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小山田翔吾



 ◇【小山田翔吾】◇



 中学の時である。

 小山田翔吾はとあるグループに所属していた。

 いわゆる反社会的なグループにあたるのだろう。

 友人に誘われてリーダーのいる溜まり場に行ったら、気に入られた。


 ”おまえ見込みあるぜ、ショウゴ”


 小山田の家はそれなりに裕福な家庭だった。

 父親は中古自動車の買取、販売の会社を経営していた。

 持ち込まれる車の出所を問わないタイプの会社で有名だとか。

 母親は、認知症ギリギリの高齢者メインの保険勧誘していた。

 ひとりっ子なのもあってか、愛情は一身に注がれていた。

 親は両方ともチョロいので嫌いではなかった。

 しかし小山田は常日頃から、


 ”もっと上の世界に行きてぇ”


 そう思っていた。

 日々の生活に不満がなかったからこそ、刺激を求めていた。

 つまんねぇ世の中、と飽いていた。

 自然、付き合いは刺激のありそうな相手になっていく。

 小山田が入ったグループのリーダーは、ミナギと言った。

 紹介された時、好きな言葉は”泣き寝入り”だと言っていた。

 ミナギはすごかった。

 やりたい放題だった。

 ミナギは有名大学の医学部や法学部の学生にも顔が利いた。

 家が裕福で顔のいい学生の男らを動かし、合コンをセッティングしまくっていた。


『酒入れまくって潰してもいーんだが、やっぱ薬が効くんだよな。ああ、睡眠薬だよ。あー……変色とかもしねー裏で出回ってるやつな。あ? クスリっつてもそっちのクスリは使わねーよ。だっておれらが飽きたあと”横流し”できねーだろうが。どこの国でもな、わけー女は稼げんだよ……あ? 当然”合意”に決まってんだろ?』


 でも中には訴訟とかするやついないんすか、と小山田は興味本位で尋ねた。


『あ、やっぱショウゴはいいとこ気づくよなぁ。大丈夫……たまにテンパって訴訟チラつかせてくるバカもいるけど、こっちが勧誘に使ってる学生連中の親……金と地位があっから。ほぼ、示談でカタがつく。けっこうな額の金もらって示談にした方が、女にとってもいいからな……金もらって黙って引き下がる方がいいって気づくんだよ。こっちの戦力がガチだって途中で気づいて、泣き入れてくるやつばっか……まーそれでもやるってんなら、そいつの自宅とか、実家とか、職場が謎の騒音被害とかで大変になるから……結局ビビって、やっぱ泣き入れてくる。笑える』


