試みて引き込みたい。

 味方にできないなら無力化する必要がある。

 が、できれば説得案を取りたい。

 いくつかの説得材料も考えてはいる。

 特に、高雄姉のもたらした情報はでかい。


 ”女神は勇者たちを元の世界に戻すつもりがない”


 あの姉のことだ。

 見立てとは言っていたが、ほぼ確証を掴んでいる気はする。


「…………」


 説得案、か。

 もし小山田と同じく洗脳されてたらそれも難しいわけだが。

 ただ、他の勇者が特に洗脳されていないってことはだ。

 何か条件が合わないとやれないってことか?

 ……エリカに聞いてみるか。


「エリカ、ヴィシスの洗脳について教えてほしいんだが」


 YESが返ってきた。

 おっ、さすがはエリカ。

 知ってるみたいだ。

 一時期クソ女神の傍にいただけはあるな。

 説明によると、


「精神が――心が一定以上壊れている必要がある、か」


 小山田は精神が崩壊していたから洗脳された。


「ただ、洗脳は失敗すれば使い物にならなくなる危険性もある……と」


 大魔帝への切り札である勇者がそうなったら女神も困る。

 ある意味、小山田ならどっちに転んでもよかったわけだ。

 なら、今の十河が洗脳される心配はなさそうか。

 俺はやや思案したのち、


「ちなみにセラス……さっき話に出てた大魔帝の奇襲についてだが、根源なる邪悪が過去に転移術みたいなのを使った例は?」

「いえ、私の知る限りでは」


 エリカも知らないという。


「ヴィシスにとっても想定外の動きだった、ってことか」


 転移は一回限りか?

 でないなら、大魔帝側の奇襲も警戒しなくちゃならない。

 クソ女神との決戦中に乱入されるなんて事態もありうる。

 ここは、今のところ不確定要素として想定しておく必要があるか……。


「にしても……イヴもよくやってくれたな」


 魔群帯で高雄姉妹を見つけた。

 これはファインプレーと言っていい。


「ヴィシスは毒で高雄聖を始末したつもりでいるはずだ。そう思い込んでいてくれれば、高雄聖は今後”死者”として行動できる」


 そう、俺と同じように。

 と、また使い魔が動き出した。


 ”トーカたちのことは姉妹に伝えていない。蠅王ノ戦団との繋がりも、トーカの正体も”


 エリカの判断らしい。


「そいつは、いい判断だ」


 どやっ、みたいな仕草をする使い魔。


 ”エリカと蠅王ノ戦団の繋がりはまだ明かさない”


 引き続き、この方針でいくことに決まった。


「それじゃ……俺たち側の状況も、共有しとくか」


 最果ての国に入る直前、俺たちは死んでいる使い魔を見つけた。

 以降、エリカとの接触は断たれていた。

 エリカはあのあと近くにいた別の使い魔で接触を試みたという。

 しかし、アライオンの騎兵に射殺されてしまったそうだ。

 で、これのせいで近くに使い魔がいなくなってしまった。

 俺たちとの接触が遅れに遅れた理由は、それが原因だったらしい。


 つまりだ。

 エリカは、最果ての国で起きたことをほぼ丸々知らない。

 俺たちを見つけられた理由についてもエリカは話した。

 ミラで何か騒ぎが起こっている。

 使い魔で情報収集をしているうち、蠅王の名を耳にしたらしい。

 そこでミラの近くにいた使い魔を動かした。

 で、使い魔の耳で得た情報を元にここに辿り着いた……と。


 蠅王がミラと組んだ件は少しずつ広がってるようだ。

 それが周知されていくのは想定通り。


 俺は、最果ての国で起こったことをエリカに伝えた。

 禁呪の件と、クロサガの情報も話した。

 途中、ムニンの自己紹介が入る。


「あ――ク、クロサガの族長を務めておりますムニンでございますっ……ますっ! お会いできて光栄ですわアナエル様! お噂はかねがね……ぁ、でも使い魔越しだと”会った”と言うのも微妙なのかしらねっ? ええっと……み、未婚です!」


 緊張しつつ、小鳥に向かってキラキラ目で自己紹介している姿……。

 使い魔だと知らなければ奇妙な光景である。

 あと……未婚かどうかは、マジにどうでもいい情報だと思うぞ。

 どういう経路を辿って出すべきと判断した情報なんだ、それは。

 まあ、そんなこんなでムニンが自己紹介を終える。


「……はぁぁ、緊張したわぁ。えぇ!? だだだ、だってあの伝説のアナエル様なのよ? いーい? 最果ての国で暮らしてた者なら、神話の人物みたいな存在なの! し、ん、わ!」

