誰にとっての、虫けら
◇【追放帝】◇
それは――
「ふぉっふぉっふぉっ! もはや儂らを隔てるものはなし! ミラの未来についてのそちの考え、剣をまじえながら存分に語り合おうではないか! 狂美帝!」
帝座まであと少しというところで、起こった。
ゼーラにとって、それは理外と言えた。
小さき者。
決して、ゼーラの脅威にはなり得ぬ存在。
弱きにすぎる。
躓く心配のない路傍の石を誰が気にするであろうか?
それこそ、熱望していた目的地を眼前にして。
そぐわぬ。
この決戦の場にして、絶対的にそぐわぬ呑気さ。
まるで、散歩でもしているような。
緊張も。
恐怖も。
ない。
不釣り合いで――場違い。
おそらくは柱の陰から現れたらしい少女。
少女が、すぐそこにいる。
気軽に挨拶でもするような調子で、少女が、ゼーラに触れた。
「――【女王触弱】――」
「? なんじゃ? 娘……、……ッ!?」
違和感。
力が抜けていくような感覚が、全身に降りた。
言い換えれば、遥か昔に”退行”したかのような……。
遠い記憶。
これではまるで、まだ皇帝にすらなっていなかった頃の――
「んで【単体弱化】、っと――お、エフェクトが出てるね。成功だ。うむ、重ね掛けも事前の実験通りできとる。おんやぁ? どことなーく……威圧感が減ってる感じがするねぃ、追放帝さんや? しっかりアタシの”針”が効いてる、ってことだ?」
「儂に……何をした、小娘?」
「さてここで問題です、浅葱ちゃんはあなたに何をしたでしょーかっ!? 制限時間は1分です! ……こばとちゃーん」
「あ、うんっ……」
少女が呼びかけると、柱から別の少女が顔を出した。
先ほどゼーラに触れた少女と違い、おどおどした雰囲気の少女である。
「あ……浅葱さんとみんなのステータス管理は、任せてっ……! 大丈夫!」
突如、ゼーラの全身に覆い被さる感情。
それは……不安だった。
こんな感情を抱いたのはいつ以来であろうか?
頼りないのだ――ひどく。
自分が。
「これ、は……? む?」
わらわらと。
柱から、やはり同い年くらいの少女たちが姿を現した。
どれもかつてなら歯牙にもかけぬ存在。
ただ”そこにいる”以上の感覚を、まず抱かなかったであろう存在。
柱の後ろに誰がいようと、気にも留めなかった。
誰一人、脅威となりうる気配を持つ者などいなかったのだ。
いなかった、はずだ。
「ようこそ―――― 弱者 の世界へ」
自分に触れた少女の表情。
一瞬、人ならざるものとすら映った。
知っている。
今の表情……。
人を人とも認識していない者の目だ。
その少女が、号令にしてはあまりに気の抜けた号令をかける。
「んじゃ、袋だたきだー」
ともあれ。
この脱力感の原因は、今指示を出した少女で間違いあるまい。
「小娘……これは貴様の仕業じゃな?」
「ひぃぃ、助けちくりー」
ゼーラは少女を始末せんと剣を横に薙いだ。
キィン!