 すげぇ、と小山田は尊敬の念を抱いた。

 小山田もその”合意”のパーティーに何度か参加してみた。

 ミナギの言う通り、揉めても最後はほぼ示談で決着した。


 マジで、すげぇ。


 この国は金と地位がありゃあ、犯罪も犯罪じゃなくなるのかよ。


 そして――おれもミナギさんみたいに”上”に行きたい。

 小山田はミナギの手足となり、悪事に手を染めていった。

 刺激的で、心の底から楽しかった。

 日々が色づいた気分だった。

 対立するグループのリーダーにもミナギは容赦なかった。

 相手グループの家族や恋人にも平気で手を出し、脅しの材料にした。

 また、いざという時には必殺”未成年砲”が炸裂する。

 ミナギに脅され、主に刃傷沙汰なんかをやらされるガキたちのことだ。


『この金やるよ。実行したらやばくなるかもだから、その前にこの金使って好きなことしてこい。ああ……持ち逃げしたら親類縁者全部が一生後悔するから、覚えとけ』


 ほぼ脅しに近いことを言われ、最後は重い犯罪行為に手を染める。

 この国は未成年だと罪が驚くほど軽くなる。

 成人まではやりたい放題なのだ。

 例の”合意”もやばそうな時は未成年砲を使い、罪をおっかぶせていたらしい。


『ショウゴはいいやつだから未成年砲にはしねーよ。安心しとけ。おまえは、もっと上にいけるやつだから』


 ミナギは他にも色んな”ビジネス”をやっていた。


 マルチまがいの投資詐欺。

 振り込め詐欺の受け子派遣。

 ドラッグの運搬。

 無知な小金持ちをターゲットにした未成年を使った美人局つつもたせ、などなど……。


 最高だった。


 実は自分もまだ未成年だったから、不安はあった。

 でもミナギさんに気に入られているからおれは大丈夫。

 いや、仮に捕まっても罪だって軽い。

 実名だって出ないから、いくらでもやり直せる。


 無敵じゃん。


 小山田は、歓喜した。


 が、ある時――突然、ミナギは終わった。


 聞けばミナギたちよりやばいグループに潰されたらしい。


 例の”合意”をやった際、そのグループの女に手を出してしまったのだという。


 相手のグループは”むしばみ”という名の反社とも微妙に違うグループだったそうだ。


 そこのリーダー格は自分のグループのことを、


 ”明確な中央の存在しないブロックチェーンみたいなネットワーク”


 とか言ってるらしい。


 何を言ってるか意味不明だが、小山田は言い知れぬ不気味さを覚えた。


 蝕はイオキベとかいう男がとにかくやばいと聞いた。

 ミナギと”合意”に参加していた男子大学生たち。

 みんな、行方不明になっていた。


 これはのちに聞いた話である。

 ある日、残ったミナギのグループのもとに小包が送られてきた。


 そこには綺麗に抜かれたたくさんの歯と、何セットかの睾丸の燻製らしきものが入っていたそうだ。


 のち、これはミナギと行方不明になった大学生たちのものと判明したという(歯とかのあとに”ひどい状態”になったミナギと大学生たちの画像が送られてきた、との噂も聞いた)。


 小山田は、ミナギが消えた時点で即グループを抜けていた。

 何かやばい感じがしたからだ。

 やがてミナギグループの他の面々が立て続けに逮捕された。

 戦々恐々としていたが、幸い小山田は大丈夫だった。

 心底ほっとした。


 小山田翔吾はこうして、残りの中学時代をひっそりと過ごし、高校へ進学した。


 荻十おぎと学園に入学する頃には、あの恐ろしい体験もはるか昔に思えた。

 だが……刺激のない日々が、戻ってきた。


 そんな時に出会ったのが、桐原拓斗である。


 家が凄まじい金持ちなのを知って、桐原にすり寄った。

 意外にも桐原はあっさり受け入れてくれた。

 桐原は自分の下につく意思を見せた者には寛容な印象があった。

 そう。

 小山田はまだ”上”に行くのを諦めていなかった。


 絶対におれは”上”にいく。


 しかしミナギみたいな陰の世界ではだめだ。

 あっちの世界には蝕のイオキベみたいなもっと深い闇が存在する。

 いつか警察にだってやられるに違いない。

 だから、上にいくなら陽の世界じゃなきゃだめだ。

 それこそが、桐原拓斗が住む世界だった。

 小山田は桐原のホームパーティーに顔を出し、さらにそれを強く感じた。


 参加者はミナギと違う社会的成功者たち。


 高配当株がどうとか。

 信用取引がどうとか。

 国際情勢的に次はあれがきますよ、とか。

 税逃れにはあの国が今はいいですよ、とか。

 これからはNFTとWeb3.0ですな、とか。

 実は今度あの議員さんと会食なんですよ、とか。

 あの人はあの団体に顔がききますからね、とか。

 広告収入と投げ銭と会員用サブスクでウハウハっすわ、とか。

 いやいやうちは企業案件あるんで、とか。

 ならうちは講演依頼にセミナーでがっつりですねぇ、とか。

 事務所に声かけて女の子セッティングしてよ、とか。


 とにかく――すごくて、すごすぎて、すごさしかなかった。


 そこで堂々としている桐原も、またすごかった。

 成功者な大人たちの会話に平然とまざっているのだ。

 もちろんパーティー主催の家の息子だから、特別扱いなのはあるだろう。

 が、物怖じせず会話をする桐原には正直シビれた。


 ”おれも桐原のそばにいれば……そのおこぼれにあずかって、そこそこ上にいけるのでは?”