「そう、か」

「トーカさん、反応が薄すぎないかしら!? すっごいことなのよ!? すっごい!」

「いや……俺にとっちゃエリカは単に頼りになる仲間って認識だしな。すごいヤツなのは認めるが、もっと気楽な相手だと思ってるよ」


 ふと、卓上を見やると。

 小鳥がちょっと嬉しそうに見えた。

 気のせいかもしれないが。

 ムニンの自己紹介が終わったところで、話題を変える。


 イヴの両親と、その仲間たちを虐殺した勇の剣の件について。


 このことは方針を確認し合う必要がある。

 俺はまずあのクソどもの話をエリカにした。

 ひとまず、エリカには知っておいてもらうべきだろう。


「で、この件だが……イヴにはまだ伏せといた方がいい気がするんだ。俺が見るところ、あいつはそこまで復讐にこだわっちゃいない」


 そう伝えると、エリカも同意を示した。


「イヴは今、念願だったリズとの平和な日々を過ごしてる。今の時期に、わざわざそういう方面で感情を揺さぶる必要はないと思う……リズにしても」


 リズの――第六騎兵隊の件も、ついでにエリカに伝える。


「いつかは伝えるべきなのかもしれない。でも、当面あいつらはただ幸せに過ごせればそれでいいと思う。ほら、あいつらは……かたきを討って、喜ぶような感じじゃないだろ?」


 あの二人の過去に起きたことは確かに悲惨のひと言に尽きる。

 動かしようのない過去。

 が、二人はその過去に執着していない。

 そう見えるのだ。

 囚われていない――俺と、違って。

 ま……あれだ。

 復讐について語る時、よく引っ張り出される理屈がある。


 ”自分にひどいことをした相手に囚われて人生を過ごすより、そんな相手のことは忘れて自分が幸せになることの方が、実は一番の復讐なんだよ”


 みたいなヤツ。

 そう。

 本来は、それが正しい。

 復讐の正攻法。

 ゆえに俺がやろうとしてる復讐は――邪道。


 で、俺はそれをってだけだ。


 直接、復讐を果たす。

 あとは……


 復讐によって起こったことのすべてを引き受ける覚悟が、あるか否か。


 それだけだ。


「とまあ……そんなわけで、イヴとリズには仇の話を明かさない方針でいきたい」


 異論は、返ってこなかった。

 エリカが話に一区切りをつける感じで、


『さて、ひとまずこれで情報の共有は済んだわね。ああ、それと……』


 使い魔がさらに文字盤の上を動き回った。

 情報共有の締めのひと言とばかりに、エリカはこう伝えてきた。


『最果ての国を救ってくれてありがとね、トーカ』


 自らが建国に携わった国なのだ。

 気になってはいたのだろう。


「別に、あんたのためにやったわけじゃないさ。俺たちは、それ以上にあんたに助けられてるしな。ま、英雄である”アナエル様”に礼を言われて悪い気はしないが」

『相変わらず素直じゃないように見えて実はかなり素直な子なのよね、キミは』

「そいつは、どーも」


 次いで、エリカは指示を求めてきた。

 今後の方針――主に、姉妹の扱いについて。

 俺はそれに応答し終え、


「高雄姉妹のことで今後何かあれば、使い魔で尋ねてくれ。俺もあの姉妹のこの流れは想定しなかったから、扱いについてはまだ決めかねてる。定まったら、また指示を出す」


 ちなみに今回の帝都襲撃の話は、また改めることにした。

 大分、エリカも疲れてきたらしい。

 ひとまず、


 ”スレイは大怪我を負ったが、一応大丈夫そうだ”


 ということだけは伝えておいた。

 で、


「あれか……鳥かごとかが、必要か」


 エリカが操作をやめる――意識を剥がすと、使い魔は普通の動物に戻る。


 たとえばこの小鳥ならどこかに飛び去ってしまいかねない。

 前みたいに、どっかで射殺されたり捕食されても困る。

 ん?

 そういえば……


「この館のどっかの部屋に……空の鳥かごがなかったか? 最初に館の中を調べた時、見た気がするんだが」


 セラスが人差し指を唇に添え、


「ええ、っと……」


 記憶を探るように中空に視線をやった。


「確か、二階の奥の部屋にあったかと……」


 すぐにその部屋に行って、鳥かごを持ってきた。

 使い魔を入れ終わる。

 まだエリカが操作してるようだが……。

 エサとかも、あとで手配しないとな。

 その時、


「ん?」


 呼び鈴が、鳴った。

 館の玄関前に設置されているやつの音だ。

 誰か訪ねてきたらしい。

 エリカは一旦、操作をやめるという。

 俺は手短に礼を言ってから、蠅王のマスクを被った。


「一応、セラスとムニンもついてきてくれ」


 皆で、下の階に降りる。

 玄関へ行く前に俺は、訪問者が見える位置から玄関の方を確認した。

 訪問者は――、……


「狂美帝か」





 前回更新後に新しく1件、レビューをいただきました。

 ありがとうございます。


 そして十章スタートとなりました。

 十章も、どうぞよろしくお願いいたします。


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[気になる点] 鹿島小鳩がトーカのステータスを見て、その後、何らかの分析なり解釈なりをしたのかが描かれないままなのが気になる。 トーカのレベルやMPの数値を見てビビらないのか、状態異常の能力持ちである…
[一言] 柿崎さん >実力で復讐することを選択した者を責める輩がいたら、そいつこそがまちがっている。 >少なくとも、加害者側や第三者がその方法をどうこう言う資格はないよね。 それも間違いではあるでし…
[一言] やった側からしたら、いつか何かされるかもしれないって思いながら生活するほうが辛いでしょ。
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