防がれた。
横合いから割って入った武装した少女の一人に。
こんな小娘に。
わかりすぎるほどに落ちている。
速度が。
腕力が。
何もかもが。
異常なほど。
「おぉ、助かったよ篤子ぉーっ! 好き!」
「いや、ぶっちゃけわかっててもヒヤヒヤもんなんだけどね……でもま――」
アツコと呼ばれた少女が、反撃してきた。
速い。
「ぐ、ぬっ!?」
ゼーラは、斬り傷を負った。
「なんじゃあ……これはぁ?」
防御すら、間に合わぬのか。
思わず己のてのひらを確認するゼーラに、
「にゅふふん、今のアンタはね……アタシとおんなじステータスになっちまったのさ。補正値ひっくるめてね。で、さらにそこへデバフを入れたから……ステータスで言やぁ、今のゼーラちんはアタシよりも弱ぇってこと」
「! そうか小娘……その顔立ちに、軽佻浮薄なるその性格……貴様、アサギ・イクサバか!?」
「おりょ? 知ってますんかい? ヴィシスちんに聞いたのかな?」
「ミラ側に、ついておったか……ッ」
「あ、ツィーネちん」
アサギが振り向かず尋ねる。
「こいつ殺しちまった方がいいと浅葱さんは思うんすよ。固有スキルの効果が切れちまったら、抑えきれねぇっしょ。このじいさんさすがにデバフなしだと、強すぎる」
冷徹な顔で、ツィーネが答える。
「よかろう」
ツィーネの顔。
ゼーラのことなど、なんとも思っていない表情だった。
「! ツィーネっ……」
「余の切り札であるそちが、いざという時のために柱の陰で待機していると言い出した時は余もどうしたものかと思ったが……結果としては余が救われた形になったのかもしれぬな、アサギ・イクサバ」
「いやーだってアタシらが切り札っつってもさぁ、ツィーネちんが死んだらアタシらも寄る辺がなくなるわけで? んま、ツィーネちんがこのじいさんをあれほど一身に”魅了”してくれてなかったら、あっしも気楽に出ては行けやせんでしたよ? もうおじーちゃんったら、ほんと子孫にぞっこんなんだから♪」
「この場におけるそちの平常心……大物なのか、はたまた壊れものなのか……」
「余を見ろ、ツィーネ!」
やや首を傾け、まるで虫けらでも眺めるようにゼーラへ視線を置くツィーネ。
「……ふん。ミラの未来について余と語り合うだと? 世迷い事を……そちと語らう時間など余は持ち得ぬ。世に迷うた哀れなる弱者として、無念を胸に今度こそ死にゆくがよい。見届けるくらいは、してやろう」
「ツィー、ネ……ッ!」
「そちが余に何を期待していたのかは知らぬ。そして、何を語り合いたかったのかを知りたいとも思わぬ。ゼーラよ……そちはもう”終わった”のだ。そちは敗北した。己の終わりを、素直に受け入れるがよい」
アサギは視線をゼーラから外さぬまま、
「はいお許しが出ましたぁ! んじゃぁ……ぶっ殺せーっ! ほい、オマケの【群体強化】! このステータス差は覆せまーい! にゃはは、ゆけー皆のものーっ!」
武装した少女たちがゼーラを取り囲む。
攻撃術式が飛んできた。
「ぐ、ぬっ!? この程度の術式すら、防げぬとは……ッ」
「経験値は入るんかね? 金眼だから入るかもだし……できれば篤子、トドメいこっか? アタシが強くなっちまったら、この戦法ハマんねーからにー」
さながら虫を払うように、剣をやたらめったら振り回すゼーラ。
が、剣を防ぎながら次々と少女たちが群がってくる
まさに、虫のように。
「わははー、剣虎団仕込みの集団戦闘ですぞーっ! ご堪能あれ! あーれー!」
技はないが、基礎的な身体能力で彼女たちの方が圧倒している。
恐怖。
自分より強い者に数で押されるのが――これほど恐ろしいとは。
「ぬ、ぐ……ぉぉおおおお!?」
ザクッ! ズバッ! ザクッ、ザクッ! ザシュッ! スパッ!
「おーえぐいえぐい。絵面えぐすぎっしょー……ひえぇ、ありはひどい。ひどすぎる。ごめんね、追放帝さん? 恨みはないが死んでくり……南無。ちーん」
血の赤のまじった白い体液が、間断なく、宙に躍る。
ツィーネは、完全に興味の失せた顔でゼーラを見下ろしていた。
「ツィ……ネ……ご、ぉ……儂ら、は……ま、まだ……何もミラの、こと……儂らの、ことをっ……語、らっておらぬ……せ、せめて……ぐ、ぉ!? 消えて、いく……? 魂の力、が……こん、な……最期……そぐわぬ邪魔が、入っ……小、娘っ……ぐぉぉおおおぉぉぉおおおおおお!」
ザシュッ! ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ! ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ! ザシュッ、ザシュッ――――ザ、シュッ!