 小山田は、そう考えるようになった。

 常に桐原の下につかなくちゃならないのは癪でもある。

 だが時間が経つにつれてそれもあんまり気にならなくなった。

 学校のクラス内でのポジションも悪くない。

 親は相変わらず金回りはそこそこで甘やかしてくれる。

 ただし両親の人脈は使い物にならない。

 食い込むなら桐原のいる”上”の世界の人脈。


 おれがこの国で”上”にいくには、こっちの陽の世界に食い込むしかない。


 この国じゃミナギのやり方だと先がない。

 必ずどこかで、行き詰まる。


 ……くそ。


 けど、楽しかったなぁ……。

 ミナギのとこにいた時代の方が、


 ”生きてる”


 って感じがあった。

 おれが”上”へ行くには、陽の世界しかないのはわかってる。

 けど――刺激がまるで足りねぇ。

 小山田の中に沸々と湧き上がるものがあった。

 そしてミナギ時代に美人局で使われてた未成年の女と連絡を取った。

 桐原家のホームパーティーにきてた金持ちたち……。

 地位があるってことは、それは守りたいもののはず。

 世間体が大事ってことだ。

 自分は今じゃ、


 ”拓斗君の親友のショウゴくん”


 として顔も覚えてもらっている。

 今なら、あれだ……パパ活のていでいいだろう。



 仕掛けて、みるかぁ。




 今度の修学旅行から、帰ってきたら。






     ▽






「ずいぶん、やってくれたらしいな」


 ゾクッ、と。

 身体の芯に震えが走った気がした。

 昔、一度だけミナギの機嫌を損ねたことがあった。

 あの時は少しチビったくらいには、ビビった。

 が、今背後にいる誰かは――


 それ以上にやばい感じが、する。


 たとえば、そう。

 ミナギをやったと思われるイオキベに感じたあの恐怖。

 今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるも、


「ん、だ……こ、れ? 動け、ね――ぐぎゃっ!?」


 身体を無理に動かそうとしたら、信じられない痛みが全身で弾けた。

 出血。

 内側を駆け上がる激痛。

 次いで、吐血。


「げ、ふっ!? ごっ……ん、だ? これ……ッ!? がっ……」


 思い返せば、何か聞こえた気がする。

 さっき、自分がしゃべり散らしている最中。

 後ろで何か声のようなものがした気も――する。

 激しい雨と、自分の声と興奮で、気のせいと無意識に流したのか。

 それと、もう一つ。


 違和感。


 背後の誰かは自分の名前を呼んだ。

 声……。

 そう、声だ。

 知っている気が、した。

 が、小山田の記憶に現れる数々の映像と結びつかない。


 


「くせぇんだよテメェは……


 相手は、知っている。

 自分のことを。

 この言い方は、この世界に来た時期から――否。

 もっと前から?

 声の主は……もっと前から、おれを知っているやつ?

 誰だ?

 誰の、声――


「テメェからは、あいつらと同じニオイがぷんぷんしやがる……この世界に来てからも、何度か出会った連中と同じニオイだ」


 あ?


「こ、の……声? あ? まさ、か……いや……違ぇ。誰、だ……


 動揺が。

 小山田の脳を、感情を、激しく揺さぶる。

 混乱が、とめどなく膨張していく。

 ものすごく嫌な感覚が、全身を駆け巡る。


「悪かったな、セラス」


 背後の誰かは小山田を無視し、話を続けている。


「いえ……いえ! 私こそ、判断を……違えてしまったのかも、しれませんっ……」

「この状況になってるのも……おまえなりに、理由はあるんだろ。話は後で聞く。……そして、スレイ。俺の頼みを、そこまでして守らなくてもよかった……俺の言い方が悪かったな。すまなかった」

「ブル、ル……」


 誰だ?

 知っているようで。

 知らない、誰か。


 後ろにいたそいつが正面へ回り込んできた。

 セラス・アシュレインの前に、立ち塞がるみたいに。


 蠅面の男。


 蠅王ノ戦団を率いる蠅王――ベルゼギア?

 なのに……。

 知っている。

 初対面だ。

 どう考えても。


 初対面のはずだ。


 なんだか具合が悪くなってきた。

 思わず小山田は、


「て、め……誰、だ……っ!? 声……聞き覚え、が……あん、だよ!」

「わかんねぇか――小山田翔吾」

「……? ……、――!」


 ショウゴ・オヤマダではなく。


 小山田翔吾、と。


 蠅面は言う。

 つまりそれは――



 元いた世界の人間が、する呼び方。



 あ?


「この、声……?」


 元の世界で当てはまるやつが。

 一人しか、いない。

 いや。

 だがありえない。

 あるわけがない。

 だって。

 だってそいつは――死んだはずだから。

 そして、こんな……。

 こんな底なしの毒みたいな感じでは、なかったはずだから。

 が、



「あ? ま……まさ、か……生き、てっ……て、めっ……マジ、か……ッ!?」



 小山田はそれをどこか否定したい気分で、その名を、口にした。








ぁ――――ッ!?」








「せっかく声を変えずに話しかけてやってたのに……気づくのが遅ぇんだよ、テメェは」


「廃棄され、て……くたばったん、じゃ……ッ!? つ、か……なんだ、その……態度は、よ!? お、いっ……」


「……ここじゃちょっと安心できねぇな。すぐに殺すには……ちょっとばかし、テメェは――――――やりすぎた」


「この、身体が動かねっ、のも……てめ、ぇがっ――」


「【スリープ】」


「何かッ――――」


 瞬間、小山田翔吾の意識は途切れた。



     ▽



 目覚めた時、小山田翔吾はどこかの屋内の廊下にいた。


 目の前には蠅王。


 その斜め後ろにセラス・アシュレイン。


 蠅王が、マスクを脱ぐ。


「……ッ!」


 はっきり、確信する。

 顔つきがけっこう変わってはいるものの。

 その男は、召喚直後に廃棄遺跡へ捨てられ死んだはずの――




 三森灯河で、間違いない。




「ああそうだ……三森灯河は、生きてやがったんだよ」

「今、まで……何を……何を、やってやがっ……た!?」


五月蠅うるせぇな」


「!」

「テメェはのんきに質問してる場合じゃねぇだろ、小山田」

「んだ、とぉぉ……」

「質問するのは、こっちだ」

「う――」


 三森灯河が、小山田の首もとに剣の先を突きつけた。

 どこかから拾ってきたのだろうか。

 小山田は手首を後ろで縛られ、膝をつく格好にされていた。

 何かで意識を喪失させられていたらしい。


「少しでも攻撃の意思が見えた時点で、即座にこの刃をテメェの首に突き込む……蜘蛛の糸くらいの生き残りの目はほしいだろ? なら、おとなしくしてろ」

「ぐっ……三、森……ッ」

「鬱陶しいから、まともに話せるようにはしてやるよ」

「――てめぇぇ三森……なにあのクソ安みてぇに調子くれて豹変してんだよ……あ? しゃべれる? くっ……けど身体の方が動かねぇじゃねぇかよ! くそ! あのジジイか剣虎団どもは助けにも来ねぇのかよ!? 助けに来いやボケどもが! ――ぐおっ!?」


 鋭い痛みが、頬に走った。

 三森が頬を斬りつけたのだ。


「誰が勝手にペラペラしゃべっていいと許可を出した……? ナメてるのか、テメェ……」

「ぐっ……な、なんだてめぇ……いっちょ、まえに……」


 威圧感が、違う。

 安のカンチガイ虚勢とは、質が違う。

 小山田には分かる。

 この不吉な感じ。

 ミナギ側の人間に覚えるたぐいの、深い闇の世界の感じ……。

 不意に、二つのイメージが頭に浮かぶ。


 慎重に抜かれた大量の歯。

 燻製になった睾丸。


 そうだ。

 今の三森灯河から感じるこの感覚。

 イオキベのやり口を聞いた時、感じたもの。


 ……恐怖?


「あぁ? 恐怖、だと……? このおれ、が? 三森、程度に……? ぎゃっ!」


 三森が今度は、肩に刃を突き刺した。

 再び、素早く喉元に刃を添えてくる。


「ペラペラ鬱陶しいな、テメェは」

「くそ、が……ッ! 何が聞きてぇんだよ!? あぁ!? いきなり実は生きてて蠅王ノ戦団やってましたとか、セラス・アシュレイン飼ってましたとか……マジでわけがわかんねぇんだよ三森ぃい! ――や、やめろって! わかった! 刺すな! 斬るな!」

「まずは話せ――クソ女神がテメェに何を指示して、何をして、あいつが何を企んでるのかを」

「あ? 話したら、助けてくれんだろーな……? 別にあの女神に義理もねーしよ……しゃべってもいいぜ? ただ、まずこの身体が動かねーのを解いてもらわねぇとなぁ? あ?」

「めでたい野郎だ……テメェの側に選択肢があると思ってるのか、小山田?」

「ぐぅぅ……ッ! テメェ三森……最下層のE級ごときが、なんでそんなでかい態度に出てやがる……ッ! なんかスリープとか言ってやがったが……あ? あれはまさか……ガチで女神に効かなかった、あのクソスキルか? だ――だから待てって! やめろ!」

「……質問に答えてからだ。テメェを許すかどうかも、その回答次第だ」


 許す?

 今、三森は”許す”と言ったのか?

 許すぅ?


 ぎゃは。


 ふと脳裏に浮かんだのは、十河綾香の顔だった。

 そうか。

 悪ぶっちゃいるが、こいつも所詮”あっち側”なのだ。

 当然だ。

 殺すとか言ってやがるが……。


 殺せるわけがねぇ。


 同じ世界の人間を――クラスメイトを。


「ちっ……いいぜ。で、何が聞きてぇんだ?」


 三森はいくつか質問を投げてきた。

 適当な回答や嘘もまぜ、適当に答えておいた。

 別段、そんなに隠しておきたい話もない。

 しかしなんだか素直に答えるのも癪だった。

 三森は小山田が答えるとすぐ次の質問に移っていった。

 本当に真実かどうかを問い質すこともなく。

 小山田を疑ってないのだ。

 内心、小山田は三森を馬鹿にした。

 所詮、底辺は底辺。

 良心とかいう幻をどこかで相手に期待しちまうカモ善人。

 話し合えば解り合えると思っているのだ。

 相手が、誰であっても。


 馬鹿すぎる。


 だから騙されて骨の髄までしゃぶられ尽くすんだよ、てめぇらは。

 心の中で小山田は心底、三森を嘲笑する。

 やがて質問がひと区切りした。


「まあ、こんなもんか。なるほど……この辺のミラの騎士やら兵の大半はおそらく、その追放帝とやらから狂美帝を守るためにそっちに詰めかけてると考えられるか。向こうでも何やら破壊音やら悲鳴やらが聞こえてたからな。あとは、退避したってとこか……それでこの辺には、ひと気がなかったと。しかしそれにしても……大魔帝のアライオン王城の襲撃、そして……桐原に、あの高雄姉妹が、か」


 三森が何をしたいのかは、知らない。

 まあ、さっきの質問からするに女神に復讐ってところか。

 んなこたぁどうでもいい。

 勝手に、やってろ。

 ただ……。

 むかつく。

 態度が。

 セラスはというと、三森の背後で黙っている。

 せいぜい三森の後ろで時折、何か少し動きを見せる程度。

 あれも、気に入らない。

 もう少しで好きに蹂躙できた超がつくほどの上玉。

 死に切れねぇ。

 せめて一発は、キメねぇと。

 何より気に入らねぇのは――セラスの三森への態度だ。

 なんだありゃあ。

 普通にデキてんじゃねぇのか?

 しかも――三森がセラスに惚れてるって感じじゃない。

 セラス側が三森に気がある方のやつだ……。

 気に入らねぇ……。


「なんだ? セラスがそんなに気になるか? 悪ぃが――もう指一本も、テメェには触れさせやしねぇよ」

「ぐっ……」


 マジに、むかつく。

 だが――どうする?

 少しでも攻撃の素振りがあれば殺される。

 さっき、自分も被弾覚悟で固有スキルを試みた。

 スキル名を口にしようとした瞬間――唇を、斜めに斬られた。


 ”ぶびぃ!?”


 とか、クソみたいに情けない声が出た。

 スキル名は、最後まで言えなかった。

 つーか……何があった?

 これがあの三森灯河?

 まるで、別人。

 人が違ったって言葉、そのもの。

 おれはこんな三森灯河は――――知らない。

 ミナギとあの大学生たちが行方不明になったと聞いた時。

 やばい、と思った。

 とてつもなく嫌な予感が走った。

 即、グループから距離を取った。

 あれは正しかった。

 結果、逃げ切った。

 で、チャラになった。

 またこうしてやりたい放題の刺激を楽しむチャンスが、巡ってきた。


 どんな不正をしても。

 どんなズルをしても。

 どんな犯罪をしても。

 どんな悪事を、働いても。


 この世は、逃げ切りゃ勝ち。

 そうさ。



 



 バカどもが、守ってくれるから。

 どんなクズだろうが、チャンスを与えてくれる。

 心から反省しているフリさえすれば。

 過剰に涙して、謝罪の言葉を並べ立てれば。

 時に、身勝手な殺人者の人権すら守ってくれる。


 被害者は、守られないのに。

 加害者は、守ってもらえる。


 


 気をつけなきゃならないのは”蝕”みたいな深すぎる闇の方だ。

 バカども相手なら、プライドさえ捨てれば助かる。


 この世は――逃げ切りゃ、勝ち。


 ポタタ、と。

 小山田はその唇から血を地面に垂らしながら――


「……そっか。生きてやがったんだな、三森」


 がくっ、と項垂れた。

 当てられていた刃の先端は、頭上に移動していた。


「……悪ぃ。セラス・アシュレインが、おまえの仲間だとは思ってなかった。ひでぇこと、しちまったよな……おまえにもだ、三森……おまえが廃棄される時、おれは何も――わかっちゃいなかった。もちろん、許してくれとは言わねぇよ。けど、ここまで女神の命令で戦ってきて……思った。一番やべぇのはあの女神だ……おれたちは、あいつにいいように使われてるだけだ。もういやだ……ほんとは嫌なんだよ、三森ぃ!」


 がばぁっ、と。

 顔を上げた小山田の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっている。


「おれ、ほんとは怖くて……前の世界にいた頃から、クズっぽく映ってただろ!? けど、おれ……家がクソみてぇな環境でよ! 心も荒んでって……マジ、色々あって! あんな風にワルぶってないと、不安だったんだよ! どの世界でも弱けりゃ喰われる側だ! 搾取される側だ! 強く見せなきゃ……強いやつの方につかなきゃ、おれが喰われる側になっちまう! こ、この世界に来てからも……ほんとは、怖くて怖くて! 拓斗もなんか人が変わったみてぇに怖ぇしよぉ! 女神も、人面種とかいうのも……ッ! ぐすっ……正直、綾香ぐれぇだよ……こんなおれでも、見捨てず心配してくれたの……ッ! 今、気づいた! おれ……最後に、綾香の役に立ちてぇ! 委員長の力になりてぇんだ! わかった、三森! おれを殺したきゃ殺せ! 殺せよ! ただ……時間をくれ! 綾香に、力を貸してぇんだ……綾香たちと一緒に……クラスのやつらと協力して、大魔帝を倒すまで! も、もちろんおまえにも協力する! おれは……気づいた。あの性悪女神に、今まで洗脳されてたんだ! でも、さっき洗脳が解けた! も、もちろんおれ自身に問題があるのはわかってる! クズだよ……おれは、クズ野郎だ! 自分の弱さを認められなくて……周りを傷つけることしかできなかった! 環境のせいにしたいけど……ぐすっ……それも、言い訳だよな!? おれが、強くなんねーと……だから頼む三森! セラスさんも、本当に悪かった! 見逃して、くれ。助けてくれよ……頼むよぉぉ三森ぃ! これからは心を入れ替えて……おれ、人を助ける! すぐには無理かもしれないけど……人を助けられる人間になれるよう、努力する! いきなりこんなこと言っても、信じられないかもしれない……けど、信じてくれ! おれは変わる! もう、逃げない! これが今のおれの……嘘偽りのない、本心だ!」


 沈黙。

 雨の音。

 遠くからかすかに聞こえる騒ぎ、悲鳴、怒号……。

 その時、だった。

 セラス・アシュレインが陰鬱に視線を伏せ、逸らした。

 血の気の薄い唇を、噛んでいる。

 自分で自らの腕を抱くようにして、セラスが言った。




……」




「は?」

「俺も人のことを言えたもんじゃねぇが……よくもまあ、そんなペラペラ嘘が出てくるもんだなテメェも。くく……まったく、ほざきやがる」

「……あぁ? なんでおれの言葉が、嘘とか……」

「安の正直さに比べたら……ほんとに救えねぇな、小山田」

「な、何が!? てか、安!? てめぇ、安にも会ってんのか!?」

「なあ、小山田」

「あ?」

「実を言うと、俺は声を変えられる」

「は、ぁ?」

「なのにおまえに最初に声をかけた時、俺は声を変えてなかった」

「……?」

「マスクをしてるってことは、正体を隠したいってことだ。三森灯河であることを、まだ隠しておきたい。なのにこうしてマスクを取っている……その意味が、わかるか?」

「何、言ってんだ? 生きてたのを……見せつけたかったんだろ? で、ガチのエロ美人をゲットしたから……それも、見せつけるために……」

「ま、テメェが混乱する姿を見たかったってのはあるがな……」

「……ッ!」

「だがそこからは、心情とは別のことが見えてくるはずだ」

「あぁっ!?」





「ここで殺すつもりだからに、決まってるだろうが」





「! んだ、とぉぉ……ッ!?」

「ちなみにセラスは精霊の力で嘘がわかる。質問の仕方を選ぶのが大変だったが……その能力のおかげで、テメェの回答を”嘘”と見抜くことで得られる情報もあった。ま……ご苦労だったな、小山田。テメェはもう、用済みだ」

「は……はぁぁああああっ!? なんだそりゃあ!? 詐欺じゃねぇか!」

「ん? なんだ……まだ命乞いしたりねぇか」

「こここ、殺すだと!? 三森がおれを!? ふざけんなぶっ殺すぞ!」

「小山田おまえ……セラスとスレイに自分が何をしたのか、正しく理解できてねぇようだな。俺が、とっくの昔に……どれほど――」


 三森の表情が、まるで冷酷な、悪魔のように――




――」




「ひっ」

「それに、言っただろ……くせぇんだよテメェは。俺を生んだあのクソどもと同じニオイがしやがる……生きてても害になるだけだろ、テメェみたいなのは」

「あっ――」


 小山田は、気づいた。

 違う。

 そうだ。

 助かりたい一心で何を勘違いしてたんだ、おれは。

 こいつに恐怖を感じたのを認めたくなくて、今まで除外していたのか。

 意識の外へ。


 そうだ。

 こいつは。

 三森灯河から感じたのはあのイオキベに似た感覚、なのだから――

 こいつは、



 深い闇の側。



「や、やめろ三森! 正体とかもぜってぇしゃべらねぇって! おまえが思ってるほど、おまえにおれ悪い感情持ってねぇんだよ! チャンスをくれって! マジで!」

「セラス」

「……嘘が、ありました」

「ざ……けんなドブス! ホラ吹いてんじゃねぇぞこのアバズレがぁ! いいか三森! 見た目に騙されちゃだめだぜ!? 確かに男ってのは美人だと何かと採点甘くなるよなぁ!? けど、マジ騙されんな! そいつの中身は、マジに男を終わらすだけの毒だ! おまえ、そこの勘違い顔だけ洗脳エルフに手玉に取られてんだよ! 目ぇ覚ませ!」


 くっ、と。

 三森が少し、笑った。


「あ……あぁ?」


「いや悪い……そこまでいくと、逆にすげぇと思ってな」


「あ? 馬鹿に……してんのかごらぁあ! ぐっ……おい、けどいいのかよ三森!? おれを殺していいのか!? 綾香のことを、考えろ!」


「…………」


「あいつは、クラスメイトをもう誰も死なせたくねぇとか言ってんだぞっ……おれみてぇなやつでもな! おれを殺すってことは……綾香の気持ちを裏切るってことだぜ!? あいつはてめぇが廃棄される時、唯一かばってくれた女だろ! その綾香の気持ちを、裏切んのかよてめぇ!?」


「知らねぇよ」


「! ……ぐっ」


「この世には生きてても害しかねぇ邪悪がいる。俺たちのいた世界じゃそれが間違った考え方なのは承知してるさ……が、俺は時々そう感じることがあった。生きてるだけで邪悪を振りまいて、関わる人間を害していくだけの存在……俺を生んだ、あいつらみたいな」


「ま……間違ってんだよ、その考え方……そうさ……人は、何度だってやり直せる……それが人間……人ってやつの、持つべき権利……やり直すチャンスは、誰にでも、平等に与えられるべきで……」


「おまえがそう考えること自体は否定しねぇって言ってるだろ。単に”俺はそう思わねぇ”ってだけだ。ただそれ以上に……おまえはな、小山田。俺の大事な仲間に手をかけようとした――この話は、そもそもそれで決着なんだ。いいか……俺はおまえを救わない。救うやつもいるかもしれない。しかしここでは……おまえは、救われない」


 ぐ、ぐぬぬぬぬ……ッ!

 小山田の、我慢と、理性が。

 限界を、迎えた。


「ざっ――ざっけんな三森ぃぃいいいいいい゛! てめぇ覚えてろよおらぁあ! 殺したらぜってぇ呪ってやるからな! ざけんじゃねぇぞ! てめぇなんざ元々空気のうっすいクソモブじゃねぇか! バスん中でいきなり口出してきた時マジうざかったわ! なにこいつ? って思ったしよ! あ゛ーこんなんなるなら廃棄前に始末しときゃよかったんだよこんなやつ! あーくそ! 殺す殺す殺す殺す殺す! まずあのアホ馬ぁ! てめぇらの前でミンチにして、んで無理矢理にでもその肉をてめぇらに食わせてやる! そんでお次はぁ! 三森がおかしくなるまでツラとカラダしか取り柄がねぇ中身ブサイクエルフを飽きるまで、朝も、昼も、夜も、犯し続けて! そのあとは全国行脚だ! 頭がどうにかなるまでこの大陸中の男どもの相手をさせてやる! 何しても拒否権なーし! なしなしなしなし! あぁぁああああああああああ! つーかなんで三森がこんな感じで生き残ってやがんだよぉおおおお! なんでこんなやつがいつの間にかこんな”上”いってんだよぁあぁぁあああああああああああああああああああああ゛! むかつくむかつくむかつくむかつくむがづくあぁぁああああああああああ゛あ゛――――」







 その三森の表情は――怖気を感じるほど、冷たいもので。




「救えねぇよ、おまえ」




 バーサク、と。

 三森がそう口にして。


 刹那、全身が沸騰するような感覚。



 ブシュゥウ――――ッ!



 真っ赤な血が咲き――裂き、乱れた。


 爆ぜた血しぶきの花火の向こう。


 そこには、憐れむような顔をしたセラス・アシュレインと、冷酷無比な表情をした三森灯河の姿。


 それが、





 小山田翔吾がこの世で見た、最期の映像となった。










2週間以上更新間隔が空いてしまい、申し訳ございませんでした。


また、前回更新後に新しくレビューをいただきました。ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
やっぱやり直しの出来ないゲスっているのですネ〜!クズ勇者そのニは救い様がないゲスだったやはりこの手の人は真の意味で廃棄しないとしようがない!
[良い点] ドブスのアバズレ呼ばわりされるセラスの顔を見たかった。
[気になる点] 犯罪の処理があるグループと同じで少しびっくりした
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